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単語記事: インティライミ

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インティライミとは、日本の競走のことである。な勝ち鞍は京都新聞杯・朝日チャレンジC・京都大賞典。

競走馬の一覧

通算成績~24戦5勝、2着3回、3着3回、着外18回 収得賞 3億4158万6000円

概要

・・・05世代、ディープの世代です。

05世代の軌跡↓

ディープインパクトクラシック三冠(しかも無敗での偉業)→7冠→顕彰馬
皐月賞2着 シックスセンス→故障引退
ダービー2着 インティライミ→故障
菊花賞2着 アドマイヤジャパン→故障引退
桜花賞 ラインクラフト→急死
オークス シーザリオ→故障引退
秋華賞 エアメサイア→故障引退
最優秀ダートホース カネヒキリ→故障

これはひどい・・・呪いにでもかかっているかのようなあり様。

そんな、ダービー2着インティライミですが、名前の由来は、アンデスレディーから来ている。
南半球にあるアンデス地方の言葉太陽祭りという意味。

調教師は佐々木晶三、戦騎手は佐藤哲三。

2歳-2004年

8月小倉競馬場でデビュー不良馬場をものともせず、新戦を単勝1番人気で制す。
続いて、新潟2歳ステークスに出走、オーバーザウォールに続いての姉弟重賞制覇が懸っていた、しかし、後方から追い上げるも、結果は6着と大敗、その後休養に入った。

3歳-2005年

休み明けのゆきやなぎ賞はスローペースになり、直線の勝負に。イブキシオンとの競り合いの結果、クビ差の2着に敗れた。デビュー4戦500万下条件戦は42番手から直線楽々抜け出し2着と5身差の圧勝。

続く京都新聞杯では、スタートでもたつき最後方からの競馬になったが、3コーナーから捲り気味に外を上がり、直線入口で先頭にたって押しきり重賞初制覇を飾る。スペシャルウィークが晩年で見せたような見事な追い込みだった。

「今年の3歳レベルはそこまで強くはないだろう」そんな中、行われた東京優駿(日本ダービー)

ディープインパクトがずば抜けて高い分、それは更にそう感じさせるものだった。無敗での2冠達成に周りが期待する中、見事にその期待にこたえたディープインパクト。しかし5身差を付けられてしまった、2着のインティライミは称賛に値する。前半は好位で折り合い、4コーナー先頭に立ち、直線坂下までは一昨年のタップダンスシチージャパンカップを彷彿とさせるようなレースで「あわや」と思わせるシーンだった。もし今回のダービーにこのが出走していなかったら、ディープインパクトは直線で全くの独走になってしまっていた。きっとつまらないレース内容になっていたに違いない。

その後、菊花賞ディープインパクトの3冠阻止に期待され対抗とされるが、蹄を傷め、蹄葉炎寸前まで悪化。
幸い、生命の危機は脱したものの、そこから大きく調子を崩し、長い低迷期に入ってしまった。

4歳-2006年

周囲の期待とは裏に、勝ち鞍どころか掲示板確保すらできない存在にまで落ちぶれることになる。

長期休養後の復帰戦、日経杯では久々の競馬に加えトップハンデの影で3着に敗れる。
続く阪神大賞典では、ダービー以来となるディープインパクトとの対戦となったが、4秒差のブービー負け。距離が不向きだったとはいえ、の差は歴然だった。

京都大賞典、天皇賞(秋)掲示板にすら載れずに苦しんでいたが、12月の中新聞杯で2着に入り、復調の兆しを見せた。

5歳-2007年

2007年は負傷した佐藤哲三の代わりに柴田善臣が手綱をとった。去年の中新聞杯で復調気配を見せたため人気を集めたが、AJCC中山記念とも結果に応えられず、特に中山記念では最下位であった。

佐藤哲三の故障も癒え、3ヶの休養を経て臨んだ賞で3着に入ると、続く宝塚記念でもコンマ9秒差の7着とまずまずの結果を残す。そして2007年9月8日に行われた朝日チャレンジCでそれまでの先行策から一転、後方からレースを進め直線で大外に出すと、鋭い伸び脚を見せ豪快に差し切り、2年4ヶぶりの勝利。
ディープを意識した戦法を棄て、が一番を発揮できるものへと変えた佐藤哲騎手の判断も素らしかった。

さらに、京都大賞典ではポップロックアルナスラインを下し、重賞2連勝。

この後にタップダンスシチーに続け!とばかりに、天皇賞(秋)を回避しジャパンカップに出走したが、直線でメイショウサムソンの外に持ち出すも伸びず、10着に敗れた。
その後、有馬記念に出走、佐藤哲三は椎を折していたため、福永一が騎乗した。ファン投票の結果は5万769票の9位だった。終始2~3番手を好走するも、直線では伸びず、9着に敗れるという結果に終わってしまった。

6歳-2008年

6歳となった2008年大阪杯から始動、続いて賞に出走、しかし結果が出ず両レースとも7着に敗れることになる。その後の宝塚記念では単勝11番人気としながらも、終始3~4番手を走り続ける好走、しかし、これからという直線の攻防で四位騎手騎乗のアサクサキングスにぶつけられ騎手が立ち上がるほどの不利を受ける、エイシンデピュティ、メイショウサムソンき合いに加わったがゴール前で尽き、2頭に頭+首差及ばず3着に敗れた。悲願のG1タイトルにあと一歩届かなかった。

不利がなければ勝っていたのはこのだった、あの脚色なら間違いなく突き抜けていた・・・
佐藤哲三「自分ができることはやったんだけど…。泣きてえ!」、佐々木晶師「これからというところで不利。ジョッキーはステッキを落としていたらしい」とそれぞれコメントを残している。

レース後に放牧されたが9月に右前種子靱帯炎を発症していることが判明し休養。

7歳~8歳-2009~2010年

7歳になり迎えたおよそ11かぶりとなる復帰戦は3年連続出走の賞、レースでは終始4~5番手を進むが直線で伸びず、6着に敗れた。
ひときして迎えた宝塚記念、大逃げを打ったコスモバルクに対して、好位から徐々に差を詰めるが、3でつまずいてバランスを崩してしまった、さらに4で再びつまずいて完全にバランスを崩してしまう、コスモバルクを交わし、先頭一団のまま直線を迎えるが、それが原因で直線で失速し12着と大敗を期してしまった。以後は衰えからか1度も掲示板に載ることができずに、2010年小倉大賞典15着の後屈腱炎が判明し引退。今後は乗となる予定である。

血統表

スペシャルウィーク

 

サンデーサイレンス

キャンペンガール

アンデスレディー

 

ノーザンテースト

ペルースポート

 

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関連項目

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ページ番号: 2731252 リビジョン番号: 1370105
読み:インティライミ
初版作成日: 09/04/08 18:22 ◆ 最終更新日: 11/12/04 17:26
編集内容についての説明/コメント: 一部文章改訂・関連項目追加
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インティライミについて語るスレ

1 : ななしのよっしん :2009/06/27(土) 11:29:03 ID: WlxZ6E4Zog
インティライミって聞くと地元にある料理屋さんが思い浮かぶわ
確かペルーだったかな
2 : ななしのよっしん :2009/12/23(水) 00:47:32 ID: z6OORre1yo
ディープがいなければダービーだったのにね
3 : ななしのよっしん :2010/01/19(火) 14:39:03 ID: fqLXXgEhvp
まだ現役だったのか・・・
4 : ななしのよっしん :2010/02/11(木) 22:41:43 ID: kh8w05A7gx
ダービーん時はもの凄い期待を背負わされてたなぁ
今やディープを倒すとしたらこいつしかない的な
5 : ななしのよっしん :2012/01/18(水) 04:34:57 ID: 60IVkeMMdJ
>>4
どっちかっていうとディープと対戦した事のあるは勝ちないだろうから
未対戦組ならあるいは…ってくらいの期待度で…
期待のされ方で言えばストーミーカフェの方が上だったと思うな。

戦績見返してみると強いだし、GⅠ勝つもあったはずなんだけどそれよりも
「あのディープの2着」っていうイメージが常に付きまとってたせいで人気先行の印が強いんだよね…
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