90年 有馬記念
オグリキャップ復活、ラストラン。
神はいる。そう思った。
―2011年有馬記念CMより
オグリキャップとは、日本の元競走馬、元種牡馬である。競走馬としての通算成績は32戦22勝(中央20戦12勝、地方12戦10勝)、主な勝ち鞍は有馬記念、安田記念、マイルCS。
1988年に最優秀四歳牡馬、1990年に年度代表馬及び最優秀五歳以上牡馬、1991年に顕彰馬に選出されている。
父はダンシングキャップ、母はホワイトナルビー。1994年の桜花賞馬オグリローマンは半妹。
地方競馬出身、第二次競馬ブームの立役者として、同じく地方競馬出身で第一次競馬ブームの立役者となったハイセイコーと比較されることが多い。愛称は「オグリ」「オグリン」「芦毛の怪物」等
概要
1987年5月19日に笠松競馬場でデビューし、デビュー戦と4戦目にマーチトウショウに敗れたものの、5戦目から翌88年1月10日のゴールドジュニアまで8連勝(うち重賞5勝)を達成。多少のごたごたはあったものの、地方通算12戦10勝の実績を掲げて中央競馬へと乗り込んだ。
- 四歳時のオグリキャップ
中央移籍初戦のペガサスステークスを制すと、その勢いで次走・毎日杯も優勝。本来ならば皐月賞に出走する流れなのだが、オグリキャップはクラシック出走登録(中央競馬のクラシックレースに出走するために必要な登録)をしていなかったため、皐月賞、ダービー、菊花賞への出走は不可能だった。
なお、この時にオグリキャップがクラシックレースに出走できなかったことに加え、毎日杯でオグリキャップに敗れたヤエノムテキが皐月賞を制していることから大橋巨泉らからクラシック登録制度に対する抗議の声が上がり、後に追加登録料を払えば追加登録可能となった(オグリキャップ自身は恩恵に与れなかったものの、1999年にテイエムオペラオーがこの制度を使って皐月賞に出走、優勝を果たした)
結局皐月賞・ダービーに出走の叶わなかったオグリキャップだが、京都四歳特別、ニュージーランドトロフィー四歳ステークスと四歳限定重賞をペガサスステークスから数えて四連勝。さらに高松宮杯、毎日王冠と古馬を相手に連勝し、当時日本タイ記録だった重賞6連勝を達成。
その後、一歳年上の天皇賞馬・タマモクロスとの芦毛対決として注目された天皇賞秋、ジャパンカップはタマモクロスに敗れるものの、最後の対決となった有馬記念でリベンジを果たし優勝。見事にGI初制覇を果たす。
- 五歳時のオグリキャップ
馬主が交代するゴタゴタがあったうえ、大阪杯から始動というプランも繋靭帯炎を発症し断念。春シーズンは全休。
秋シーズンは昨年のライバル・タマモクロスの主戦騎手南井克巳を鞍上に迎え、産経賞オールカマーをレコード勝ちで復帰を果たす。その後、当初はオールカマーから天皇賞へ直行の予定も、あまりに旺盛な食欲から太め残りが懸念され、間に毎日王冠をはさむことが決定。その毎日王冠では、同じ地方(大井競馬場)出身の天皇賞馬イナリワンと激突。イナリワンとの火の出るようなデットヒートをハナ差制し天皇賞へ向かうことになった。
次走・天皇賞秋では同い年の菊花賞馬・スーパークリークと対戦。勝負どころでヤエノムテキに進路をカットされ、猛然と追い込むもののクビ差の二着に敗退。続くマイルチャンピオンシップでは久しぶりのマイルの流れに戸惑うものの、安田記念馬・バンブーメモリーをハナ差で下し優勝。次走は南井の「借りはまだ半分しか返していない。ジャパンカップでは倍にして返してみせます」の言葉通り、連闘でジャパンカップへ向かうこととなった。
このジャパンカップではドイツ馬イブンベイの繰り出した超ハイペース(1800m及び2200m通過タイムが当時の1800m、2200m競走日本レコードを上回っていた)の中で四番手を追走。ニュージーランド代表ホーリックスにクビ差敗れたものの、走破タイムは勝ったホーリックスと同じく2.22.2で、これは1999年に更新されるまで世界レコードだった。
その後、堂々のファン投票1位で有馬記念へ進むものの、連戦の疲れが出たのか直線入り口でスーパークリークにあっさり交わされ5着に敗退。南井とのコンビはこれが最後となった。
- 六歳時のオグリキャップ
9月の米国遠征(G1アーリントンミリオン)を見据え、安田記念からの始動。前年まで宿敵ともいえる関係だった武豊を鞍上に迎え、レコードタイムで快勝、完全復活をアピールする。だが宝塚記念ではオサイチジョージの二着に敗退。さらにレース後に脚部不安(右飛節軟種)を発症し、遠征計画は白紙に戻されてしまう。
ここから歯車が狂ったのか、調整不足のうえぶっつけで出走した天皇賞秋は初めて掲示板を外す六着、調子の上がらないまま出走したジャパンカップでは生涯唯一の二桁着順である十一着に敗れてしまう。
オグリキャップは終わった。誰もがそう思い、このまま引退すべきだという声が多数上がり、「オグリキャップの有馬記念出走を取り消さなければ馬主の自宅及び競馬場に爆弾を仕掛ける」という脅迫状が送られてくるという事態にまで発展した。
だが、陣営はオグリキャップの引退レースとして有馬記念出走を決意。
鞍上に、ライバルであったスーパークリークの主戦・武豊(安田記念に続いて二度目)を迎えたこのレース、スローペースの中終始中団を進んだオグリキャップは直線で先頭に立ち、追撃してくるメジロライアン、ホワイトストーンを抑えて優勝。優勝後の「オグリ」コールは、同年のダービーにおける「ナカノ」コールと並んで、GI優勝馬・優勝騎手に対するコールのさきがけとされる。
ちなみに、関連動画のゴール前のシーンで解説の大川慶次郎氏が叫んでいる「ライアン!」は二着馬のメジロライアンのこと。
引退後は種牡馬となり、産駒の活躍が期待されたが目立った成績を上げることは出来ず、2007年に種牡馬を引退。
そして2010年7月3日、転倒による複雑骨折により、安楽死。
「芦毛の怪物」は天国のGIへと旅立った。
オグリキャップブーム
中央競馬より劣るとされる地方競馬出身のうえ三流血統でありながら中央競馬の強豪たちを打ち倒し、さらにタマモクロス、スーパークリーク、イナリワンら強力なライバルと数々の名勝負を演じたオグリキャップの姿は当時のバブル景気との相乗効果で第二次競馬ブームを巻き起こし、オグリギャルと呼ばれた女性ファンを獲得、関連グッズとして販売されたオグリキャップぬいぐるみは爆発的な売上を記録した。
その影響力は、「普段は競馬に縁のない芸能人がオグリの名前を口にし、競馬に興味を持たない主婦もオグリの名前は知っている」とされたほど。
現在は全盛期と比べて人気は衰えたものの、それでもオグリキャップの知名度は高く、競走馬の人気ランキングでは常に上位にランクインする、関連書籍が出版される、パチンコの題材になる等未だ人気サラブレッドとしての地位は揺らいでいない。
関連動画
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関連項目
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読み:オグリキャップ
初版作成日: 10/05/03 04:28 ◆ 最終更新日: 12/03/20 22:20
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