『アレックス・グラマン』とは、プロ野球選手(投手)である。
日本では埼玉西武ライオンズに所属していた。
概要
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ニューヨーク・ヤンキースでメジャーデビューし、2006年西武ライオンズに入団。背番号54。193cmの長身から投げ下ろす150km/h前後の角度のついた直球と、カーブ・チェンジアップなど多彩な変化球を低めに集める投球が持ち味である。同年に入団したクリストファー・ギッセル(195cm)との「ツインタワー」コンビで先発ローテーション入りを期待された。
しかしペース配分が苦手な事もあり、成果を挙げられず早々と二軍落ち。このまま解雇かと思われたが、2007年途中から小野寺力に代わり、抑えとして不動の守護神の地位を得る。2008年は一年通じてストッパーを務めて31セーブを挙げ、西武の日本一に大きく貢献した。と同時に、抑え適正を早めに見抜けなかった当時の荒木大輔投手コーチ、伊東勤監督の選手を見る目が疑問視される結果となってしまった。
2008年は四者凡退に定評のあるグラマンだったが、翌年発売されたコナミの『実況パワフルプロ野球NEXT』では対ランナー2(走者が出ると能力が下がる)の謎査定をくらっている。
2009年はシーズン早々に肩の故障で長期離脱、手術を受けるためチームの戦力構想から外されてしまう。リハビリを経て2010年8月にようやく復帰を果たすも、ブランクのせいもあってか打たれた試合が多かった。
守護神復活を期待されて2011年シーズンも残留。左の中継ぎとして登板を重ねたが最後まで安定感に欠ける投球を続け、シーズン終了をもって自由契約を受け御役御免となった。
怪我さえなければ郭泰源やオレステス・デストラーデ、アレックス・カブレラらに並ぶ西武ライオンズの優良外国人選手の一人として語られていたかも知れない。
2012年は韓国の起亜タイガースに入団するも、メディカルチェックで左肘の異常が発覚。シーズン開幕前ながらこれを理由として退団が発表された。
左投手でありながら左打ちに弱い。決め球の1つがチェンジアップであり、左打ちには使いづらいという点が大きい。しかしながら、相手チームが単純に左対右がいいと考えて右打者を代打で出してくれることも多い。
あと、とてつもなく顔が怖いことで有名。
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関連項目
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読み:アレックスグラマン
初版作成日: 09/04/22 00:14 ◆ 最終更新日: 12/02/06 21:12
編集内容についての説明/コメント: 起亜退団を概要に反映、テンプレを再度無所属カラーに。
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