初音ミク Studie GLAD BMW Z4はSUPER GT・300クラスに、2008年シーズン第6戦~2009年シーズンにかけて参戦していたGTマシン。
エントラントはStudie GLAD Racing。カーナンバーは808。
通称はミクZ4、ミクカー、ミク号、ミク痛車。
概要
チーム
チームについてはStudie GLAD Racingを参照。
マシン
ベースカーは、BMW Z4 M Coupe Motorsport Version(E86型)。
ベースカー自体はスーパー耐久などで高い実績を修めているが、エンジンはオリジナルの直列6気筒・3.2L(326S4)から、Z8・M5に搭載されていたV型8気筒・4.9L(S62B50)に換装されていた。
しかし、レースに不向きであったのか、トラブルとパワー不足に悩まされ、2009年シーズン第3戦を最後にエンジンをBMW M3搭載型のV型8気筒4Lエンジンに換装した。同時にミッションや空力など、マシンの大幅な改修にも着手した。
カーナンバーの「808」の由来は鈴木康昭監督の愛称・「BOB」から取ったものである。
カーマーキングは当初、ニコニコ動画内で「作ってみた」の動画を多数投稿している「御社」が務めていた。
デビューに至る、痛車化した経緯
エントラントであるStudie GLAD Racing(当時:Studie and GLAD with Asada Racing)は、08年当初からZ4 Mクーペで参戦することを表明し、同年第6戦・鈴鹿1000㎞レースをデビューの目処としていた。
デビューにあたって、広報を担当する会社からマシンを痛車にするという企画がチームに上げられ、これをチームが了承し、キャラクターに初音ミクを起用することが決まった。6月からピアプロにて「痛車デザイン」、「レーシングスーツ」、「エンブレム」、「テーマソング」の募集がかけられた。
しかし、この時は「SUPER GT参戦車両のデザイン」とは告知されず、「ラジコンカーのデザイン」として告知され、実際の目的は一般には伏せられていた。
募集が終了し、採用作品が発表された後の8月3日、ニコニコ生放送のワンホビTV4に、クリプトン関係者とともにチーム代表の星名功一氏、総監督の鈴木康昭氏が出演し、企画の本当の内容が明かされ、初音ミクのデザインが施されたマシンがSUPER GTに、第6戦の鈴鹿1000kmレースから参戦する事が正式に発表された(動画
)。
当初の発表通り、第6戦へのエントリーは果たしたものの、レギュレーション不適合と不具合の発覚により出走はならず、その後もトラブルに見舞われ、実質的なデビューは最終戦の富士300kmレースとなる。
撤退、その後
2009年シーズン後、ADVANCE STEP(GLADを運営していた星名代表の会社)がチーム運営から撤退。Studieもチーム運営に関わる負担のカバーは困難としてチームは解散。初音ミク Z4での参戦も2009年で終わる事となった。
通算成績は、出走8回/完走回数5回/入賞1回/最高位10位。
メインスポンサーであるグッドスマイルレーシングはポルシェ・カレラカップなどを運営するCOX社と結びつき、ポルシェにて「初音ミクの痛車」で2010年よりSUPER GT参戦を果たした。
この新チームには、Studie GLAD Racingの監督であり、Studie社長の鈴木康昭氏がスポーティングディレクターとして参加している。
翌2011年には同チームの下でBMW Z4 GT3(E89型をベース)を採用し、Studieが正式に加わり、鈴木社長がチーム代表に就任した。
新体制で臨んだ1年目にはシーズン3勝を挙げてチャンピオンを獲得し、2年目となる2012年には2台体制で挑んでいる。
→GOODSMILE RACING
個人スポンサー
チームは2008年末より第1期個人スポンサーの募集を行い、開幕後にはレースクイーンモデルのねんどろいどなどを用いて第2期の募集を行った。これにより合計8322人の個人スポンサーを集め、マシンの屋根に「8322 Persnal Sponsors」の文字と、リヤウィングに「Persnal Sponsor」のロゴマークがあしらわれるようになった。
この頃の個人スポンサーのリストには「CLAMP」、「CLAMPもこな」、「尻P」、「鬼ノ仁」などといった名前が見られたが、本人であるかの確証は得られていない。
また、超電磁P、無気力Pといった、ニコニコではお馴染みの名前も見られている。無気力Pに関しては、本人である事が確認された。
⇒個人スポンサーリスト(チーム公式応援サイト)
戦績
| 2008年 ドライバー:菊地 靖 / 田ヶ原 章蔵 | |||||
| Rd. | 日付 | サーキット/大会名称 | 予選 | 決勝 | 備考 |
| 6 | 8/23~24 | 鈴鹿サーキット Pokka 1000km |
― | ― | レギュレーション不適合(燃料系)により出走できず。 |
| 7 | 9/13~14 | ツインリンクもてぎ MOTEGI GT 300km |
― | ― | 金曜日練習走行中のエンジントラブルにより出走できず。 |
| 8 | 10/18~19 | オートポリス KYUSHU 300km |
エントリーせず。 | ||
| 9 | 11/8~9 | 富士スピードウェイ FUJI GT 300km |
※ | 18 | 予選不通過。決勝日フリー走行の結果出走が認められた。 フリー走行中の禁止行為によりピットスタートが課せられた。 決勝18位完走(26台中20台完走/-4Laps)。 |
| 2008年成績 : チームポイント=1pt(28位) | |||||
| 2009年 ドライバー:菊地 靖(Rd.1~7) / 番場 琢(Rd.6③・8・9) / 田ヶ原 章蔵 | |||||
| Rd. | 日付 | サーキット/大会名称 | 予選 | 決勝 | 備考 |
| 1 | 3/21~22 | 岡山国際サーキット OKAYAMA GT 300km |
※ | 15 | 予選不通過。決勝日フリー走行の結果出走が認められた。 決勝15位完走(21台中18台完走/-7Laps)。 |
| 2 | 4/18~19 | 鈴鹿サーキット KEIHIN 2&4 |
― | ― | 土曜日練習走行中のエンジントラブルにより出走できず。 |
| 3 | 5/3~4 | 富士スピードウェイ FUJI GT 400km |
21 | 17 | 決勝17位完走(21台中19台完走/-6Laps)。 |
| 4 | 6/20~21 | セパン・サーキット INTERNATIONAL SERIES MALAYSIA |
エンジンの換装及びマシンの改修の為、欠場。 | ||
| 5 | 7/25~26 | スポーツランドSUGO SUGO GT 300km |
※ | 17 | 予選不通過。決勝日フリー走行の結果出走が認められた。 決勝17位完走(21台全車完走/-6Laps)。 |
| 6 | 8/22~23 | 鈴鹿サーキット Pokka GT SUMMER SPECIAL |
12 | R | 第3ドライバー:番場琢。KD予選S1:11位進出→S2:13位脱落。 予選1位のタイムが剥奪され、予選12位に繰り上げ。 決勝60周、アクセルワイヤー破断のためリタイヤ。 |
| 7 | 9/12~13 | 富士スピードウェイ FUJI GT 300km |
16 | R | 決勝0周、エンジントラブルのためリタイア。 |
| 8 | 10/17~18 | オートポリス SUPER GT IN KYUSHU 300km |
11 | 10 | 決勝10位完走(19台全車完走/-2Laps) ドライバーズポイント:1獲得 |
| 9 | 11/7~8 | ツインリンクもてぎ MOTEGI GT 250km |
19 | R | KD予選S1:19位脱落。 決勝フリー走行中の規定違反で5グリッド降格。 決勝3周、駆動系トラブルのためリタイア。 |
| 2009年成績 : ドライバーズポイント=田ヶ原章蔵 1pt(26位) 番場琢 1pt(27位) チームポイント=5pts(20位) |
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エピソード
リン・レン痛車
2008年第9戦・富士スピードウェイにGT300クラスに参戦したMOLA(車両名:MOLAレオパレスZ、車種:日産・フェアレディZ、#46)が鏡音リン・レン仕様のカラーリングで参戦した(参考リンク
)。
MOLAの星野一樹/安田裕信組はこのマシンでGT300クラスの年間チャンピオンを獲得した。
⇒詳しくはMOLAの記事を参照。
関連コミュニティ
関連項目
外部リンク
関連動画
体制発表
レース動画
その他
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E5%88%9D%E9%9F%B3%E3%83%9F%E3%82%AF%20studie%20glad%20bmw%20z4


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読み:ハツネミクスタディグラッドビーエムダブリューゼットフォー
初版作成日: 08/12/18 12:16 ◆ 最終更新日: 12/04/06 17:04
編集内容についての説明/コメント: 撤退後について追記
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