ビョークとは、ワールドワイドに活動している歌手。アイスランド共和国のレイキャヴィーク出身。現在、二児の母。
概要
歌手としてのキャリア自体は12歳からではあるが、当時はカバーばかり歌わされており、その頃にリリースしたソロアルバムには自作曲が1曲しかなかった。大ヒットはしたのだが、この事実に本人としては不満を覚え、あえてアイスランドの人気歌手という地位を捨て、アーティストとしての道を歩み始める。
10代の頃はスピット・アンド・スノット(ドラマーとして参加)、エクソダス、Jam-80(後に英語にするとお下品な名前になるTappi Tikarrassと改名)、KUKLといったいくつかのパンクバンドを経験。1986年、息子の誕生日にポップスバンド、シュガーキューブスを結成して、翌年にCDデビュー。英語圏で活動するインディーズバンドの中では日本を含んだワールドツアーを開催するほどの人気を獲得したが、92年に解散。
1993年に「デビュー」というアルバムで本格的にソロ活動を開始。現在はアバンギャルドなサウンドで同業者や音楽マニアを中心に熱狂的な人気を集める。そのアバンギャルドな音楽は先見性の高いことで知られるマドンナからアルバムのプロデュースを依頼されたほどである(この依頼はビョークプロデュースでアルバムの製作一歩手前まで準備はしていたが、あまりにビョークが忙しかったので、実際は『Bedtime Story』一曲のみの楽曲提供にとどめてしまったが)。
2000年には映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に主演女優兼音楽担当として参加。持ち前の感性から来る演技力と音楽性で世界を魅了し、演技面ではパルムドールを、音楽面では主題歌がゴールデングローブ賞やアカデミー賞の歌曲部門ノミネート作品に選ばれるほどの賞賛を受ける。余談だが、その時に着てきた白鳥ドレスはいろんな意味でオーディエンスに衝撃を与えた。その後、女優(?)としての活動は「拘束のドローイング9」のみ。
また、2009年には経済危機を迎えている母国アイスランドを救うべく、ビョーク・ファンドを設立。投資されたマネーはアイスランドの経済支援、及び自然保護のために使われるという。
2011年には音楽だけに留まらないプロジェクト『BIOPHILIA』を始動させる。リードシングル『CLYSTALLINE』を皮切りに、同名のアルバムリリース、アルバム楽曲を最低限ラインで使用したアプリケーション、6月30日のマンチェスター・インターナショナル・フェスティバルから始まる『BIOPHILIA』楽曲を用いたライブ、プロジェクトのドキュメンタリー、HTML5の技術を利用した自身の公式サイトと連動・連携しながら展開される。
マスコミが嫌いなのか、過去に最低でも三回はカメラマンやリポーターに対して暴行事件を起こしている。Youtubeに挙がっているのもあるから、興味がある人は見てみるといいよ。
最近ではライブ中、『Declare Independence』という曲にて「チベット」だの「コソボ」だのと連呼して某国
を怒らせた。
ディスコグラフィー
- デビュー
- ポスト
- テレグラム (リミックスアルバム)
- ホモジェニック
- セルマ・ソングス (ダンサー・イン・ザ・ダークのサントラ)
- ヴェスパタイン
- グレイテスト・ヒッツ (公式ベストアルバム)
- ファミリー・トゥリー (CDボックス形式の限定ベスト)
- ザ・ライブ・ボックス (ライブCD)
- メダラ
- アイチューンズ・オリジナルズ
- 拘束のドローイング9 (同名映画のサントラ)
- ヴォルタ
- ナチュラ (チャリティーデジタルシングル)
- バイオフィリア
他にも、様々な限定版があったりするが、多すぎるので公式サイトかWikipedia参照。
関連動画
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ライブ
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関連項目
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読み:ビョーク
初版作成日: 09/04/19 02:31 ◆ 最終更新日: 11/08/30 20:09
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