| 基本データ | |
|---|---|
| 正式名称 | ジンバブエ共和国 Republic of Zimbabwe |
| 国旗 | ![]() |
| 国歌 | ジンバブエの大地に祝福を![]() |
| 公用語 | 英語 |
| 首都 | ハラレ(Harare) |
| 面積 | 390,580km²(世界第59位) |
| 人口 | 約1200万人(世界第66位) |
| 通貨 | ジンバブエ・ドル(Z$) |
ジンバブエ(Zimbabwe)とは、アフリカ南部、内陸部に位置する国家である。空前のハイパーインフレーション状態が続いていることで知られる。
概要
正式名称は「ジンバブエ共和国」。面積は日本よりやや大きく、人口は東京都とほぼ同じ(ただし現在はこれより減少している可能性あり)。
一人当たりのGDPが1900ドルと世界最低水準にある。国民の3割がHIVに感染し、平均寿命もわずか36歳(2006年、WHO世界保健報告)と世界でもっとも短い。
歴史
12世紀頃に東部にマプングウエ王国が成立、その後13~14世紀にはグレート・ジンバブエという王国が支配した。現在の首都ハラレから南方300kmにグレート・ジンバブエ遺跡が残っており、世界遺産に指定されている。現在の国名もこの王国と遺跡から取られている。
15世紀にはいるとグレート・ジンバブエは衰退し、代わってモノモタパ王国・トルワ王国という2つの王国が栄えた。16~17世紀にはポルトガルによる侵略を受けるもこれを撃退。この頃には多くの地方首長国が分立していた。
1888年にセシル・ローズによって南アフリカ会社の統治下におかれた後、第一次世界大戦後からイギリスの植民地支配を受けた。戦後も白人による支配が続き、1965年に成立したローデシア共和国も白人主導のもと人種差別政策を推し進めた。
黒人による独立運動は1960年代から起き、ローデシア政府とソ連・中国の支援する反政府勢力の間で「ローデシア紛争」とよばれる独立紛争が起こるまでに発展。1979年に旧宗主国イギリスによって調停されるまで紛争は続いた。
翌1980年に調停に基づいて行われた総選挙の結果、ジンバブエ共和国が成立。独立・解放運動を指導したカナーン・バナナとロバート・ムガベがそれぞれ初代大統領と首相に就任した。1987年大統領制に移行、首相職は廃止され、ムガベが第2代大統領の座に着いた。
当初は黒人と白人の融和政策を推進し、国際的にも評価されていたムガベだったが、コンゴ派兵(1999)や白人農場強制収用(2000)など強権的な政策をとり始め、独裁色を強めていく。その結果としてジンバブエの経済・治安はほぼ崩壊状態となり、現在では「世界最悪の独裁国家」とよばれるまでになっている。
2009年2月11日、ムガベ大統領率いるジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)と野党・民主改革運動(MDC)のあいだでジンバブエの危機的状況を解決するためのグローバル政治協定が発効され、与野党連立政権が誕生、民主改革運動のモーガン・リチャード・ツァンギライが首相に就任した。しかしメディア規制・弾圧や不当逮捕などムガベ大統領の独裁体制は依然維持されており、合意事項の施行すら滞るなど連立政権は機能不全に陥っている。
ムガベ独裁とハイパーインフレーション
2008年7月16日、ジンバブエ中央銀行総裁は年間インフレ率が220万%に達したと発表した。2008年10月現在には年間インフレ率は2億3100万%と報じられ、1946年にハンガリーで起きた20桁以上のインフレーションを除けば戦後最悪のインフレーションとなっている。「ジンバブエ・ドル」の記事も参照。
何故このような事態になったのか、ムガベ大統領就任以降、現在に至るまでの流れを以下に簡単に示す。
- ムガベ大領領就任、黒人と白人の融和政策
- 1997年、アジア通貨危機発生 → 主要貿易相手国がアジア諸国だったためジンバブエ経済も失速
- コンゴ内戦勃発 → 1999年、コンゴ政府支援と地下資源目的で派兵
- 2000年、「(植民地時代に強奪された)白人の土地資産を黒人へ強制的に無償で権限委譲しろ!」法案
- 更に「外資系企業は保有株式の過半数をジンバブエの黒人に譲渡しろ!」法案
- 物資が足りない! そこで対策として「物資を持つ者は絶対に市場に売れ!」法案
- 物価が高い? それなら「物資を絶対に安値で売れ!」法案
- 失業率も治安も悪化、当然国民は激怒。選挙でムガベ不利に
- 野党を弾圧・制裁、得票率操作。野党連立の動きが出ると野党本部を強制家宅捜索
- ムガベ独裁続行も、国際社会の非難と止まらないインフレを前に野党との協議開始
- 新内閣の閣僚を与野党で二分する連立が奇跡的に合意される
- ところが閣僚の配分で対立発生、暗礁に乗り上げる
- ムガベ大統領が改憲案を公表、2009年2月与野党連立政権樹立
このように、ムガベ大統領のとった過度な黒人重視政策や、経済悪化に際しての致命的な失策が、現在の状況を招いたと思われる。現在治安の悪化から衛生面も最悪の状態にあり、1000人以上がコレラで死亡するなど混乱状態が続いている。また国連によれば、失業率は推定94%、国民の半分以上が食糧不足の状態にあるという。
この事態に、国連安保理で米欧からジンバブエ政府非難および経済制裁、国連介入などが提案されたが、中国、ロシア、アフリカ諸国などによって否決された。
2009年2月、与野党連立政権の樹立を機にIMF代表団による調査を依頼。新政権首相で前最大野党所属のツァンギライ議長は「当面約50億ドルが経済再生に必要で、特に20億ドルの早急な注入が肝要」と強調するも、3月25日、IMFに「健全な政策の提示および以前の債務完済までは融資しない」と突っぱねられた。なお、そもそもその債務未返済により、ジンバブエはIMFから除名されている。
なお2009年2月からは外貨経済に完全移行、全ての決済は米ドルおよび南アフリカ・ランドで行われ、ジンバブエ・ドルの流通は完全にストップしている。
関連動画
関連商品
(左)独立直後のまだ希望にあふれていたジンバブエが舞台のノンフィクション作品。
(右)同様に独立直後のジンバブエを舞台として描いた小説。
関連項目
関連リンク
- 駐日ジンバブエ共和国大使館
(日本語) - 日本外務省:ジンバブエ共和国
(基礎データ、安全情報など)
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%96%E3%82%A8


ページ番号: 672819
リビジョン番号: 1498443
読み:ジンバブエ
初版作成日: 08/10/31 07:28 ◆ 最終更新日: 12/04/12 20:32
編集内容についての説明/コメント: 関連項目にジンバブエの鉄道追加
記事編集 / 編集履歴を閲覧 / Twitterで紹介







JASRAC許諾番号: 9011622001Y31015
ヘッダー:固定
ヘッダー:追従