単語記事: ニーチェ

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フリードリヒヴィルヘルム・ニーチェ独:Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844年10月15日 - 1900年8月25日)は、ドイツ哲学者・古典文献学者。後世に影を与えた思想

生涯

1844年にドイツのレッケンに生まれる。両親とも牧師の系であったという。

1864年ボン大学入学学と古典文献学を専攻した。翌年の1865年にはライプツィヒ大学に転学した。

1869年、24歳の若さバーゼル大学に招聘され、古典文献学の教授に就任する。

1872年に処女作『悲劇の誕生』を出版するが、学界からは冷笑でもって迎えられる。

それ以降も教授仕事をしながら『反時代的考察』などを出版するが、体調不良が続き、1879年には教授職を辞職し、執筆業に専念する。

1885年に代表作 『ツァラトゥストラ』を書いたのち、 『善悪の彼岸』『徳の系譜』『この人を見よ』など、立て続けに著作を書く。

1889年 カルロ・アルベルト広場にて倒し、精病院に入院することになる。倒の原因については、「自らの思想ゆえに発狂した」「梅毒であった」など諸説ある。

10年近く廃人のような生活を続けたのち、1900年ワイマールにて死去した。

著作

  • 1872年 『悲劇の誕生』
  • 1876年 『反時代的考察
  • 1878年 『人間的な、あまりに人間的な』
  • 1882年 『悦ばしき知識』
  • 1885年 『ツァラトゥストラ
  • 1886年 『善悪の彼岸
  • 1887年 『徳の系譜』
  • 1888年 『偶像の黄昏』『アンチクリスト』『この人を見よ』など

ニーチェの思想

義の洗礼を受けたニーチェ(F.W.Nietzsche,1844~1900)は、真実の人間存在を研究した。ニーチェは反キリスト者を自認しており、その時代の例外者であり、単独者であった。例外者とは普遍的法則に包括されない人間で、それは「外」に「立っている」者で、外に投げ出されている者の意味である。つまり、「例外者は、普通のあらゆる様相を事実的に突き破る者なのである」。

ニーチェは自分の孤独について深淵を覗き込んだ山頂の樅の木に喩えて「多分一羽の猛禽のほかには、でもあえてそこの客として訪れることはないだろう」とっている。

1872年に『悲劇の誕生』(Die Geburt der Tragodie aus dem Geiste der Musik)を世に出した。それは哲学芸術における創造的な人間の理想をかかげ、今までのニーチェ古典文献学の知識と相まって、古代ギリシャ文化の「アポロン的」と「ディオニュソス()的」とに分け、両者を対立させつつ、ディオニュソス的こそ古代ギリシャ人の精とした。さらに、彼はそれを当時のドイツと対し、物質的な繁栄をアポロン的とたとえ、ドイツ文化の担い手としてワーグナー音楽ディオニュソス的と喩えたのである。

現在では、この作品を芸術論上、不朽の名作と呼んでいるが、当時、この作品は大変な不評だった。

ニーチェは当時のドイツ均化された大衆と機械文明で機械に支配され、創造性を奪われた人間だけであると捉えた。その原因はキリスト教等の思想が人間を卑小化し、画一化し、人間本来の生き方を喪失させてしまったと考え、彼はキリスト教を厳しく批判した。その上でキリスト教の価値を否定し、彼は価値の転換を企てたのである。

そしてニーチェは大胆にも「神は死んだ」と宣言し、をも否定したのである。の否定は、人間だけを残したことを意味していた。

キリスト教徳は、謙虚、耐、寛容、恭順などに意義をしていたが、ニーチェの解釈によればキリスト教が人間を卑小化し、弱者にさせ、権を得ようとして得るい群集にしてしまったという。彼は従や臆病などを自分の都合のよいように価値転換を図ったものに他ならないとした。それは強者が抱く「への意思」に対して、弱者の権への意思は「恨」から生じる憎しみの感情を意味していたのである。つまり、それも形を変えた弱者の「権への意思」に他ならないのである。したがってニーチェは従来のキリスト教が「奴隷徳」を説いたとして非難したのである。本来、人間とは掛けがえのない重な人生だから君のように生きたいはずである。それ故にそれら「君徳」を説くとニーチェは宣言したのである。

彼はキリスト教徳が人間を弱者にしたといった。人間の生命とは、本来生きるための戦いであり、君へ至る戦闘である。その人間の生命は単に環境への適応による自己保存に満足するものではなく、自己をし、生命はしく生きる意志である。それが「への意思」であり、進化も「への意思」が表出したものに他ならない。こうしてニーチェは人間のあらゆる行為の根底に「への意思」を考え、これを追求することが、人間本来の姿であると捉えた。したがって人間はこの「への意志」を否定し、弱めるようなものは排除しなければならない。彼自身も「への意思」を探し、その体現者を「人」と呼んだのである。人とは絶えざる自己の越者であり、人間が進化した「人間以上の何かある高等な動物なのである。」だからニーチェは人間とはされるべきものと捉えたのであろう。

ニーチェ哲学の最後は『ツァラトゥストラ』(Also sprach Zarathustra)に見られる「永劫回帰」思想である。宇宙永遠に繰り返す円環運動であり、万物も永久に繰り返す円環運動である。しかし、世界は「虚無(ニヒル)」であり、苦しく、矛盾に満ちている。この苦悩の生が永遠に生死の反復を繰り返し続ける。それは巨大な石を山頂にあげる不可避的、絶望的、意味なシジフォスに喩えられる。来るべき次の時代も虚無だろう。また次も虚無であろう。こうした世界永遠に回帰するのである。しかし永遠に繰り返す時代が虚無であっても「これが人生であったか。さらばよし、もう一度!」と一生懸命に実在的に生きることの大切さをニーチェは私たちに教えたのである。

参考文献:1997年3月『人間探の流れ』関根透・竹内善一:北出版

なお以下のように書かれている文章はすべて誤りである。そんな本は踏み潰せ!byこの人を見よ

ナチズムとの関係

ナチ党に積極的に協したハイデガーと違い、ニーチェにはナチ党に協した事実はない(そもそもナチ党が活動していた時期には既にニーチェは死去している)し、ナチズム的思想を唱えていたわけでもない。

ところが、ニーチェは以下の理由により、ナチズムに影を与えた思想として危険視された。

  1. ニーチェエリーザベトが反ユダ義者であったこと。ニーチェの遺稿は彼女によって整理され、『への意志』として刊行されたのだが、反ユダヤを標榜する彼女は恣意的な遺稿の整理を行った。
  2. 上記のような遺稿をヒトラー読し、ニーチェの思想をナチズムの旗印にしたこと。ニーチェの「人」思想を、ゲルマン人の優秀性をするために利用したことなどがそれである。
  3. 彼と親交のあったワーグナーヒトラーに好まれ、ナチ党の宣伝のために積極的に利用されたこと。

ショーペンハウアーとワーグナー

ニーチェ哲学ショーペンハウアーと作曲ワーグナーから大きな影を受けている。

ニーチェ21歳の頃にショーペンハウアーの代表作『意志と表としての世界』を読み、これを読したが、後に彼の思想を批判することになる。

また、ワーグナーの楽曲からも強い影を受け、「トリスタンとイゾルデ」などを絶賛している。だが、後に「パルジファル」を観たとき、ワーグナーに幻滅し、やがてワーグナーから離れていった。

名言

ニーチェはアフォリズムを好んで使用したこともあり、現代でもよく使われる言葉がある。中には、ニーチェの言葉と知らずに使用されているものもある。

「神は死んだ」

『悦ばしき知識』において登場する言葉。なお、この言葉には続きがあり、

神は死んだ! 神は死んだままだ! 々がを死なせたのだ!
あらゆる殺者の中の殺者である自分たちを、々はどう慰めればよいのか?」

となっている。

「人間的な、あまりに人間的な」

ニーチェの著作『人間的な、あまりに人間的な』に由来するものだが、これをもじって「○○な、あまりに○○な」などといわれることもある。

「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」

『善悪の彼岸』に登場する言葉。

作曲家としてのニーチェ

音楽に強い関心を持っていたニーチェは自ら作曲活動もしている。関連動画に紹介されている「断片自体」がそれである。

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読み:ニーチェ
初版作成日: 08/05/19 20:49 ◆ 最終更新日: 16/03/20 04:01
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ニーチェについて語るスレ

168 : ななしのよっしん :2016/02/26(金) 20:33:33 ID: DPJoZ5fbF+
ニーチェにはがいた
つまりニーチャン
169 : ななしのよっしん :2016/04/04(月) 23:31:07 ID: VXAcaYowVI
ナチス関係とは言うが、ムッソリーニが宣伝とか抜きでニーチェストだったらしいから思想的親和性がないとまでは言えんと思う
ニーチェ本人がそれを見てどう思うかは別だが
170 : ななしのよっしん :2016/04/12(火) 19:52:10 ID: J0F25X87He
>>166
いやだから神は死んだってのはキリスト処刑=カエサル暗殺の事。
そこに書いてるじゃん、

Gott ist todt! Gott bleibt todt! Und wir haben ihn getödtet!
Wie trösten wir uns, dierder aller Mörder?

神は死んだ! 神は死んだままだ! 々がを死なせたのだ!
あらゆる殺者の中の殺者である自分たちを、々はどう慰めればよいのか?

初期のキリスト教徒達もこう叫んで回りながら布教したんだよ、カエサルを死に追いやったのは一体誰だってね。
ニーチェは近代化の今になってそれをパロったって訳。人々が二千年近く前に苛まれた当時の記憶の底にあったものを再び呼び起こす為に。
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
171 : ななしのよっしん :2016/04/13(水) 10:53:14 ID: fRDj/hR22N
近代化と関係だとしたら、カエサル暗殺のことに何のインパクトがあるんだ?
172 : ななしのよっしん :2016/04/14(木) 06:41:39 ID: J0F25X87He
>>171
カエサルの死は当時の地中世界、とりわけ今日ラテン系と呼ばれる民族にはそう簡単に拭い去れない出来事だった。
その消えない懊悩に対する「慰み」としてユダヤ人が用意したのが新約という「カエサル異聞」だったという訳。
この大いなる物語による神話化を経て人々はケロケロと
キリスト教」の構築に勤しむ事が出来ましたとさっていう話。
リストユダヤ人が殺したっていう話の流れになってるじゃん、要するにキリスト教信じるとカエサルの死に対する罪悪感がユダヤ人への憤怒にスワップされるように出来てて、ユダヤ人自らそういう物語を書き上げた理由は論布教の為ですよ、とそういう次第。

173 : ななしのよっしん :2016/04/14(木) 08:13:46 ID: fRDj/hR22N
キリスト教徒はユダヤ教徒へ変わらぬ差別意識を持ってます」ってのは、
ありきたりな常識論に過ぎずインパクトがある解釈とは言えないな

近代化論から読んだ方が面そうだ
174 : ななしのよっしん :2016/04/16(土) 10:01:55 ID: J0F25X87He
>>173
確かにその差別意識自体が他ならぬユダヤ人によって形成・強化された物であるというのは最常識だな。
ヘレニズムに触れた事でめて自分達「セム系」の気持ち悪さを実感したユダヤ人達が自分達が如何に卑劣かという事を西洋中で触れてる事になった訳だから。
ニーチェキリスト教を"憤り"の宗教だと見抜いていた。この"憤り"がどこから来ているのかも。
175 : ななしのよっしん :2016/05/16(月) 22:13:49 ID: RK0H52PTsD
ニーチェの存在そのものを否定したの?
176 : ななしのよっしん :2016/05/17(火) 11:57:53 ID: J0F25X87He
>>175
そもそも死ぬっていうのが生きていた時期がないと理な話であって
で何時死んだのかとえば「ヨーロッパ文化の退キリスト教支配に原因があるとし、"神は死んだ"と叫び、新しい価値の立をした」とあるように近代化などではなくキリスト教による覇権がヨーロッパ確立した事、その大元となった事件の時から長らく死んだままですよと。
177 : ななしのよっしん :2016/06/20(月) 23:28:37 ID: /ZYQZP94p1
http://philosophy.stackexchange.com/questions/7303/there-are-no-facts-only-interpretations
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