単語記事: シモ・ヘイヘ

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シモ・ヘイヘSimo Häyhä、1905年12月17日2002年4月1日)とは、フィンランドの軍人・狙撃手である。

ちなみにフィンランド語での名前の発音では、 ä は英語のアクセントのある短い a (apple の a など)や独の ä (/æ/) 、 y は仏語の単音の u や独の y/ü (/y/) にそれぞれ近い音であり、実際には「スィモ・ヘユヘ」と「スィモ・ハユハ」の中間くらいのきになる。このため、しばしば「シモ・ハユハ」等と転写されることもある。参考 → Forvo.com

概要

狙撃兵シモ・ヘイヘ、白い死神 by 77 シモ・ヘイヘスレ#12

フィンランドソ連との間で起こった戦争1939~40年)において、にコッラー河付近での防衛任務にて狙撃手として活躍し、ソビエト赤軍にとって大きな脅威となったことで知られる。

所属はフィンランド防陸軍第12師団第34連隊第6中隊、通称カワウ中隊。階級は予備役兵長で、中隊長は「モロッコの恐怖」ことアールネ・エドヴァルド・ユーティライネン予備役中尉
このユーティライネン中尉シモ・ヘイヘの腕を見込んで狙撃手としての活動を認めたことが、ソ連兵にとっての不幸の始まりだった。ちなみに、この中隊長殿も「ピクニックに出かけるようにはしゃぎながら」敵戦車5両を撃破するような人外である。

戦争終戦直前の1940年3月6日ソ連兵士による対抗狙撃を受け、左下部が吹き飛び意識を失う程の重傷を負う。辛くも一命を取り留めるが、一週間後に意識を取り戻したときには戦争は終結していた。終戦後はその功績を讃えて勲章と少尉への5階級特進が授与されたが、これ以降戦場に出ることはなく、2002年96歳でこの世を去るまでヘラジカ狩り猟師と猟ブリーダーとして余生を過ごした。

以下に述べるのは戦争にて残された「シモ・ヘイヘ伝説」の一端である。

  • シモ・ヘイへがいるというの中に足を踏み入れた一時間後に小隊全滅した。
  • 戦車で合流すれば安全だろうと駆け寄ったら、戦車長をシモ・ヘイへが狙撃済みだった。
  • わずか三十二人のフィンランド兵なら大丈夫だろうと四千人のソ連兵を突撃させたら撃退された。
  • コッラー河付近はシモ・ヘイへに殺される確率150。一度狙撃されて死傷する確率100%なのと、あまりの寒さに凍死する確率が50%の意味。

人物像

非常に寡黙であったと言われる。戦果をることはく、掩蔽壕に上官が入ってきて何しても「シモです」もしくは「ヘイヘ兵長です」くらいしか答えなかった。彼の功績が世間に知られたのは、上官のユーティライネン中尉が従軍記者に対してヘイヘ兵長の活躍を教えた事が発端だとされる。

戦後、フィンランドソ連の勢内に取り込まれ、戦争についてることがタブーになった際、彼は沈黙を守り続けた。ただ、フィンランド人の魂の故郷であるカレリアソ連から取り戻したいという思いは終生抱き続けており、遺族には「もしフィンランドがカレリアを取り戻したら、戦後にから貰った土地は返上し、が一族が使っていた土地を手に入れること」という内容の遺書を残している。

異名

ギリースーツに身を包み、上記の活躍をするヘイへをソ連兵は「白い死神」(Белая смерть Byélaya smyert')または「災いなす者」と呼び恐れたと伝えられる。

使用銃について

シモ・ヘイヘが使用していた狙撃銃モシン・ナガンベースフィンランド良が施されたボルトアクション小銃M/28、通称スピッツである。このには3.5倍~4倍の倍率をもつスコープを装着可だったが、ヘイヘはこれを使用せずアイアンサイト(照と照門)で狙撃を行った。スコープのレンズを反射して敵に気取られる危険性を避けたのと、元々、猟師であるシモ・ヘイヘにはスコープしでの射撃姿勢[1]が一番染んだ方法であったことが、その理由であると考えられる。

またこの120と長いのに対しヘイヘは152cm1hydeより4cm身長が低いにも関わらず自由自在に操ったという。更にボルトアクション式のこので狙撃訓練課程時に「150mの距離から一分間に16発の射的に成功」と言う逸話も残している。300mの距離の中は100%ヘッドショットする事ができたという。

現在、シモ・ヘイヘが使ったのうち一丁がカレリア猟兵大隊の史料室に保管されている。

ヘイへが活躍した戦争1939年~1940年と短い期間だったにもかかわらずその殺数は505名とも524名とも言われ共に世界最高記録である。

更にヘイへはサブマシンガンの扱いにも優れており、殺戮の丘における戦闘ではスオミ KP/-31を使用し、記録では200名以上、非公式なモノも含めれば狙撃で殺した505名よりも多くの兵士を殺したと言われている。

これらの記録は戦争開始から負傷するまでの約100日間で残されており、1939年クリスマス直前の12月21日だけでも25名のソ連兵を殺クリスマスには通算殺数が138名になったとさ。五月蝿い赤軍には弾をプレゼントしたんですね。わかります

これらの記録に対し自身は「やれと言われたことを、可な限り実行したまでだ」と述べたそうです。

シモ・ヘイヘに対しアンサイクロペディアルーデル閣下に次いでお手上げなようです。

蛇足~もう一人の死神~

フィンランドにはヘイヘのほかにもう一人死神がおりその名を「スロ・コルッカ」という。
この二人が何故にここまでの死神になれたのか??
その理由は「ケワタガモ」を狩猟していたからである。

関連動画

関連商品

関連項目

外部リンク

アンサイクロペディア
シモ・ヘイヘ - アンサイクロペディア
伝記(英語
Simo Häyhä
http://www.mosinnagant.net/finland/simohayha.asp

脚注

  1. *一般的に、スコープを搭載すると視線の関係で頭があがり射撃姿勢が変わる。

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ページ番号: 945263 リビジョン番号: 2151765
読み:シモヘイヘ
初版作成日: 09/01/14 15:14 ◆ 最終更新日: 15/01/26 22:44
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シモ・ヘイヘについて語るスレ

261 : ななしのよっしん :2015/06/14(日) 09:49:51 ID: Uaavi5LVXO
中越戦争で大損を被ったので、今の解放軍は人戦術をとらないようになっているよ(数が少なくなったとは言っていない)
262 : ななしのよっしん :2015/06/14(日) 09:59:22 ID: ESFV9aoBsi
戦術は人数でのゴリ押しという意味ではない(小
263 : ななしのよっしん :2015/09/28(月) 13:29:08 ID: grtlUikyzd
というかこういうチート?って言いたく成るような戦果を上げる軍人は敗色濃厚な方にしか出てこないもん。理由は簡単で物量に勝る側に居たら大活躍する前に戦争が終わる。
264 : ななしのよっしん :2015/10/13(火) 08:48:43 ID: UvR2/NmPRY
写真見るとんでるから何かと思ったら被弾が原因なのか
英雄だろうがなんだろうが戦争行くとこうなっちゃうんだよな
265 : ななしのよっしん :2015/10/13(火) 13:21:51 ID: xaKYeb7t5Z
>>264
スナイパーにやられて左アゴ半分持っていかれたらしい。
なお、敵スナイパーは狙撃済み。

同じフィンランドで、被弾ダメージが塗料がちょっと剥げただけって航空機パイロットがいましてな。
どうも、妖精らしくあちこちに妖精が居るらしい。
ハユハの上官であったユーティライネンも被弾はそんなにしなかったようだし。
266 : ななしのよっしん :2015/10/13(火) 13:33:15 ID: O1Wp3QHTkj
差し違えってかっこいいな
267 : ななしのよっしん :2015/10/23(金) 20:13:22 ID: Wjyh/RHvPE
>>263
WW1の独軍エースパイロットのマンフレート フォン リヒトホーフェン(80機撃墜)が『男爵』として恐れられたのもぶっちゃけ敗色濃厚な頃だったっていうし、こういう『伝説』がければ士気を保てなかったという背景もあったんだろうな
268 : ななしのよっしん :2015/12/14(月) 03:12:12 ID: 59gqea/ttm
>>263
活躍する前に戦争が終わるってよりは、活躍した人は後方に送って教官に回した方が長期的・全体的な戦の底上げになるだからだよ
イツェフしかりパヴリチェンコしかり、そのの「エース」っていうのは得てして優秀な導者でもあるから
269 : ななしのよっしん :2016/01/23(土) 07:23:52 ID: SETWdL86pB
かの魔王が後方送りをゴネてちょび閣下を困らせたのは有名な話だな

ちなみに優秀な人材に甘えて摩耗させると勝つにも負けるにも碌な事にならん実例が他ならぬである
270 : ななしのよっしん :2016/01/23(土) 18:29:52 ID: xaKYeb7t5Z
フィンランド戦争継続戦争での『優秀な人材がゴロゴロしているのは防上有効』というのを単位で自覚しているのもあってか、優秀な人材=の宝として欧州内でも特に成人してからの学習に対して積極的なんだよね。
好奇心を満たす為って面も確かにあるが、育っていれば何かの役には立つだろうって認識らしい。

ハユハの場合は狩人ブリーダーとして余生過ごしちゃったからそこまで関係なかったのかもしれんが。
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