単語記事: タモリ

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人物
タモリ
基本情報
生年 1945年8月22日
生誕地 日本福岡県福岡市
没年 --
死没地 --
出身地 日本福岡県福岡市
日本
本名 森田 一義(もりた かずよし)
別名 タモリ森田一義
職業・肩書 タレント
備考・その他
人物テンプレートボックス

タモリ(本名:森田一義1945年8月22日~)とは、日本を代表する会者・俳優エンターテイナー・鉄道の線路分岐(配線)マニア・坂マニアおっぱい星人など、数々の肩書きを持つ人物である。

概要

言わずと知れた、ビートたけし明石家さんまと並ぶお笑いBIG3の一

デビュー当時は寺山修司昭和天皇、果てはイグアナまでモノマネし、デタラメ外国語を発する怪しい雰囲気を漂わせた芸であったが、次第に会者として才を開させた。

1970年代以前デビューお笑い芸人としてはしく、特定師匠を持たず、素人芸を極めた結果プロデビューしてしまったというしい経歴を持つ。山下赤塚不二夫タモリを発掘した大恩人であるが、彼らもタモリの持っていた芸に惚れ込んで世に送り出した人物であるため、タモリの芸は言わば突然変異的な独特のものである。
このため、タモリの元に子志願に来た者には「自分の芸は他人に教えられるようなものではない」と断っている。 

芸人殺し」の異名を持つ黒柳徹子から大笑いを取ることの出来る、数少ない芸人である。
タモリデビュー当時テレビ出演しているのを見てすぐにテレビ局に身元を照会をしたほどその芸に惚れ込んでおり、『徹子の部屋』(テレビ朝日)にデビュー間もない頃から出演させるなどしている。 

逆に、タモリは『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ)に審員として出演した際に出会った結成当時のとんねるずっ先に評価した人物の一人である。とんねるずタモリと同じ素人の宴会芸を極めた師匠を持たないコンビであり、他の審員が「話に起承転結をつけろ」と批判的な評価をしていた中、タモリは「(自分の芸もそうだから)起承転結なんかいらないんじゃないか」として高く評価していた。審員として参加していたタモリ赤塚不二夫に支えられたとんねるずはその後芸を洗練し、最終的に10週勝ち抜きを果たしグランプリを獲得することになる。
とんねるずの2人は本格的にプロデビューするかどうか悩んだ時タモリに相談し、「やりたければやればいい」と軽く肩を押してもらったことで本格的にプロになる決意をした。これらの経緯から、とんねるずタモリを恩人として慕っている。

来歴

1945年8月福岡県福岡市に生まれる。本名は森田一義[もりた かずよし](「笑っていいとも!」の会者として、番組冒頭の字幕スーパーは本名でクレジットされる)。幼少時は自ら幼稚園入園を拒否し、自宅近所の坂から人間観察をしていた変わった子であったそうである。この頃に不慮の事故のため、片を失明する(実は事故による失明ではなく、その片については極端に視が弱いという説もある)。

一浪の末、早稲田大学入学するが学費未納で除籍される。しかし、暫くは所属していたモダンジャズ研究会のコンサート会で稼いでいた。

その後一度福岡に帰郷し、生命保険外交員、喫茶店の雇われマスターボウリング場の雇われ支配人と仕事を転々としていた。この頃に現在の夫人と結婚

そんな折、山下ジャズマンたちの宴会に飛び入りでアドリブ芸を披露したことがきっかけとなり、再び上。その『密室芸』を見た赤塚不二夫が芸界入りを手助けし、30歳でデビューする。

当初は寺山修司イグアナ昭和天皇など、それまでのモノマネ芸人ネタにしてこなかった人物を題材に、その人が言いそうな言動を創作してモノマネする『思想モノマネ』や、「名古屋は田舎」「ニューミュージックを聴くは暗い」など、当時としては過な発言をするマニア芸人で、大衆受けする芸人ではなかった。

しかし、1982年に彼を会者に据えた『笑っていいとも!』(フジテレビ)と『タモリ倶楽部』(テレビ朝日)の放送が始まると、状況は一変。当初は「密室芸芸人は絶対おではウケない」と危惧された『いいとも』、「流浪の番組」を標榜して低予算とユルさを前面に押し出した『タモリ倶楽部』、共に人気長寿テレビ番組として君臨。
いいとも』はギネスブック「単独会者による生放送世界最多放送回数を記録したテレビ番組」認定され、放送期間31年6ヶ・放送回数8054という大長寿番組となった。

ビートたけし明石家さんまと並ぶ「お笑いBIG3」の一である。
あまりの不動の地位ゆえに、ナインティナイン岡村隆史から「上が詰まっているから先に行けない。く死んでくれませんかね」と真剣に言われたという逸話もある。

タモリ名言集

  • やる気のある者は去れ」(座右の銘)
  • 「番組についての反を一切しないこと」(「いいとも」長寿の秘
  • 「私もあなたの作品の一つです」(恩人・赤塚不二夫の葬儀の弔辞)
  • 「たこがで死んだ。何にも悲しいことはない」(たこ八郎浴中に急逝した際の追悼コメント
  • 「好物はおっぱい(「いいとも」番組内で)
  • 「好きな言葉は『適当』」(「いいとも」番組内で)
  • 「流されるな、流せ」
  • 「自分を探すな、見失え」
  • 大丈夫、終わりがあればまた始まりがあるから」

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読み:タモリ
初版作成日: 08/09/20 20:55 ◆ 最終更新日: 15/11/28 23:48
編集内容についての説明/コメント: タモリととんねるずの関係の話を修正
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タモリについて語るスレ

67 : ななしのよっしん :2014/12/22(月) 18:01:43 ID: HQVXw4siLc
岡村の件は確か、踊るさんま殿さんまに対しての発言だと思ったけれど。
他の場所でも同じことを言ってたのかな。
68 : ななしのよっしん :2015/02/02(月) 10:30:52 ID: rrBmaFhDJP
>>64
真剣に言うからギャグとして成立するんだろw
この文を読んで「岡村って酷いやつだなー」って思う人はごく少数だと思うよ。
このエピソードはよくテレビラジオられてるから、機械があったら聞いてみると良い。悪いニュアンスなんて一切入ってないから

>>67
IG3に対して同じこと言ってそう。気兼ねなしに上の人に対して
そういうことを言えるのは健全だと思うわ。
一方爆笑問題さんまに「引退なんて絶対するな。落ちぶれて行く所をしっかり後輩に見せつけるまでがあんたの役だ」とったそうな
69 : ななしのよっしん :2015/02/04(水) 04:45:01 ID: FPzhAG6lBV
タモリさんってブラックさはさすがいうか、やっぱり根がブラックなんだろうな。そこが好きだけどさ。でもっていちいち正論にもの着せず然と言う
シビアで良いと思うわ
芸人にまともななんかいるわけない。だから芸人常識を期待しても駄。だってまともな普通芸人になろうなんて思わない的な発言をでさらりといつもの調子で言ったのって確かタモリさんだったよなw
タモリさんはなに言われようが意に介さずどんな時でもいっつもマイペースだから好きだわwww
黒柳徹子もそんな感じだよな
70 : ななしのよっしん :2015/07/05(日) 05:03:58 ID: BAAoN8XnS9
師匠を持たず、子も作らずなんだな
71 : ななしのよっしん :2015/07/20(月) 05:49:09 ID: hXvjlpaLw+
>>68
そういやたけしはズルズル落ちて行くつもりだってどっかで言ってたな
くなけりゃ視聴者が見なくなるしそれが今まで視てもらってた視聴者への恩返しって考えてるとか
72 : ななしのよっしん :2015/10/11(日) 10:23:59 ID: f4i/Vpv5C0
岡村は嫌いだが、本人にそうる以上は単なるネタでしかないだろうね
本気でやるなら寧ろ本人に言わないでしょ
73 : ななしのよっしん :2015/11/14(土) 10:23:06 ID: iwBJsk4T0r
タモリさんには長生きしてほしい
そのうち生きてるだけで笑いが取れるクラス芸人になってほしい
74 : ななしのよっしん :2015/12/09(水) 11:13:12 ID: O1iem2cNMQ
>>70
強いて言えばとんねるず赤塚不二夫タモリの「脱芸人」「形式にとらわれない笑いの可性」を継いだと言える
そしてとんねるずの影を受けてナインティナインなど皇族のお笑い芸人が出てきたので、塚イズム・タモリイズムはちゃんと生き続けている
75 : ななしのよっしん :2015/12/09(水) 11:14:31 ID: O1iem2cNMQ
皇族じゃない、後続だ
76 : ななしのよっしん :2016/01/31(日) 22:16:56 ID: Iy4KblDJv7
喫茶店芸人になろうと思った時(?)のエピソード好き。うろ覚えだけど。
放送局の重役と太鼓持ちの芸人が客としてきて、タモリの芸を見たとき、芸人が「こうゆうのが売れない芸人なんですよね」
みたいなことを言われて、この野郎…と思ったとかなんとか

温厚に見えるけど、ちゃんとしいところも持ってる人って尊敬する。
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