モルモーとは、古代ギリシアの民話・民間伝承に由来する女性妖怪。ラミア、エンプーサと女神ヘカテに深い関係がある。
伝承における概要
- 古典ギリシア語: Μορμώ / μορμώ / Μορμών / μορμών
- 日本語カナ表記の例: モルモー / モルモ / モーモ
- アルファベット綴り: Mormo / Mormon
- 同義語だとされる単語: モルモリュケー (Μορμολύκη / μορμολύκη / Mormolyce)
エンプーサと共に女神ヘカテに仕える女吸血鬼だとされるが、むしろラミアの別名だとされたり、単に女のお化けの代名詞として使われることも多い。また、いわゆるブギーマン的な役割を割り振られる場合がある。これは母親が言うことを聞かない子供を脅しつける際に使うお化けの総称で、日本で言えばなまはげが一番近い。
οὐκ ἀξῶ τυ τέκνον. μορμώ, δάκνει ἵππος.
δάκρυ᾽, ὅσσα θέλεις, χωλὸν δ᾽ οὐ δεῖ τυ γενέσθαι.
(テオクリトス 『エイデュリア (小景詩曲)』第15歌39-40行目より。訳は古澤ゆう子による)
主婦のプラクシノアさんがお祭り見物に行くときに、ついてこようとする息子のゾピュリオン君をたしなめる台詞。なお彼女と一緒に出かける主婦友達の名前はゴルゴーさん (注:人間です)。
Τρυγαῖος
ὦ Λάμαχ᾽ ἀδικεῖς ἐμποδὼν καθήμενος.
οὐδὲν δεόμεθ᾽ ὦνθρωπε τῆς σῆς μορμόνος.【トリュガイオス】 おい、ラマコス、そんなところに座っていて邪魔をするな。お前のなあお化(ばけ)なんかにゃ用はないんだ。
(アリストパネス『平和』473行目より。訳は高津春繁による)[1]
ペロポネソス戦争、ニキアスの和約の締結直前に上演された劇での「平和の女神」救出作戦の場面。アテナイの主戦派ラマコス将軍はぼけっと見ているだけ。将軍ちんこしまって!
イソップ物語のひとつである『狐と悲劇役者の面』には『狐とモルモーの面』という別題が存在し、岩波文庫のイソップ寓話集ではこれが章題に使われている。
J. C. ローソンは『Modern Greek folklore and ancient Greek religion: a study in survivals』(1910年)[2]で、ラミアの名はもはや昔話で退治される役か、母親から子供への脅し文句、あるいは女性の口げんかでの罵り言葉としてしか出てこないと述べている。ここではエンプーサやモルモーの名称も田舎では生き残っていて、同じく子供のしつけに使われているという情報もちらりと触れられていた[3]。
これが本当ならモルモーは2千年以上にもわたってなまはげ役を演じてきたことになるだろう。
著作における概要
2世紀から3世紀にかけてのキリスト教神学者「ローマのヒッポリュトス」(170年? - 235)は、異端思想(と、彼が考えていた教派や理論)をひたすら批判した『全異端反駁 (Philosophumena/The Refutation of All Heresies)』を残している。この著作はグノーシス主義の研究史において、初期研究に大いに役立ったことで名高いが、資料的価値はそれにとどまらない。
第4巻の「魔術について」と俗称される箇所では異教のまじない師達が行うインチキ魔術の種あかしがなされており、そこに載っているヘカテへの呼びかけにはモルモーの名も登場する。
ゴルゴー、モルモー、メーネー、多面相の女よ
(原著の第4巻35章。訳は大貫隆による日本語版134~135ページより)
ここで紹介されている魔術は、闇夜にヘカテが炎の姿で空を飛ぶさまを見せるというもので、トリックの種は鷹や禿鷹に糸くずを巻き付けて火を付け、解き放つというやり口。
メーネー(Mene)はギリシア神話の月の女神セレーネーの別名とされ、暦月の女神ともされる。
英訳版全異端反駁では"and Luna, and of many shapes"と訳されている。
なおローマ神話の女神ルーナはセレーネーと同一視されることがしばしばある。
この決まり文句の冒頭(引用部分より前)にヘカテの名前が無く、代わりにボンボー(Bombo)という別名(?)が出てくる理由についてはヒッポリュトスは何も記していない。
ゲーム『女神転生』シリーズでは魔王ヘカーテの他に鬼女ボルボ(Volvo)という悪魔が登場することがあるが、恐らく元ネタはこのボンボーだろう。
この祈祷文の英訳版は、ブリタニカ百科事典に「初期のキリスト教著述家」に収集されたものとして掲載された[4]。
小説家H.P.ラヴクラフトは怪奇小説『レッドフックの恐怖/The Horror at Red Hook』でこの文章をそのままパクって使っている。
和訳ではラヴクラフト全集5に収録の大瀧啓裕訳「ゴルゴーよ、モルモーよ、千の貌もてる月霊よ」が有名だろう。
ラヴクラフトの小説に端を発した世界観はやがてクトゥルフ神話と呼ばれることになり、現代まで続く創作ムーブメントとなった。しかしモルモーについては「いや、どう読んでも祈祷文に含まれていた単なる一般名詞だし…」という感じで長い間設定の追加や掘り下げがされず、放置されていた…
…はずだったんだけど…
ゲームにおける概要
ペルグレイン・プレス社『暗黒神話TRPG トレイル・オブ・クトゥルー/Trail of Cthulhu』は、先行するケイオシアム社『クトゥルフ神話TRPG』の不満点に対する大胆な解決案をいくつも採用している。その一つが、同じ名前の神話存在であってもシナリオ毎にその正体・設定・姿が異なるという点だ。
ゲームキーパーは作家達の様々な作品から設定を自由にピックアップして使ってもいいし、ルールブックにお勧め設定が複数掲載されているのでそれから選んでもいい。例えばクトゥルーだったら「ルルイエで眠るグレート・オールド・ワン」「一つ目の触手原形質の塊」「重力の化身」「水のエレメントの長にしてハスター絶対殺すマン」「真の古きものによって創られたもの」「ヒトの脳の一部分に概念としてのみ存在」といった具合。
怪物神は人類の物理攻撃でどうにか出来る存在ではないので「追加の正気度消失レート」と「追加の安定度消失レート」以外に能力値を持たない。
とはいえ、ルールブックを読んだキーパーが最も驚かされるのは、神クラスの神話存在の中にモルモーが平気な顔をしてリストアップされていることだろう。他は比較的メジャーどころばかりなのに…
ゲームデザイナーからオススメされているモルモーの外見描写は以下の3つだ。
スクウェア・エニックス『ロードオブヴァーミリオン』には、ヘカテー・エンプーサと共に使い魔として登場する。CVは藤田咲。女吸血鬼という設定を忠実に再現しておりともかく可愛い。
『逆転オセロニア』ではCVが菅沼千紗の魔属性駒。こちらもヘカテー・エムプーサと共演している。
関連コミュニティ
関連項目
- ヘカテ
- ギリシア神話
- リリス(Lilith) - 『レッド・フックの恐怖』で登場したが扱いが難しい点は同じ
- レムリアン - 神智学設定のレムリア大陸人。「何で『トレイル・オブ・クトゥルー』はこいつをクトゥルー神話存在扱いしてるの?」枠のひとつ
- クトゥルフ神話
- 吸血鬼
脚注
- *この部分は英語では「Medusa's head」と訳されることもある
- *『現代ギリシアの民間伝承と古代ギリシアの宗教――残存する遺風についての研究』、未訳
著者のジョン・カスバート・ローソン (John Cuthbert Lawson、1874–1935)は、同書によると、ケンブリッジ大学ペンブルック・カレッジで研究・講師をしていた学芸修士。ドイツ語版ウィキペディアにはゴルフが趣味という心底どうでもいい情報が載っている - *同書 175ページ目、Internet Archive
- *GoogleブックスでThe Encyclopaedia Britannica 第15巻を“Gorgo, Mormo, thousand-faced moon”で全文検索
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