タイガーマスク(四代目)(1970年10月20日 - )とは、新日本プロレス所属の覆面プロレスラーである。通称四虎。
概要
二代目(三沢光晴)、三代目(金本浩二)と違い、佐山聡(初代)直々の弟子であり、素顔でのプロレス経験は無い。
1995年にみちのくプロレスにおいてデビューして以降タイガーマスクを名乗り続け、何度か経験しているマスク剥ぎ対決も無敗で乗り越えている。
「タイガーマスク」の名を継ぎ、佐山聡直弟子の名に恥じず、打・投・極に穴がなく(問題がないわけではない)、IWGPジュニア王者に6度、GHCジュニアタッグにも輝いている。
カルビーのポテトチップスのり塩味のCMにも出演したこともあるが、後述の事もあってか一部ではフレーバーが「のり塩」であることが「しょっぱいノリの試合にしかならない」の暗喩ではないかとも言われた。
タイガーマスクではあるが読売ジャイアンツ愛を持ち、プロレスファンとして知られた原辰徳が監督を務めていた頃は春季キャンプ訪問が恒例で、専用のマスクを贈呈したこともあった。
悪評
タイガーマスクは一貫して新日本プロレスジュニアの第一線で活躍しているのだが、ネット上では評価が芳しくないことが多い。
その理由として、
- 技単体の精度は非常に高いのに組み立てが下手
- 流れを無視して唐突に試合を終わらせるプロレス脳の無さ
- コメントが上から目線だったり謙虚だったりで一貫してない
- ヒールと闘っている時にどっちがヒールか判らない程相手を痛めつける
- ベルトを獲られた相手にすぐ挑戦するため、カードに新鮮味が生まれない
などが挙げられる。
大手掲示板においては
などと言われていた。
近年の歩み(2010年を中心に)
2010年は、タイガーマスクにとっては試練と受難の1年だったかもしれない。
まずは1月4日、ノアとの対抗戦と銘打たれた東京ドーム大会におけるIWGPジュニアヘビー級王座戦で丸藤正道に敗れ、王座を失う。これで丸藤は「メジャー三団体ジュニア王座を獲得」という栄誉を達成したが、「外敵」ノア所属である挑戦者の丸藤正道の戴冠を歓迎する声が多数を占め、「四虎が奪還するぐらいなら丸藤王者の方がマシ」と言われるなど散々な扱いであった。
そして5月8日のJCBホール大会では、丸藤がチャンピオンのまま翌日のIGF大会に出場するのを阻止する為としてプロレス界ではよくある前王者の強権を発動して同日開催のSUPER J TAG TOURNAMENTをボイコット、丸藤は福岡国際センターでの防衛戦から中5日というかなり強引なリターンマッチを決行した[1]。
直前に丸藤に対して「オタクみたいなプロレス」、「エグい技で潰す」と強気な態度を示していたタイガーマスクであるが、試合では丸藤の負傷箇所の腰を攻めきれず、逆に自分の左腕を徹底的に攻められ最後はストロングスタイルの象徴の一つであるアームロックで無念のドクターストップ負けを喫した。
「前王者を返り討ち」というだけならよくある話であるが、問題はその後である。マイクアピールで負け犬の遠吠え(虎なのに)な台詞を放ち、更には自身へのブーイングを丸藤へのブーイングと勘違いしたかのような発言、態度があったことから外敵であるはずの丸藤に賛辞の歓声が沸き起こった。一方、新日所属のベビーフェイスであるはずのタイガーマスクに対してはそれまでの我が儘な挑戦や、前回の防衛戦後に一緒に挑発された吉橋伸雄の存在を軽視した発言もあったことで観客の不満が最高潮に達し、自分と新日本プロレスへの応援を頼んだ際に会場中からブーイングと「帰れ」コールが飛び交い、「最低だ!」とまで叫ばれてしまう。これにより、初代から積み重ねてきた正義のヒーロー・タイガーマスクの名声は地に落ちてしまった。
結局、ジュニアヘビー級王座は「最後の砦」となったプリンス・デヴィットが奪還に成功し、約1年の長期王座となった。
タイガーマスクになお試練は続く。6月、名誉挽回を誓い挑んだベスト・オブ・ザ・スーパージュニアのブロック予選初戦のラ・ソンブラ戦にて敗北した上首を負傷、泣き面に蜂の状態で欠場を余儀なくされた。この欠場により事前に発表されていた師である初代タイガーマスクとの一騎打ちも流れた。
(後にリアルジャパン年内最終戦にて改めて対戦が組まれ、初代からTKO勝ちを奪った。)
7月には五代目タイガーマスクがデビュー。これで晴れてのり塩タイガーともおさらばかと思いきや四代目タイガーも継続活動することが判明する。このため、「タイガーマスク」と「五代目タイガーマスク」の二人が同時にマット界に存在するという事態になったが、その後五代目はフェードアウトしてしまったため、「タイガーマスク」を名乗るプロレスラーは四代目と初代のみという容易に判別できる状態に戻った。
このように散々な言われ様である四虎だが、新日本の選手で称賛した者がいる。中邑真輔である。
この年の12月にジュニア対ヘビーのシングルマッチのファン投票が行われ、1位をを獲得したのがタイガー対中邑であった。
緊張感と殺気漂う試合を展開した後に勝利した中邑は「タイガー、嫌いじゃないよ。ああいうレスラー、もっと必要」とコメント。対するタイガーも「真輔は素晴らしい。殺伐としているけど、これが新日本の試合なんだよ」と言葉を残している。恐らく中邑こそが、四虎唯一の味方だろう。その後中邑がタイガーをどう評価していたかは定かではない。
その後、SMASHから移籍したKUSHIDAとタッグを結成し、ロッキー・ロメロ、デイビー・リチャーズの持つIWGPジュニアタッグ奪還を狙った。新日本ジュニアの新世代として期待されるKUSHIDAに四虎の塩がうつらないか心配されたが、その後KUSHIDAはアレックス・シェリーと「タイム・スプリッターズ」を結成しジュニアタッグ王座を獲得、自身もIWGPジュニアヘビー級王座を獲得するなど活躍し不安は払拭されたようである。
結局、2012年頃からタイガーマスクの正パートナーは同じ「レジェンド枠」である獣神サンダーライガーに落ち着いている。しかし、ライガーは「世界の獣神」「リビング・レジェンド」と称され、海外遠征でファンの熱狂的な歓迎を受けたりバラエティー番組や試合の解説で年甲斐もなくはしゃいでいたりするなど、リング内外での活躍が目立つ。一方、タイガーマスクはほぼ全試合に出場し、「ジュニアの祭典」ベスト・オブ・ザ・スーパージュニアでも毎年無難に勝率5割程度の成績で終えている。ライガーはもとより、ほぼ同学年にあたる永田・中西・小島・天山の第三世代もそれぞれ存在感を発揮する中、タイガーマスクの影はどうにも薄い状況が長く続いている。
もっとも、目に見えることばかりがレスラーのすべてではない。同じ新日本プロレス所属の覆面レスラーを例にとると、スーパーストロングマシンは目のケガで長期離脱している。一方、中の人と強く強く噂されている平田淳嗣は道場でヤングライオンの指導にあたり、時には試合をチェックしてアドバイスを送っていることが新日本プロレス公式携帯サイトでたびたび明かされている。マシンのように、タイガーマスクもファンの目に見えないところで後進に影響を与えている……のかもしれない。
そんなタイガーマスクの入場時
実況やニコ動では彼の入場時に「ゴーゴータイガー」をもじった「ゴーホームタイガー」(つまり家に帰れ)とよく書き込まれている。(4代目限定。他のタイガーには絶対するなよ)
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関連項目
脚注
- *タイガーマスクを擁護しておくと、こうした短期間での防衛戦はかつては珍しくなかった。かのジャイアント馬場もNWA世界王座を3度獲得しているが、いずれもすぐに前王者に奪回されており1・2週間の超短期王者であった。また、前年の2009年、世界を揺るがした鶏インフルエンザ騒動の影響によりメキシコ人レスラーの来日がキャンセルになった際、棚橋弘至が保持していたIWGPヘビー級王座に中2日で急きょ中西学が挑戦している。急すぎる挑戦・後楽園ホールでのIWGPヘビー・武藤敬司から奪取した節目の第50代王座などなど、棚橋の王座防衛という大方の予想をひっくり返し、中西学がまさかまさかのIWGP初戴冠を果たし、解説の山本小鉄も涙した。
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