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カンパニー単語

カンパニー

カンパニー とは

  1. 英語で「会社」「仲間」などをす言葉。
  2. 2001年まれの日本の元競走馬。 →競走馬の一覧

両方解説する。

概要

カンパニー古フランス語の「compānis」という単となっており、これは「共にパンを食べる」を意味する。(com=いっしょ pānisパン

またそこから「友好」「親交」のような使われ方をしていた。

この単は「コンパニオンcompanion:仲間、付き添い人」と同じである。

現在の英単で「company」と言った場合は「会社」「友人」「仲間」「人の集まり」などの意味で使われている。

日本で「カンパニー」と言った場合は「会社」を意味することが多い。

カンパニー(競走馬)

カンパニー 2001年4月24日

2004年1月デビュー戦を勝利。強ひしめくクラシックには出走がわなかったものの、2度の重賞挑戦となったGⅢラジオたんぱ賞で2着。
5戦3勝、2着1回の好成績でクラシック終戦菊花賞でGⅠに初挑戦したが、デルタブルースの9着に敗れる。

この敗戦以降は本来の適正であるマイルから中距離レースに矛先を絞り、程なくして重賞、ひいてはGⅠ戦線の常連として名を連ねていくこととなる。
2005年GⅢ京阪杯で重賞初制覇を果たすと、以後も2006年GⅡ大阪杯 2007年GⅢ・関屋記念 2008年GⅡ中山記念 GⅡマイラーズカップを制覇するなど、毎年のように重賞での勝利を重ねていった。

その一方、GⅠの舞台においては後方から脚色良く追い込むも届かずのレースを繰り返し、度々掲示板を確保するも券内に入れたのは2007年天皇賞(秋)で3着に食い込んだ1度だけ。GⅡ以下で見せる強さとは裏イマイチぶりにファンの間では「善戦マン」「GⅡ大将」との評価が次第に定着していった。

2008年、11番人気の低評価で出走した天皇賞(秋)では、直線ほぼ最後方からの怒涛の追い込みにより「と今年のダービーウオッカダイワスカーレットディープスカイ歴史的な叩き合いに1頭違う脚色で割り込み、あわや勝利かと思わせる走りを見せる。結果は惜しくも4着に留まったものの、レコード決着で勝利したウオッカと同タイムでの走は、今までの善戦マンぶりとは一味違う強な印を残すこととなった。
しかし、この走りで2番人気にまで評価を上げて挑んだマイルCSでは大外から追い込むも一歩届かず、またしても4着に敗れてしまう。

2009年、8歳となったカンパニーは、年明け初戦の中山記念を2年連続で制覇。4歳から続く重賞連勝記録を5年に伸ばした。その後マイラーズカップ2着を挟んで挑んだ安田記念ウオッカディープスカイの2強に対し、大きく離れた外を回して追い込むも、結果は3度の4着
そして次レース宝塚記念では、前年から戦を務めていた横山典弘が他に騎乗のため、騎手が岩田康誠へと乗り変わりとなる。不安の一方で新味が出るという意見もあり、事実レースでもGⅠではしく先行し、前の方で積極的な競馬を見せる。

……が、直線に入ると内からバテず伸びずの走り。実況でさして名前も呼ばれぬ中、ひっそりと4着。これでなんと、GⅠ出走機会、4戦連続の4着である。この前代未聞とも言える記録に、某掲示板等では「わざと4着になっている」「ヨンパニー」などの揶揄が飛び交い、話題と笑いの種を提供することとなってしまった。

そして2009年。8歳という、ちょっと前の日本競馬なら、とっくに引退していてもおかしくはなく、調教・休養面での技術が発達し、競走馬としての寿命が伸びている昨今でさえ、大ベテランと称するに相応しいカンパニーにとって、
『年齢的に重賞は何とか勝てても、もはやGⅠ制覇は理、大レースでの名脇役としての立場を全うすれば御の字』
との評価が大勢を占めていた。
そんな中、カンパニーの初戦、GⅡ毎日王冠を迎える。世間の注は、GⅠ6勝(当時)にして、この年も安田記念ヴィクトリアマイルとGⅠを2勝しているウオッカ人気の方も、ウオッカが当然のように圧倒的な1番人気に推されたのに対し、カンパニーは4番人気
しかし、前年に続き逃げを選んだウオッカに対し、カンパニーは直線で一歩ずつ懸命に詰め寄ると、ゴール前でこれを捕らえ勝利。ここにきて、ウオッカとの対戦3度にして初めての金星を挙げる。

も、ファンの認識としてはあくまでここは前戦。事実、前戦でどんなに好走しようと、本番では4着・5着の定位置に収まっているのが今までのカンパニーであり、「本番」となった天皇賞(秋)においても、負けた側のウオッカが2戦連続で1番人気に推されたのにに対し、勝利したはずのカンパニーは新にすら後れを取る5番人気にとどまった。

だが、からの好調を維持して迎えたレースでは、中段後方の位置から徐々に進出し、最後の直線で「ヨンパニー」と呼ばれ続けた憤をらすかのような脚を繰り出すと、最後まで脚色衰えることなく、ウオッカを初めとするGⅠ9頭の追撃を退けて勝利。8歳、そして13度の挑戦にして悲願のGⅠ制覇を果たした。
中央競馬地GⅠで8歳(旧年齢で9歳)が勝利を挙げたのは、これが史上初めてのことであった。また、上の横山典弘にとっても、かつてサクラローレルセイウンスカイ等の名で獲れなかった20の挑戦にして掴み取る悲願の勝利となった。

余談になるが、レースが終わった後、カンパニーウイニングランの最中に観客の前でUターンしたり、検量所を通り越して再度パドックに向かおうとするなどの「奇行」を続け様に披露していた。慣れない大歓に戸惑いつつも、体全体で喜びを爆発させていたかもしれない。

ようやく掴んだ勲章を携え、カンパニーラストランとなるマイルチャンピオンシップへと挑む。他の有が軒並みレースを回避した結果、それまで長きに渡って役を引き立てる脇役でしかなかったカンパニーは、引退レースにしてGⅠの舞台で初めての「役」を務めることとなった。
「この相手なら負けないだろう。」「いや、そうと見せかけて4着になってくれるのがヨンパニー。」期待と不安、様々なで埋め尽くされた競馬場で、1番人気に推されたカンパニーは中段から馬場の中央を強く抜け出すと、スローペースで逃げたを最後きっちり捕らえ、キャリアと格の差を見せ付ける形での勝。足掛け6年、35戦の現役生活をGⅠ連勝の大団円で締めくくった。

現役最後のこの年、生涯最高の7戦4勝、うちGⅠ2勝。掲示板を外さぬ安定感もあり、一時は年度代表の有補にさえ挙げられるも、その後のライバルの活躍により、年度代表、最優秀4歳以上等のタイトルには一歩及ばなかった。しかし、史上初の8歳でのGⅠ制覇を含む活躍が評価され、JRA賞の特別賞を満場一致で受賞。引退に大きなを添えることとなった。

引退後

引退後は社台スタリオンステーションにて種デビューを果たし、初年度から地方競馬では重賞勝ちを出したものの、中央競馬においては思うように勝ちを伸ばすことができず苦戦が続いた。

初年度には100頭以上のを集めたものの、実績ある他の種との競争に打ち勝つことができず、種付け数も減少。2015年には熊本県本田土寿牧場へと移動する形となり、産の中心地である北海道から遠く離れることとなってしまった。

贔屓に見ても当時の実績では見切られてもやむを得ないところで、種失敗の烙印を押されたままひっそり消えていくかにも思われたが、その後徐々にではあるが中央競馬の舞台でも活躍するが現れ始め、遂に2018年にはウインテンダネスGⅡ目黒記念を勝利し、中央競馬の重賞を勝つところまでこぎつけた。

ちなみに、ウインテンダネスは一口として募集されたのだが、募集時の売り文句は「このは障レース向きだと思っている。レースで成績が出なかったら障レースで走らせるつもりなので、障レース興味のある方にお薦め(要約)」であった。それがレースの、しかも重賞まで勝ってしまったのだから、つくづく可性とは分からないものである。

とはいえ、九州産の現状を鑑みるに、ウインテンダネス1頭のだけで劇的に状況が上向くかと言えば、正直厳しいところではある。2017年度の統計で、北海道における競走馬の生産頭数が6,920頭に対して、九州のそれは全県合わせても52頭。規模の違いは如何ともしがたいところである。

それでも、ミラルアドマイヤが一子相伝でカンパニーを出したように、あるいはカンパニーも一子相伝で自らの血を継いでいくのかもしれない。今競馬場を走っている子にも、そしてこれから生まれてくる子にも、その可性はまだ残されている。今後の活躍に期待したい。

エピソード

1.ダイワメジャー2006年の競争成績と、カンパニー2009年の競争成績がほぼ一致している。

  2006年 ダイワメジャー 中山記念2着→マイラーズカップ1着→安田記念4着→宝塚記念4着→毎日王冠1着→天皇賞(秋)1着→マイルCS1着→(有馬記念3着)

  2009年 カンパニー   中山記念1着→マイラーズカップ2着→安田記念4着→宝塚記念4着→毎日王冠1着→天皇賞(秋)1着→マイルCS1着→(引退

  最後の有馬記念以外は同一のローテーションで出走し、中山記念とマイラーズカップの着順が逆転している以外は着順も同一である。加えて、マイルCSにおいては両とも単勝2.3倍のオッズで1番人気に応え勝利を収めている。

2.1とも重なるが、両ともに同一年で天皇賞(秋)マイルCSのGⅠの連勝を達成している。本記事を作成した2011年末において、達成は両の他にはニッポーテイオー1987年に達成)のみである。

3.両ともに、天皇賞(秋)において1着と最下位の両方を経験している。(ダイワメジャー2004年17頭立て17着 カンパニー2006年に16頭立て16着、1頭出走取消)本記事を作成した2011年末においては、グレード制施行以降中央競馬の同一の地GⅠで1着と最下位を共に経験したことがあるのはこの2頭のみであったが、その後トランセンド(GⅠ・ジャパンカップダートにおいて2010年2011年に1着→2012年に16頭立て16着)が新たに加わった。

も、これだけの共通点がありながら、活躍のピークがずれていた事もあってか、直接の対戦成績では9戦してカンパニー2勝・ダイワメジャー7勝と、大幅にけられた記録が残っている。

レース動画

  • ヨンパニー

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ページ番号: 4619463 リビジョン番号: 2593614
読み:カンパニー
初版作成日: 11/04/27 14:51 ◆ 最終更新日: 18/05/29 04:17
編集内容についての説明/コメント: 産駒の重賞勝利記念 引退後の種牡馬としての情報を追記 動画差し替え 他全体的に追記
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1 : ななしのよっしん :2012/01/19(木) 01:39:23 ID: C7cJfQx7b9
カンパニーローエングリンバランスオブゲームエアシェイディ、ネヴァブション、何故差がついたか…
2 : ななしのよっしん :2015/07/18(土) 07:18:05 ID: wKgznFkW6R
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