| 基礎データ | |
|---|---|
| 正式名称 | カメルーン共和国 République du Cameroun(仏) Republic of Cameroon(英) |
| 国旗 | ![]() |
| 国歌 | おおカメルーン 我らが先祖のゆりかご |
| 公用語 | フランス語、英語、その他各部族語 |
| 首都 | ヤウンデ |
| 面積 | 475,440 km2(世界第52位) |
| 人口(’08) | 約1,890万人(世界第59位) |
| 通貨 | CFAフラン(XAF) |
概要
国名はこの地を訪れたポルトガル人がえびが多かった事から小エビを意味する「カマラウン(camarão)」と名付けた事から。8000年前より栄えたこの国はピグニーのバカ族が先住一族とされている。1470年12月にポルトガル人がこの地を訪れるも、拠点は置かず。1870年代~1911年、ドイツ帝国がガーナ全土を支配。が、ドイツが敗れた第一次世界大戦後には西部がイギリスの「西カメルーン」、東部がフランスの「東カメルーン」として委任統治領となる。第二次世界大戦中はフランス軍の拠点となったが、戦争終結後には東カメルーンは晴れて自治を認められるように。1960年にはようやく独立。当初は連邦制であったが1972年に廃止、連合共和国へと以降。そして、1984年には国名を現在のカメルーン共和国に変更した。
経済規模は鳥取県よりやや小さい程度。通過のCFAフランはフランスの為替レートに左右されやすいという欠点があるものの、フランス・フランとの交換レートが固定されているため、安定した下地を持つことが出来た。そして、一人でもやっていける程度の国内総生産を持っているので西アフリカ諸国経済共同体と南部アフリカ開発共同体、どちらにも所属しなくても問題ない。農業ではコーヒー、ココア、綿花が有名。そして、田舎の自給率が高い。というか高すぎるので都会が余りモノを食らっているというのが現状である。石油は取れるが、それ以外の鉱物はあまり取れない。最近インターネットが普及し、規制を受けないプロバイダーが増えている。
サッカーとカメルーン
ドイツ保護領時代時代からサッカーが盛ん。アフリカネイションズカップでは4度の優勝経験があり、FIFAワールドカップでも常連国として存在感をアピールしている。アフリカ勢初のベスト8に食い込んだ事から、その実力はおわかりいただけるだろう。そして、日本人にとっては中津江村をなくして語ることは出来ない。村内のスポーツ施設の有効活用を目的に公認キャンプ地として名乗りを上げた中津江村。その結果、訪れたのがカメルーン代表メンバーであった。彼らが遅刻をしなければ、坂本休村長は有名にならなかったし、日本人のカメルーン人を自称することが無かっただろう。W杯後も、少なくとも坂本氏はカメルーンとの交流を続けている(お陰でシュバリエ勲章をゲット)。
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関連項目
- 国の一覧
- サッカーカメルーン代表
- 91.7L
- 中津江村
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%B3


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読み:カメルーン
初版作成日: 11/09/22 21:06 ◆ 最終更新日: 12/01/08 13:04
編集内容についての説明/コメント: 国旗追加
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