単語記事: <哲学>

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<哲学>とは、学問としての哲学を論じる動画につけられるタグである。

<哲学>誕生の経緯

ニコニコ動画における「哲学タグは、「ガチムチパンツレスリング」関連の動画につけられることが常習化しており、以前からごく少数存在していたマジメに学問としての哲学動画は共通タグを失ってしまっていた。そこでガチムチ等との競合を避けるためにいつからか付けられ始めたのがこのタグであるが、このタグがつく動画は「哲学タグ動画べて圧倒的に少ない。

概要

哲学とは何か? それを考えるのも哲学である。 例えば後期のウィトゲンシュタイン多くの哲学的問題は言葉の用法を間違えているだけの無意味な問いでしかないとして、(結果的にだが)分析哲学を生み出した。

簡単に言うと「物事の根本的な真理を探究する行為」が哲学である。探究の対世界であったり(※ただし一教のに限る)であったり人間であったり社会であったり、ときには哲学自身であったりと多様である。

哲学」は明治時代にできた訳であり、元になった古代ギリシャ語のフィロソフィア(φιλοσοφία)は知(ソフィア)をする(フィロ)という意味で、古代ギリシャでは知的探究一般をしていた。その名残で、現在でも学位の博士号のPh.D.は"Doctor of Philosophy"(哲学博士)の略である。

ギリシャ文明を継承した欧州では宗教家法律医師を養成する学・法学・医学を除いた学問一般を哲学と呼び、数学天文学、人文学社会学などもこれに含まれていた。ニュートンのような科学者は自然哲学者と呼ばれていた。

しかし物理学生物学・経済学歴史学など各分野は理論体系や研究方法が整備されてゆくにつれ自立していき、残された領域が哲学と言われるようになっていった。

哲学がわけのわからない役に立たないものという印を持たれているのは、論理学・倫理学・美学(それぞれ・善・美に対応)のような抽的な領域や、研究方法などが確立していない分野を扱うのが仕事になっているためと思われる。

なお、哲学と重なり合う部分のある知的探究は世界各地の文明で古くから行われており、それらを西洋の立場から捉える時はインド哲学イスラム哲学中国哲学仏教哲学などと呼ぶ場合がある。ただし、例えばインドでは哲学的思考と宗教的実践は別のものではないと考えるので、哲学の部分だけを取り出すことは難しい。インドの流れを仏教も、座のような瞑想抜きでは全体像を捉えられない。苛政治闘争や戦争が多かった中国の場合、政治哲学を切り離すことはできない。

こうした難点がありながらも、近代化の果てに行き詰まった感のある西洋文明にとって何かヒントはないか、と関心を持って研究を進める欧の学者は存在する。実際、西洋文明は宗教から陶磁器まで、外部からいろいろなものを吸収してきた歴史がある。

哲学関連項目一覧

西洋の哲学者

ギリシア哲学 自然哲学
ソフィスト
ソクラテス以降
近世哲学 哲学
ドイツ観念論
合理
近代哲学 物論
政治
実存
哲学
ポスト構造
現代哲学 政治哲学

中国の哲学者

中国には諸子や朱子・王陽明など他にもたくさんいるが、記事として作成された人物は少ない。

日本の哲学者

日本には儒学者や中江兆民など他にもたくさんいるが、記事として作成された人物は少ない。

哲学用語など

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読み:テツガク
初版作成日: 08/06/06 00:22 ◆ 最終更新日: 17/06/23 01:24
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<哲学>について語るスレ

316 : ななしのよっしん :2017/06/11(日) 20:35:27 ID: Tz0js4HmgT
人と泥のって何だろうって考えてきたんだけど、やっぱクリナメンに従うかどうかにあるんじゃない?結局クリナメンに従うしか出来ないっていうのは泥なんじゃないかっていうね。
だから各人が泥であるかどうかを決めるのは結局各自の言動にしかなくて、不実は人を泥にする、これが歴史の答えであり「メカニクス」として働いているものなんじゃないかと。
そういう意味では「人間の条件」って「不実に対する回避運動」という一点に懸かってるんじゃないかとね。振り返ってもそれだけが問われているように思えてならない。
317 : ななしのよっしん :2017/06/12(月) 10:18:18 ID: +e6orM7QkT
>>313
哲学全排除されることはないにせよ、IT社会哲学が実際に排除されているのは確かだと思うんだけど

哲学を産み出したのは神話宗教だろう
同様に、神話宗教全に排除することは出来ない(が、全にではなくとも排除することは出来るし、排除されている)

を考えるのは起自体と、副次的に起からの生を考えるのに重要だけど、生自体を考えるにはあまり関係なくない? 例えばAmericaを産み出したのはAmerigoだけど、後者を見て分かるのは前者の起であって、前者の現状ではないよね

それと、思考形態や方法論自体を問い直すのは、今は精医学脳科学言語学や行動工学じゃない。「分析の分析と呼べる由縁」のような、非物質的な対も、そういった学問の研究対だよね。
囲碁をする理由」は、もっと単純でしょう。「チェス将棋などトッププロを撃破するAIが登場しても、囲碁だけは打ち手が複雑なため人間をえられないだろう、というのが長い間の定説だった」かららしい。
ht
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
318 : ななしのよっしん :2017/06/12(月) 10:25:47 ID: +e6orM7QkT
>>315
IMRADという思考形式の作成は、理系自然科学仕事なのでは
http://prt.nu/dh/a
>理科系英語の論文では、IMRAD、すなわちIntroduction(導入:的と先行研究)、Material & Method(資料と方法)、Result(結果と分析) and Discussion(考察)という4部構成が勧められることが多い

http://prt.nu/di/a
>学術論文とはどのようなメディアであるかという問題意識から,その構成要素や構造を把握しようとする試みが行われている。
医学分野では,SollaciとPereiraが,1935年から1985年までにBritish Medical JournalJAMA, Lancet,New England Journal of Medicineに掲載された1,297件の原著論文を対とした調を行った。
その結果,1985年には医学分野ではIMRAD形式を採る論文が100%になっており,1955年から75年の20年間で,それまでの4倍にまでIMRAD形式が普及したことを明らかにした。
物理学分野では,Bazermanは,1893年から1980年までにPhysical Reviewに掲載された学術論文の,様々な特徴について調している。その中で,Physical Review掲載論文では,1950年以降,論文が見出しによって構造化されていき,
時代が新しくなるにつれ,見出しとして論文固有の名前を用いるのではなく,「Experiment」のようなより抽化された見出しを持つようになっていったことを摘している。

(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
319 : ななしのよっしん :2017/06/20(火) 00:37:20 ID: Ej5PbwKbru
長い。三行で。
320 : ななしのよっしん :2017/06/20(火) 04:02:32 ID: DRglkmjjug
カリフォルニアンイデオロギーは
Alt rightの
産みの親
321 : ななしのよっしん :2017/06/20(火) 11:07:39 ID: RLEdK5JcDh
哲学ってHUMANITY、HUMANITASであるから、人間がいなくならない限りは、存在し続けるのでは。

>>317のいうIT社会というのが曖昧だが、その中で生きてるのは人間でしょ。

>>312
哲学が活躍ってのが曖昧。多分その後の言い方からして、科学技術の進展のことを言いたいんだろうけど、哲学世界を問う事をする作法みたいなもので、科学技術も問う対の一つ。だからethicがつきまとう。

ただ時代の中で、科学技術/自然科学を推進したり、宗教的になったりなど、揺れはあると思う。もし科学技術の幅が増えてるというなら、それについて考えることも増えるだろう。実際増えてるとは思うが。
322 : ななしのよっしん :2017/06/26(月) 00:17:08 ID: +e6orM7QkT
>>319
を問い直して分かるのは起、現状は分からない
思考や方法論を問い直すことは哲学の専売特許じゃなく、各分野ごとに各学問がやってる
メジャーな研究手法であるIMRAD(≒思考のフレームワーク)は哲学の産物じゃなく、理数系学問の産物

>>321
確かに哲学(philosophy)を含め、人文学humanities)が全消滅することはいと思う。でも、「哲学が活躍できるフィールドがどんどん広がっている 」(>>296)わけではないでしょう、と。むしろ狭まっているのでは?(>>312>>317) って言いたかった。

IT社会情報社会の意味で使ってた(「コンピューターによる速な情報処理と,多様な通信メディアによる広範な情報伝達によって,大量の情報が不断に生産,蓄積,伝播されている社会」)。

>その中で生きてるのは人間でしょ。
人間が生きてるのはIT社会でしょ。とも言える。人間に着してもITは消えないし。
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
323 : ななしのよっしん :2017/06/27(火) 13:52:13 ID: RLEdK5JcDh
>>322
問題の建て方によるんだろうけど、科学技術一般の進展を近代化というならば、哲学者はそれを長らく支持してきた。なぜならばそれが脱魔術化、民化にひいては自由義に資すると思ってたから。

ただ人間社会科学技術が従のうち、少なくとも観的には科学技術を使いこなせていると思えているうちは、科学技術の進展と人間社会は調和的だと思えてたけど、科学技術がブラックボックス化・専門化していくようになると、そういう調和を信じられなくなってきた。

けれども現状を見ると科学技術を排除する事は不可能だし、中止するのもあり得なくなっている。だからそれを問題に思う人が出てきているんじゃないかな。IT社会に人間が存在しないというのはまさにその通りで、だから問題視する人もいる。あくまでも観的問題だとは思うけどね。

とはいえ、こういう科学技術を問題視する傾向自体はくならないとは思う。結局それに影されるのは人間だから。普遍的テーマだしね、中には科学技術による人間の絶滅とか人間性の欠如とか若干科学的な論もあるけど。
324 : ななしのよっしん :2017/06/27(火) 16:39:24 ID: UMuCDUcAh4
>>316
ポストモダン脱構築の批評以降に、どうやって「不実」を成立させる? 「人」「泥」「」「考え」「従う」「各自」「言動」「条件」「回避」「問」等にも言えることだが

たとえ「人」や「真理」が掲げられても、受け手同士が対立し、「真理の名におけるテロル」さえ起こす。かといって「泥」や「不実」が掲げられても、受け手は何も構築できない。何かを構築しても脱構築される。根本的な「人とは何か」「人は何をすべきか」といった「問」も脱構築される。

言葉は真理でも不実でもなく、表現でしかない。人文系の言葉にべて理数系のそれは物体を活用しやすいし、非物体(サイバー間や精)をもますます活用できるようになってきている。しかし理数系も理数的真理度の一層高い版へとバージョンアップされ続ける。言わば脱構築され続けるので、結局は表現だろう。

言語学者には異論あるかもしれんが
325 : ななしのよっしん :2017/06/28(水) 17:17:57 ID: RLEdK5JcDh
>>324
そういう静的なものから動的なもの、客観的なものから間観的なものに注しようってしてきたのが、ここ一世紀の哲学史じゃないの。

論「合意」とか「心」に則るっていうのが何をすか、 クワイン自然化された認識論でもし示す事は出来ないかもしれないけど。
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