ジェンソン・バトン(Jenson Alexander Lyons Button, 1980-)とは、イギリス出身のトライアスロン選手である。また、ボーダフォン・マクラーレン・メルセデスF1チームに所属するレーシングドライバーとしても著名である。
概要
甘いマスクとファッションセンスで、多くの女性ファンを惹きつけるイケメンアスリート。かつてはプレイボーイとして浮き名を流したが、近年ではウィンザー・トライアスロンで好成績を残すなど、徐々に実績を上げている。
特筆すべきエピソードとしては、トライアスロンと平行して活動しているF1の2009年モナコGPにおいて、決勝終了後に自らの足でパルクフェルメから表彰台までを走るウイニングランを行った。レースで体力を消耗した後にもかかわらず快走する姿は軽やかで、まさにトライアスロン選手の面目躍如である。
真面目な概要
名門チーム・ウィリアムズより20歳の若さでF1デビューを果たす。その年に最年少入賞記録を塗り替えるなどの活躍を見せ、英国レーシング界の秘蔵っ子として期待されたものの、翌年からはマシンの戦闘力に恵まれないシーズンが続いた。
同じ英国のルイス・ハミルトンがデビュー2年目にしてワールドチャンピオンに輝いたのとは対照的に、長らく不遇な時期を過ごしていたが、2009年に苦悩、そして転機が訪れる。2008年末にホンダF1チームが撤退を発表し、来年もF1で走れる場所を探していたバトンだったが、このホンダF1チームをロス・ブラウンが買収し、結果ブラウンGPで走ることに。さらにBGP001は素晴らしい速さを見せ、タイヤマネジメントの上手さと相まって、これまでとは一転して破竹の快進撃を続けた。だが余りにもバトン一人が勝ちすぎるのでつまらないとの指摘も。終盤は優勝こそ出来なかったものの、安定してポイントを獲得し、2009年のF1ワールドチャンピオンとなった。
2010年からはマクラーレンに移籍、ルイス・ハミルトンとコンビを組むことに。タイヤをいたわりながら安定した走りを見せ、雨のレースでは優勝を果たした(シーズン5位)。また、2011年シーズンではピットインの際、レッドブルのピットに間違えて入るなど、お茶目な一面も見せている。レッドブルのクルーは唖然。
F1での経歴(2011年日本GP終了時点)
- 2000年:ウィリアムズ
- 2001~2002年:ベネトン~ルノー
- 2003~2009年:BAR~ホンダF1~ブラウンGP
- 2010年~:マクラーレン
- 出走回数:204
- PP回数:7
- 優勝回数:12
- チャンピオン獲得回数:1(2009年)
- 初PP:2004年サンマリノGP(BAR)
- 初優勝:2006年ハンガリーGP (ホンダF1)
- 初チャンピオン:2009年(ブラウンGP)
日本での評価
バトン本人は長年ホンダとパートナーを組んでいたことや、日本人の道端ジェシカと交際するなど、親日家として知られている。東日本大震災の後は、ヘルメットに「頑張れ日本」のロゴを入れるくらいである。
しかし、本人のワガママによってBAR(ホンダF1)の佐藤琢磨のレギュラーの座を奪い取ったことなどで、バトンに対して嫌悪を持つファンも少なくない。
関連動画
関連項目
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読み:ジェンソンバトン
初版作成日: 09/05/31 05:58 ◆ 最終更新日: 11/10/11 13:58
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