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単語記事: ケルト

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ケルト (Celt) とは、ケルトに属する諸言の話者となる人々の文化、言ルーツとなった古代の人々およびその文化をす用である。現存するケルトとしてアイルランドスコットランド・ゲール (スコットランドとは別)、ウェールズブルトンがある。マン島コーンウォールは一時的に消滅したが人為的に復活、保存の動きが進められている。

ニコニコ動画ではケルト音楽に関する動画にタグ付けされることが多い。 →ケルト音楽

概要

紀元前600年ごろに古代ギリシア人が西方ヨーロッパに住む異文化集団 (人種による区分ではない) を「ケルトイ (よそ者)」と呼んだことに由来する。紀元前400年ごろにはケルト人が西方ヨーロッパに広く分布していたと考えられるが、共通する民族意識を抱いていたわけではなく、地域ごとにそれぞれの文化を発展させてきた。そのうえ、ケルト人の秘的、幻想的なイメージが近代以降、合理批判ロマン義、ナショナリズム等と結びつき、学術的な範囲をえて様々な脚色や曲解が加えられてきた経緯があるため、その実体はつかみにくく、何をもって「ケルト文化」と呼ぶかは曖昧なところがある。

大陸のケルト

かつてヨーロッパ各地に広く分布したケルトのうち、ブリテンを除く地域、即ちヨーロッパ大陸のケルト人およびその文化を大陸のケルト(Continental Celts)と呼ぶ。

ケルトインドヨーロッパ族に属する言だが、その祖の発生や波及の過程についてはっきりとしたことはわかっていない。通説では器時代の後期から器時代にかけて中央ヨーロッパに広まったハルシュタット文化と呼ばれる文化様式がその発端であると考えられている。これが後にラ・テーヌ文化へ移行する頃には、ケルト人は西はイベリアブリテン、東は小アジアまでその分布を広げていた。しかし、ブリテンの一部を除き、これらの地域はやがてローマの拡大により征され、ケルト人は次第にローマ人と同化していった。

ケルト語が残存する国家・地域

一般名 ケルト
スコットランド Alba(アルバ)
アイルランド Éire(エーラ)
マン島 Ellan Vannin(エラン・ヴァニン)
ウェールズ Cymruカムリ
コーンウォール Kernow(ケルノウ)
ブルターニュ Breizh(ブレイス)

ケルト音楽

一般的にケルト文化とみなされている地域の伝統音楽や、それらを基に様々な方面に発展させた音楽の総称として「ケルト音楽」という言葉が用いられる。ケルト文化諸地域の現代における“ケルト的な”文化の代表として広く認知されており、特に80年代から90年代にかけてのケルトブームを牽引した。ブルターニュのロリアンでは毎年8月ケルト文化の祭典インターケルティックフェスティバルが開催され、ケルト文化諸地域から毎年数多くのアーティストが参加し、数十万人の観客が訪れる一大イベントとなっている。

しかし、この「ケルト音楽」という言葉較的最近使われるようになった商業的側面の強い言葉であり、音楽的な実体は無い。既に述べたように「ケルト」という概念自体が曖昧であり、現在「ケルト音楽」と呼ばれる類の音楽も、実際に古代ケルト人にまでルーツが辿れるわけではない。

また、ひとくちに「ケルト音楽」と言っても地域ごとにその特色は様々であるうえに、純粋な伝統音楽から、その表層をなぞっただけの (もしくはなぞってすらいない) ポピュラー音楽まで非常に幅広く用いられ、どこまでをすのかははっきりしない。ケルト音楽の代表的なものとしてアイルランド音楽スコットランド音楽が挙げられるが、上記のように濫用されがちなケルト音楽という言葉でこれらを十把一絡げにしてしまうとそれぞれのから怒られることがある。

アイルランド音楽スコットランド音楽アメリカへ移民とともに渡り、後にカントリーミュージックブルーグラスの流となった。そしてこれらの音楽音楽に取り入れて生まれたのがロックンロールだといわれることから、ロック流のうちの一つとしてケルト音楽が挙げられることがある。

ケルト音楽は中世ヨーロッパ世界観を基にするファンタジー映画アニメゲームBGMとしてよく使われることから、そういった世界観を想起させるものとして定着しており、ゲームアニメに親しみがあると思われるニコニコユーザーの間では、古くから作業用BGMとしてコアな人気があった音楽ジャンルである。

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関連項目

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ページ番号: 512888 リビジョン番号: 1379030
読み:ケルト
初版作成日: 08/08/31 21:20 ◆ 最終更新日: 11/12/14 01:43
編集内容についての説明/コメント: 大陸のケルト追加
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ケルトについて語るスレ

39 : ななしのよっしん :2011/09/06(火) 22:20:19 ID: S+7E9j3U9o
誰か>>35>>36>>38のいわんとすることを簡潔に説明してくれ
40 : ななしのよっしん :2011/09/07(水) 02:33:14 ID: IeAmSQQsJf
馬鹿だからよく分からん。
とりあえず議論して命令してるのは馬鹿だね。
41 : ななしのよっしん :2011/10/29(土) 23:41:07 ID: 5n0sT6dXEH
>>35>>36については>>28バグパイプやフィドルを狭義に解釈しすぎていることへの批判だな
多少、言葉らずな書き込みではあるが間違ってはいない

それに対して>>38は、ただの頭の悪い煽りに見えなくもないが
好意的に解釈すると>>28ケルト民族がはっきりしているというが気に食わないんだと思われる
それについては諸説あるんだから噛みつかれてもって感じだな
42 : ななしのよっしん :2011/11/23(水) 09:46:09 ID: EDxPxXfXTY
>>28ケルト民族のは所々ミスがあってとんでもないことになってるってことだろう?、合ってる部分もあるから分かりにくいかもしれないが
少なくとも×ブルゴーニュ→○ブルターニュ、一字違いなんだけどものすごい間違ってる。前者はブルグンドで後者ブリトン人の土地。
後、アイルランドのゲール人はケルト。(スコットランドのピクト人は言がよくわからんがブリトン人系とも言われるが諸説あり)>>28の定義ならゲールケルトでピクトもケルトかもしれない
元来のケルトは東の方からに乗ってきたといわれるが、じゃあ、「ブリタニアやカレドニア、ヒベルニアケルト」がそういう民族の血統かっていうと、DNAの研究結果から否定されている。

で、ケルトの定義に関しては諸説あるしイギリスフランス政治介入もあって混沌としてるのが現状。

>>38はこういう定義に踏み込んだ論文読んで来いって煽ってる
が、ニコニコ的には「よくワカンネ」でいいと思うww
なるべくわかりやすく説明し
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
43 : ななしのよっしん :2011/11/23(水) 10:05:19 ID: EDxPxXfXTY
ちなみに余談だけどティアーズ・トゥ・ティアラというエロゲ(とアニメ)はゲール人とブリガンテス族(ブリトン系、ブリガンティア女神を崇拝していた)が元々は同族でアーサー王はゲール族出身という設定。スィール(女神、またはブリトン系シルレス族の)なるキャラクターが援軍に現れたりして、いろいろ味深い。
ブリテンアイルランドのゲールブリトンをひっくるめてアーサー伝説マビノギオンになぞらえている。根底には大陸とは完全に独立したケルト像ってのがあって面
44 : ななしのよっしん :2011/11/24(木) 21:38:13 ID: 5n0sT6dXEH
なるほど、勉強になりました。ありがとう
やはり生半可な知識で書くものじゃないなw
45 : ななしのよっしん :2011/11/25(金) 23:19:25 ID: EDxPxXfXTY
カエサルガリア戦記(岩波文庫から出版されてる)にはブリタンニアケルトについて、刺青を入れていると記録してあるがこれはピクト人の刺青のことでどうも当時から既にケルトの区別がある程度はあいまいだったようだ。
その後ローマ帝国によるブリタンニア侵略が本格化していくとブリトン人は大半が従属していく。
女王ウディッカによる反乱が最大の反抗で以後はブリトン系同盟部族も強制的に従属に組み込まれていく。
ちなみにウディッカの反乱は映画化されているのでTUTAYAに行けばあるかもね。
ウディッカの反乱やイケニ族の反乱に見られるように、王の血統が途絶えたと難癖をつけてこういった部族を潰していたみたいだ。
その後ローマ帝国が崩壊すると、ローマに従わなかった西のヒベルニア(アイルランドエリンとも)のゲールや北のカレドニア(スコットランドアルバとも)のピクトといったブリトンケルト民族がローマなきブリトン人を攻撃し、さらに移動してきたサクソン人、アングル人、ジュート人らがブリテン南部握した。
この時代にブリトン人に勝利をもたらし
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46 : ななしのよっしん :2011/11/25(金) 23:49:52 ID: EDxPxXfXTY
この時期にブリトン人が勢を保っていられたのは、大まかに現在のカンブリア州、ウェールズコーンウォールだった。
カンブリアの王としてウリエンやオウェインが存在するがアーサー伝説に組み込まれていった人物だ。
カンブリアはイングランドスコットランドの境に位置し、両者に攻められて消えてしまった。
ウェールズコーンウォールは以後もイングランドとの抗争を続けてイングランドはその対応に苦慮することになる。そしてアーサー王の末裔を自称するようになった。
けども結局ウェールズは現在に至るまでその気を維持し続けている。
一方、スコットランドではピクト人とゲール人の融和に成功しアルバ王(旧ダルリアダ王)が成立。後のスコットランドの基礎となった。
各地のブリトンケルトはピクトもケルトブリトン人の部族として扱うとこんな感じでまとまってく。

長文失礼しました。
歴史はわからないことのほうが多いので難しいです。特にブリタニアローマ崩壊以降、ローマ教会の派遣した宣教師による記録までは民間伝承程
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47 : ななしのよっしん :2012/03/06(火) 22:36:44 ID: 9Tv4raWdxa
FFCCとか狼と香辛料とかの世界観?
48 : ななしのよっしん :2012/03/07(水) 11:09:07 ID: MLXueAFGyi
>>47
音楽のことを言ってるなら
その辺はむしろ古楽とか中世西洋音楽とか呼ばれる類のものに近い。
こういうの。 >>sm817893

もっともケルト音楽の中には古楽的なアプローチをしてるものも多いし親和性は高い。
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