ムネオハウスとは、以下のことを表す。
- 日本が国後島に建設した宿泊施設「日本人とロシア人の友好の家」の地元民の間での通称とされたもの。
- 2002年に日本で発生した音楽ムーブメント。本稿で述べる。
- 大地の里 - 北海道・足寄町にある鈴木宗男の生家を改装して作られた民宿。2007年のオープン当時、一部報道で「新ムネオハウス」と呼ばれた。また一部の利用者からは「第二ムネオハウス」などと呼ばれている。
- ムネオハウス(ゲーム実況プレイヤー) - ニコニコ動画に投稿している実況者。
ムネオハウスとは2002年に日本で発生した音楽ムーブメント。2chテクノ板発祥。ちんこ音頭に続く2ch系音楽の代表的なものである。ただの駄洒落で作られたネタスレから、次々と音楽作品、職人を産み出した。
概要(お約束)
委員長! 私はですね、ここの所を明確にしておきたいと思います。
「ムネオハウスムーヴメント」というのはですね、
デジタル音楽の1ジャンルである「ハウス(アシッドハウス)」と
「ムネオハウス」の名称を引っ掛けた洒落、つまりパロディーなのであります。
と同時にですね、政治およびマスメディアに対するアイロニーでもあるわけであります。
決して、決してですね、鈴木宗男氏を中心とする国会議員達の政治姿勢に賛同し、
これを応援するために作られたものではございません。
同様にですね、彼等を無責任に誹謗・中傷するためのものでもないのですよ。
全ては、健全なパロディーとアイロニーの精神によって行われているものと記憶しております。
また、「ムネオハウスムーヴメント」はですね、
以上の事を理解した人間によって 作曲、配布、共有、視聴されているものでありまして、
それ以外の指摘はいがななものか。
洒落を洒落として受け止めない考え方は、一切適切ではないと考えております。
そのような指摘をする、このムーヴメントの真の意図を見抜けない者は、
この「ムネオハウスムーヴメント」の中には存在いたしません。
そしてですね、参加している人間全てはですね、自分の利権だとか、
そういったことのために「ムネオハウス」をやってきたことは、
ないのであります。
これだけは、明確にしておきたい。こう思っております。
それにですね、そんな人達がですよ、「ムネオハウス不要論」を唱えたり、
ましては「ムネオハウス」を「ムネオラップ」などと言い換える事は決してないのであります。
そのような意見は即刻、撤回して頂きたい! 以上です。委員長!
(DJムネオによる解説)
ムネオハウスムーブメント
2ch発祥の音楽ムーブメントとしては最大級の規模を誇る。
熱狂的なブーム自体は2002年から1年ほどで収束したが、その後も外部掲示板で細々と制作は続き、2004年ほどまで楽曲のアップロードは続くなど、乗り遅れたファンを含めれば息の長いムーブメントであった。
総楽曲数は数百曲を超える。
テクノ板に立てられた、ただのネタスレでしかなかった「アシッドハウス=ムネオハウス」というスレッドが発祥。
そのダジャレを間に受けた(?)テクノ板の住人が、鈴木宗男氏の声(2002年3月11日に行われた証人喚問での答弁がメイン素材)をサンプリングした楽曲をスレに投下。
後に「intro」という楽曲で1stアルバム(という設定。詳細は後述)に収録されたその曲に感銘を受けたのか、その後も続々と曲のアップロードが続き、テクノミュージック+鈴木宗男というおかしなサウンドに魅了された人々は、夜毎続く楽曲のアップロードのおかげで寝不足の日々を送るハメになり、スレッドには嬉しい悲鳴もたくさん書きこまれた。
その話題は板を越えサイトを越え、たくさんの人を呼び込んだ。楽曲職人、ジャケット職人、動画職人などの制作サイドから楽曲を楽しむユーザー…「ムネオハウス」が一大ムーブメントとなった瞬間だった。
まだまだインターネットというものがそれほど一般に身近でなかった時代だというのに、ラジオやテレビなどでも取り上げられるほどの熱狂の時代を迎える。
アルバム
楽曲の数がある程度まとまったところで、スレッドでは「アルバムとしてまとめよう」という動きが自然とわきあがった。
即座にジャケットデータが制作され、記念すべき「THE MUNEO HOUSE 1st」が完成した。
その後も楽曲がある程度まとまってアップロードされたところでアルバムとして一区切りする流れになり、こうやって完成したアルバムは、ベスト盤、メガミックス盤などサブシリーズを除くと23枚(THE MUNEO HOUSE 23rd "EXTORTION OF A GENERATION")にまで膨らんだ。
24枚目のアルバムは、制作が進められていた外部掲示板が閉鎖されたため、完成にこぎつけることができず、お蔵入りになったままである。
THE MUNEO HOUSE REAL RAVE
ムネオハウス人気が絶頂を迎えようとしていた頃、「ムネオハウスでクラブイベントを開こう」という動きも活発化した。
紆余曲折の末、開催にこぎつけた、記念すべき世界初のムネオハウスイベント「THE MUNEO HOUSE PARTY」は大盛況のうちに幕を下ろした。
ちなみにこのイベントには、当時まだ2chの管理人をしていたひろゆきも出没したらしい。
それを受け、各地でムネオハウスイベントが次々に開催された。公式な(?)ムネオハウスイベントは、2002年7月27日新宿MARZで行われた「MUNERE'02」が最後になっている。
…ムーブメントの真っ最中のイベントはそれまでだが、制作も途絶えた2006年、鈴木宗男氏本人をクラブイベントに呼び寄せた「100%ムネオナイト」なるイベントもあったようだが、このイベントではムネオハウス楽曲はかからなかったそうだ。当たり前といえば当たり前だが。
PV
当時は現在のように高速回線が普及していなかったのと、まだまだFlashが隆盛していたため、PVはFlashという媒体で公開されることが多かった。「muneo house」「Muru-Core」などの有名所は、ムネオハウスに直接触れたことがなくても、Flash好きならば一度は見たことがあるだろう。
楽曲のPVではないが、ムネオハウスのアルバム紹介を目的とした「カウントダウン2ch(カウントダウンTVのパロディ)」などもあった。
関連動画
関連項目
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E3%83%A0%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9


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読み:ムネオハウス
初版作成日: 08/08/05 00:26 ◆ 最終更新日: 11/09/14 00:41
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