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単語記事: オリックス・バファローズ

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パシフィックリーグ
オリックス・バファローズ
基本情報
創設 1936年
本拠地 京セラドーム大阪
ほっともっとフィールド神戸
優勝回数
リーグ優勝 12回
日本一 4回
セ・パ交流戦優勝 1回
アジアチャンピオン 0回
経歴
阪急軍(1936年-1946年)
阪急ベアーズ(1947年)
阪急ブレーブス(1947年-1988年)
オリックスブレーブス(1989年-1990年)
オリックス・ブルーウェーブ(1991年-2004年)
オリックス・バファローズ(2005年-)
プロ野球球団テンプレート

オリックス・バファローズとは、日本プロ野球パシフィック・リーグに所属する球団。

概要

親会社はオリックス。現在の監督岡田彰布(2010年~)。本拠地は大阪市京セラドーム大阪神戸市ほっともっとフィールド神戸は準本拠地。

略称は「オリックス」「オリ」。アルファベット表示は「Bs」。ネット上では「檻」と略されることも多い。パ・リーグでは一、球団名に地域名が入っていない。二軍の球団名は2008年まで「サーパス」だったが、ネーミングイツ契約終了により2009年からはオリックスに戻っている。

2004年オリックス・ブルーウェーブ大阪近鉄バファローズが合併することで誕生したチームであるが、ブルーウェーブの存続チームとして認識されている。だがその一方、「バファローズ」の名前を用い、神戸での催試合を年々減らし大阪の球団としてアピールしていることは、旧オリックスファンからも近鉄ファンからもわりと複雑な感情をもって受け止められている。

なお、ブルーウェーブ時代についてはオリックス・ブルーウェーブ、さらにそれ以前の阪急時代については阪急ブレーブスの項を参照。また近鉄に関しては大阪近鉄バファローズの項を参照。

非常に伝統ある球団で勝ち数は4500を越え歴代3位を誇るが、昔から人気は微妙。本拠地の近い阪神タイガースの煽りを受けてのことだと思われる。また近年は毎年のように監督交代が繰り返されているのが、長期的なチーム作りを阻し、低迷の遠因になっている節もあった。

しかし2008年以降、金子千尋T-岡田坂口智隆などの若手が台頭し、積極的な戦補強もあって、2007年以前とはほぼ別のチームと言っていいほどに戦が入れ替わった。

2011年からはチームカラー、球団旗、ユニフォームデザインロゴマスコットなどを一新し、「新・時代へ」を掲げ、チーム全体の大幅なリニューアルを敢行。言葉通りに新たなバファローズ時代が幕を開けるのか、岡田監督の手腕が問われるところである。

年表

2005年(62勝70敗4分、4位) 「Bsの幕開け、最後の仰木マジック」 監督:仰木彬

合併初年度は監督ブルーウェーブ黄金期の名将・仰木彬を迎える。分配ドラフトによって(岩隈久志などが入団拒否したものの)2球団の戦をいいとこ取りしたため、ブルーウェーブ末期絶望的な戦から大幅に層が厚くなった。

西武と終盤までプレーオフ争いを演じ、最終的には4位に終わったが、前年までの底の見えない暗っぷりからはべものにならないほどの戦いぶりを見せた。とはいえ合併してもAクラスに入れなかったあたり、いかに前年までのオリックスの戦が貧弱そのものだったかが伺える。広島東洋からトレードで獲得した菊地原毅が最優秀中継ぎ投手き、怪我から復帰した加藤大輔、同じく怪我から復帰の守護神大久保勝信とともに阪神の「JFK」に倣って「KKO」とだけ呼ばれた。他にも2年歌藤達夫や、香月良太萩原淳などリリーの健闘がった。

しかし、ガンに冒されながら揮を執り続けた仰木の体は既に限界を迎えており、シーズン終了後に仰木は退任。そのまま12月に帰らぬ人となった。代わって中村勝広監督に就任する。

2006年(52勝81敗3分、5位) 「暗黒ふたたび」 監督:中村勝広

前年、仰木監督の置きみやげとして巨人から清原和博を獲得。さらにメジャーで挫折した中村紀洋を獲得し大きな話題を呼ぶ。しかしシーズンに入るとどちらも故障が原因で大きく期待を裏切る結果に。

ルーキー平野佳寿は前半戦こそ新人王を争う活躍を見せるが、疲れで後半戦に失速。清原中村の不振でチームは絶対的な柱を欠き、リリーも前年ほどの働きは出来ず、終盤はあわや東北楽天に追い抜かれるかというところまで落ちぶれ、勝率.391の5位に終わる。

オフ中村監督は低迷の責任をとって辞任。代わってテリー・コリンズが監督に就任。また中村紀洋が故障の扱いを巡ってフロントと大揉めして自由契約となり、ブルーウェーブ時代からのであった谷佳知をトレードで巨人放出した。

2007年(62勝77敗5分、6位) 「雌伏の時」 監督:テリー・コリンズ

前川勝彦の無免許ひき逃げ逮捕という不祥事で幕を開けた2007年

開幕直前、既に一度引退して1年のブランクがあったタフィ・ローズを獲得。実績は歴代最強クラスだが既に高齢でありブランクがあったこともあって、誰もが「働けるのか?」と首を傾げた。しかし蓋を開けてみればローズは年齢もブランクも感じさせない、往年と変わらぬ打棒を発揮し不動の4番に。終盤の離脱でタイトル山崎武司に譲ったが、42本塁打96打点と文句なしの成績を残した。

しかし、シーズンを通しての明るい話題といえばそのぐらいで、チーム川越英隆吉井理人ダンセラフィニなどの先発が不振にあえぎ、打線も1、2番が固定できず序盤から苦戦。GWに記録的な大失速をするとその後はAクラス争いもできず、東北楽天の躍進もあって合併3年にして最下位まで転がり落ちた。二軍との選手の入れ替えが少なく、二軍で活躍していた選手から不満の声があがることもあった。

その一方、シーズン後半戦では金子千尋岸田護などが台頭して希望となる。また坂口智隆ルーキー大引啓次などが積極的に起用され、低迷の中にも翌年への種はしっかりと撒かれていた。

オフ西武ライオンズを退団したアレックス・カブレラを獲得したほか、濱中治古木克明と長打のある選手を次々とトレードで獲得し、「いったいオリックスはどんな打線を組む気なんだ?」と誰もが首を傾げた。

2008年(75勝68敗1分、2位) 「新生バファローズ」 監督:テリー・コリンズ→大石大二郎

1月11日ジェレミー・パウエルを獲得との報道が出るが、末に福岡ソフトバンクホークスがパウエルの獲得を発表。二重契約が発覚し大揉めとなり、結局パウエル福岡ソフトバンクに入団することに。色々と物議を醸したが、よもやこれがフラグになろうとは、この時は誰も予想していなかった。

前年の最下位もあって前評判は低く、平野佳やデイビーらローテ候補が次々と戦線離脱し開幕からローテが組めないという暗展開で開幕を迎える。急遽リリーから小松聖山本省吾がローテに入ることになり、開幕直後はカブレラの不振もあって苦戦が続いた。カブレラの復調とともにチームは多少上向きになるが、5月21日にはコリンズが「野球に対する全ての情熱を失った」と突然辞任。急遽ヘッドコーチ大石大二郎が代行として揮をとることになる。

ところが、この監督交代が契機となり、カブレラローズの大暴れに引っぱられてチームはぐんぐんと上昇気流に乗る。先発小松聖を筆頭に、場から金子千尋山本省吾近藤一樹の4本柱が確立坂口智隆後藤光尊らが覚醒してレギュラーを掴み、加藤大輔は劇場しつつ守護として奮闘する。

北京五輪代表に誰も選ばれず戦ダウンが一切無かった恩恵もあってか、みるみる順位を上げAクラス争いに参戦し、9月に大失速した福岡ソフトバンクを蹴落として最終的に9年ぶりのAクラスとなる2位へ駆け上がった。小松聖が15勝を挙げ新人王、ローズが打点王、加藤大輔セーブ王坂口智隆ゴールデンラブいた。

だがクライマックスシリーズでは北海道日本ハムに経験の差を見せつけられ、1stステージで敗退。

オフにはホセ・フェルナンデスを獲得しさらに重量打線化を論む。またトレードで大村直之を獲得した。

2009年(56勝86敗2分、6位) 「またしても下位に終わる檻」 監督:大石大二郎

ローズカブレラ、ラロッカフェルナンデスと並ぶ重量打線「ビッグボーイズ」を売りに、開幕前は優勝候補にも挙げられた。キャンプでは野茂英雄を臨時コーチに招聘。

しかしカブレラローズが相次いで故障で離脱、ラロッカフェルナンデスも故障して、ビッグボーイ全員が揃うことは結局無かった。さらに後藤日高、大引といったレギュラーまでもが次々と離脱する極端な故障禍に泣かされる。

投手小松がズタボロに打ちこまれたのを筆頭に、正捕手日高の不在もあってか、守護加藤大輔以下それまで較的定していたリリーが崩壊。シーズン終盤には11勝していたエース金子が抑えに回る事態になった。

結局、開幕前には充実と評されていたはずの戦が全く整わず、歯車が狂ったまま千葉ロッテとともに低飛行が続き、最終的には最下位に返り咲いてしまう。オフには責任を取って大石監督が辞任。後任に前阪神監督で球団OBの岡田彰布の就任が決定した。また球団本部長中村勝広シーズン中に解任された。

なおフェルナンデス解雇され、ローズ契約が難航し結局退団。ビッグボーイズは解体となった。一方、トレードで巨人から木佐貫洋阪神を戦外になったアーロム・バルディリス、そしてメジャーから日本に復帰した田口壮を獲得。

2010年(69勝71敗4分、5位) 「(来年に)期待してもらって結構です」 監督:岡田彰布

宮古キャンプ中、小瀬浩之ホテルで転落死するという悲報に見舞われる。再出発をす矢先の、若手野手のホープだった小瀬の突然の死に、チームファンは深い悲しみに包まれた。なお、小瀬の死を受けて開幕前に埼玉西武からトレードで赤田将吾を獲得。

東北楽天との開幕3連戦を3連勝と幸先のいいスタートを切る。しかし大暴れしていたカブレラがまたも戦線離脱、投手定感を欠いて次第に連敗が立つようになり、4月の終わりには4位に転落。そのまま交流戦を迎える。が、交流戦に入ってから岸田護リリーフに回ったことで平野佳寿と必勝リレーが形勢されリリー定。打線はT-岡田バルディリス覚醒カブレラの復帰に北川博敏の好調、シーズン中にトレードで獲得した荒金久雄も活躍し、勢いに乗って16勝8敗で交流戦初優勝、6あった借を完済する。しかしこの年の交流戦はパが上位を独占したため、ほとんど差を詰められず順位は4位のままだった。

そのまま波に乗れるかとおもいきや、レギュラーシーズン再開直後の北海道日本ハム3連戦で3連敗すると、再び勝ったり負けたりを繰り返して5割前後をうろうろし、調子を上げてきた北海道日本ハムと4位争いをしながら上位3球団に追いすがる展開になる。金子千尋が3試合連続完封を皮切りに13連勝を果たし、途中加入のフランシスコ・カラバイヨや外野にコンバートされた森山周の台頭、ルーキー比嘉が故障から復活、鴨志田バーニング中山慎也についに覚醒の兆しなど明るい材料も多かったが、山本省吾近藤一樹らの先発が相変わらずピリッとせず、較的定感のあった木佐貫洋は援護に恵まれなかった。

それでも終盤戦まで千葉ロッテ北海道日本ハムと三つCS争いを繰り広げ、残り10試合の時点ではまだ優勝の可能性さえ残っていたが、最後に堪えきれず脱落。2試合を残してBクラスが確定、最後は消化試合モード千葉ロッテCS進出を華麗にアシストし、岡田政権1年は69勝71敗4分、借2の5位で幕を閉じた。

金子千尋が最多勝、T-岡田ベストナイン本塁打王、カブレラベストナイン坂口智隆ゴールデンラブを獲得。しかしオフにはカブレラの残留交渉が決裂、退団となる。代わりに巨人から李承燁を獲得。またMLB通算124勝の韓国英雄賛浩を獲得し、投打に韓国スター選手を揃えた。トレードでは山本省吾一輝らを放出して、横浜から寺原隼人高宮和也などを獲得。ドラフト会議では岡田監督がくじを3回連続で外す史上初の記録を作ってしまった(外れ外れ外れ1位名は駿太)。なおドラフトでくじ運が悪いのは昔からである。

2011年(69勝68敗7分、4位) 「おんなじこと(連勝と連敗)の繰り返しよ」 監督:岡田彰布

「新・時代へ」のキャッチコピーを掲げ、チームカラーロゴマスコットの変更など大幅なリニューアルを敢行した岡田政権2年。だが、キャンプ金子千尋がと近藤一樹が戦線離脱という、いきなり暗ただようスタートとなる。

キャンプオープン戦で活躍した高卒ルーキー駿太を開幕スタメンに抜擢して話題を呼ぶ。しかし開幕直後は統一球の影もあってか後藤光尊T-岡田李承燁ら中心打者の不振で打線が機せず、西勇輝の台頭だけが明るいニュースという状態で苦戦が続いた。

それでも前年優勝した交流戦に入ると徐々にチームは上向きはじめる。坂口智隆田口壮の1・2番コンビが打ちまくり、6月には金子近藤が復帰し7連勝。交流戦を15勝7敗2分の2位という好成績で終えて最下位から一気に3位へ駆け上がった。が、7月は3試合連続サヨナラ勝ちのあと7連敗、8月には6連勝のあと7連敗。勝ちだしても負けだしても止まらなくなる波の大きさで、3位から5位の間を上下し続ける展開が続く。

8月の終わりから9月にかけて9連勝すると、3連敗のあと5連勝、1敗を挟んでまた5連勝と快進撃。10ゲーム以上離されていた2位日本ハムに一気に薄し、あわや逆転2位かというところまで迫った。が、10月に入ると再び連敗モードに入ってしまう。同く9月以降猛に追い上げてきていた西武にぴたりと背後にり付かれ、引き分け以上でCS進出だったソフトバンクとの最終戦エース金子千尋で敗戦。同日に日本ハムに勝った西武に僅か勝率1毛差(西武勝率.5037、オリックス勝率.5036)でかわされ、最後の最後で4位に転落、掴みかけていたCS進出を逃した。

寺原隼人が12勝を挙げ復活、西勇輝先発中継ぎを往復しながらも10勝を挙げ、中山慎也がついに先発ローテに定着。リリーフでも吉野誠の復活など、投手は新戦の台頭や今までくすぶっていた選手の復活が見られた。一方打線はアーロム・バルディリスシーズン通して勝負強い打撃で牽引、坂口後藤もしっかり巻き返したが、T-岡田の不振や北川博敏の離脱などで定した破壊は発揮できず、層の薄さを選手のやりくりで乗り切っていたが、最後に地の差で尽きる格好になったシーズンだった。

オフ李承燁が退団。代わりに韓国の三冠王・李大浩を獲得。また西武からFA宣言したミンチェと、巨人を退団した高橋信二を獲得。金子圭輔とのトレードで高橋秀聡を獲得し、田口壮加藤大輔が戦外となった。

応援歌

 MEGA STOPPER「SKY」。

マスコット

ネッピー&リプシー(2005~2010)

ネッピーはネプチューン息子として1991年、「ブルーウェーブ」へのチーム名変更に伴い誕生。背番号111。阪急ブレーブスマスコット「ブレービー」の中の人であった野修が引き続きスーツアクターを務め人気を博した。

リプシー1998年に、ネッピーに助けられた海賊として登場。背番号222。

キャラクターデザインは「ファミ通」の表でおなじみのイラストレーター松下進。

近鉄と合併し「バファローズ」となってからも引き続きマスコットを努めていたが、チームカラーの刷新に伴い、2010年をもって2人とも引退、故郷のへ帰っていった。

なお同年、ネッピーのスーツアクターであった野修が死去している。

バファローブル&バファローベル(2011~)

ネッピー&リプシーに代わって登場した新マスコットチーム名の「バファローズ」に合わせてキャラとなった。

キャラクターデザイン開時から「かわいい」と評判だったが、実際にマスコット人形が登場すると、二次元より三次元の方がかわいいバファローベルの虜になる人が続出、野球ファン以外の層まで取り込む人気に。そのかわいさからか、他球団マスコットに某鬼畜ペンギン)からセクハラされる始末。

公式写真集まで発売されたり、薄い本が出たり、バファローベル人気は留まるところを知らない。でもたまにはお兄さんのことも思い出してあげてください。

詳細はそれぞれ「バファローブル」「バファローベル」記事を参照。

ファンサービス

前述の通り人気の高い球団とは言い難い面がある。年々観客動員数自体は増えており、2010年ホームゲーム均観客動員数が20000人に乗ったものの、いまだパ・リーグ5位、12球団中9位に甘んじている(ちなみに下は東京ヤクルト横浜東北楽天)。ホームゲームでは大阪ドームの観客席にまだまだ席が立つことが多い。そのためファンサービスに非常にを入れている、のだが……。

ウグイス嬢、場内アナウンス声優を起用したり、レディースデーと銘打って美化200%の乙女ゲーのようなポスター製作したりと、何か間違った独特な方向に突っ走ってしまうことが多い。

余談だが、大阪ドームオーロラジョンに流れるスタメン発表の映像は毎年非常に凝った作りになっている。

信頼と実績のトレード・放出履歴(2006~2011年)

現在、12球団で最もトレードによる補強に積極的な球団である。オリックス・バファローズとなった2004年オフ以降で、トレードで放出した選手はのべ24人(岩隈久志を除く)、獲得した選手はのべ28人で、トレードに関わった選手のべ52人は同期間内で12球団トップだったりする。

が、実際のところトレードでの選手獲得が補強になっているかどうかは甚だ疑わしい……というかむしろ出された選手の方が移籍先で活躍するというパターンが特に近年は非常に多かった。負広の暗パネェッス。

しかし、中村勝広球団本部長が解任された2009年オフからは一転して、木佐貫洋荒金久雄らトレードで獲得した選手が活躍し、放出した選手(高木康成や金澤健人)も移籍先に貢献するトレード巧者に変貌した。

2006年オフ放出

中村紀洋(契約で揉めて戦外→中日育成枠)
 →2007年(中日) 130試合 打率.293 20本塁打 79打点 日本シリーズMVP

谷佳知(長田浩・鴨志田とのトレードで巨人へ)
 →2007年(巨人) 141試合 打率.318 10本塁打 53打点 不動の2番レフトとして優勝に貢献
 (←長田:一軍出場5試合 鴨志田:一軍登なし)

早川大輔俊哉とのトレードで千葉ロッテへ)
 →2007年(千葉ロッテ) 133試合 打率.283 5本塁打 44打点 2番センターとしてレギュラーに定着
 (←:一軍出場12試合。日高剛前田大輔に次ぐ3番手捕手に留まる)

2007年オフ放出

平野恵一阿部健太(濱中治吉野誠とのトレードで阪神へ)
 →平野 2008年(阪神) 115試合 打率.263 1本塁打 21打点 2番セカンドとして前半戦の快進撃に貢献
 →阿部 2008年(阪神) 32試合 0勝1敗1H 防御率2.96 敗戦処理から中継ぎとして活躍
 (←中 85試合 打率.253 9本塁打 29打点)
 (←吉野 43試合 1勝3敗5H 防御率3.66 左の中継ぎとしてそれなりに活躍)

大西宏明(古木克明とのトレードで横浜へ)
 →2008年(横浜) 105試合 打率.270 4本塁打 21打点 対左投手時の1番打者として活躍
 (←古木 21試合 打率.222 0本塁打 4打点 ほぼ二軍暮らし)

2008年オフ放出(ここまで暗黒)

ユウキ(戦外、東京ヤクルトと育成契約)
 →2009年(東京ヤクルト) 19試合 5勝6敗 防御率3.40 支配下登録され先発ローテの一として活躍

加藤康介(戦外、横浜に移籍)
 →2009年(横浜) 31試合 1勝0敗13H 防御率3.68 勝ちパターン中継ぎとして活躍

2009年オフ~2010年シーズン中(ここから巧者)

高木康成 ⇔ 木佐貫洋(巨人)
 ←木佐貫 2010年(オリックス) 28試合 10勝12敗 防御率3.98 先発ローテ入りし2桁勝利を達成
 →高木 2010年(巨人) 21試合 1勝1敗3H 防御率1.09 8月に一軍昇格し11試合連続無失点

阿部真宏 ⇔ 赤田将吾(埼玉西武)
 ←田 2010年(オリックス) 79試合 打率.217 8本塁打 34打点 前半戦で低打率ながら何故か本塁打を量産
 →阿部 2010年(埼玉西武) 64試合 打率.256 1本塁打 10打点 重な内野スーパーサブとして貢献

金澤健人 ⇔ 荒金久雄金子圭輔(福岡ソフトバンク)
 ←荒 2010年(オリックス) 64試合 打率.269 3本塁打 16打点 一時は外野のレギュラーを手中に
 ←金子 2010年(オリックス) 31試合 打率.217 0本塁打 2打点 好守と俊でスタメン出場の機会も掴む
 →金澤 2010年(福岡ソフトバンク) 38試合 1勝1敗1H 防御率2.89 強リリーの一として優勝に大きく貢献 

2010年オフ~2011年シーズン中

山本省吾喜田剛 ⇔ 寺原隼人高宮和也横浜
 ←寺原 2011年(オリックス) 25試合 12勝10敗 防御率3.06 1年間ローテを守り完全復活
 ←高宮 2011年(オリックス) 20試合 0勝0敗1H 防御率3.97 それなり程度には戦
 (→山本 2011年(横浜) 21試合 2勝11敗 防御率5.92 開幕投手を任されるも散々な結果に)
 (→喜田 2011年(横浜) 一軍出場無し オフに戦外通告)

ホークスとの因縁

同じ関西に本拠地を構えていた阪急南海時代から、ホークスとの間には不思議と因縁がついて回っている。

2度の球団身売り・合併がともに同年(1988年、2004年)

1988年10月1日南海ホークスダイエーへの球団譲渡を発表。福岡ダイエーホークスが誕生。
同年10月19日阪急ブレーブスはオリエント・リースへの身売りを発表。オリックスブレーブスが誕生。

2004年6月オリックス近鉄の合併計画が報道される。、紆余曲折を経て9月8日オーナー会議で球団合併が承認され、選手会のストライキや分配ドラフトを経て12月1日オリックス・バファローズが誕生。
同年10月18日ダイエーの存続問題でソフトバンクが球団買収に乗り出すことを表明し、11月30日に買収が正式発表。12月24日オーナー会議で承認され、福岡ソフトバンクホークスが誕生。

二度に渡って球団の身売りや合併が同年に重なったのは、無論のことバファローズホークスのみである。

入れ替わる黄金時代

パ・リーグ元年の1950年から60年代半ばまで、鶴岡一人監督のもと南海ホークス時代を誇ったが、67年、南海が初のBクラスに転落するとともに、西本幸雄監督に率いられた阪急ブレーブスは悲願の初優勝を果たす。ここから78年までの12年間で阪急は実に優勝9回という圧倒的な強さで時代を築いた。

1989年オリックスとなってからはAクラスを維持し、1995年オリックスとして初優勝。1996年には日本一き、以降1999年までAクラスを維持し続けた。一方この間、福岡ダイエーはお荷物球団として常にBクラスにあったが、ブルーウェーブ最後のAクラスとなった1999年福岡ダイエーが初優勝。以降ダイエーソフトバンクは毎年優勝争いを繰り広げ、一方オリックスは戦がガタ落ちしブルーウェーブ末期には3年連続最下位になるなど暗黒時代に突入していた。

2008年バファローズ2位へ躍進するとホークスはその年最下位。2009年ホークスが3位、バファローズは最下位。1989年以降、両チームがAクラスかBクラスのどちらかに揃って入ったのは1999年のみである。

阪急のフルボッコとダイエーの逆襲

戦前の1940年4月6日阪急軍対南海軍の試合は32-2というプロ野球記録の32得点・30点差で阪急が勝利した。

それから63年後の2003年ダイハード打線を擁し圧倒的な強さを誇ったホークスの前に、投壊状態のオリックスは為す術もなくされ、8月1日には1-29という2リーグ制以降の最多記録となる29得点・28点差で福岡ダイエーが勝利。ちなみにこの4日前のホークス戦では7-26で敗れており、2試合で55失点というプロ野球記録も作っている。この年オリックスホークス戦で20失点以上を4回記録するなど見るも無惨なほどにフルボッコにされた。

パウエル二重契約事件と2008年の明暗

2008年の戦績にも記したが、2008年1月バファローズが一度は獲得を表明したジェレミー・パウエルがその後ホークス契約を結び、二重契約として問題に発展した。結局パウエルホークスに入団することになる。

しかしこの年、王監督最終年のホークスは故障者の続出とリリーフの崩壊で最下位に転落。一方バファローズは新戦が次々と台頭し9年ぶりのAクラスとなる2位に躍進。パウエル騒動が誰も予想だにしないフラグになる格好になった。

なお、ホークスに入団したパウエルはこの年、1勝4敗に終わり1年で退団。一のを挙げたのは大阪ドームでのバファローズであった。

大百科に記事のある所属選手・関係者

所属選手の()内の数字は2012年シーズンの背番号

現所属

監督コーチ 球団スタッフ
一軍 二軍
投手 捕手 内野手 外野手

球団マスコット

OB・関係者

2005年以降に所属した選手・首のみ。阪急時代の選手に関しては阪急ブレーブスの項を、ブルーウェーブ時代の選手に関してはオリックス・ブルーウェーブの項を参照。

あ行 か行 さ行
た行 な行 は行
ま行 や行 ら行
わ行
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関連コミュニティ

関連項目

NPB所属球団
セントラルリーグ パシフィックリーグ
読売ジャイアンツ | 東京ヤクルトスワローズ | 横浜DeNAベイスターズ | 中日ドラゴンズ | 阪神タイガース | 広島東洋カープ 北海道日本ハムファイターズ | 東北楽天ゴールデンイーグルス | 千葉ロッテマリーンズ | 埼玉西武ライオンズ | オリックス・バファローズ | 福岡ソフトバンクホークス
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読み:オリックスバファローズ
初版作成日: 08/09/22 11:38 ◆ 最終更新日: 12/05/21 01:56
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オリックス・バファローズについて語るスレ

150 : ななしのよっしん :2012/04/29(日) 13:29:25 ID: 7d+LsoCudW
打線で一好調だったTが離脱という不幸。暗に戻らないでくれよー
151 : ななしのよっしん :2012/05/09(水) 23:04:30 ID: 7txCaq/Bnt
数年ぶりに試合を見るけど、井川ってこんな投手だったっけ?
もう少し投げてくれたら岡島との大リーガー投手の投げ合いになったのに残念。
152 : ななしのよっしん :2012/05/10(木) 22:13:14 ID: 7btCfNlrwg
151>井川ってこんな投手だったっけ?
62球投げて降ってペニーより少ないじゃん。

このままアメリカへ帰る気じゃないだろうな・・・
153 : ななしのよっしん :2012/05/16(水) 06:45:48 ID: 7d+LsoCudW
1回釣ったぐらいで何を言ってるの…。
年俸考えて長なことを言うなといわれるかもしれないが、まだキャンプにも参加してなかったんだから体を作って調整している段階。
むしろ思ってたより直球のキレはあったので期待できると思う。

ただ、井川よりはその試合で後に投げた塚原のほうが期待がもてる。高卒2年からでてるのは西と同じだけどその時の西よりもいい球投げてるし。
154 : ななしのよっしん :2012/05/16(水) 21:23:27 ID: 7txCaq/Bnt
 ペニーとべるのはどうかな…。落としては面いけど。

 調整不…。ウエスタン・リーグでしてくれたと思ってたけど。まだ一軍に上げる時期じゃなかったとしたら、焦り過ぎだったのかも。

 阪神時代の試合を見たことある人なら、簡単にピンチを背負う試合に違和感を感じたかも。昔は150キロ台のストレートと配球で心してみていられた。

 登録抹消ではなく、二軍調整らしいので大丈夫かも。今度は万全の体制を作って欲しい。
155 : ななしのよっしん :2012/05/17(木) 09:43:27 ID: 1l5H6T9lKG
ソフトバンク戦での負けに等しい引き分け以降打線が…orz
156 : ななしのよっしん :2012/05/19(土) 21:54:30 ID: 7d+LsoCudW
年は坂口と同じくらいとってるけど川端ルーキーなのにすごい
157 : ななしのよっしん :2012/05/22(火) 23:27:22 ID: iF0xcV6z9K
デホいけるやん!川端はこれからやな
158 : ななしのよっしん :2012/05/23(水) 23:15:46 ID: 1l5H6T9lKG
今日の試合見てきたけど…マクレーンが登した間に終わったって気分になった…
159 : ななしのよっしん :2012/05/24(木) 02:20:52 ID: LCalFoSqIY
昨日の試合はなぁ…塚原投入したなら失点するまで使ってやれよって思った。
香月ミンチェで失点したって何も得るものないよ。
負けなら負けで将来につながる負けをしてほしい。
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