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単語記事: セルビア

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基本データ
正式名称 セルビア共和国
Republic of Serbia
Република Србија
国歌 正義の神
セイヨウスモモ
公用語 セルビア
首都 ベオグラード
面積 88,361k世界第108位)
人口 9,856,222人(世界第85位)
通貨 セルビア・ディナールCSD)

セルビア英:Serbia)とは、ヨーロッパ東南の国家バルカンの中央やや西に位置する共和制国家である。

概要

正式名称はセルビア共和国セルビア:Република Србија)。

戦後のユーゴスラビアで有名な東欧。旧ユーゴスラビアにおける事実上の盟であり、現在の首都ベオグラードはその中心地であった。

上記のイメージからか陰に隠れがちだが、セルビアは有機鉱物を豊富に持つでもある。大量に産出する褐炭は品質が最低クラスだが、燃料には非常に向いている。世界における産出量は第10位で、エネルギーの支給で困ることはないそうだ。

民の83%はセルビア人で、ハンガリーで知られるマジャル人が4%、イスラム教に改宗した祖先をもつシュニク人が2%、そのほかが11%とされる。また人口のほとんどはセルビア正教会の信徒であるが、マジャル人やクロアチア人はカトリックシュニク人やアルバニア人はイスラム教の信徒であることが多いようだ。

ユーゴスラビア時代の名残なのか、言も複雑である。公用語セルビアであるが、他にも地域によってはクロアチアボスニアなどが話されている。とはいえこれらの言に明確な差異は少なく、せいぜいが方言程度の違いしかないようだ。

歴史

非常に複雑な歴史をもつ。
近代以降に味のある方は『サラエボ事件』や『ユーゴスラビア』も参照されたし。

古くは東ローマ帝国の一土である。7世紀にはスラヴ人の南下によりスラヴ化され、以後はその一セルビアが住む土地となった。9世紀後半には東ローマ帝国の影によりキリスト教(正教会)化された。

セルビア前の繁栄を見せたのは中世のことである。

ながらくジューバなる部族共同体に分かれていたセルビア人だったが、1168年にはステファン・ネマニャの下で統一がなされ、1171年にはセルビアが建された。1217年には王として際的に認められ、はれてセルビアは独自の地位を手にしたのである。

その後セルビアブルガリア帝国東ローマ帝国と抗争を続け、土を南へ伸ばしていく。1331年、ウロシュ4世の即位により王は最盛期を上りはじめ、1346年には帝国としての地位を得る。かくしてセルビア帝国は当時のヨーロッパでもっとも繁栄したの一つとなった。

しかし残念ながら、この盛者必衰の例外ではなかった。

長いオスマンの支配から抜け出したセルビアは、すかさず攻勢に転ずる。二度のバルカン戦争オスマン帝国によるバルカンの支配に終止符を打ち、多くのバルカン国家を独立に導いたのだ。

しかし栄も束の間に過ぎなかった。サラエヴォ事件に端を発する第一次世界大戦、それによる分裂と統一は、セルビアを転落させるには十分すぎた。セルビアのほかクロアチアとスロベニアを包括する王は、1929年ユーゴスラビアと改称するも、1941年にはナチスの介入により傀儡となってしまう。

1945年、新たにユーゴスラビア社会主義連邦共和国として歩み始め、チトー政権下では非同盟運動を徹底した。しかし1980年にチトーが亡くなると、コソボが独立の意志を表し、民族対立が化。他方、スロベニアクロアチアにおいても独立の志向は顕著となる。そうして1991年にはクロアチア、スロベニアマケドニアが、1992年にはボスニアヘルツェゴビナが独立するに至った。

セルビアユーゴスラビア連邦共和国に改名。最後に残ったモンテネグロを内包していたが、2006年、モンテネグロの独立によりこれは崩壊した。以後セルビアは、セルビア単独のセルビア共和国として歩む形となった。

政治 

セルビアは立国家であり、共和制、議院内閣制を採用している。

国家元首は民の直接投票に選ばれた大統領で、任期は5年である。軍の最高令官でもあり、民議会の解散を行えるほか、可決された法案を再審議する権利を有する。しかし議会側がもう一度可決してしまうと、もう文句をいう権利はなくなるようだ。なお余談ではあるが、これら大統領にまつわる事柄は、ほとんどがブルガリアと同じである。

実際の政治は内閣と首相による。また、最高機関法裁判所である。

地理

セルビアは内陸であるが、それゆえ隣も数多く存在する。東は北からルーマニアブルガリア、西は北からクロアチア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、西南がアルバニアで、南にマケドニアが、北にはハンガリーが位置する。なお、ルーマニアブルガリアハンガリーをのぞくすべてのは、かつてのユーゴスラビアである。

近年、セルビア内の西南部に位置するコソボの地域とは独立を巡って対立を深めている。セルビアは「不可分」としているが、コソボにおいては独自の判断でユーロが流通しており、溝は深まるばかりである。

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関連項目

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読み:セルビア
初版作成日: 11/10/18 02:19 ◆ 最終更新日: 11/10/19 22:51
編集内容についての説明/コメント: 著名なセルビア人を追加
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セルビアについて語るスレ

1 : ななしのよっしん :2012/04/20(金) 21:33:24 ID: ZbxgAIYddI
制を導入しそうなでもある
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