単語記事: メアリー・スー

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概要

メアリー・スー(Mary Sue)とは

  1. スタートレック」の二次創作小説「A Trekkie's Tale」に出てくるオリジナルキャラクター
  2. 1を元とする、ある種のキャラクター造形をす創作用

    のことである。

キャラクターとしてのメアリー・スー

スタートレック」初代シリーズ二次創作小説A Trekkie's Taleに出てくるオリジナルキャラクターの名前。この小説Paula Smithポーラスミス)という女性によって書かれたもので、1973年ファンジンファンらによる自主制作雑誌)内の一記事として発表された。アメリカ合衆国で発表されたものであるため原文は英語だが、2014年ネット上で邦訳もされている

この、キャラクターとしてのメアリー・スーは、

作品のタイトルから見てわかるとおり(Trekkieというスタートレックファンし、否定的なニュアンスも含む)、これは当時の二次創作に対する風刺である。今でいうところの「ドリーム小説」とその読者をこき下ろすために作られた作品であり、現代でいう「地雷」の概念や「アンチヘイトもの」の作、夢女子オリキャラNL)vs腐女子原作キャラBL)に代表されるような同ジャンル内での創作形態による対立構造が当時からあったことが伺える。

メアリー・スー成立の経緯

以下はメアリー・スーの初出である「A Trekkie's Tale」の作者Paula Smith氏のインタビュー。2章が成立の経緯、6章がA Trekkie's Taleの再録になっている。(外部リンク

⇒ Transformative Works and Cultures Vol 6 (2011) Interview "A conversation with Paula Smith"

この言葉がスタートレックファンダムに登場してからの経緯、そして生まれたファンの間での数々の衝突については、1991年にCamille Bacon-Smithが著した「Enterprising Women」という書籍の第4章において詳しく記載されている。

この書籍は以下のGoogleブックスのページから一部がプレビューとして閲覧でき、その閲覧可範囲には第4章の中でも特にメアリー・スー焦点を当てて記された節、「Re-creating the Adolescent Self: Mary Sue」が含まれている。興味がある方は参照されたい。(外部リンク

⇒ Enterprising Women: Television Fandom and the Creation of Popular Myth - Camille Bacon-Smith - Google ブックス

さらにこの第4章は、ファンフィクション二次創作小説)に関する重要な論述をまとめた2014年の書籍「The Fan Fiction Studies Reader」にも収録されるなど、ファンフィクション歴史・動向を探る資料として一定の評価を受けている。

創作用語としてのメアリー・スー

そこから転じて、「メアリー・スー」といえば上述のメアリー・スーみたいなキャラ、例えばドリーム小説主人公原作キャラ恋愛する自己投影キャラ)や痛い最強オリキャラなどを揶揄するために使われるようになった。

他にも強いキャラされてるキャラ生作品で追加されたキャラご都合主義キャラ、話を破綻させるキャラなどなどを「メアリー・スーっぽい」と呼ぶ者も存在する。
また「メアリー書くは自分が大好き」「メアリー・スー信者ファンとして質が低い」などとして、作品の巧拙をえて人格の問題にされることも多いが、元々が揶揄のために作られた蔑称であることもあり、厳密な定義はなく恣意的レッテル中傷として運用されているのが実情である。

解釈の分かれ方の例

いずれも人によって解釈が分かれる部分である。
英語圏のwikiTVtropes」においても、広がりすぎたメアリー・スーの正確な定義にはコンセンサスがないとされている。

⇒ TVtropes項目「MarySue」(英語)

より詳しい個別の例に関しては後述の「メアリー・スーの解釈例」を参照のこと。

男性の場合、海外ではマーティ・ストゥー(Marty Stu)ゲイリー・ストゥー(Gary Stu)とも呼ばれるが、日本の場合は男女まとめてメアリー・スーと呼ばれることが多い。

日本における例

日本メアリー・スーと呼ばれているものの例としては、「Kanon」の二次創作における相沢祐一の美化である『U-1』が有名である。詳しいことは該当項を参照。「新世紀エヴァンゲリオン」の二次創作における碇シンジを美化した『スパシン』、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」の比企谷八幡の『HACHIMAN』などが存在している。

また、メアリー・スー日本ではパロディの題材としてもよく使用される。例えば「幼女戦記」にはそのまま「メアリー・スー」という敵キャラが登場する。
そういった「メアリー・スーキャラ」はだいたい夢露悪的に誇した悪役であり、「正義主人公が悪の主人公メアリー・スーを討ち滅ぼす」という反存在同士の突が起きる。
これらは元々のメアリー・スー風刺であったため原点回帰ともいえるが、「メアリー・スー要素」と「メアリー・スーアンチ要素」を両方入れた結果、「異性に対してだらしないメアリー・スーを皮りながら主人公ハーレムを作る」のような状態になっていることもある。

日本においては「俺TUEEEE」という類が用いられることもある。
最強主人公」を揶揄する言葉であること、厳密な定義がなく「〇〇の作品も俺TUEEEEなのか?」という議論をたびたび巻き起こすなど、メアリー・スーとほぼ同様に運用されている。

メアリー・スーは悪?

このように「痛いキャラ」の典例であるメアリー・スーは悪名高く、「最強キャラそのもの」が痛い・悪として見なされることもある。夢要素の強い主人公を見なく攻撃するために使われる場合もあり、スタートレックのウェスリー・クラッシャーのようにメアリー叩きによって原作者が作品の軌修正を余儀なくされた事例も存在する。
メアリー・スー呼ばわりを恐れて上手く創作ができない人(スー・フォビア、メアリー・スー恐怖症)も少なくなく、前述のCamille Bacon-Smithもその一人だったという。

しかし実際には「最強キャラが大活躍」など、メアリー・スーの要素とされるものに当てはまる作品で評価が高い話はいくらでもあるし、逆に「非メアリー・スー」で面くなかったり原作レイプな作品も数えきれないほどある。
もちろんメアリー・スーの悪名を考慮してメアリー・スー要素を避けるのは自由ではあるが、要素とはあくまで物語を構成する一部でしかなく、実際に問題になるのは使い方の部分と、あとは単なる個人の好みである。

メアリー・スーという言葉は「作者に対する警鐘」「創作におけるめ」である、という説もあり、過去にこの記事がそのような記述だったときもあるが、これはどちらかといえば個人の好き嫌いを拡大して中傷ジャンルアンチに正当性を持たせるための方便(太宰メソッド)のようなものだったと思われる。
上記のような「メアリー認定」の攻撃から作者を守るために有志がメアリー・スーテスト制作することもあったが、逆に認定悪用されてきた、という歴史もある。(そもそも読者が他人の創作に対して使うものではない、十数年前に作ったものなので現代の創作には適用できない、とテストFAQに書かれているのだが)

結論としては、メアリー・スーは悪い」という説は根拠を明確に説明できない
そもそもメアリー・スーの定義が曖昧なのに、読者が「自分はこの作品はメアリー・スーと共通点が多いからよくないと思った」という感想を述べたり、逆に作者が「メアリー・スーを避けました」という前置きで作品を出しても、「何が悪い・何の悪さを取り除いた」の要点が伝わりにくく、意味とまではいかないが、悲しいすれ違いになりやすい。

個人の加減で意味が限に変わるこの言葉は、読者からは「言っておけばなんでもけなせる便利なマジックワード」として使われ、同様に作者からも聞き入れる利点の薄い単なるマジックワードとしてされがちなのが現状である。作品の欠点を摘したい批判者は、このような言葉を使うより、自分の言葉で具体的に批判した方が伝わりやすいだろう。

メアリー・スーの解釈例

いったい何が「メアリー・スー」に該当するかどうかは、多くの解釈がある。
元が揶揄だけあって、意味は常に変化しており、厳密な定義を決めようがない
(これは海外でも同様であるが、特に日本では原典が海外の古い資料ということもあり、翻訳の内容や「現在海外ではこう言われているらしい」という研究次第で解釈がコロコロ変わる傾向にある)

そのうえで、これはいくつかの解釈に関する仮説を参考として並べたリストである。
どれが実際のメアリー・スーであるか、そして「リストに該当するか」は主観であるため注意されたし。
これらのリストはあなたの「メアリー・スー認定」に正当性を与えるものではない。
持ち出して何か問題が起きても、当記事は一切責任を持たない。

おこれらの解釈例は、海外WikiTVtropes」を初めとした複数のウェブサイトを参考にしている。

メアリー・スーはあなたが嫌いな主人公のことである

もっともシンプルな使用方法であり、多くの人がこの言葉が意味を失ってしまったと感じている理由のひとつ。
この使用法が非常に一般的である理由はたくさんあるが、メアリー・スーという言葉を使った暴言や嘲笑が創作界でますますよく知られるようになったため、視されるようになってしまった。

この使い方をしていることを否認したいのであれば、単に「メアリー・スー」とだけ表現するのではなく、どの部分メアリー・スーであると感じたかもきちんと書いた方がいいだろう。
とはいえ、再び書くが、そもそも悪い部分を具体的に摘して作者にわかってほしいのであれば、「メアリー・スー」という暴言とも受け取られる言葉は最初から使わない方が、ちゃんと伝わる可性は高いだろう。

メアリー・スーは物語の出来を悪くするキャラクターのことである

上記に関連。
このは、メアリー・スー物語の整合性をなくし、世界観をぶち壊すようなキャラであると仮定している。例えば、活躍させるために不自然に周囲のキャラリアリティを下げることによって、物語を破壊している存在がメアリー・スーだと摘される。

実際にキャラ単体が悪いわけではなく、本質的には「物語の回し方の問題」であっても、登場人物というのはその原因として注されがち。

メアリー・スーは使い古された設定のキャラクターである

NARUTO」のうずまきナルトは孤独な少年だったが、理解者や師匠に恵まれ、戦いの中で秘められた覚醒し、周囲に認められ、最後はヒロイン結婚として物語は終わる。
突然、彼はこう言われる。「暗い過去、秘められし血、本気を出すと姿が変わる、優れた導者、最後はみんなにされる、極めつけにはニンジャときた…、まるでメアリー・スーだ!」

残念ながらこれはメアリー・スーが本来の意味を失った原因となっている上記二つに関連する別のである。単に嫌いな特定の設定を抹消するために、それをメアリー・スーの共通属性の一つとして挙げることによって、フィクションから排除しようとしているのである。

メアリー・スーであると批判された人間は、それが「単なる個人の好み」か「もが嫌うメアリー・スー」であるかを判断する客観的な視点が必要とされるであろう。

メアリー・スーは自己投影キャラである

よく使われる定義。文字通り、メアリー・スー作者の分身であるという
かつては自らのアバターを自分自身でメアリー・スーと呼ぶこともあったが、今では「こいつは作者の分身に違いない、だからメアリー・スーだ」という他者からの認定で使われることの方が多いだろう。

メアリー・スーは作者の自己満足である

上記に関連。これはメアリー・スーを、作者満足のためにストーリーを都合よく回すためのキャラであるとする。
ファン」がめる物語のために物事や世界が都合よく回るというのは、基本的にはストーリーリングの形式として受け入れられているところではあるが、「作者」にとって都合がいい、更にそれによって物語クオリティが下がっている…と感じられたときに、それはメアリー・スーだとする人がいる。

例えば既存のキャラAを応援していたのに、より優れた設定を持つキャラBが新登場し、大活躍してキャラAの見せ場を奪ったとき、キャラAのファンキャラBを「作者自己満足で贔屓されている」としてメアリー・スーだとするかもしれない。

メアリー・スーは理想化されたキャラクターである

メアリー・スーは非現実的なほど有能であり、無敵で欠点がなく、性格も過度にポジティブで明るい、ダメなほど理想化されたキャラだとしている。
男性向けでも女性向けでもフィクションの多くの弱点がないキャラクターは、リアリティがない=現実逃避ではないか、というものである。
もっとも「欠」のキャラは別にしくなく、幅広い作品に使われているので、それをメアリー認定するのは議論になりやすい。

この解釈によって人々は「メアリー認定」を避けるために、キャラ欠にはしなかったり(例えば、美しすぎるせいで周囲に争いを呼んだり、強を持っているのに本人はそれで悩んでいる)、物語レベルでの欠陥を加えたり(例えば、両親を強盗に殺された暗い過去)、意味な弱点(例えば、そのキャラつきが悪いが、それで作中困ることはない)を与えるようになった。

しばしば、キャラクターを作るときに弱点ばかりを意識し、ほとんどいいところがないキャラを作るという極端な状況になりがち。

メアリー・スーは失敗しないキャラクターである

上記に関連して、これはメアリー・スーが「ご都合主義」や「主人公補正」によって決して失敗しないというである。
これは、他の定義より少しは主観的ではないかもしれないが、ベスト認定であるとも言い難い。

軽い失敗はドラマを生み出し、最終的なカタルシスを倍増させる方法である。
それに物語は「失敗」するより「成功」する方が読者満足度は高いものであり、失敗しないキャラクター人気者はいくらでもいる。
更にいえば、失敗の判定にだってかなりの幅がある。例えば音痴メシマズ、時間にルーズ、が汚い…
そういった重要ではない「どうでもいい失敗」はいくらでもあるが、物語に本当に重要なことに対しては常に成功していないだろうか。
あるいは「先に繋がる失敗」になっていないだろうか。あるいは「失敗すること」を作者読者も望んでいるキャラなら、それは「成功」ではないだろうか。
もしも頻繁に失敗している場合は、作者はそれがいつも「の失敗」であったことを明確にしているだろうか?

実際にはほとんどのキャラクターは、「一定の失敗」と「一定の成功」の間のどこかにいる。
どれくらいの失敗が現実的なのか、失敗が重要であったかはそれぞれの人間の主観でしかない。
この定義の元で明確に「失敗しているから主人公補正を持たず、ご都合主義メアリー・スーではない」という資格を持つキャラはほとんどいないだろう。
普通作者読者キャラクター愛しているのだから、致命的な失敗に直面させることはそうそうないはずだ。

メアリー・スーは変化しないキャラクターである

上記二つに関連。ストーリー全体で著しい成長、変化、または発展を経験しない人物をメアリー・スーであるとする。
メアリー・スーは理想化された璧な人間であり、完成されていて失敗しないのだから、発展の余地がないキャラという仮定である。

メアリー・スーは注目の的である

これはメアリー・スーは、他のキャラからあまりにも多くの注を集めすぎている存在であるとしている。
メアリー・スーに対して他のキャラに落ちるなどの肯定的な反応の他にも、メアリー・スーが出会った全ての悪人メアリーに強な憎悪を感じている、なども含む。
物語の全てのキャラクターが、自分の人生について心配するよりも主人公に執着する時間の方が長いようであれば、その主人公はこの理論によってメアリー・スーされるだろう。

メアリー・スーは異邦人である

既存の世界ダイナミックに変える異邦人キャラクターメアリー・スーだとする。
例えば異世界人や異人である主人公原作世界にはるばるやってきたり、漫画世界漫画読者としての知識を持って転生するような話がそうだという解釈である。

メアリー・スーはオリジナルキャラクターである

オリジナルキャラクター、あるいはそのように見える人物をメアリー・スーだとする。
例えば、シリーズ作品やメディアミックス作品においてはたびたび「前作や原作の別の主人公」がいて、「新しい主人公」や「お助けNPC」などの立場で新キャラが登場するが、それらを「まるでメアリー・スーのようだ」などとして適用する。

どんなものでも少しはメアリー・スーである

否定的な意味合いで広く使われているにもかかわらず、多くの人は、メアリー・スーが大活躍する面物語を見た記憶がある。そういった物語キャラは「メアリーっぽさ」を大なり小なり持つが、どういうわけかストーリーは本物のエンターテイメントとしてのクオリティを持っている。

現実ストーリーキャラクターは、単なる「良い」「悪い」「」ではくくれないくらい千差万別のインパクト読者に与える。
スタージョンの法則のように、常に絶対的なメアリー・スーはないというである。

メアリー・スーは説明しなくてもわかるものである

メアリー・スーとはなんなのか、メアリー・スーの何が悪いのか、説明しなくても自分で考えればわかるはずだ、という

メアリー・スーはキャラクタータイプである

男ならハンサムで魅的、若者、ベテラン仲間に尊敬される、暗い過去
女性なら大和撫子魔法使い秘的、動物に好かれる、悲劇的に死ぬ、暗い過去など。
基本的には「使い古された設定のキャラクターである」と同様、よくある設定をよくあるメアリー・スーと重ねただけである。
中二病と関連付けられることもある。

メアリー・スーではないとされるもの

何がメアリー・スーであるのか分類しようとする試みが数多く行われたのと同様に、この用効であるとするための定義も存在する。
これらは上記と同じように主観であり、やはり「個人的な好み」によって恣意的に適用されがち。

ファンに人気がある

実際の世界ファン人気があればメアリー・スーではないというシンプル
Paula Smith氏が使っていたメアリー・スーという言葉の元の定義は、通常、これらの特性キャラを退屈にしているとか、読んでも面くないというを含んでいた。
(当記事からリンクされているインタビューを参照。「たくさんのひどい作品があり」「それをMary Sueと呼ぶようにした」と発言している)
メアリーっぽさがあるが、観客が非常に広く楽しんでいるキャラクター」が実際にメアリー・スーであるかどうかについては、実際のコンセンサスはない。

ファンに人気がない

上記に関連。
まず「世間で人気が出る作品やキャラメアリー・スー要素(作者が自己投影してて痛い、質が低い読者に媚びている、主人公補正ご都合主義)がある」と仮定し、そこから「この作品やキャラメアリー・スーではないから人気がない、なくても仕方ない」とする。
後述の「欠陥がある」「説得がある」「である」とセットで使われることも多い。

欠陥がある

よく言われることでは、弱点や致命的な欠陥があれば「理想的なキャラ」ではなく、従ってメアリー・スーでないというがある。「欠点が五つあれば免れる」など具体的な数字が出ることもある。

もっとも、「メアリー・スーは理想化されたキャラクターである」や「メアリー・スーは失敗しないキャラクターである」において言及されているように、これは通常、あまりよくない他の極端な結果をもたらす。
弱点があることは、そのキャラクターを魅的にすることを必ずしも約束しない。

メアリー・スーを避けるためだけに表面的に取り繕ったとき、言い訳として「失敗」や「欠陥」が入ることになるだろう。

説得力がある

物語中に十分な説明がなされており、話や設定が現実的で、説得があればメアリー・スーではないという
もっともこは、ほとんどのフィクションキャラが非現実的な設定であるという事実視している。
ガリガリ少年よマッチョの大男が活躍する方が「説得がある」? 背丈以上の大剣を棒きれのように振り回したり、巨大なモンスターの首を片手で引っこ抜くのは、ガリガリでもマッチョでも等しく不可能だろう)

平凡である

キャラクターが選ばれし者でなかったり、暗い過去辛い体験がなかったりして、な人物であればメアリー・スーではないという
天才」や「チート」に対する「努」、「モテモテ」に対する「独り身」、「幸運」に対する「不憫」、「美形」に対する「地味」、「若者」に対する「大人」、「想」に対する「現実」なども同じような使い方をされる。

もっともこれは非メアリー・スーの決まり文句とはなっていない。
メアリー認定をする人は、それを「そこそこ快適な」メアリー・スーと呼ぶであろう。

取り繕いのために特別さを取り除くことは、主人公を大活躍させるために周囲の知を下げたり化学を偶然起こす「ご都合主義」になったり、「自己投影キャラ」を批判したいという「作者の自己投影」が作中に入るなど、メアリー・スーを否定したために他のメアリー・スー要素が入るいたちごっこになりがち。

ジャンルによって免除される

特定ジャンルであればメアリー・スーは免れるという
一次創作、 童話、神話古典スーパーヒーローコミックロマンス小説コメディパロディ、およびその他の主人公であれば、メアリー・スーではないというもの。

立場によって免除される

最終的に倒される悪役、出番の少ない脇役キャラ単体ではなく不特定多数が構成する組織、ゲーム化によって生まれたオリジナルプレイヤーキャラなど、特定の立場であればメアリー・スーは免れるという

メタ視点がある

メアリー・スーを意図的に扱い、メタコンセプトになっていて、「自覚がある」場合はメアリー・スー効であるという

元ネタがある

元ネタメアリー・スー要素を持っていたりメアリー的に活躍できる存在で、それに忠実に乗っ取っているのであればメアリー・スーではないという
複数の原作元ネタクロスオーバーさせるような作品に置いてされる。
キャラ本人だけでなく装備やなど一部分を借用するだけのクロスや、人物ではなく現実に存在した事件・事元ネタにした場合も含む。

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関連項目

最後に掲示板にレスされる方へ重ね重ねお願い

あるキャラクターメアリー・スーか否かは、あくまで個人の主観によります

また、キャラ自体が他人の創作を揶揄するために作られており、キャラアンチ認定厨愉快犯などにより、便利な中傷として悪用されがちです。

この記事は、メアリー・スー」という言葉を使用することに対する正当性を保するものではありません。
単なるレッテル貼りになりやすい・レッテル貼りと取られやすく、議論や罵り合いの呼びになることもあるため、使用は自己責任でお願いします。

また、明らかに記事を読んでいない人や荒れるのを楽しんでいると思われる人に関してはスルーをお願いします


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ページ番号: 4426955 リビジョン番号: 2599580
読み:メアリースー
初版作成日: 10/07/31 19:48 ◆ 最終更新日: 18/06/18 03:06
編集内容についての説明/コメント: U1の記事をいじった(U-1に変更)ので、こちらも修正。あと関連動画追記
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メアリー・スーについて語るスレ

4987 : ななしのよっしん :2018/06/15(金) 12:46:29 ID: 9MnnsTy21V
その個別の事項含め客観性がなければ例え作成者がキャラの生みの親であろうと
結局は「メアリー・スーの要素だと、ある人物がする要素」の検証であって
メアリー・スーの要素」の検証にはならないだろうという話

それこそ作者の意図から乖離してメアリーと揶揄されるキャラが存在する以上
そのキャラの性格や言動を客観的に判断するには膨大なY/Nの蓄積が必要で
いは前提としてどこが似ていると何がどうなるという設定をし
数多の項のどこは重要でどこが重要でないという採点基準を設けなければ
幾ら個別の項を判断しても類似“性”や関連性の根拠にはならない

「Aとメアリー・スーには同じ特徴がある」と
「この部分が同一であるからAはメアリーの類だ」の間には隔絶がある
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
4988 : ななしのよっしん :2018/06/16(土) 00:11:08 ID: en8G0+9eV1
>>4987のような論法を取った場合、
>ニコ百での慣例的に記事編集に至らない程度の雑談
という>>4987の判断も含めてこの掲示板全員のほとんどの発言が客観性のないということにできてしまうので、>>4986をもってこの件に関する回答を終了させていただきます。
4989 : ななしのよっしん :2018/06/16(土) 02:44:42 ID: 4i4tLtaq9Z
>>4984
その引用されるべきメアリースー像自体が
>ポーラスミス女史主観的なうんざりとした要素の抜き出しでしかないのが実情
つまり大本のメアリースー自体が単一の主観的な要素でしかないという旨の発言なので
客観的にメアリースーと同一の要素を検証出来たとしても
元になるメアリースー自体が客観的な正当性を持っていないことには変わりはない
よって間違った前提を持った問いから正しい解を得ることは出来ないのでは、というのがこちらのになる
なので各要素から共通項を客観的に選出できるかどうかは特に問題としていない

簡単にまとめると
メアリースー自体の各要素が、ポーラスミス女史主観で決定されている以上、そこから客観的に類似要素を見出したとしても、それはポーラスミス女史主観との類似要素に過ぎず、駄作に見られる共通項足りえないのではないか
となる
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
4990 : ななしのよっしん :2018/06/16(土) 07:24:47 ID: 9MnnsTy21V
>>4988
というか実際そうなんだよ。>この掲示板全員の~

例えば髪の色キャラ、でも水色やその他諸々を挙げる人もいる
条件だと青髪眼のみをめているのか金髪眼とかもいいのかも分からない

そんなに一つ一つの基準をとっても主観で分かれ細分化も出来る
だから先にメアリー・スー自体の定義を勝手にでも詳細に決めた上で
類似点から類似性に繋がるにはどの項がどのくらい重要なのかも決めないと
メアリーっぽい何かと似ているかもしれないキャラ」で終わる

それを越えても>>4989も触れてるように基準自体の正当性は担保されないが
ニコ百という一つの場が定めた基準として機するだけすることは出来る
4991 : ななしのよっしん :2018/06/16(土) 09:41:53 ID: en8G0+9eV1
>>4989
「A=B」かつ「BならばC」であるとして、Bを書くと長くなるから省略して「AだからC」と述べているときに、A=Bだけを否定しても「BならばC」の部分が否定できていなければ反論出来ているとは言えません。

たとえば、あるキャラクター俺TUEEEEしていたとして、
>>4940の前者が、「そのキャラクターメアリー・スー」と言ったとき、
>>4980で述べたように「(B)そのキャラクター俺TUEEEEしている」が「(A)メアリー・スーの要件を満たす」という文脈上で、「(B)そのキャラクター俺TUEEEEしている」から「(C)その登場作品が嫌いだ」という理由付きの感想を短縮して述べているに過ぎません。

メアリー・スーという単が出た議論混乱する原因の一つに、「作品の良し悪し」の議論を「メアリー・スーであるかどうか」の議論にすり替えた後、相手の「メアリー・スー」の定義を攻撃し続けるという手法をとる方が少なからずいるという点がありますが、>>4989がそう
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
4992 : ななしのよっしん :2018/06/17(日) 07:04:57 ID: 9MnnsTy21V
いや、作品の善し悪しは君が>>4971>>4940引用だとしても
駄作の要素になりうる場合の考察を盛り込んだから出た話じゃないの?

それと、的もなく項として類似点だけ並べても全体の類似性は分からないか
もしくは項の設定者(ポーラスミスとか)のや意図に沿うだけで

結局はそれを設定することの意義や論見をハッキリさせた上で
メアリー・スーというものの定義やそれの重要な点を設定し
他の存在との較の際には注すべき点の基準・重も決めないと
類似点があっても結局どういう視点からの類似性なのかが分からない
4993 : ななしのよっしん :2018/06/17(日) 17:17:30 ID: en8G0+9eV1
>>4992
おっしゃりたいことを推測しながらのお答えになりますが、
考察で述べたいのは、「メアリー・スー」の要素が駄作の発生と関連がある場合もい場合も「存在する」ということだけで、考察すれば「メアリー・スー」の要素にさらに要素を追加して>>4940後者における診断基準が作成できるという話ではありません。
4994 : ななしのよっしん :2018/06/17(日) 18:26:12 ID: 9MnnsTy21V
いや、作品の善し悪しのすり替えどうこうとID:4i4tLtaq9Zに言ってるけど
そもそも君が要素が駄作になる場合ならない場合を考察すると言い出したから
そちらの話にも触れられて駄作もメアリー・スーの要素というものも
現状客観判断出来るのかって言われてるんでしょ? って話

>>4984と言ってるけど前にも言ったように創作のキャラに対する解釈なんて
それこそメアリーなんて言われるように作者読者各々で乖離するし

解釈のしようがないぐらいに全にそのまま引用した項に絞ったとして
そんな限定的なものがメアリー『の』要素と言えるのかという問題もある
例えば15歳少女だったり大尉だったりはメアリー『にもある』要素だろうし
だからって切り捨てるなら主観で項の採点重を付けてることになるけど
そういう部分で自分の中のメアリーの定義や要点はどこなの? とも聞いてる
4995 : ななしのよっしん :2018/06/18(月) 03:09:19 ID: yYSYuu5RbZ
>>sm33382811
4996 : ななしのよっしん :2018/06/20(水) 00:44:26 ID: 4i4tLtaq9Z
なんかもう話の通じない荒らし扱いされてる上に>>4994が大体言いたいこと書いてくれてるおかげで書き込みする意味特にない気もするが一応書き込んどくか

一応私は一貫してメアリースーという言葉自体が客観的正当性を持たないのではないかということだけを言っているつもりです
なので、議題のすり替えをして話をややこしくしているといわれても、疑問符が浮かびます
これは分かりやすく言えば「作品の良し悪し」にメアリースーであるかどうかを関係させるのは難しいのではないかという趣旨のものです
そしてその理由として、メアリースーが元々揶揄や侮蔑のために生まれた言葉であるという点と、その揶揄や侮蔑はポーラスミス女史主観から産出されたものであるからだという2点をあげています

私の発言を議論のすり替えで荒らし的行為だと断じるならばまずはあなた自身がすり替え前の議論を明確に示し、あなた自身の唱える論の論拠、根拠を明示してほしかったなと思いました
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