メアリ・スー(Mary Sue)とは、大まかに言うと
「さくしゃのおもいがこめられた、りそうのきゃらくたー」
を意味する用語である。
具体的にいうと、
「作者自身の投影や、作者の理想の投影があまりにも強すぎる出来の悪い異物」
を表す。
この表現は二次創作で用いられる。
ニコニコ動画では、メアリー・スー
というタグが一般的に使われている。
「メアリ・スー」チェックシート
メアリ・スーというものを理解するために、まずは下記のリンク先にあるチェックシートをご覧いただきたい。
これにより、キャラクターに対する自己理想の度合いをある程度測ることができる。
⇒ 「メアリ・スー」チェックシート
もちろん1つも項目が該当しないキャラクターはほとんどいないであろう。
あくまでこのチェックは、「当てはまる項目が多いほど、メアリ・スーと化す危険性が高い」というものである。
最終的には当てはまった項目について、書き手が「適切な証明を作中で成していれば問題なし」である。
そういう意味では、このテストは読み手がキャラを評価するのに使う物ではなく、
「書き手が自戒するのに使うべき物」といえるだろう。
二次創作に限定される理由
二次創作に限定される理由としては、
原作からの乖離による違和感
が主な原因だからである。
- 無意味な身体的特徴の列記(世界観に合わない、作中のギミックにすらならない不要どころか害な情報
- 天才・強い等の設定の証明(作中描写)がお粗末(敵がアホなだけなんじゃ
- 本来作中のキャラが知ることの無い第三者視点からの決断を下す(お前は何を言っているんだ
- ご都合主義とも言うべきフォローが完備されている(洗脳でもやってるのか
- 結果に至る経過が非常にお粗末(ニコポ・ナデポ・一晩でやってくれました・やはり洗脳か
- 書き手の欲望に忠実(書き手が楽しいだけであって読み手には苦痛
等等、既に「出来上がっている物語に異物を投入する」以上、
書き手にはそれらを「丁寧に整合性を持たせた状態でミックスする能力」が求められるのである。
上述のテストが加点方式(点が多いほど危ない)なのもこの(調整箇所が増える)為である。
因みに一次創作(オリジナル)の場合、単に不快なキャラとして扱われるか、
作品そのものが面白くないものとして、記憶にも残らず消え去る事となる、
要は二次創作だから殊更語られるだけであり、一次創作なら駄作扱いされて終わりである。
結局は作者がキャラを「作品を作るうえでの道具・ギミック」として扱いきれて居ない為に発生する事象と言えるだろう、
既存作品を自己投影したキャラを動かす為の道具と勘違いするから問題なのである。
難しいのは公式クロスオーバーとも言えるスパロボのミストさんや、
一次ではあるがTRPGとして同一世界観での作品が多々存在する中での魔法戦士キウイ等、
読み手の事前知識の多さでは二次創作に匹敵するケースの場合、
なんともいえないネタキャラ扱いされるケースになる事がある。
由来
元々「メアリ・スー」とは、スタートレックシリーズの二次創作を風刺した作品、
「A Trekkie's Tale」に出てくるオリジナルキャラクターの名前であった。
このキャラは、
という、実に痛い解かりやすいオリジナルキャラであった。
ここから発展して、創作関連、特に二次創作において、
作者の理想の投影があまりにも強すぎるキャラクターを指す言葉になった。
例
日本におけるメアリ・スーの例として有名な存在は、
「Kanon」の二次創作における相沢祐一の美化である『U1』が有名である。
詳しいことは該当項目を参照。
また「新世紀エヴァンゲリオン」の二次創作における碇シンジにも似たような事例があり、酷い事例としては
などと言ったものが、放映当時から現在に至るまで散乱している状態である。
このような原作からかけ離れている碇シンジは「スーパーシンジ」略して「スパシン」と呼ばれ、忌み嫌われている。
以上のほかにも、
- 「とらいあんぐるハート3」の高町恭也の美化である『KYOUYA』
(リリカルなのはシリーズの高町なのはの兄) - U1の同時期に散乱した「Kanon」の脇役・北川潤をU1のように厨二満載にした『KITAGAWA』
(彼がやたらと蔑視され虐げられられるSSが多かった事から、その反動もあると思われる) - 「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の主人公シン・アスカからの発展である『SHIN・ASUKA』
(メアリー・スー的な原作キャラへの対抗馬としてメアリー・スー化した例) - 「東方陰陽鉄」を始めとするクロスオーバー作品のブロントさん
(元々実体のないキャラであるため、作者の思想や価値観がそのまま投影できる) - 「アイドルマスター」二次創作におけるP
(原作からしてP=プレイヤーという扱いなので、二次創作に自分自身を登場させる図式が出来上がっている)
等々、未だに絶える事のない系譜だったりする。
評価
メアリ・スーの要素が含まれていても「名作」と言う評価をもらう作品が腐るほどあるのは事実である。
しかし、メアリ・スー化したキャラおよび作者は、そのキャラの元々のファンからは蛇蝎の如く嫌われていることが多い。
というのも、自己投影・ハーレムなどの要素を詰め込んだ挙句、
「原作からキャラがかけ離れすぎていて別人になっている」という本末転倒なことになっている場合が多いからである。
また近年になると2ちゃんねるのAAで二次創作やオリジナル物語、
学ぶなどで人気の博している「やる夫シリーズ」におけるやる夫(もしくはやらない夫)も、
作者の自己投影、自己願望の塊のようなキャラになり、
本当に物語に必要性があるのかと思いたくなる恋愛描写、モテ描写、
ハーレム状態などが描かれている作品も散見されている。
また、逆手にとってそれらのアンチテーゼや出オチ要素にするというパターンも見られる。
例:東方の二次創作である幻想入りシリーズにおける「俺最強!→バカルテットに惨敗余裕でした」という展開
結果として、読み手に違和感なくキャラの存在を証明できれば二次創作として合格点、
存在をギミックとして動作させられて及第点といえるであろう、
「○○なら仕方ない」と納得させられる表現が出来ていれば何も問題はないのである、
一次ではあるが、東方不敗がガンダムを素手で破壊しても違和感を感じないように・・・
(見る側に初代~Vまでの既存のガンダム像がある上での整合性として
つまりは書き手が自分の能力をわきまえず好き勝手絶頂にやった結果できた痛い子=メアリーさんである。
結局は客観的に優しく見守ってあげましょう
上にも記したが、そもそも創作作品において作者がある程度自己投影・感情移入するのはごくごく当たり前の事である。
ただ、それが行き過ぎるのはよくないと警鐘を鳴らしているのがメアリ・スーの事例なのである。
特に二次創作やリメイクでこれをやっちゃうと「最低系」「原作レイプ」と批難されても仕方のないことといえる。
また、「厨二設定UZEEEEEE~」「またツンデレか。ゴミ作品決定」などと、
作品を表面だけで評価して貶す連中が最近増えてきており、問題になっている。
また、新しく出てきたキャラクターがお気に入りキャラを超える強さやら考え方が違ったりする場合にも、
そういう扱いにする事があるようだ。自分の価値観を押し付ける意味ではこれもまた、
メアリ・スーのパターンだと言えるだろう。
要するに、作る側も見る側も色眼鏡を付けるなという事である。
主役ではなく敵だったら?
主役として配置するとネガティブになりがちなメアリさんではあるが、敵として配役すると
- むやみやたらな美形→美形爆発しろ めありたんぺろぺろ
- 作者の脳ミソを超える天才設定→この子もしかしてアホの子なんじゃ・・・
- ハーレム設定→リア充爆発しろ NTRすればいいんじゃね
- 強キャラ設定→どう撃破するかという過程の描写次第では十分なカタルシスになる
という感じで読み手の受け取り方が反転する、かもしれない
結局
出来上がった結果(作品)が面白くないのが問題なんだよね
関連動画
関連項目
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E3%83%A1%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%BC


ページ番号: 4426955
リビジョン番号: 1423210
読み:メアリスー
初版作成日: 10/07/31 19:48 ◆ 最終更新日: 12/01/28 14:10
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