単語記事: シービスケット

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シービスケットとは、アメリカの元競走・種である。
名は、ハードタック(乾パン)と祖マンノウォー軍艦)から連想して軍用乾パンの意味。 

原石、放置される

一応マンノウォーの孫に当たる血統の持ち(後に対戦するクソエリートウォーアドミラル世界ではあんまり言わないけど叔父にあたる)だったがひんそーでちんちくりん、膝にはの瘤があるなど見栄えが全くしないため、牧場のもがも期待しちゃいなかった。
V.マーラという調教師のもとデビューするが5戦未勝利で転厩。二人のタッベン調教師の元でも勝てずまたも5戦して転厩、
三人三冠馬ギャランフォックスを育成した名伯楽フィッツシモンズ師で、これが転機に…はならず、シービスケット自身も競争へのやる気を見せなかったこともあり
フィッツシモンズ師はギャランフォックスの子でクラシックオマハにかかりきりで半ば放置された。しかし転厩8戦にして初勝利を挙げる。だがその後も顧みられず惰性でレースに出されいつも負けたりたまに勝ったりして、2歳にして35戦を消化(!)し5勝した。
ちなみにオマハフィッツシモンズ師の努のかいあって1935年の三冠馬いた。親子でアメリカ三冠過去にも未来にも達成ペアがいない前絶後、二の記録である。

3歳シーズンに入っても、シービスケットは短い間隔で出走し続け、年明けから13戦して4勝した。しかしながら全て下位の条件戦で評価には繋がらなかった。
そんななか、は売却を決定し、自動車販売業を営むハワード氏に8000ドルで売却となった。ちなみに現在の通貨価値にすると10万ドルであり、下級条件で彷徨うを売る値段としてはかなりふっかけた額設定だったが
この価格設定をしたのはフィッツシモンズ師のアドバイスによるものだったという。放置気味だったとはいえ、やる気がないだけで素質はある程度あると思っていたということであろうか。
なんにせよ後の快進撃と大人気を鑑みれば、ハワード氏は損するどころかお値打ち品を買ったと言える。 

西海岸最強古馬、全米のスターへ

が変わると調教師も変わり、四度の転厩で常識にとらわれない破天荒調教スタイルを持つスミス師及び戦騎手となる、右を失明した落ちこぼれ騎手ジョンレッド・ポラードと出会う。ここから、彼の快進撃は始まった。
スミス師の破りな調教レースへのやる気を見せ始めたシービスケットは、レッド・ポラード上に据え三戦で転厩後初勝利を飾ると今までがのように好走を繰り返し、3歳の10月西海に拠点を変え、ほぼ休みなしでレースに出ずっぱり、勝利とレコード更新を繰り返していく。
4歳になっても勢いは止まらず、増える斤量にもめげず7連勝で西海の大レースサンファンカピトラーノハンデキャップを制覇。この活躍でこの年の全最優秀ハンデキャップを受賞する。も期待しないひんそーでちんちくりんが、西海の代表格にまでのし上がったのである。
5歳になった1938年、レッド・ポラードが二度の落事故で騎手生命すら絶たれかねない重傷を負う。それにもめげず突き進み、勝ちを重ねた。次の戦が名手と言われたジョージウルフ騎手だったからとか言うんじゃない。ハリウッドゴールドカップなどさらに勲章を積み上げ、マッチレースを4戦こなす。そしてついに、伝説となったウォーアドミラルとのマッチレースを迎える。

1938年11月1日、3度にわたり企画されながらそのどれもが流れた西海叩き上げシービスケットVS東海三冠馬ウォーアドミラルマッチレースが、ついにピムリコ競馬場、第二回ピムリコスペシャルで実現したのである。
ピムリコ競馬場は立錐の余地もない大観衆で埋まり、ついにスタートが切られた。スタートシービスケットが一気にハナを奪い、ウォーアドミラルを制し先行する。中、ウォーアドミラル三冠馬の意地にかけ負けられないと並びかけに行くが
抵抗もここまで、再びリードを奪うとシービスケットが4身差をつけゴールに飛び込んだ。
采がピムリコ競馬場を包み、ここにシービスケットの人気は不動のものとなった。そしてウォーアドミラルはずっと過小評価されることにry 

重傷からの再起、そして

しかし6歳の始動戦で左前脚の靭帯を断裂してしまう。西海の大レースでたった一つ取りこぼしたサンタアニタハンデに向けた始動レースでのアクシデントに、競馬ファンは皆引退を覚悟した。
しかし営は現役続行を選択。サンタアニタハンデキャップ制覇をし休養することとなった。
そして、かつてのレッド・ポラード絶望的な負傷とそのさなかで陥ったアルコール依存症からの再起をかけ、シービスケットと共にリハビリをしていた。
かくして、いつかの名コンビシービスケット悪夢の負傷から一年後、人って復帰した。結果こそ3着だったが、もうだめだと思われた人の復帰戦としては全く順調なものであった。
そして、3戦サンタアニタハンデキャップ戦でついに復帰後初勝利を挙げ、迎えた本番。
レース群の中で包まれ絶望的な展開。しかし最内から鋭く抜け出し1身半差をつけ勝利。ついにサンタアニタハンデキャップタイトルを獲得したのだった。このレースの後シービスケット引退した。

となった彼は、ライバル?のウォーアドミラルとは違いぱっとしなかった。根性で走っていたタイプのため上手く遺伝しなかったのだろう。
今ではいろんなの血統をつぶさに探すとようやく名前が見つけられる程度の存在である。 

通算成績は89戦33勝。勝率や勝ち数で特筆すべき点はない。もっと沢山走ってもっとタイトルを取ったや、もっとの高いは探そうとすればアメリカだけでもなんぼでもいる。
しかし、世界恐慌の暗い世相にあって、どん底から這い上がり、致命的な傷を負いながらあきらめなかったこのに人気が集まったのは、なんとなくわからなくもない。今の日本もこういうがいたら競馬すごい盛り上がる気がする。
マスコミが作った偶像だ!なんてかれそうだけど。実際そうやってこの腐す人いるけど。 
そんな彼の鮮な生涯は、小説に何度もなり、映画も二回作られた。2003年開されたトビー・マグワイア演のシービスケットは見たことある方もいるんじゃなかろうか。
また、しいところだと英語の教科書にも彼の生涯が取り上げられたこともあるらしい。確かに教育向きな生涯だしねぇ。競馬自体が教育的にどうなのという意見は却下。 

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読み:シービスケット
初版作成日: 12/03/17 00:21 ◆ 最終更新日: 12/11/15 21:49
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シービスケットについて語るスレ

1 : ななしのよっしん :2012/05/07(月) 20:31:04 ID: 2VhEttDSKZ
>>sm1857897

これの方が有名やろニコニコではwww
2 : ななしのよっしん :2012/09/04(火) 02:53:00 ID: PrsBS57KLO
懐かしい・・・映画観たなぁ
3 : ななしのよっしん :2012/09/04(火) 03:03:12 ID: 9du00rE3F5
89戦もしてるのか。。。
記録よりも記憶に残るなんだろうな。
日本でいうとオグリキャップのようなアイドルホースみたいなもんだろうか。

4 : ななしのよっしん :2014/10/17(金) 21:08:44 ID: Ei9JtAVESx
映画シービスケット競馬シーンが熱い名作なのでおすすめ。
ロード・オブ・ザ・リング3と開時期かぶったせいもあって地味だが・・・
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