中田翔とは、北海道日本ハムファイターズに所属する日焼けサロン大好きなプロ野球選手である。
概要
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大阪桐蔭高校時代は投手兼外野として活躍。練習試合、公式大会を問わない通算本塁打数87本は、2010年現在の最高記録である。(その後抜かれ2011年現在は2位)
甲子園には1年夏(4強)、2年夏(2回戦敗退)、3年春(8強)と3回出場。
ちなみに、投手としては150km/hをマークすることもある速球と、スライダー、パームなどのコンビネーションで打ち取るタイプだった模様。
2008年に高校生ドラフト1位で日本ハムへ入団。
プロスカウトからは、主に打撃での評価が高く、千葉ロッテマリーンズの唐川侑己、東京ヤクルトスワローズの佐藤由規とともに高卒ビッグ3と評されていた。
ミスターファイターズの二つ名で親しまれ、前年に引退した田中幸雄が着けていた背番号6を継がせたことからも、期待の高さがうかがえる。
同時に、守備位置をどこに置くかという問題も浮上したが、球団が三塁手で登録。当時まだ暫定レギュラーだった小谷野栄一と競わせる方針だった。
キャンプの全体練習で寝坊して遅刻し外出禁止1ヶ月と罰金処分を受け出鼻を挫かれると、金属バットから木製バットや内野と環境への対応に苦しみ、また左手首の骨折もあって一軍昇格はならなかった。
2009年には一塁手へ登録を変更。
5月に一軍初昇格を果たし、5月23日のヤクルト戦で7番指名打者として初出場、その日に一軍初安打も記録。
交流戦終了後に登録を抹消されるが、二軍では新記録となる30本塁打と、タイ記録となる95打点で二冠に輝く。
打率もイースタン2位となる.326を残ししたが試合前の練習の遅刻が相次ぎ、10日間の試合出場停止とシーズン終了まで外出禁止の処分を受けた。11月に行われた大学生選抜チームとの親善試合に指名打者で抜擢されるが、ほぼ怠慢にしか見えない走塁が問題になった。
2010年は、森本稀哲が腰痛で離脱したチーム事情もあり、一軍ではアマチュア時代に経験がある外野での出場が多くなった。
福岡ソフトバンクホークスとの開幕戦には7番左翼手で先発出場したが、4月19日に二軍落ち。21日には二軍の試合で左ひざ半月板を負傷し、5月10日に手術を受ける。7月19日に一軍に昇格し、翌日20日、大嶺祐太からようやく一軍初ホームランを記録した。
この年は65試合に出場し打率.233、本塁打9本(全て7月から8月までの試合で記録したもの)、打点22という成績を残し、序々にその才能を開花させ始めている。
2011年は主に左翼手としてスタメンで出場しオールスターにも人気投票で選出。また、それまで四番を任されていた小谷野栄一の離脱後には四番を任されるなどし、初の規定打席到達、リーグ3位となる18本塁打、91打点をマークした。しかし、一方でリーグワースト2位の133三振、打率.237、出塁率はリーグワーストの.283など主に確実性に課題を残す。
兄貴分と慕いしょっちゅうイジられるダルビッシュ有の登板試合でよく活躍する。
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読み:ナカタショウ
初版作成日: 10/04/20 14:59 ◆ 最終更新日: 12/03/26 00:43
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