中嶋聡とは、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(捕手)。バッテリーコーチも兼任している。
右投右打、背番号27。現在、現役唯一の阪急ブレーブス所属経験者。
概要
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秋田県鷹巣町(現在の北秋田市)出身。鷹巣農林高校から1986年のドラフト3位で阪急ブレーブスに入団。ドラフトの同期には2009年まで現役を続けた高木晃次、ミスター・ブルーウェーブこと藤井康雄がいる。
阪急最終年の西宮球場最終戦、山田久志の引退試合で3ランを放ち、球団名がオリックスになってからは正捕手として90年代初頭のオリックスを支える。が、90年代半ばには打撃の低迷で正捕手の座を失い、97年にFA宣言してメジャー移籍を目指すが断念、西武に移籍。西武では伊東勤の壁を越えられず控え捕手に甘んじていた。
2002年オフ、トレードで横浜に移籍するが結果を残せず、翌年オフに再びトレードで日本ハムに移籍する。
日本ハムでは2006年から、守護神・マイケル中村専属の「抑え捕手」というポジションに収まり優勝に貢献。2007年からはバッテリーコーチを兼任するようになり、登録抹消時もコーチとして一軍に帯同している。現在ではマイケルが移籍したこともあって出場機会はほとんど無く事実上コーチが本業だが、一軍の捕手に故障者が出たときなどに稀に出番がある。
オリックス時代は無類の鉄砲肩で知られ、スピードガンでは140km/hを超える球速を出しており、エースの星野伸之より速い球を投げていた。星野のスローカーブを試合中に素手でキャッチしした場面は代表的な珍プレーとして有名。またインフィールドフライをわざと落球して併殺をとろうとし、失点を許したことがある。
2012年現在、実働年数26年は野村克也・山本昌と並び、工藤公康(29年)に次ぐ歴代2位。
マイケルが典型的な劇場型守護神だったため、日ハムファンの間ではマイケル劇場の脚本・演出担当として「先生」と呼ばれていた。現在もマスクを被るときはクオリティの高い脚本を見せることがある。
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読み:ナカジマサトシ
初版作成日: 10/07/30 01:56 ◆ 最終更新日: 12/05/23 15:05
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