タモリとは、日本を代表する司会者、エンターテイナー、鉄道の線路分岐マニア、坂道マニア、おっぱい星人である。
概要
1945年、福岡県に生まれる。本名は森田一義。幼少時は自ら幼稚園入園を拒否し、自宅近所の坂道から人間観察をしていた変わった子であったそうである。この頃に事故のため片目を失明する。(実は失明ではなく極端に視力が弱いという説もあり)
一浪の末に早稲田大学に入学するが学費未納で除籍される。しかし、暫くは所属していたモダンジャズ研究会のコンサートの司会で稼いでいた。
一度福岡に帰郷し、生命保険外交員、喫茶店の雇われマスター、ボーリング場の雇われ支配人と仕事を転々としていた。この頃に現在の夫人と結婚。
そんな折、山下洋輔らジャズマンたちの宴会に飛び入りでアドリブ芸を披露したことがきっかけとなって再び上京。その『密室芸』を見た赤塚不二夫が芸能界入りを手助けし、30歳でデビューする。
当初は寺山修司・イグアナ・昭和天皇など、それまでのモノマネ芸人がネタにしてこなかった人物を題材に、その人が言いそうな言動を創作してモノマネする『思想モノマネ』や、「名古屋は田舎」「ニューミュージックを聴く奴は暗い」など過激な発言をするマニア芸人で、大衆受けする芸人ではなかった。
しかし、1982年に『笑っていいとも!』と『タモリ倶楽部』が始まると状況は一変。当初は「密室芸芸人は絶対お昼ではウケない」と危惧された『いいとも』、「流浪の番組」を標榜して低予算とユルさを前面に押し出した『タモリ倶楽部』、共に現在も続く人気長寿番組として君臨。遂には『いいとも』はギネスブックに「単独司会者による生放送の世界最長寿テレビ番組」に認定された。
ビートたけし、明石家さんまと並ぶ、お笑いBIG3の一角である。
あまりの不動の地位故にナインティナインの岡村隆史から「上が詰まっているから先に行けない。早く死んでくれませんかね」と真剣に言われたという伝説もある。
また、「芸人殺し」の異名を持つ黒柳徹子から大笑いをとれる数少ない芸人である。
タモリ名言集
- 「やる気のある者は去れ」(座右の銘)
- 「番組についての反省を一切しないこと」(「いいとも」長寿の秘訣)
- 「私もあなたの作品の一つです」(恩人・赤塚不二夫の葬儀の弔辞)
- 「好物は鯵・鯖・鰯・おっぱい」(「いいとも」番組内で)
- 「好きな言葉は『適当』」(「いいとも」番組内で)
- 「流されるな、流せ」
- 「自分を探すな、見失え」
- 「大丈夫、終わりがあればまた始まりがあるから」
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関連項目
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読み:タモリ
初版作成日: 08/09/20 20:55 ◆ 最終更新日: 09/10/24 13:51
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