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マット・マートン(Matt Murton)とは、阪神タイガースに所属するプロ野球選手である。右投右打の外野手で、背番号は9。
概要
メジャーでレギュラーを務め3割近い打率を残したこともある好打者だが、近年はチャンスに恵まれずマイナーリーグで燻っていたところをスカウトされ来日。2010年シーズンから阪神タイガースでプレーしている。
コンパクトなスイングで広角に打ち分ける高い技術を持ったアベレージヒッター。優れた選球眼を持ち、長打力がある上にチャンスにも強く、おまけに俊足とオフェンス面は非常に優秀。守備では本職の左翼手から慣れない中堅手にコンバートされた(金本知憲を左翼手から動かせないため)こともあり、肩の弱さもあって精彩を欠く場面も見られるが、オフェンス面での貢献が非常に大きいため、それほど問題視されてはいない。
品行方正で非常にマジメな性格をしており、マートンの前で下ネタを話さないよう球団から選手に指示が出されるほど。日本の野球に順応すべく研究ノートを作成するなど、野球への取り組み方も非常にマジメである。
ちなみに本名はマシュー・ヘンリー・マートン。目を見張るような赤毛の髪が特徴で、メジャー時代は「赤毛のマートン」と呼ばれていた。
経歴
メジャーリーグ時代
2003年にドラフト1巡目でボストン・レッドソックスに入団。翌年トレードでシカゴ・カブスに移籍すると、翌2005年には早速メジャーデビューを飾る。この年は51試合に出場して打率.321・7本塁打・14打点と活躍。
2006年は年間を通して左翼手の定位置を確保しメジャーに定着、162試合中144試合に出場する。規定打席に到達して打率.297・13本塁打・62打点を記録し、二塁打を22本放つなど中距離打者として優秀な成績を収めた。同年8月3日にはメジャーの一試合最多二塁打記録となる4打席連続二塁打を放っている。
しかし2007年以降は思うように結果が出せず、チームの戦略構想から外れたこともあり出番が減少。活躍の場を求めて2008年途中にはオークランド・アスレチックスに、2009年にはコロラド・ロッキーズに移籍したものの、マイナー暮らしの日々が続いていた。
阪神タイガース時代
そんなマートンに目を付けたのが、2009年4月から阪神タイガースの駐米スカウトを務めていたアンディ・シーツである。「マートンは日本向き」とのシーツの推薦を受け、阪神はロッキーズからマートンの保有権を譲り受ける。
怪我で引退に追い込まれた不動の中堅手・赤星憲広の後継者として期待されたが、キャンプでは慣れない中堅守備に戸惑うシーンも多く、一部解説者からは期待外れとの声も上げられていた。
しかしシーズンが始まってからは開幕前の予想を裏切る活躍を見せスタメンに定着。首位打者を争うレベルの高打率を維持し、チームを牽引する働きを見せている。その活躍ぶりはタイガースの親会社である阪急阪神ホールディングスの株主総会で取り上げられ、多くの株主から賞賛を受けたほどである。
7月は月間打率が3割を下回るなど不調で心配されたが、8月以降は再び安打を量産。9月5日の広島戦で来日1年目の外国人選手としてはプロ野球史上最多となる175安打に到達すると、9月18日の巨人戦では藤村富美男が保有していたシーズン191安打の球団記録をも更新し、見事球団史にその名を刻むこととなった。
そして9月23日の中日戦の第4打席にて、先発投手の吉見からレフトスタンドへソロホームランを放ち、史上4人目となるシーズン200本安打を達成した。さらにヒットを量産し、10月3日にはイチローの記録に並ぶシーズン210安打に並んだ。そして10月5日、対ヤクルト戦(神宮)で211安打目を放ち、イチローの記録を超えた。ついでに川藤幸三の生涯安打数にも追いついた。
2010年シーズンは最終的に、打率.349・17本塁打・91打点・214安打の成績を残し、最多安打のタイトルを獲得。
2011年はシーズン序盤に好不調の波が激しかったり、ひどい珍プレーを犯したり(後述)、チーム事情でしょっちゅう打順が変わったりして成績も安定しなかったものの、シ-ズン終盤に30試合連続安打を記録(外国人としては新記録)し、前年に引き続き首位打者争いに加わるなど、前年と違わぬ活躍を見せた。シーズン180安打と、統一球の影響か本数では前年に劣るものの、2年連続となる最多安打のタイトルを得た。
エピソード
- マートンの応援歌は彼のために制作されたものではなく、「外国人選手汎用曲」として事前に用意されていた曲である。これは毎年のように外れ外国人を引いてくるチームに業を煮やした応援団が、2010年になって「1年間活躍するまでは個別の外国人選手用応援歌は作らない」と決めたためである。外れ外国人のためにわざわざ応援歌を作りたくない…という応援団の意向によって始まった制度だったが、最初の適用例が当たり外国人だったのは何とも皮肉。[1]
- 応援団が上のように考えるのも無理はない、と思えるほど阪神タイガースの外国人野手スカウティングは悲惨だった。1992年に好打者トーマス・オマリーを発掘して以降は、主軸を担えるだけの助っ人を自前で調達したことは一度もなく(1995年のグレン&クールボー、1999年のジョンソンが一時的に活躍した程度)、それどころか大半は規定打席にすら到達しないままシーズン途中で消えていく有様で、外国人補強はもっぱら他球団を退団した日本プロ野球の経験者で賄う状態が続いていた。マートンは実に18年ぶりとなる自前での外国人野手スカウトの成功例なのである。
- 9月21日より、関西地区のファミリーマートで「ファミリーマートンカツおむすび」「ファミリーマートンカツ弁当」を販売中(参考
)。 - 日本の文化になじむために日本食にも挑戦し「ラーメン、寿司、牛丼が好物になった」そうだ。ことに牛丼は来日翌日にクレイグ・ブラゼルに吉野家に連れて行ってもらって食したところ「大変おいしい」と気に入り、2011年のシーズンに合わせアメリカから来日した際には「早く牛丼が食べたくてしょうがなかった」というほどになっている。
- 来日1年目から記録的大活躍を見せたマートンであったが、全く驕ることのない謙虚な性格で知られており、ヒーローインタビュー等でも神様(彼は敬虔なクリスチャンである)を筆頭に家族、チームメイト、コーチ陣、スタッフ、ファン等周囲のあらゆる人物への感謝を忘れない。雑誌『週刊ベースボール』のロングインタビューでも通訳の働きに対する感謝を述べたが、通訳が「ここは載せなくていいです」と謙遜する場面があった。謙虚さは伝染するものらしい。
- 2011年5月26日の試合にて外野フライを捕球した際、2アウトなのにボールをスタンドに投げ入れてしまう珍プレーを演じてしまった。ちなみにこの日は同じく2アウトなのにボールをスタンドに投げ入れてしまったクリス・レイサムの誕生日である。
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関連項目
脚注
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3


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読み:マットマートン
初版作成日: 10/03/11 11:52 ◆ 最終更新日: 12/04/08 03:39
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