フサイチコンコルド単語

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フサイチコンコルド
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フサイチコンコルド(Fusaichi Concorde)とは、1993年生まれの競走馬デビュー3戦ダービーに勝ち「和製ラムタラ」と呼ばれた名である。

名の「フサイチ」は言うまでもなく冠名、「コンコルド」の方は音速旅客機……ではなくフランスパリにあるコンコルド広場に由来する(はどちらも「調和、協調」を意味するフランス語)。この広場からシャンリゼ大通りを歩くと凱旋門に行き当たることから、将来の凱旋門賞制覇を見て命名されたと言われる。

な勝ち
1996年:東京優駿(GI)

齢は現在のものを使用しています。

概要

Caerleon(カーリアン)、*バレークイーンSadler's Wells(サドラーズウェルズ)という、え? ヨーロッパ? というような血統。それもそのはず、このは社台が輸入した*バレークイーンが受胎していた持ち込みである。
カーリアンニジンスキー産駒サドラーズウェルズノーザンダンサー産駒なので、本ノーザンダンサーの3×3というかなり強い近配合である。ノーザンダンサーの強いクロスがあるところまで*ラムタラに似ている。

配合は身体が弱いに出ることがままあるのだが、その例に漏れずフサイチコンコルドも身体が弱かった。輸送をすれば炎を起こし、発熱する。なんという虚弱体質。炎を起こしたことまでラムタラに似ている……。

デビューは遅れに遅れて3歳の1月。これをあっさり勝利して素質の高さを見せ付けるのだが、2勝は2ヶ後のすみれステークス皐月賞はもうすぐといったタイミングであった。こんな体質の弱い理はさせられないということで小林調教師皐月賞を回避し、ダービートライアルプリンシパルステークス東京優駿写真を描いた。

ところが虚弱なコンコルドは熱発してしまいプリンシパルステークスに出られなくなった。これではダービーは抽選待ちになってしまうということで、同営でコンコルドより賞が多かったフサイシンイチの回避まで検討される有様であった。しかしなんとか抽選を通過。輸送後に発熱したりとドタバタしたが、なんとか本番のゲートに入ることが出来た。やれやれである。

ダービーの1番人気ダンスインザダークであった。回避したプリンシパルステークスの勝ちであり、*サンデーサイレンス産駒2年の総大将である。同上は初のダービー制覇がかかる武豊騎手で、ダンスインザダークにもタヤスツヨシに次ぐ*サンデーサイレンス産駒ダービー連覇という記録がかかっていた。実的には頭一つ抜けているという評価であり、既に人気共にNo.1であった武騎手ダービージョッキーの栄冠がされる事はほぼ間違いいと見られていた。

対するフサイチコンコルドは7番人気。なにしろ敗と言えば聞こえだけは良いがキャリアはたった2戦である。これでは実々以前に「なんだこいつ?」と言われちゃう位知名度がかったのも理はい。関西秘密兵器などと言われたのもそこまで広まっちゃいなかった。

そして発走。サクラスピードオーが逃げダンスインザダークは絶好の位置を占める。フサイチコンコルドは後ろだったが、群は詰まっていてどこからも来れる展開。

直線入り口で、ダンスインザダークがあっさりと抜け出す。正直、ダンスインザダークレースぶりは如何にも1番人気という堂々としたもので、武騎手がこのレースにどれほどの自信を持っていたかが伺える。

しかし、その背後にぴったりと付いて来る薄い鹿毛あれ? なんだあの

直線強く脚を伸ばすダンスインザダーク。武騎手はもう「勝った!」と思っただろう。しかし、1頭なんか計算外のがいる。全然脚色が違う。「いやいや、こいつよ!」ファンがそう思ったその時、フジテレビ実況三宅正治アナウンサー絶叫

コンコルドだ、コンコルドだ! 外から、音速の末脚が炸裂する! 
フサイチコンコルド!!

そう。フサイチコンコルドはダンスインザダークを並ぶ間もく交わすと、そのままゴールに飛び込んだのだった。きっと武騎手も愕然としたと思うが、ダンス軸でコンコルドの絡まない馬券を握り締めていたファンも「え~? なんですか? なんですか?」といった感じで然呆然。あわてて競馬新聞を見返して、どえらく短い柱を確認して更に驚いたりした。

デビュー3戦でのダービー制覇は1943年クリフジ以来ということで戦後では初。その戦績から、英ダービーデビュー2戦で制覇した*ラムタラになぞらえ、コンコルドは「和製ラムタラ」と呼ばれたのだった。

上の藤田伸二騎手武豊騎手に先んじて、史上3番若さダービージョッキー仲間入り。ちなみに武豊騎手ダービーを制覇するまでには更に2年を待たなければならなかった。

フサイチコンコルドはその後、菊花賞すのだが、なにしろ体質が弱いのが直らず、初戦はカシオペアステークスになってしまう。しかも単勝1.3倍の支持を受け、藤田騎手も「回ってくれば勝てる」と思って臨んだこのレースで、当時はバリバリの新鋭であった福永祐一騎手が駆る*ムーンマッドネス産駒(!)メジロスズマルに5身差で逃げ切られて2着に敗れ、デビューからの連勝はストップ

それでもなんとか菊花賞には出走。直線で最内から抜け出し、おお、流石は! と思った間、ダービーとは逆の展開でダンスインザダーク脚に差し切られ、ついでにロイヤルタッチにも抜かれて3着。

結局、脚部不安に悩まされてこれが最後のレースとなり、翌年に正式に引退。通算5戦3勝2着1回という戦績に終わった。ファンからすればなんだか、あっという間にやってきてダービーを獲り、良く分からないまま引退してしまったような感じがしたものである。

がいわゆるカットになっており(だが)見たからしても如何にも「お坊ちゃま」なであった。ダービーの時の末脚は凄まじい切れ味を見せており、菊花賞でも好走したようにスタミナもある。まだまだがありそうなだったので、もっともっとレースを見たかった。ほぼ同時にダンスインザダーク引退してしまったせいで、どうもこの世代の印は薄い。

種牡馬入りしてからはダートで活躍したブルーコンコルドバランスオブゲームオースミハルカといった中堅級の実を出しており、そこそこ成功していたが、やはり芝GI戦線で活躍が出なかったのがいたか、2011年を最後にシンジケート解散となった。だから和製ラムタラは不吉な名前だとあれほど。ブルーメアサイアーとしてNHKマイルカップに勝ったジョーカプチーノを出しているので、これからはそっちに期待である。なお全くの余談になるが、ジョーカプチーノマンハッタンカフェであるが、ラムタラの代表産駒ヒルダムールもマンハッタンカフェである。こんなところにも因果があったりする。

漫画家ゆうきまさみ氏が社台ファームに取材に行った時「来年のダービー補でカーリアンの良いがいる。多分、フサイなんとかという名前で出てくると思う」と聞いていて、それをダービーゴール前で思い出した、というエピソードがあるそうだ(もちろん買っていなかった)。当初からそれくらい期待されていたのだろう。返す返すも体質の弱さが残念だ。

馬主関口房朗氏はこのダービー制覇で味を占めたのか、とんでもなく高いを買いまくり、ケンタッキーダービーフサイチペガサスで勝つなど、バブリーな名物馬主として長きにわたり話題をさらったが、最近は生きているかも定かではない。結構、競馬界のことを考えてくれる馬主だったのだが。

種牡馬シンジケート解散後は青森県牧場で少数のに種付けを行いながら功労としてのんびりと過ごしていたが、2014年9月8日に亡くなった。2日前の放牧中に左後脚を骨折、自で起き上がれなくなったという。

血統表

Caerleon
1980 鹿毛
Nijinsky II
1967 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Flaming Page Bull Page
Flaring Top
Foreseer
1969 黒鹿毛
Round Table Princequillo
Knights Daughter
Regal Gleam Hail to Reason
Miz Carol
*バレークイーン
Ballet Queen
1988 鹿毛
FNo.1-l
Sadler's Wells
1981 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Fairy Bridge Bold Reason
Special
Sun Princess
1980 鹿毛
*イングリッシュプリンス
English Prince
Petingo
English Miss
Sunny Valley Val de Loir
Sunland
競走馬の4代血統表

クロスNorthern Dancer 3×3(25.00%)、Hail to Reason 4×5(9.38%)

主な産駒

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3 ななしのよっしん
2014/09/10(水) 15:59:05 ID: aajt1mQXK2
死んだらしいぞ…。
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4 ななしのよっしん
2014/09/12(金) 02:36:54 ID: RPu+loq5ti
亡くなったとのことなので見に来ました
牧場に買いに行ったときに、できれば売りたくなかった社台を説得するために
抱き合わせ的な形でフサイシンイチを買ったとか
馬主ダービーで単勝をしこたま買って、優勝したら1万(10万だったか?)の馬券(27.6倍)を
ご祝儀で配りまくったとかエピソードが結構面いんだよね
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5 ななしのよっしん
2016/08/24(水) 20:10:56 ID: 8hNoXA4g8h
一応、少なくとも関西では秘密兵器と言われてたよ
ただ当時は外産が強くてめぼしいが他にがいなかったからかもしれないけどね
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6 ななしのよっしん
2018/06/14(木) 15:59:26 ID: UBuiJzSNdl
復帰予定だった大阪杯の直前、CWで猛時計出してたから間違いなくまだはあったよ。引退決定した時はがっくり来たね。
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7 ななしのよっしん
2019/05/28(火) 20:07:19 ID: cBCOQWp9Hl
ダービーでは人気自体はともかく、期待度ではフサイシンイチの方が高かった記憶
3戦ダービーとかいうむちゃくちゃをしても7番人気あったというのも今から考えると相当おかしい気がするけど。
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8 ななしのよっしん
2020/02/26(水) 19:44:41 ID: IrXWYECqfb
カーリアンの後継で
このが一番ましな後継だった
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9 ななしのよっしん
2022/05/04(水) 02:01:46 ID: iXWUDQ7U26
なんかあれだな、時代もあるんだろうがちょいちょい小馬鹿にしたような感じが漂う記事だな。マックイーンの記事の人か?
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10 ななしのよっしん
2022/11/04(金) 08:16:56 ID: MuY2ZjNil+
ウマブーム便乗前の競馬記事はほぼこの一人で作ってるよ
主観モリモリだから正確性には欠けるが臨場感はある記事で賛否はあるがまだ過疎社会だったから概ね受け入れられてた
ウマブーム後は波立たないように記事編集の潮が高まり駆逐されまくったけどね
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11 ななしのよっしん
2023/04/16(日) 01:44:26 ID: JeVmTxOqGy
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12 ななしのよっしん
2023/11/03(金) 08:49:54 ID: iywQtYkVcg
音速の末脚が炸裂する!
がすごく好き

これ以上い言葉だ
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