シューマン(Schumann)とは、ドイツ語圏の姓。直訳すれば「靴(Schuh)の人(mann)」、つまり「靴職人」を意味する。同義異型の姓にシューベルト、シューマハー(シューマッハ)、シュスターがある。
- ロベルト・シューマン (1810-1856) - ドイツの作曲家。この項目で記述
- クララ・シューマン (1819-1896) - ドイツのピアニスト、作曲家。ロベルト・シューマンの妻。
- ウィリアム・シューマン (1910-1992) - アメリカの作曲家。
- ロベール・シューマン(1886-1963)- ドイツ系のフランスの政治家。独仏和解に多大な功績
ロベルト・アレクサンダー・シューマン (Robert Alexander Schumann、1810-1856) とは、ドイツの作曲家である。
概要
19世紀のドイツ・ロマン派を代表する作曲家の一人。交響曲、宗教曲、協奏曲、ピアノ独奏曲、歌曲など広範なジャンルで活躍した。日本では合唱曲『流浪の民』、歌曲『2人の擲弾兵』、ピアノ曲『トロイメライ』(子供の情景)が特に親しまれている。
ザクセン州ツヴィッカウの生まれ。文学青年だったが、20歳のときに天才ヴァイオリン奏者パガニーニの演奏を聴いて、音楽の道を志す。最初はピアニストを目指したものの無理な練習で指を痛めてしまい、以後は作曲と評論活動に専念。
1840年、ピアノの師匠フリードリヒ・ヴィーク(Johann Gottlob Friedrich Wieck)の娘で優秀なピアニストだったクララ(Clara Josephine Wieck)と結婚した。当初、師匠に結婚を猛反対され苦悩の日々が続いたが、その経験と元々あった文学的な素養が、『詩人の恋』『女の愛と生涯』など、現在まで愛好される数々の歌曲を誕生させた。妻クララは、ロベルトの芸術の理解者・演奏者としても大きな存在であり、イ短調のピアノ協奏曲(作品54)など重要な作品のいくつかで初演を担っている。
一方、評論家としては通俗的な流行音楽を排除し、本物の芸術を取り上げることに力を注いだ。ショパン、ベルリオーズをドイツの楽壇に本格的に紹介したのも彼である。新進作曲家ヨハネス・ブラームスを世に知らしめた『新しき道』の論文は有名。
作品番号ベースで約150曲の作品を残し、46歳で生涯を閉じた。
関連動画
ピアノ曲(編曲ものを含む)を自分で演奏したもの、VOCALOIDに歌曲を歌わせたものなどがある。
演奏してみた系
VOCALOID系
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関連項目
外部リンク
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