中山雅史(1967年9月23日 ‐ )とは、日本のサッカー選手である。現在はコンサドーレ札幌に所属。愛称はゴン中山、中山隊長など。
概要
黎明期からJリーグを盛り上げ、日本代表としても数々の記録を残す「炎のストライカー」。40歳を超えた現在でも現役を続けており、カズこと三浦知良に続きJリーグで2番目の年長プレイヤーである。フィールドを縦横無尽に駆け回り、どんなボールにも諦めず喰らいつく姿勢や闘争心は多くのファンを生み、彼を尊敬するプレイヤーも多い。現日本代表の岡崎慎司も憧れの選手は中山雅史だと公言している。
藤枝東高校、筑波大学を経て、1990年にジュビロ磐田の前身であるヤマハ発動機に入社する。その後ジュビロがJリーグに参加するとJリーグでもその得点能力を発揮。1997年にはジュビロのリーグ制覇に貢献しチャンピオンシップMVPを獲得、翌1998年には「公式戦4試合連続ハットトリック」のギネス記録を打ち立てるなど大爆発し、出場27試合で36得点を取り得点王やMVPなどのタイトルを総なめにしている。2000年にも得点王を獲得、Jリーグで2回の得点王を取ったものは他に2009,2010年の前田遼一しかいない。J1リーグの通算最多得点者(2010年終了時点で157点)でもある。
2009年になり出場機会が減ったこともあり、現役を続けるため出場機会を求めてコンサドーレ札幌に移籍している。
日本代表には1992年に初選出。日本のアジアカップ優勝に貢献する。その後1994年のW杯最終予選にも参加し、途中出場で活躍を見せ、「スーパーサブ」という言葉を定着させる。「ドーハの悲劇」の時の交代後ベンチでうなだれる姿は多くの涙を呼んだ。
その後は怪我もあり当落が続いていたが、1997年のW杯最終予選では途中から招集される。イランとの第3代表決定戦では先制ゴールを決め、「ジョホールバルの歓喜」を味わうこととなった。1998年フランスW杯ではジャマイカ戦でゴールを決め、W杯での日本代表の初ゴールを生んだ男となった。
その後も代表に召集され、2000年のアジアカップ予選、対ブルネイ戦では試合開始から3分15秒でハットトリックを達成、「国際試合における最短ハットトリック」のギネス記録を打ち立てる。2002年の日韓W杯では、若手が多かった代表の「精神的な支柱」として代表に召集されるものの、ロシア戦において途中出場し、日本のW杯初勝利に貢献している。
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読み:ナカヤママサシ
初版作成日: 11/02/03 10:23 ◆ 最終更新日: 11/02/03 12:24
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