単語記事: イスラム教

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イスラム(教)إسلام islaam)とは世界三大宗教の一つに数えられる一教の一つである。

正則アラビア語(後述)に従いイスラーム(教)と呼ばれることもあり、その言葉は「一のアッラー)への絶対的帰依」を意味する。ちなみに「平和」を表し挨拶にも使われるアラビア語サラーム(سلام salaam)もまたイスラムと同であり、「神威の下での安」というニュアンスを持つと同時に、アッラーの99の美称の一つ(つまり平和そのもの)である。

概要

いわゆるアブラハムの宗教の一つであり、ユダヤ教キリスト教の流れをむ。成立は西暦600年頃と宗教のうちでは較的に新しく、セミリタイアして瞑想生活に入った名門商ハーシムのご隠居ムハンマド(モハメッド、マホメッド、マホメットとも)が、40歳くらいの頃にメッカ近郊の山中にてアラビア語から啓示を授かったことから始まるとされる。

信徒はイスラームの行為者形であるムスリム、つまり「一のアッラー)に全に帰依した者」と呼ばれる。信徒数はキリスト教に次いで世界第二位の16億人。なお、キリスト教の最大信徒数を擁するローマ・カトリック教会は約11億人であるのに対し、イスラム教最大の宗であるスンナ派(後述)は14億人以上いるとされ、宗ごとにみればスンナ派イスラム教世界最大となる。

ムスリムの分布はアラビア半島から西は北アフリカ、東は東南アジアまで広がっているが、最大のイスラム教はなんと中東ではなくインドネシア。また近年では欧州全土、とくに南ロシアにおいて増加している。

宗派・派閥

イスラムはもともと同じ1つの宗であり、開祖であるムハンマドを中心として広まっていったが、その後様々に分していき、現在ではスンナ派シーア派の二つに大別される。

分布や信徒数でいうならばスンナ派の方が圧倒的な多数である。シーア派イラクイランなどにおいて信仰されている。どちらの宗もさまざまな分が生まれている。スンナ派導者は「小イマーム」「大イマーム」、最高導者・正当後継者は「カリフ」としているのに対し、シーア派においては最高導者・正当後継者が「イマーム」と呼ばれるなど、宗で呼び方も違う。

また、同じ宗であっても各学や系列によって解釈が異なり、たとえばスンナ派の場合、中世において棄教はハンバルなどほとんどの学死刑とされてきたが、ハナフィー学では禁固刑に緩和すべきとしていた。現代でも各学導者によって解釈に差異があるほか、近年ではインターネット掲示板や質問サイト等に解釈をめる動きも認められる。

歴史

イスラムは、概要にあるとおり最初にムハンマド自身がから啓示を授かり、その後家族や友人へと広がり、段々と勢を伸ばしていった。ムハンマドが死んだときは、彼の友であり近親以外の一番子であり(9歳のアーイシャムハンマドがせたため)義でもあったアブー・バクルが、共同体での合意により初代カリフとして選出された。

しかしムハンマド個人に対する信義と忠を誓っていた閥がアラビア各地におり、「俺らが忠を誓ったのはムハンマドさんであって別にお前に忠を誓った覚えはない」と離反しようとしたため、アブー・バクルはこれらと戦い鎮圧する。ここから正当な導者を選出するカリフ制度ができたといわれている。分裂の危機にあったイスラム教だったが、初代カリフであるアブー・バクルの統一以降は2代目ウマル、3代ウスマーンまでは少々不穏でありつつも再び勢を拡大していった。

3代カリフにはクライシュ族の有な一門ウマイヤであるウスマーンが選ばれる。だが自分の一族をメインにした政策ばかりとっていたため徐々にウマイヤへの当たりが強くなり、最終的にウスマーンは暗殺された。その後めてカリフが選出され、ムハンマドの甥であるアリーが4代カリフにつく。[1]

だがアリーとの後継者争いに敗れた、ウマイヤのムアーウィヤが「ウスマーンが殺されたのはアリーの一による陰謀」として報復を叫びイスラム内で再び大きい対立が発生する。アリーが身内から出てきた閥ハワーリジュに暗殺されたことで5代目カリフに就任したムアーウィヤは、東ローマ帝国との戦争で手に入れた自らが総督を務めているシリアに、世襲制の王を開いた。これにより世界最初のイスラム帝国であるウマイヤが誕生する。

ウマイヤ王はその後、国家として体制を整え強大なを有するようになる。他の閥も恭順を誓っていきウマイヤが多数となったためアリーを失ったアリは少数へと転落した。しかしアリは「4代カリフアリーとファティマとの子孫だけがイスラムを導く資格がある!」としてムアーウィヤの就任を認めないスタンスを崩さず、アリーを支持する党シーア・アリー)がのちの「シーア派」に、慣行(スンナ)を重視するウマイヤを中心とした他の多数が「スンナ派スンニ派」へと分裂していった。[2]

コーランとアラビア語

イスラム教典であり、正則アラビア語の発音に従いクルアーンالقرآن al-qur'aan, 「朗唱すべきもの」)とも呼ばれる。ムハンマドが口伝した内容を文字に起こしたとされ、その言正則アラビア語فصحى fuSHaa フスハー、「最も雄弁に物語る(アラビア語)」)と呼ばれ、古来よりイスラム諸地域のな共通として現在でも形を変えつつ通用し続けている(よって本項でも随所にアラビア語を表記する)。

まあコーランキリスト教徒にとっての聖書みたいなものだが、六信(後述)の一つになっていることからも判るように、それ以上に大切に取り扱われており、コーランを意図的に燃やしたりするだけで大騒動になるのは知っての通り。実際にぞんざいに扱わなくともそれっぽい描写が入ったアニメでさえ問題になることもある。また、コーランアラビア語的韻の美しさにおいても大変高く評価されており、コーラン預言者から授かった人知をえた奇跡であるということを示す要素の一つになっている。

六信五行

イスラム教徒が守らなければならない事、信じなければならない事、行わなければならない事をめて六信五行という。シーア派にはイマームへの信仰を教義に据えた五信十行が存在する。

  • 【五行】
    • 信仰告白شهادة shahaadah シャハーダ)
    • 礼拝(صلاةSalaah サラー(ト))
    • 喜捨(زكاة zakaah ザカー(ト))
    • 断食(صوم Sawmサウム)
    • 巡礼حج Hajj ハッジ)

信仰告白とは、皆の前でイスラム教徒になると宣言することである。例えば家族や知人たちの立ち会いの下、職者の前で「لا إله إلا الله محمد رسول الله laa ilaaha illaa 'llaah(u), muHammad(un) rasuulu 'llaah(i)アッラーを措いて他に神無し。ムハンマドこそアッラー使徒なれ)」と唱えることでイスラム教に入信できてしまう。なお、この文句はサウジアラビア国旗に図案化して書かれている。

礼拝は1日5回、聖地メッカの方向を向いて行う。どこでやっても良いが、金曜日の礼拝は一度は礼拝所に行くべきらしい。時間は日毎にずれ、メッカの方を向いて、立ったり座ったりしながら行わなければならないので、イスラム教徒には専用の時計とコンパスと絨毯を持っている人が多い。

喜捨は、いわゆる施しのこと。キリスト教仏教でも奨励されるが、イスラム教はそれ以上に大事。

断食イスラム9月ラマダーン(رمضان ramaDaan)に行うが、もちろん1ヶもの間に全く食えなくなるわけではない。つまり日の出から日没までの間の一切の飲食が禁止され、その間は唾液すら飲み込まない努をする信徒もいる。ちなみに妊娠時や病気の時などには理せず食べ、その原因が解消された時に行っても良いとされる。それにラマダーン明けは各庭で盛大な祝宴が催されるので、痩せるどころか逆に太ってしまうとか。

巡礼は一生に一度、聖地メッカにお参りに行くことである。但し、他の4つと違い行うことが簡単ではないため努義務となっており、実際には巡礼を済ませた者が尊敬されるという程度である。

については「アッラーフ」を参照

唯一神教として有名なイスラムであるが、信仰告白لا إله إلا اللهを英語に置き換えると、no god but Allah(は存在しない。ただし、アッラーを除いて)となり、最初にの存在を否定することから出発している。

これには世界に存在するあらゆるものの性を否定し、その前提に立った上でネガとして仮想される宇宙の造りアッラーと同定するという構造を持っていることと関係しており、「アッラー宇宙を造った」ではなく「宇宙を造った御方がアッラーである」という言い方にした方が分かりやすい。そのため、この世で起こる全ての事の意思であるという立場を取る。

性の否定は預言者であるムハンマドにも徹底されており、コーランではムハンマドについて「飯を食い、市場歩く人間」という記述が登場する。ただし、一部のスーフィーの間ではムハンマド越的存在として解釈されたり、シーア派ではお隠れになっている第12代イマームが審判の日るという信仰がなされていることもある。

アッラーは被造物である時間と間、あるいは異次元のどこにも存在しておらず、それらの外に存在するものとして区分けされている。その姿は見えるわけではなく、被造物である人の姿をしているわけでもないとされる。それは、コーランにおいて「玉座に坐し給うお方」「手」などの記述が人間的であるとしてこの解釈を巡って論争が巻き起こるほどである。一方で、アッラーは意思を持った人格であり、罪人を火に送る峻厳なでありながら、専ら人間を赦し楽園に導く慈悲のとして描かれる。

また、日本神道などで称される宇宙を創造した絶対者という属性を持っているわけではないため、日本における多教とイスラムにおける一教は矛盾しないという見方もある。

戒律

が厳しいことで有名である。しかしイスラームは「軽微なものが破られれば来世の天国へのが遠のいて(最後の審判で)地に落とされる可性が高くなり、重大なものが破られればイスラーム法に則り現世で厳重に処断される」という趣旨が基本である。

つまり軽微なものに限って言えば破っても即バチが当たるといった性質のものではなく、また意図的な違反でなかったりやむを得なかった場合はノーカウントとされることになっている。

【食・嗜好品について】
は不浄の動物とされ、食べるどころか触れてもいけない(この事からのついた言葉で相手を口撃する事は最大の侮辱となる)。また以外でも虎などの牙やのある動物キツツキロバ、ラバの食が禁止されている。またハラーحلال Halaal, イスラム法に基づいて正しく屠殺・調理された)以外のは食べてはいけない。そんな日本を含む非イスラム圏在住のムスリムのために、インド料理店やパキスタン料理店にはハラール食のメニューがあり、際線の機内食にも islamic food が用意されている。
 
【飲について】
コーランには「お酒には良い面もあるよ。だけど賭け事や偶像崇拝や占いと同じ様に、夢中になって人同士がいがみ合ったり、うっかり日々の礼拝を忘れたりしかねない、まさに悪魔の仕業なんだ。結局、恩恵よりも背負う罪の方が重くなるだろうから止めといた方がいいよ。あと、酔ってる人はトーゼン礼拝禁止ね」(要約)となっており、その地域のの厳しさにしたがって厳禁(打ち刑)~的な場所や過度な飲の禁止、とずいぶん差がある。
 
タバコ
ムハンマドの時代にはアラビアに存在せずコーランで禁止されているわけではないが、「自らその身を危険にさらしちゃいけないよ。それに飲食は大事だけど浪費はダメだからね」(要約)という記述を元に喫煙を禁止する厳格な地域もある。
しかし多くの地域では喫煙が広く容認されており、特に水タバコを通してヒンヤリと冷やされた煙を飲み込まずに(肺に入れずに)口腔や鼻腔でジックリ嗜むものであり、先の「危険」や「飲食」の記述に対する心理的抵抗も少ないために爆発的に普及している。 [3]
 
コーヒー
ムハンマドの時代にはその覚醒作用から一部の義的儀式で霊としてわずかに用いられたのみで、タバコと同様コーランでは規定されていないが、長らくに準じる扱いを受けて禁止されてきた(コーヒーを表すアラビア語カフワ(قهوة‎ qahwah)は元々ワインしていた) 。13世紀ごろに焙煎法が確立して嗜好品として密かに広まった後も「大衆を堕落させる」として一般庶民の飲用が禁止されていたが、15世紀半ばに「コーランに抵触しない」と正式に解禁されて以降イスラム圏で爆発的に広まった。
 
女性について】
身体の線や美しい部分を露出させて(≒男性を誘惑して)はいけないとされ、貞淑の徴であるヒジャーブحجاب Hijaab, 「遮蔽物」。ヒジャブ、ヘジャブとも)で頭の先から先までを覆い隠すのが義務とされている。また、これは外国人も例外ではなく、違反者には外退去などの重い処罰が下される場合もある。
スタイルは地域や宗により様々で、アラビア半島とその周辺ではカーブنِقاب‎ niqaab, 眼以外をすっぽり覆うタイプの頭巾)にジルバーجلباب jilbaab 、首から下を覆うゆったりした衣服)やアバーヤعبايةabaayah 、ローブ)等を合わせる。カス海南西を中心としたシーア派地域ではチャードルペルシア語: چادر chaador, 顔面と両手以外の全身を緩やかに覆う布衣)をい、特にアフガニスタンではルカبرقع burqu‘/burqa‘, 頭頂から上半身全体に被さるタイプの頭巾)を合わせる。北アフリカでは巻きスカーフ(狭義のヒジャーブ)をジルバーブ等と合わせるのが一般的である。
日本でもたまに巻きスカーフを身に付けたムスリム女性を見かけることがあるが、男性は物しいからといって決してガン見してはいけない。単にマナー違反だというだけでなく、「男性を誘惑する」という宗教上のタブーに及ぶ危険性があるからだ。
 
経済
利子を伴う物品の貸し借りや、利子はくても見込みの不確かな取引は禁止されている。これではおおよそ近代的な融業や保険業は成り立ちそうにないように見える。が、そこはよく出来たもので、例えば業者が仲介者となって投機性のい事業や設備投資への出資を旋し、利益が上がった場合にそれを顧客へ分配する……などといった間接的な方法で、高い利率や高額の保険料こそ望めないものの、通常の融・保険業とほぼ同様の業態を展開する事が可となる。
その上、非イスラム圏とは独立したネットワークであり、また大規模な投機も存在しないため、欧中心の相場や政治政策の影較的少なく安定性が高いのも強みで、近年高い注を浴びつつある(産油が石油供給をに強気の政策を打ち出せる大きな理由の一つである)。
 
【偶像崇拝の禁止について】
最も重要なのが偶像崇拝の禁止である。礼拝所であるモスクにはの像も絵もない。ただ、メッカの方向を正面に広間があるだけである。これもによって徹底さが異なるが、厳しいでは(の絵が描いていなくても)絵画・彫刻などは収集も含めて禁止であり、日常において絵が必要な場合には偶像ではなく単なる記号であることを示す印を入れる必要があるくらいである。もちろん二次絵・フィギュアが厳禁な場合もあるのは言うまでもない。一方、預言者ムハンマドは幼いアーイシャ人形遊びをするのを認めたりもしている。

イスラム教にはこれらなどを含めたイスラム法が存在し、またその取り締まりを行うための宗教警察が存在するのが普通である。不倫同性愛などもビシビシ取り締まられる。こうしたで最も有名かつ突き抜けているのが「こそが聖地メッカの守護者である」と、ことある毎にする原理義的サウードサウジアラビアである。

他宗教との関係

一般的には「か、コーラン」(戦争か、宗か)と言う言葉で例えられるように、自らのを非常に暴力的に押し付けるイメージで見られる場合が多い。しかしこの言葉には続きが有り、実際には「か、コーランか、人頭税か」であって、たとえイスラム教徒の支配に下ったの民であっても、人頭税(ジズヤ)と言う別税を支払いさえすれば自らの宗教を信じ、そのに従い続ける権利が認められた。そのため様々な制約はあったものの、イスラム下のインドにおいてもヒンズー教は発達したほか、エジプトのコプトイラクネストリウスなどのヨーロッパでは迫されたキリスト教イランゾロアスター教などの古代宗教も現代まで生き延びることが出来た。しかもその人頭税さえ、実際には商業推進のため免除される場合が多かった

それでも多教に対しては「コーラン以前の段階」と看做すことも多く、そのため古代仏教の一大拠点であったナーランダ大学を破壊するなどのことも時には有った。しかし、自分達と同じく「旧約聖書」を典とするユダヤ教徒、キリスト教徒のことは「啓典の民」と呼び、一定の尊重を示し続けた。そのためキリスト教からの宗者の子を中心としたイェニチェリ軍団は後にオスマン・トルコ事実上で支配し、キリスト教圏では迫されていた時代にもイスラム圏のユダヤ教徒は安全に生活を送ることができた。

その反面、キリスト教は一貫してイスラム教邪教として敵視し続けてきた。例えば中世欧州文学の名作として名高い「ローランの歌」はイスラム教徒への侮蔑と罵詈雑言に満ち、近世フランスにおいて編まれた科全書の辞書にも「ムハンマド=有名な ならず者」との表記が見られ、ほかにもムハンマド黒ヤギ女性の上半身を接ぎ木したような外見のバフォメットという悪魔にされるなど、近代以前のヨーロッパの出版物においては様々な形で「異教徒」への悪意を見ることが出来る。加えてエルサレム奪回の名の下に行なわれた十字軍においては、実際の現場では商取引など戦争以外の様々な交流が行なわれたにもかかわらず、それを知らない一般民衆の間では「異教徒」であるイスラム教徒への憎悪が様々な形で煽られることとなった。その当時から受け継がれて来た『あいつらは狂信的、暴力的』との偏見は、イスラム圏を植民地として支配下に置いた時代の優越感と入り混じりながら現在まで続いているとされる。

またユダヤ教とは、中世から20世紀の半ばまでの非常に長い期間にわたって互いに良い関係を続けてきた。しかし第一次世界大戦の最中、当時パレスチナを支配していたイギリスが「バルフォア宣言」(1917)によってユダヤ人、「サイン=マクマホン協定」(1915)によってアラブ人パレスチナ人)の双方に、「/人◕‿‿◕人\ボク契約して魔法少女味方になってくれたら、君の望み通りパレスチナをあげるよ」と囁いてしまった。それ以来、どちらにとっても非常に重要な聖地であるエルサレムを含むこの地域の帰属を巡り、両者の確執は一気になものとなってしまった。そのどちらも一歩たりとも引くことの出来ない険悪な関係は、未だに修復の処が立たない

ちなみに、イギリスイスラム圏の東側でも似たようなことをしており、植民地化したインドの住民が自分に向かうことのないよう、ヒンズー教徒とイスラム教徒との対立を煽り続ける「分断統治」を徹底して行った。そのせいで現在でもイスラム圏とヒンズー圏の間では較的、確執の起きやすい緊した関係が続いており、特にインドパキスタンにおいては、どちらも核武装であることからその動向に世界の注が集まっている。

キリスト教との関係

意外かもしれないがイスラム教は、聖書典として認め、キリスト教の開祖であるイエス(イーサー)を五大預言者の一人に数えており、また、ユダヤ教キリスト教と共通しているノア(ヌーフ)、アブラハムイブラーヒーム)、モーセ(ムーサー)もその中に入れている。これはイスラムのアラーキリスト教エホバが同一のと解釈しており、イエスらが伝えきれなかったか誤伝された預言を、最後にして最大の預言者ムハンマドが伝え直したとされているためである。

逆に大きく違うのは、三位一体説と子:イエス霊は結局一心同体である、要するにイエスでもあるという考え)が流でイエス自身が信仰されているキリスト教に対し、イスラム教イエス普通の人間と認識していることが大きく違う。イスラム教ではムハンマドも一介の(最上で最後とはしているが)預言者としてしか考えられていないが、これはムハンマド自身が「崇拝すべきなのはである」とし「自分はその言葉を預かっただけのただの人間に過ぎない」と宣言するなど、徹底的に個人崇拝を否定し続けたためである。

ちなみにキリスト教は当然、ムハンマド預言者とは認めておらず、コーランデタラメと解釈している。またユダヤ教は、イエスムハンマド、そのどちらも預言者として認めていない。

預言者と「イスラム教」「キリスト教」「ユダヤ教」の関係を分りやすく描けば次のようになる。

預言者認定 イスラム教 キリスト教 ユダヤ教
ノア
アブラハム
モーセ
イエス [4]
ムハンマド    

西洋的な倫理観・価値観との対立

また、上記以外にも西洋的な倫理観や価値観(個人義や民主主義人権問題、男女同権など)と対立することも多い。

例えば、イスラム教では条件によっては16歳未満でも結婚出来るとされ、較的近代的な法体系を備えるマレーシアでも14歳少女との結婚は条件を満たしていれば可と判断された例がある(つまり幼女結婚できる。預言者ムハンマド自身も56歳の時に3番の妻アーイシャ(当時9歳)との婚姻を「完成」させたとされているが、まあそれはさておき[5])。また、イスラム教は一夫多妻制を認めているも多く、この点も西洋諸と対立している。

他にも、政教一致(近代国家政教分離が基本である。但し世俗義をとるトルコ教を決めていないインドネシアなど例外も多い)、死刑も含めた残虐な刑罰(石打ち刑など)といった先進諸が問題視しそうな物事は多い。そのため「哲学や理念と言った点において、イスラムと西洋近代の価値観は必ずしも相容れないとは言えない」などの明も欧人を含む一部の学識者から出ているものの、そうした考え方は現実政治的な動きに対して未だ大きな影を持つことの出来ない状態が続いている。

ジハードについて

ハードجهاد jihaad)は日本語ではしばしば中二もらしく「戦」と訳されるが、これはほんの一面的かつ恣意的な解釈に過ぎない。アラビア語では「奮闘・努」という日常的な言葉であり(例えばヒンズー教徒であるガンジーインド独立に伴う活動もアラビア語では「ジハード」と訳されている)、宗教的な文脈においては「ムスリムとしての奮闘・努」をす。その行為者形複数ムジャーヒディーン(مجاهدين mujaahidiin)も宗教的な文脈において 「ムスリムとして闘い励む者たち」となるが、これにも「戦士」「イスラム戦士」といった中二病物騒なレッテルを安易に貼るべきではなく、「闘士たち、努たち」という素な本義がある事を憶えておくべきである。

ハードは大きく「内へのジハード(大ジハード)」と「外へのジハード(小ジハード)」の2つに分けられる。前者は内なる自己に対する努であり、ムスリムとしての自身を高めていくことを標とし、信仰者の日常行為の規範として非常に重視されている。後者は外なる他者に対する奮闘であり、アッラーの定めに従うイスラム法による秩序の拡大・浸透がとなる。

だからこそ、異教徒であってもイスラム法に従って人頭税さえ支払っていれば今まで通りの宗教生活が保障されてきたのである。また、あくまでジハードの一手段に過ぎない「戦」にしても「異教徒が々に戦いを挑んで不義を働いた場合に限る」とコーランに明記されているので、何でもかんでも戦いを吹っかけられるというわけではないのだ(その分、報復は執拗かつ容赦いとも言えるが)。

しかし近年、ジハード過激派イスラム教徒のテロの大義名分としてよく使われている。有名な例で「ハードを行うと天国に行け、72人の処女を抱ける」というものがある。しかし、そうしたについては他のイスラム教徒から不適切であるという意見が出ることも多い。また本来は(乱暴な例えだが)イスラム教徒版教皇とでも言うべきカリフ)と呼ばれる教導的地位にある人物しかこのジハード認定する事が出来ない。しかもこのカリフ位は、モンゴル帝国による侵略時に殺されて以来、新しい人物が立っていないのである[6]。にもかかわらず最近では、ただイスラム教徒であるというだけで時には職者ですらない人物が「戦」を唱えるなど、明らかに怪しい使用例も多く見られる。

また、先行きの見えない貧困やまともな教育を受けない者たちに対し、過激派テロ起の決行を煽る為にこのような餌を使う例は古今東西に見られ、別にイスラム教に限った話でないことも心にとどめておく必要がある。

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脚注

  1. *アリーはムハンマド方のいとこにあたるが、ファティマと結婚して養子に入った。つまり、おじとめいの近親婚である。
  2. *ウマイヤカリフを選出ではなく世襲にしたことで今までのイスラムの体制とは明らかに変質しているため、一般的には正統カリフとされているのは第4代アリーまでである。
  3. *ただし、確かにニコチン等はに溶けるものの、長時間吸っていればそれ以上の有物質を吸う事になるので、結局のところ普通タバコより水タバコの方が安全ということにはならない。
  4. *現在キリスト教において、イエスとは、人間であり同時にであるとされる場合が多い。そのため宗により預言者、預言に登場するそのもの、またはの一部とされるなど様々な位置づけが見られる。一方、この記事はイスラム教を扱ったものであるため、それらキリスト教に関連する部分については深入りを避け、イスラム教側から見ての一般的な解釈である預言者カテゴリーに記すものである。キリストイスラム双方のイエス観には違いの有ることに注意されたい。
  5. *これには当時の他の記録にはこのような若年婚の記録が見当たらないことから「この年齢は記述時のシーア派との対立の中で彼女の処女性と清廉性を強調する必要があったが故のものであり、実年齢とは異なるのだ」、いは「これらの繋がりは戦争を避けるための政略結婚として現実に機していたため、万が一にも夫婦ではないと疑われる訳にはいかなかったのではないか」などの意見も有り、様々な議論が見られる。
  6. *モンゴル帝国の崩壊後にも、いちおう「カリフ」の地位には幾人もの人物が就任している。しかし、最上位の権威を持つはずの地位であるにも拘らず3人が別々に就任し、それぞれが別々に民族の支持を頼みに正当性を争う場合も有ったなど、かつての汎イスラム的支持や格式を持っていたカリフ明らかな変質、混乱ぶりを見せるようになっていた。そのため彼らに関しては、国家民族の長と言った非宗教的(世俗的)権を持つ人物が、自らの権勢を正当化するための「輿」として名前だけの就任者を設けていたと看做される場合がほとんどである。

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読み:イスラムキョウ
初版作成日: 10/12/21 21:29 ◆ 最終更新日: 16/12/25 11:58
編集内容についての説明/コメント: 「関連用語」の「中央アジア」に「ティムール朝」を追加しました。
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イスラム教について語るスレ

2663 : ななしのよっしん :2017/08/23(水) 09:02:19 ID: 5FkPeXi6bF
>>2646
原理義者が危険ってのは同意(この場合の原理義者ってのはテロ等の手段で他人に強要・強制する連中という意味で捉えて欲しい)

で、イスラム教が危険な宗教でないとは言い切るのは難しいと思う。
もちろん危険と言い切ることもしないけれど。
イスラム教が危険かどうかを判断するとしたら教義を見て判断する必要があるだろうね。

イスラム教イスラム教徒ではないと思ってる
大多数のイスラム教徒は他者と共存できるし平和する人々だろう
が、だからといってイスラム教自体が平和かどうかは別問題。
2664 : ななしのよっしん :2017/08/23(水) 10:18:02 ID: FJOdKIT+4C
いわゆるメシアイメージ旧約聖書的な軍隊率いて敵を倒しまくる英雄像と、に仕えたり
神の子であったりそのものであったりの人像があり、ムハンマド像はこれが凄く未分化。
イエス聖書を編纂した人たちが上手く前者の「英雄像」を消した。
2665 : ななしのよっしん :2017/08/23(水) 11:45:33 ID: G8AeqKE+Zw
ユーチューバヒカルくんの5億資産の前に一本の動画で敗れ去った雑魚宗教
2666 : 削除しました :削除しました ID: hW10Vc5TLq
削除しました
2667 : ななしのよっしん :2017/08/23(水) 18:21:31 ID: zsYuVHOxpB
>>2664
その「英雄像なきメシア」である「イエス・キリスト物語」に始めて触れた当時のアラブ人達は何をどう思ったのか、果たしてそれが「メシア」足り得ると考えたのか、またこの物語の背後には何があるのだろうと勘ぐりはしなかったか、
旧約聖書的」な言い伝えは幾らでも自分達の部族の間に転がっていただけに、それらの疑問点は彼らの頭をこれになく捻らせた事だろうね。
ユダヤ教徒も彼らの近くに居た訳で、彼らから聞こえてくる話と自分達部族に残る伝承、そして当時新たに湧いて出てきた「神の子」にわる物語、これらを端から端まで較べていったのでは?
2668 : ななしのよっしん :2017/08/24(木) 11:24:32 ID: /OmqNgo4S1
イスラム国のやっている事はイスラム教徒じゃない!」って話もあるけど、

昔、預言者ムハンマドが行っていたことを、今現在、最も忠実に再現して行っているのが、イスラム国だと思う。

アッラーアクバル!」言いながら、異教徒に対しての、
ショバ代強要、略奪、奴隷売買、誘拐人質、身代、用が済んだら首チョンパ
イスラム国が今やっているこれらのことは全部、
千数年前の中東で、預言者ムハンマドがやっていたのと、まるっきり同じこと。
(違いは、使っている武器の種類が高性になったという、ただそれだけ。)

だからISの連中が、
「自分たちは飽くまでムハンマドに忠実に従っているだけだ。」
って言っているのは、こじつけでもなんでもなくて、本当の話。
2669 : ななしのよっしん :2017/08/24(木) 11:35:53 ID: /OmqNgo4S1
イスラム教預言者ムハンマド)とイスラム国カリフバグダディ)の較(適宜追加希望
マッカからやってきた余所者のムハンマド教団がマディーナを手に入れる。 イスラム国がモースルやラッカを手に入れる。
ムハンマド教団がマッカのキャラバン(隊商)を襲撃する。   イスラム国が油田を奪って原油を売ったり、銀行を襲撃して預を奪う。
ムハンマド教団が見せしめのためにクライザ族を皆殺しにする。  イスラム国がヤジディ教徒やティクリートで大量処刑を行う。
ムハンマド教団ユダヤ教徒や多教徒に対して奴隷化と人身売買を行う。  イスラム国がヤジディ教徒に対して奴隷化と人身売買を行う。
2670 : 名無し募集中。。。 :2017/08/24(木) 12:45:03 ID: J9+LDspqjm
ムハンマドは偉大な預言者であってもではないというのがイスラム教なので
ムハンマドの言行を格化して条件にその通りするのが正しいんだとしたらそれはもはやムハンマド教だじぇ
2671 : ななしのよっしん :2017/08/25(金) 05:35:13 ID: BlaqXc3XKD
イスラム教が根付いているところでは必ずと言っていいほど、宗教導者、イスラム法学者がいるからね。つまり、聖書の言う通り一言一句行うわけではなく、現代社会に即してどう解釈するかを、専門が研究し蓄積をした上で述べるわけ。
ただこれも地域やごとに厳密に同じじゃないから、一般化はできないけど、少なくとも原理義者の中でも過激派テロ繰り返してる人とは思考回路違うんじゃないかな。
だからこそ宗教導者がISISへの非難を浴びせるということが日常的にあるわけだし。

インドネシアイランサウジアラビアは全く違うくらいは言えるかな。サウジが一番厳格。
2672 : ななしのよっしん :2017/08/25(金) 09:42:46 ID: ZiX12mtBFS
確かにムハンマドの言行は信徒の規範の基礎として据えられているし、
上で摘されているように色々とやってはいるんだけども
それらは彼が最後の預言者という別格の地位にあったが故のものであって
預言者ならぬ自称カリフの行為を正当化できるものではないんだよね。
共同体に属する大半のムスリムが彼らに批判的なのも、そういうこと。

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