ゲアハルト・フォン・シュテーガーとは、銀河英雄伝説の登場人物である。外伝『朝の夢、夜の歌』に登場した(CV:藤本譲)。なお、本項ではOVA版の描写・設定に準拠して記述する。
概要
帝国歴784年の時点で、銀河帝国軍幼年学校の校長。退役寸前の老将校で、階級は中将。男爵号を保有している。幼年学校の最上級生(5年生)には、苗字こそ違うが、孫のエーリッヒ・フォン・ヴァルブルクが、首席、次席に続く学年第3位の成績で在籍している。
ラインハルトとキルヒアイスが幼年学校に在籍していた当時は副校長で、二人にとっては恩師にあたる。軍人らしく見えず、教育者的な風貌でもなく、大貴族らしい傲岸さもなく、田園の小地主といった感じの個性の無い人物とされ、二人も特に強い印象が残っていたわけではないらしく、ラインハルトも「特に不当に遇されたことはない」と述べる程度である。
ラインハルトとキルヒアイスが幼年学校を卒業した二年後、幼年学校で殺人の可能性が高い事件が発生した。ちょうど憲兵隊に配属されていた二人は、「年齢も近く、在校生から証言を集めやすいであろう」という上層部の判断により、捜査を命じられることになる。
事件
幼年学校で、最上級生カール・フォン・ライフアイゼンが死亡した。状況から、殺人事件の可能性が高いと考えられた。しばらく後、またしても最上級生で学年次席のヨハン・ゴットホルプ・フォン・ベルツが殺人されるという事件が発生する。ラインハルトとキルヒアイスは捜査を進める過程で、どうやら犯人が劣悪遺伝子排除法で根絶されたはずの赤緑色盲である疑いが出てきた。そして、最上級生で学年首席のモーリッツ・フォン・ハーゼがどうやら赤緑色盲であるらしいことも判明する。つまり、隠していた赤緑色盲を知られたハーゼが、秘密を守るために同級生を殺したのではないか、という疑惑が浮かび上がって来たのである。
真相
実は、ライフアイゼンの死は殺人ではなく偶然の事故だったのだが、たまたま事故の第一発見者であったシュテーガー校長が、それを殺人に偽装することを思いついた、というのが真相であった。事故では学校側の管理責任が問われるが、殺人ならばその責は犯人が負うことになるからである。この架空の犯人に学年首席ハーゼを仕立て上げると同時に、ベルツもあわせて殺害して、孫のヴァルブルクを学年首席に押し上げようとした。
もともとシュテーガー校長は、ハーゼが色盲であることを知っていたので、それを明らかにするだけでもハーゼを学校から追うことはできたが、首席のハーゼを排除しても、それだけでは孫の上には次席のベルツが残る。そこでシュテーガー校長はベルツを殺し、その罪をハーゼにきせることで、二人とも排除することを思いついたのである。
理不尽
事件の真相を突き止めたラインハルトは、シュテーガー校長を厳しく糾弾した。
「あなたは卑怯者だ。自分の地位を守ることしか考えず、その地位を利用して他者を陥れ、孫かわいさのエゴイズムを満足させようとしたのだ。殺されたベルツにも祖父はいるだろうに。
あなたに比べれば、自由惑星同盟と称する叛徒どものもとへ逃げだす亡命者の方が、はるかに潔い。彼らは少なくとも、何かを手に入れるためには他の何かを、たとえば故国を失わなければならないことをわきまえているからだ。
そもそも『色盲』などという本人に何の責任もないことで、最優等生のハーゼが学校を追われるような、そんな理不尽な法を強いる強者にこそ闘争を挑むべきなのに、なぜ強者に挑戦せず、力を弱き(弱者)に向けるのか」
犯行の動機は、シュテーガー校長の保身と孫かわいさのエゴイズムである、と断言できるし、そう片づけてしまうのが、捜査にあたる人間としては無難でもある。だが、いま一歩踏み込んでみると、一個人のエゴイズムで片づけられないほどのものが、特に、銀河帝国の社会を覆う闇が見えてくる。
ラインハルトの糾弾に、シュテーガー校長は、悪意と怒気に満ちた声で動機を語った。
「きさまなどに理解できるものか。姉が陛下の寵愛を受け、そのおかげで楽々と十七歳で大佐になれるような奴に、わしの苦労がわかるものか」
ラインハルトの顔色は一変した。この種の侮辱と曲解をこうむって平静を保ちうるラインハルトではない。だが、ラインハルトが言葉を発するよりも早く、再びシュテーガー校長が口を開いた。
「『理不尽』だと!? このわしが、『理不尽』を味わわずにここまで来たと思うのか!?そもそも、なぜ私がハーゼの色盲を知りえたとおもう?」
これにはラインハルトも顔をしかめただけだった。シュテーガー校長がハーゼの色盲を利用しようとしたことはわかったが、色盲に気づいた理由まではわかっていなかったのだ。
シュテーガー校長は荒々しく机に手をついて立ち上がった。
「ハーゼの祖父から知らされたのだ。ハーゼの祖父はな、かつて私の上官だった。その上官から事情を知らされ、私は『共犯』にさせられたのだよ。無理やりに、な!・・・私は断ることもできなかった」
悪意と怒気に満ちた校長の言葉の中で、「断ることができなかった」という部分の声だけは、弱々しく、口から漏れ出たようなつぶやきだった。その場で話を聞いていたハーゼも、動揺を隠せない顔色で立ちすくんでいた。
「そんな上官の『理不尽』、軍隊の『理不尽』、社会の『理不尽』に耐えて、ようやくここまで来たわしの気持ちが、貴様にわかるか! わしは娘の夫に夢を託したが、その婿も戦死させられた。わしは彼の夢をもあわせて、孫のために邪魔者を取り除いてやったのだ。そのどこが悪いのだ!」
軍隊とは、『理不尽』の結晶である。どんなに理不尽な命令や危険な任務でも、上官から命じられれば拒否は許されない。シュテーガー校長も、若いころから多くの理不尽に苦しめられてきたことだろう。それでも生き残り、中将まで昇進できたのは、まだ幸運な部類かもしれない。彼の婿のように、命を落す場合も少なくないのだ。話を聞いていたキルヒアイスも、複雑な思いを抱いていた。
(ラインハルト様を憎悪する資格がある者がいるとしたら、それは、現在の社会で特権を貪っている大貴族どもではないのかもしれない。シュテーガー校長のように、現在の社会体制の枠内で、ささやかな地位の向上と待遇の改善を望むような人々こそ、ラインハルト様を敵視するのかもしれない。ラインハルト様がお怒りにならないのは、同じことを感じておられるからか・・・?)
ようやく自分が銀の皿を前に座ることができたと思ったら、ラインハルトが現体制という皿そのものを叩き割ってしまったとあっては、それまでの社会の理不尽より、ラインハルトを憎むことしかできないかもしれない。ちょうど、ブラック企業で若い頃から残業代なしでこき使われながらもそれに耐え、ようやく出世を果たし、今度は自分が部下をこき使ってささやかな特権にありつけると思った矢先に、「お前の行為は不当な搾取だ」と糾弾されたら、「これまでの自分の我慢は何だったのだ」という気持ちになるのも、無理のない話である。
「あなたの気持ちとやらは、まずベルツの遺族に理解してもらう必要があるでしょうね。私などのとやかく言うことではありません」
とラインハルトは述べて相互理解を拒絶すると、憲兵に合図して校長を連行させ、事件は終わった。
理不尽との戦い
「夢の小さな者を軽蔑なさいますか?」
と事件後にキルヒアイスに問いかけられた時、ラインハルトは次のように答えている。
「夢の大小はともかく、弱さに甘んじる奴は、俺は軽蔑する。自分の正当な権利を主張しない者は、他人の正当な権利が侵害されるとき共犯の役割をはたす。そんなやつらを好きになれるわけがない」
古今東西、人間世界に理不尽はつきものである。西暦の時代であっても、学校でのイジメ、人種差別、ブラック企業に搾取される労働者、支配者による恣意的な権力行使、戦争など、その例は無数にある。ラインハルト自身、最愛の姉を不当に奪われた、という、彼にとって耐えがたい理不尽な仕打ちを受けた人物である。
シュテーガー校長のように、理不尽に苦しみ、いつしか自分が理不尽に加担するようになってしまう人は多い。だが一方で、ラインハルトのように自分が力を得て改革を志す者、アーレ・ハイネセンのように理不尽を強いる者たちの手が届かない場所へ逃げ出す者など、理不尽と戦ってきた人もまた大勢いる。そんな多くの人々の努力や犠牲の上に、さまざまな権利が勝ち取られてきたのである。
銀河英雄伝説では、「色盲(赤緑色盲)」という語が用いられていますが、これは差別を助長する意図の元に使用されたものでは無く、ゴールデンバウム朝銀河帝国において、身分・障害による差別が蔓延することを示すものです。そのような国家体制の打倒を目標とする主人公の視点に基づいて書かれた作品であることをご理解ください。 |
関連動画
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関連項目
- 銀河英雄伝説
- ゴールデンバウム朝銀河帝国
- 劣悪遺伝子排除法
- 理不尽
- いじめ
- ブラック企業
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