「内藤寛」(ないとう・かん)とは、15歳でプロデビューした歌って踊れてラジオのパーソナリティもこなせる天才プログラマーである。
本名「内藤寬」(寛+、)
概要
1967(昭和42)年3月23日生まれ。東京都武蔵野市出身。
ゲーセン小僧だった子供時代に、雑誌の広告を見てタダでゲームが出来ると思ってPC-6001を親に買ってもらったものの、買うゲームがクソゲー続きだった為に独学でBASICの勉強をはじめてプログラム改造をきっかけに、プログラマーの道を志した。
パソコンを勉強する為に電子系の学科のある高校に進んだものの、当時よくあったパソコン学べる詐欺(パソコンが学べる様な素振りをみせて電気工事系の授業がメインな学科が多かった)にひっかかってパソコンの授業をなかなか受けられなかった為、アルバイト先のソフトハウスにあった「I/O」のバックナンバーを参考書に独学でアセンブラを習得した。
高校卒業後、テレビカメラマンを志望して専門学校に進むも思った道には進めないことが解ったため、担当講師の了解を得て在学中にゲーム制作のアルバイトを始めることにし、エニックスの紹介で中村光一のチュンソフトに入った。
チュンソフトでは、「ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…」のプログラマとして働いていたが、当時メインプログラムを担当していたプログラマが諸事情により毎日仕事場にこなかった事から、自らチーフプログラマーにしてほしいと中村光一に直訴して、「ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…」のメインプログラムを担当し、次の「ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち」でもメインプログラムを担当した。
23歳の時にゲーム業界に入った時から考えていた「自分のオリジナルゲームをつくりたい」と言う希望をかなえる為に、高橋宏之らと共に「株式会社クライマックス」を設立し、アスキーがPC-6001で出した「オリオン/クエスト」の様なスムーススクロールする3DダンジョンRPGをつくりたいと考えてメガドライブ用RPG「シャイニング&ザ・ダクネス」を制作した。
高橋宏之が「シャイニングフォース」シリーズを制作の為に弟と共にクライマックスを離れた後は、窓から見えるビル群からヒントをえて、ひし形を基本にマップを制作し、キャラクターとの重なり具合からBGとスプライトを切り替えたり優先度を変更して高低差のある地形を表現する事に成功した「DDS520(ダイヤモンドシェイプド・ディメンジョン・システム520)」を制作し、DDS520を使用したメガドライブ用アクションRPG「ランドストーカー ~皇帝の財宝~」をリリースした。
や、自社タイトルのキャラクターを総登場させた「クライマックスランダーズ」の他、車好きが高じた暴走アクションカーゲーム「ランナバウト」シリーズ等を制作し、クライマックスランダーズではドリームキャストのビジュアルメモリを使用してシャイニング&ザ・ダクネス風のミニゲーム「つゆダク」を制作し、セガの携帯型液晶ゲーム「そだてて! 甲虫王者ムシキング」では、
らと共にプログラマーとして参加している。
プログラマー・ゲーム制作者として以外では、1992年より國府田マリ子や高橋里華らと共に「TV Game Radions」にてラジオのパーソナリティを務め、2008年第一期終了後はポッドキャスティングで「内藤寬のなんわかラジオ」の配信を行い、の2009年からは豊嶋真千子や高橋直純と共に「TV Game Radions V3」に改名したラジオ番組のパーソナリティを務めている。
また、「TV Game Radions」収録時に再会した高校時代の国語教師だった「ミンキー・ヤス(岩崎康雄)」と「師弟ボーイズ」と言うユニットを組んで1998年にシングル「シティロマン」でCDを出したり、高橋直純らとランナバウトのイメージソング「RUNABOUTな夜だから」を歌ったりしている。
関連動画
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関連項目
関連人物 |
関連リンク
- 【外部】株式会社クライマックス
- 【Blog】かんちゃんZの絶頂ブログ
- 【外部】TV GAME RADIONS V3 OFFICIAL HP
- 【Blog】ラジオレンジなブログ
- 【外部】内藤寛@ランナバウトは、カリフォルニアワインに夢中/Tech総研
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