単語記事: 北海道日本ハムファイターズ

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北海道日本ハムファイターズとは、日本プロ野球パシフィック・リーグの球団である。現在監督栗山英樹2012年~)。

本拠地は札幌ドーム。 他にもスタルヒン球場など北海道内の球場2003年までの本拠地であった東京ドームでも催試合を行う。

概要

1945年ネタースとして発足し(戦前に存在した東京ネタースと直接の繋がりはない)、1947年に球団名を東急フライヤーズめる。翌年大映が経営に参画し急映フライヤーズに名を変えるが、大映が他球団を買収して経営から撤退したため球団名も一年で元に戻った。1954年には当時東急の子会社だった東映運営が移り、東映フライヤーズとなった。1962年に初の日本一に。しかし黒い霧事件に巻き込まれたこともあって人気が低迷し、1973年に身売りして日拓ホームフライヤーズとなる。このときロッテとの合併の話が持ち上がったがご破算となり、日拓ホームは1年で球団を売却。日本ハムが引き取り、同年日本ハムファイターズとなった。

東映時代はヤクザ映画イメージと重ね合わされ、「駒沢の暴れん坊」や「東映やくざ打線」と呼ばれる快なチームであった。しかし、日本ハム球団はこのチームカラーを払拭するため、初年度終了後にまず打者であった大杉勝男大下剛史を放出し、翌オフには張本勲までが放出された。1976年大沢親分こと大沢啓二監督に就任し、苦しみながら少しずつ優勝を狙える地をつけて行った。

東京時代まではパリーグ内でも地味不人気球団であったが(「日本ハムロッテ」が席が多いことの例えとしてネタにされるほどだった)、2004年北海道へ移転し、北海道日本ハムファイターズとなる。それ以降はSHINJOダルビッシュ有中田翔多田野数人斎藤佑樹ら注度の高い選手の入団や森本稀哲糸井嘉男などネタ性の高い選手の台頭、 2006・2007年リーグ連覇などで地域密着に成功。知名度および観客動員数の両面で球界屈の人気球団にまで成長した。近年は催試合の均観客動員数では読売ジャイアンツ阪神タイガース福岡ソフトバンクホークス中日ドラゴンズに次ぐ12球団中5位、パ・リーグ2位につけている。成績的にも札幌移転11年でAクラス8回、うち優勝4回と勝てるチームへ変貌を遂げた。

球団の特徴としては上記のように個性的な選手が多く、横浜ベイスターズには及ばないが、パリーグの「ネタ選手」輩出球団である。また球団マスコットエロズリーの存在もネタ球団としての評価を煽る要因ともなっている。一方、選手の大半が入団から数年で台頭してきた選手であり、飛び抜けた実績を持つ選手は多くないため、一部のネタ選手以外は今ひとつ地味イメージもつきまとっている。

戦力面

1990年代2000年代前半はビッグバン打線と呼ばれる強な打撃を売りにしており、地味ながら3回も2位に食い込んで優勝争いをする一方、投手に不安を抱えBクラスに転落することも多く強いのか弱いのかよくわからない球団であった。

北海道移転後は広い札幌ドームを本拠地とするためか従来の持ち味であった長打に頼る野球を捨て、投手と守備、機動で1点を守り抜く戦い方に路線変更しリーグ連覇する強にまで成長。2000年代前半と本塁打数は減したが、ダルビッシュ有武田勝武田久らを中心とする投手金子誠田中賢介小谷野栄一森本稀哲SHINJO稲葉篤紀鉄壁の守備を擁し、数年でチームカラーの刷新に成功した。
この反面、SHINJO田中幸雄小笠原道大フェルナンド・セギノールらスラッガーの相次ぐ退団で深刻な投高打低に悩まされ、投手や守備に負担が掛かっていた。

しかし、近鉄いてまえ打線リーグ制覇した梨田昌孝監督に就任した2008年は、優勝を逃すも懸案だった貧打が解消に向かい、2009年は勝負強いアベレージヒッターの並ぶ打線に成長。2006年から推し進めた機動を生かす堅実野球と上手く噛み合い、パ・リーグ随一の攻撃を誇るまでに至った。
現在本塁打こそ少ないものの貧打のイメージは既になく、一発こそいが得点の高いチームとなっている。

フロントは1億円をかけて開発したという独自の選手評価システム活用し、選手のコストパフォーマンスを重視した編成をしている。監督にさえ編成に関する権限は一切なく、全にチーム編成はフロント導であり、稲葉篤紀以外は全員がトレード補」と言い切る徹底ぶりである。そのため、中堅どころの選手が微妙な立場になると高確率放出される。守護だったマイケル中村を筆頭に、金村暁押本健彦工藤隆人稲田直人江尻慎太郎高橋信二など、少し前まで一軍で活躍していた選手があっさりトレードに出されることが多い。2012年オフには中のである糸井嘉男をトレードで放出して各方面に衝撃を与えた。また前述のマイケルフェルナンド・セギノールターメル・スレッジのように高年俸の外国人選手もコスパが悪いと判断すればなく手放す傾向にある。フロントが商売上手と取るか、ドライと取るか。ただ、トレードで獲ってきた選手が活躍する例は多くないのでトレード上手とは言い難い。

過去スキャンダルを起こした(二岡智宏林昌範ダルビッシュ有多田野数人など)ことがあったり、社会性や人間性に難(中田翔小谷野栄一八木智哉糸井嘉男など)があるという評判の選手もわりと積極的に獲得に行く傾向にある。単純に実績重視で獲得しているとも言えるが、問題を起こし球団のイメージダウンに繋がりかねないとの評価も有り、ファンの間でも賛否両論といった所もある。とはいえ日本ハム入団後に大きなスキャンダルを起こした選手はあまりおらず、やんちゃだった選手も気が付けばそれなりにしっかりしたになっており、矯正は高いと言われることも(単に矯正できなかった選手はさっさと放出されているとも言える)。

トレードの相手は何故か読売ジャイアンツが非常に多く、FA選手も含めて2011年の一時期には巨人元日ハムの選手が9人もいた(MICHEAL藤井秀悟須永高橋信二實松一成小笠原道大古城茂幸紺田敏正工藤隆人)。前述の通り選手を動かすことに積極的であるため、他にも他球団でになっている元日ハムの選手は多い。

ちなみに現在、12球団で育成選手を一度も保有したことない。支配下登録選手数も上限の70人に少し余裕を持たせた6567人程度にしているが、これは保有する選手数を絞ることで個別の出場機会を増やすためだそうである。

北海道移転後の戦績

2004年(66勝65敗2分、3位) 監督:トレイ・ヒルマン

北海道移転初年度。この年から新庄剛志が加入、1番もしくは2番センターとして活躍するとともに、それまで巨人ファンが圧倒的多数だった北海道日本ハムファイターズを根付かせるための奮闘を始める。

本拠地が狭い東京ドームから広い札幌ドームに変わったが、フェルナンド・セギノール本塁打王を獲得したのをはじめ、高橋信二が26本塁打するなど、今とは違って野球チームカラーを残していた。投手では建山義紀が最優秀中継ぎ投手、トレードで獲得した横山哉がよく燃えたが28セーブで最多セーブを獲得。

この年から導入されたプレーオフ出場を賭けて千葉ロッテマリーンズと熾な3位争いを繰り広げ、最終的にロッテと0.5ゲーム差で3位に滑り込んだ。そのためか、この頃から応援していた日本ハムファンは割とロッテファンと仲が良い。プレーオフでは第1ステージ西武ライオンズに敗れた。

そしてこの年のオフFA稲葉篤紀ドラフト会議ダルビッシュ有という、後の日本ハムの看となる2人の選手が入団してくる。まさに運命のオフである。

2005年(62勝71敗3分、5位) 監督:トレイ・ヒルマン

開幕前、ダルビッシュ喫煙をスッパ抜かれ「ワルビッシュ」と揶揄される。そんな幕開けとなった2005年ダルビッシュはこの年は5勝5敗。またこの年から高田繁ゼネラルマネージャーに就任している。

この年は小笠原道大本塁打数増加の代わりに打率を大きく落とし、FAで獲得した稲葉もパッとせず、高橋は故障で不振にあえぐなど、打線が前年のような破壊を発揮出来ず、チーム三振数が大幅に増加。交流戦で11連敗を喫するとそのままずるずると沈み、5位に終わった。

この年の不振が、日本ハム東京時代からのチームカラーだった「ビッグバン打線」を捨てる契機となった。

2006年(82勝54敗、優勝・日本一) 監督:トレイ・ヒルマン

SHINJO、開幕直後に突然引退宣言。2006年日本ハムはその衝撃から始まった。

前年の5位もあって、この年の日本ハムを優勝補に挙げる者はほとんど居なかった。トップバッター補だった新外国人マシアスの不振もあって、開幕直後は何かと試行錯誤が続く。

しかし、坪井智哉の故障でレフトに定着した森本稀哲と、交流戦から二塁レギュラーを獲得した田中賢介の1・2番コンビがハマり、「森本が出て、賢介が送り、小笠原セギノール稲葉クリーンナップで返す」という得点パターン確立。同時に森本SHINJO稲葉によって鉄壁の外野完成

投手ルーキー八木智哉シーズン途中で覚醒したダルビッシュ有の2人が柱となり、武田勝押本健彦、建山らが支え、開幕直前にトレードで獲得した岡島秀樹武田久とともにセットアッパーになり、守護MICHEALへ繋ぐ必勝リレーを形勢した。任せのパワー野球から、堅守と投手を武器に堅実な野球で1点を確実に奪って勝つ、スモールベースボールへのシフトチェンジを僅か1年で見事に果たす。

セ・パ交流戦の終わりから破の11連勝で一気に波に乗ると、西武福岡ソフトバンクホークスと史上稀に見る熾な優勝争い(プレーオフのせいで実際は「レギュラーシーズン1位争い」なところが間抜けだったが)を繰り広げ、最終戦1位を確定。「札幌ドームを満員にする」というSHINJOの掲げた約を、移転3年で実現した。

プレーオフ前には金村暁が舌禍事件を起こす(「絶対に許さない。顔も見たくない」参照)ものの、プレーオフ第2ステージソフトバンクを破り日本シリーズ進出を決める。日本シリーズでは「中日ドラゴンズ優勢」の見方が圧倒的な中、本拠地札幌ドームで3連勝して4勝1敗で東映時代以来44年ぶりの日本一き、SHINJO引退を添えた。

かしこの年のオフ小笠原FA読売ジャイアンツへ、岡島ボストン・レッドソックスへ移籍する。

2007年(79勝60敗5分、優勝) 監督:トレイ・ヒルマン

前年日本一いたものの、小笠原という球界屈打者に加え、チームの精的支柱であるSHINJOセットアッパー岡島も失った日本ハムの戦ダウンは著しいという評価が大勢を占める。ソフトバンクが大幅補強をしていたこともあって、ファンですら「今年は理」というのが大方の見方だった。

前年の金村の舌禍事件もあってか、開幕直後は「田中幸雄2000本安打を達成させる」ための選手起用がしばしば見られた。またの抜けた打線は貧打にあえぎ、投手八木や押本、金村らがパッとせず、苦戦が続く。

しかし田中幸雄2000本安打を達成すると、その直後から交流戦最高記録となる14連勝を達成して初の交流戦優勝を果たし、チームは波に乗る。貧打は相変わらずだったが、稲葉が自己最高の成績を残すなど中軸打者として覚醒。また勝負強い小谷野栄一レギュラーに定着する。投手ダルビッシュ有覚醒を果たし堂々たるエースとなり、前年確立した「確実に1点を獲って守りきる」野球を徹底し、千葉ロッテマリーンズとの優勝争いを制して、ほとんども予想していなかったリーグ二連覇を達成した。

CSでもロッテとの死闘を制し、2年連続の日本シリーズ進出。日本シリーズは再び中日との顔合わせとなったが、稲葉が不振に陥ったこともあって1勝4敗と前年のリベンジを果たされてしまった。

この年をもってトレイ・ヒルマン監督が退任。後任はまさかの梨田昌孝いてまえ打線を率いた元近鉄監督である。チームカラー180度違う日本ハムでどんな野球をするのかとファンの間では何とも言い難い不安が広がった。また高田GMも退任して東京ヤクルトスワローズ監督に。ついでとばかりに川島慶三押本健彦らを連れていき、代わりに藤井秀悟坂元弥太郎らを押しつけていった。他、セギノールが退団し長距離不足がますます深刻化する。

そしてドラフト会議においては、高校生ドラフト中田翔を引き当てる。さらに大学社会人ドラフトでは多田野数人を1巡名。色んな意味で一部を騒然とさせる。

2008年(73勝69敗2分、3位) 監督:梨田昌孝

田政権1年だが、メディアの注は専ら中田翔に集まり、ネット上の話題は多田野数人に集中。当の中田は故障もあって一年を通して二軍暮らし、多田野数人も自トレ中の怪で出遅れる。

前年までに大きな怪人が出ることが少なかった反動か、この年は故障者が続出した。森本稀哲金子誠らが故障で不振に陥り、投手では前年手術した江尻慎太郎をリハビリで欠き、武田勝は練習の打球を受けて折する不運に見舞われる。他にも前年9勝のライアン・グリンがあわやシーズン20敗かというペースを積み上げ(最終的には7勝14敗)、トレードで獲得した藤井秀悟は全く援護に恵まれなかった(防御率3.25で3勝8敗)。さらに北京五輪中にはダルビッシュ稲葉という投打の柱を欠く。

しかし前半戦は多田野普通にローテを支え、武田久や建山、ロングリリーフで勝ち運を発揮した坂元弥太郎リリーも奮闘。采配が懸念された田新監督も基本的にヒルマン政権の堅実野球を継承した采配をしつつ、貧打の解消に向けて高橋信二の一塁コンバートなど模索を続ける。結局、チームは波には乗れなかったものの大きく低迷することもなく、ソフトバンクフルボッコ17勝7敗)にした分と交流戦の貯で、どうにかロッテと0.5ゲーム差の3位に滑り込んだ。

クライマックスシリーズでは第一ステージで経験の差を見せつけオリックス勝したが、第二ステージ西武に敗れた。

オフには契約で揉めることの多かった高年俸の守護MICHEAL巨人放出し、不祥事もあって坂本勇人レギュラーから蹴落とされた二岡智宏を獲得した。

2009年(82勝60敗2分、優勝) 監督:梨田昌孝

5割打者・金子誠という、何の冗談かという確変で2009年ファイターズは幕を開けた。

開幕直後の苦戦が恒例行事になっている日本ハムだったが、この年は開幕から金子誠の大当たり。4月MVPを獲得する大活躍で開幕からチームを牽引すると、そのままシーズンを通して安定した戦いを続けた。

最大の強みはチームカラーと化していた貧打の解消。「1番賢介、2番森本」の2007年までとは逆の1・2番コンビが嵌り、中軸は大野奨太の加入で高橋信二が一塁に専念して4番に定着。下位打線では糸井嘉男が大きく成長してセンター定位置を獲得し、金子誠の確変が加わって勝負強いアベレージヒッターが並ぶ形になり、本塁打は少ないがどこからでも点が取れる破壊抜群の打線に成長した。

投手も、ダルビッシュ武田勝以外の先発こそやや駒不足の感があったが、ベテランの建山に復活した江宮西尚生菊地和正の若手コンビ、トレードで二とともに獲得した林昌範らのリリーがそれを補い、新守護となった武田久シーズン敗でセーブ王いた。

8月には新型インフルエンザに見舞われ、9月には失速もあったがソフトバンクのお付き合いもあって事に逃げ切り優勝。CSでは快進撃を続けていた東北楽天ゴールデンイーグルスを迎え撃ち、ターメル・スレッジの逆転満塁サヨナラ本塁打(いわゆる「福盛の21球」)で楽天を見事に撃墜。2年振りの日本シリーズ進出を果たした。日本シリーズでは巨人に2勝4敗で敗れた。

オフにはスレッジ放出。相変わらず銭にシビアな一面を見せる。また藤井秀悟FA巨人に移籍した。

2010年(74勝67敗3分、4位) 監督:梨田昌孝

4月28日オリックスに敗れ借14。2010年ファイターズの幕開けは苦難に満ちていた。

退団したスレッジを埋める外国人野手の補強をせず、打線で挑むことになった2010年。それでもリーグ内では総合的な戦においては一番安定感があると言われ、優勝補にも挙げられていた。

ところが、森本の故障離脱で2番打者不在のまま開幕を迎えると、開幕戦をダルビッシュで落とし、第2戦は昨年敗の守護神武田久が打たれて落とす。そして金子誠が戦線離脱すると、く間にチーム歯車は見る影もなく狂った。鉄壁を誇った内野守備が崩壊し、武田久は絶不調で守護の座を剥奪される。打線も中核を担う稲葉高橋の不調と繋ぎ役を担う森本金子の故障で、昨年の強みであった勝負強さと堅守、安定していたリリーという要素を全て失ってはどうしようもなかった。みるみる借は膨れあがり、GW前には首位と10ゲーム差以上離されぶっちぎりの最下位に低迷する。先の苦戦は恒例行事とはいえ、これほどの苦難になるとはも予想し得なかっただろう。

しかし、そのまま終わらないのが戦パ・リーグ過去4年で3度制したファイターズの底だった。パ・リーグが圧勝した交流戦から、徐々にチームは立ち直っていく。ダルビッシュが援護に恵まれない中、ボビー・ケッペル武田勝が順調に勝ちを積み重ね、野手では森本金子が復帰し、不調の高橋に代わって小谷野栄一が4番に定着すると、交流戦明けから破の快進撃でみるみる借を減らし、7月にはついに14あった借済する。

だが、混戦のリーグの中で、そこから一気に抜け出すことはわなかった。一時は3位に薄したが、そこからは勝ったり負けたりを繰り返す展開で、3位の背中を追いかけながらのオリックスとの4位争いが続く。陽岱鋼が攻守に成長を見せ、8月には中田翔ホームランを量産するなど明るい材料も多くあったが、高橋や二金子誠などが相次いで戦列を離れるなど、CS内に手が届きそうで届かない戦いが続いた。

それでも勝率5割を維持し続け、終盤戦はロッテの失速でオリックス・バファローズと三つCS争いへもつれこむ。残り10試合を切っても優勝の可性さえ残っていた大混戦のシーズンは、結局貯7の暫定3位で全日程を終える。CS進出はその時点で残り2試合のロッテの結果次第というところまでロッテを追いつめたが、ロッテが残り試合を全勝したため、0.5ゲーム差の4位となって、クライマックスシリーズ導入以来初めて進出を逃した。

チーム防御率断トツリーグ1位チーム打率もリーグ2位ながら4位という結果が、序盤の低迷の深刻さと歯車の噛み合わなさを物語ったが、借14からCS前まで迫り、優勝したソフトバンク2位西武に勝ち越すなど前年王者の意地と底で上位を脅かしたシーズンだった。

オフにはドラフト会議斎藤佑樹を引き当て大きな話題を呼ぶ。一方、FA森本稀哲横浜ベイスターズへ、建山義紀テキサス・レンジャーズへ移籍。多田野数人坪井智哉が戦外となったが、多田野はのちに再契約した。トレードでは紺田敏正須永放出してウィルフィン・オビスポを、山本一徳・高口行を放出して根本久を獲得。また新外国人としてマイカ・ホフパワーを獲得し打線は1年で終了した。

2011年(72勝65敗7分、2位) 監督:梨田昌孝

斎藤佑樹の一挙手一投足にメディアの大きな注が集まる中、キャンプ田中賢介折で戦線離脱。さらにオープン戦小谷野栄一死球を受け折、不動の1番と4番が開幕絶望という非常事態に陥る。が、東日本大震災の影で開幕が延期となった結果、賢介、小谷野ともにどうにか開幕に間に合うことになった(その代わりに鶴岡慎也が自打球で顔面を陥没折し出遅れる)。

統一球の導入と改造で、「今年はついに防御率0点台か」とも噂されたエースダルビッシュ有が、開幕戦で西武打線にまさかの7失点。2試合でもブライアン・ウルフフルボッコにされ、開幕カード2試合で20失点という幕開けとなった2011年。しかしその後すぐに5連勝し、チームは快調に滑り出す。

打線森本の抜けた2番に陽岱鋼が定着、4番の小谷野栄一が不振に陥り5月に故障で離脱するが、中田翔が大きな成長を見せ、入れ替わりで4番に座ることに。投手も、ダルビッシュは開幕戦の7失点はハンデだったと言わんばかりにその後は無双状態に突入、ウルフボビー・ケッペルの助っ人コンビも快調にを積み重ねる。リリーフも建山の抜けたセットアッパー増井浩俊が定着し、前年不調に苦しんだ武田久全復活。武田勝5試合連続封負け(NPB新記録)という歴史ムエンゴに見舞われたりもしたが、チームは順調に貯を増やしていく。

交流戦前にソフトバンクに首位を奪われるものの、交流戦でも貯8を積み上げてソフトバンクに追いすがり、6月には全にソフトバンクとの一騎打ち体勢に入った。6月半ば、田中賢介が足の折でほぼシーズン絶望となるというアクシデントに見舞われるものの、すかさずボビー・スケールズを獲得してそのを埋め、前半戦はソフトバンクと同率首位で折り返した。

ソフトバンクとの直接対決を多く残していた後半戦、チームダルビッシュソフトバンクキラー武田勝ソフトバンク戦に優先的にぶつける起用法で奪首を論むが、後半戦最初の直接対決3連戦で、ダルビッシュ武田勝を立てたにもかかわらず3連敗。以降、3ゲーム差前後で首位に追いすがる展開になる。

崩壊は8月の終わりだった。突然監督の退任報道に、チーム歯車が狂い出す。打線が機不全に陥り、投手も踏んりきれず、接戦を落とす試合が続く。ソフトバンク背中が遠くなり始めると、チーム全にモチベーションを見失い、9月15日監督が正式に退任を表明すると、悪夢のような連敗街道に突入した。下からはオリックス西武が猛な追い上げを開始、10ゲーム以上も引き離していた3位グループとの差があっという間に詰まり、気が付けばソフトバンク背中か彼方、あわや4位転落の可性が見えるところまで追い詰められる。最終的にどうにか土俵際で踏ん2位は確保したものの、優勝したソフトバンクには最終的に17.5ゲーム差も離され、8月には最大26あった貯を7まですり減らすという苦しみの幕切れとなった。

クライマックスシリーズでも、シーズン終盤の勢いのままに3位西武リリーが粉砕されあっさりと2連敗し万事休す。2007年トレイ・ヒルマン監督の退任決定で日本一を逃した負の歴史を繰り返す格好になってしまった。

オフ野球解説者の栗山英樹が新監督に就任。ダルビッシュ有ポスティングを行使しテキサス・レンジャーズへ移籍。スケールズが退団、林昌範菊地和正が戦外に。ターメル・スレッジ紺田敏正の出戻り組を獲得した。

ドラフト会議では巨人の単独名とされていた菅野智之を強攻名して交渉権を獲得。さらに5位では直前の都市対抗野球完全試合を達成した森内壽春、7位ではソフトボール選手の大嶋匠名し話題を独占したが、結局菅野には入団拒否された。

2012年(74勝59敗11分、優勝) 監督:栗山英樹

絶対的エースダルビッシュ有が抜け、新監督導者経験ゼロ栗山英樹ということもあって、開幕前の前評判は低く、Bクラス予想が大半だった。そんな中、栗山監督オープン戦からあまり結果の出ていなかった斎藤佑樹を開幕投手に抜する。人気優先の起用との批判の中、斎藤西武との開幕戦を1失点投勝利。見事に起用に応え、チームは順調に滑り出した。

打線は4番の中田翔が開幕から大不振に陥ったが、開幕2番に起用された稲葉篤紀が絶好調で打ちまくり々に2000本安打を達成、チームを牽引。鶴岡慎也は打撃好調で大野奨太を押しのけて正捕手の地位を確保した。投手ボビー・ケッペル榊原諒石井裕也らが長期離脱、武田久が例によっての隔年での不調に戦線離脱もあったりしたが、吉川光夫がついに覚醒してエース級のピッチングを見せ、斎藤武田勝ブライアン・ウルフと安定したローテーションを形成。リリー宮西尚生増井浩俊ルーキー森内壽春らが支え、チーム千葉ロッテマリーンズとの首位争いを繰り広げた。

交流戦以降はロッテが失速し、代わりに浮上してきた西武ソフトバンクとの優勝争いへ突入。斎藤調子を落として二軍落ち、8月には田中賢介が長期離脱、9月には糸井嘉男が戦線離脱するというアクシデントもあったが、3年中村勝8月からローテ入りして好成績を挙げ、多田野数人先発コンバートされた谷元圭介もローテのを埋める。リリーフでは増井浩俊が怒濤のペースで投げまくり、前年平野佳寿が打ち立てたパ・リーグホールド記録を更新武田久も後半戦は復活した。野手では前半戦不振に喘ぎながらもずっと4番で起用され続けた中田が復調して4番らしい働きを見せ、また西川遥輝杉谷拳士らの若手が場以降台頭し、の不在をカバーする働きを見せた。

混戦模様のパ・リーグの中では一、開幕直後以外一度も借生活を経験しないという安定した戦いを続け、一時西武に首位を奪われたが9月半ばには首位奪還。そのまま逃げ切り、試合のかった10月2日西武が敗れて3年ぶりの優勝を決めた。なお、最終的に2位西武、3位ソフトバンク、4位楽天の3チームに負け越して優勝という史上初の記録マークした(vs西武-2、vsソフトバンク-4、vs楽天-2、vsロッテ+11、vsオリックス+6、交流戦+6で貯15。なお、交流戦を除いても首位である)。

クライマックスシリーズ糸井嘉男の2試合連発などにより3連勝でソフトバンクを破り突破。巨人との日本シリーズは前回優勝した2009年と同じ顔合わせとなったが、第1戦と第5戦に先発した吉川フルボッコにされるなどして2勝4敗で敗れた。

オフ田中賢介メジャー挑戦を表明しFA宣言し移籍。他、スレッジが退団、木田優夫らが戦外となった。ドラフト会議ではメジャー挑戦を表明していた大谷翔平を強行名し、交渉の末入団にこぎ着けた。

2013年(64勝78敗2分、6位) 監督:栗山英樹

田中賢介メジャー移籍。さらに年明けにメジャー挑戦を巡って契約で揉めていた糸井嘉男八木智哉と共にオリックス・バファローズ放出木佐貫洋大引啓次赤田将吾の3人を獲得するという大トレードには、日本ハムファンのみに留まらず各方面に衝撃を与えた。レギュラーシーズンでは田中と糸井の抜けたが大きくくことになる。

新人大谷翔平二刀流が大いに注されたが、チーム5月に9連敗を喫して最下位に転落。

セ・パ交流戦では13勝10敗1分けと勝ち越したが、7月は8勝13敗と負け越し。8月14日には5位に浮上したが、そこから先へは浮上できず、9月下旬に再び最下位に転落。そのまま閉幕まで最下位となり、2001年以来12年ぶりの最下位となった。優勝の翌年に最下位は、パ・リーグでは1981年近鉄バファローズ以来2回

一方でミチェル・アブレイユ31本塁打本塁打王のタイトル陽岱鋼が47盗塁で盗塁王を獲得。日本ハムでの盗塁王は、前身球団を含めて史上初の快挙となった。

シーズン中にマイカ・ホフパワーボビー・ケッペルオフブライアン・ウルフが退団、鶴岡慎也FA宣言して福岡ソフトバンクホークスへ移籍。榊原諒二岡智宏などが戦外となった。

2014年(73勝68敗3分、3位) 監督:栗山英樹

前年最下位に終わったファイターズだが、ファンはそれほど悲観視していなかった。
その根拠が、2006年北海道移転後初となる日本一に貢献した「名参謀」白井一幸の復帰。これこそが最大の補強であり、最下位脱出確定、Aクラス争いの役になるのではないかと解説者諸氏からも予想されていた。

しかしいざ開幕してみると、武田久武田勝小谷野栄一といったベテラン勢に不調が重なり、前年本塁打王のミチェル・アブレイユ盗塁王陽岱鋼も体調不良で離脱、アブレイユは7月末で契約解除など、実績ある選手が機しない苦しいシーズンであり、3月4月を12勝16敗と負け越している。
5月に入って徐々に調子を取り戻し、セ・パ交流戦も11勝12敗1分と五分で乗りきると、その後オールスターまで9勝6敗と先行。オールスター明けの対オリックス・バファローズ3連戦こそ全敗するも、末の対千葉ロッテマリーンズ3連戦で全勝して帳消し、最終的に7月を13勝9敗で終える。8月頭の7連敗で貯を吐き出し、ここでオリックス福岡ソフトバンクホークスによる優勝争いの背中が遠ざかってしまう。かといって下位チームに詰め寄られるでもなく、孤立した格好の3位でレギュラーシーズンを終えることとなった。

クライマックスシリーズファーストステージは、1勝1敗で迎えた第3戦が台風接近で順延。勝てなければ敗退が決まる状況で先発したのが、レギュラーシーズン7勝13敗と負け越したルイス・メンドーサと聞いて絶望したファンも少なくなかったが2-1で辛勝。続くファイナルステージも最終第6戦までもつれ、セ・リーグでは阪神タイガースが先に進出を決めていたこともあり、史上初の「レギュラーシーズンで優勝できなかったチーム同士の日本シリーズ」実現なるかと注が集まったが、最終的には「選手個々のポストシーズンについての経験値」の差でソフトバンクに屈し、2年ぶりの日本シリーズ進出はならなかった。

二刀流2年大谷翔平は、交流戦の頃から指名打者代打でも起用されるようになり、最終的にベーブ・ルース以来、もちろんNPBでは初めてとなる「同一シーズン内での先発10勝と10本塁打」を記録。またNPB最高球速となる162km/hの速球を披露し話題を集めた。
他にも、中村勝が初登板から15試合連続敗と、前年の不調を取り返すような活躍を見せ、高卒3年上沢直之サガサミーから新入団の浦野博司とあわせて、20代前半、プロ入り5年以内の若い先発投手の活躍が立った。
野手では、西川遥輝が一番右翼手中島卓也が二番二塁手に定着し、かつての森本稀哲田中賢介を思い起こさせるようなリードオフコンビを形成。西川は43盗塁を記録し、2年連続でファイターズ所属選手が盗塁王を獲得。
陽は盗塁は20回と減ったが、25本塁打失策数も1回だけという身体の高さを見せつけてゴールデンラブを受賞。不動の四番・中田翔が、100打点ぴったりで打点王を獲得した。
鶴岡慎也の移籍でいた正捕手の座は大野奨太が優先起用されながら、市川友也が試合終盤の抑え捕手として、投手との相性次第では先発出場でも機小谷野離脱でいた三塁手には、元々捕手として入団した近藤健介の起用が的中。補強に依存せず、野手に複数のポジションをこなせるよう日頃から練習させるという球団の危機管理方針の成果とも言えよう。

9月下旬には、北海道移転後の中心選手だった金子誠稲葉篤紀が相次いで引退を表明。赤田将吾は、自由契約示された後に引退を表明。大引啓次東京ヤクルトスワローズへ、小谷野オリックスへ、それぞれFA宣言で移籍。アンソニーカーターフアン・ミランダが1シーズンで退団。多田野数人、運ジョン・クレイトン村田和哉ら6選手が戦外通告を受けた。
ドラフト会議では、大学生最高評価を受けていた有原航平を、計4球団の1位名競合によるくじ引きを経て獲得した。

2015年(79勝62敗2分、2位) 監督:栗山英樹

田中賢介アメリカから3年ぶりに復帰。野手にジェレミー・ハーミッダ、ブランドン・レアードを獲得。

レギュラーシーズンでは大谷翔平が開幕から球団新記録となる7連勝を達成。さらに2012年以降不調に陥っていた吉川光夫全復活。増井が球団新記録の39セーブマークするなど、前半戦はソフトバンク西武と首位争いを繰り広げた。しかし交流戦明けのソフトバンク3連戦で3連敗を喫して突き放される。後半戦はレアードが大暴れしたものの、先発投手コマ不足に悩まされたのもあり、それ以上ソフトバンクを追撃するはなかった。

結局、7月西武が失速してからは、首位からも3位争いからも離れた2位独走状態のままシーズンを終える(1位ソフトバンクとは12ゲーム差、3位ロッテとは6.5差)。貯17勝率.560優勝した2012年を上回ったのだが、それでもソフトバンクに12ゲームも離された。

クライマックスシリーズでは千葉ロッテマリーンズと対戦、1勝2敗で敗退した。

木佐貫洋と、阪急ブレーブス最後の選手であった中嶋聡がこの年をもって現役を引退した。

首脳陣・選手・OB等

太字は記事のある者
2016年4月12日更新

首脳陣

一軍 二軍

所属選手

※トレード、自由契約などの異動については、NPB公示があるまで編集しないでください。

投手 捕手 内野手 外野手

球団スタッフ

OB・関係者(東急・急映・東映・日拓時代を含む)

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ページ番号: 436051 リビジョン番号: 2385790
読み:ホッカイドウニッポンハムファイターズ
初版作成日: 08/08/06 16:12 ◆ 最終更新日: 16/07/21 00:51
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北海道日本ハムファイターズについて語るスレ

544 : ななしのよっしん :2016/04/24(日) 17:57:09 ID: e42u3IbsJC
今年の中継ぎどうなってんだよ。増井くも2敗
死球連発で守備のテンポは終始悪いし。
元が10人くらいいればいいのに。

あとヤフオクカモられすぎ。
記事の去年の文に「ソフトバンクが強すぎただけである。」とか書いてあるけど、実際去年ヤフオクで2勝しかしてないのによく他人事みたいに言えるわ。ほんと。
545 : ななしのよっしん :2016/04/24(日) 22:01:14 ID: EpCdtRB7SW
>>544
例のバンクファンのあの人が書いていたようだな
後で除去しておくわ
546 : ななしのよっしん :2016/04/26(火) 11:34:46 ID: qzS3Q3DNvY
菅野のゴタゴタ以降読売とのパイプがなくなったってあるけど
市川とか矢野とかこの前の大累とかまったくパイプはなくなってないように思えるけど…
547 : ななしのよっしん :2016/04/26(火) 11:45:11 ID: iRZ099bvfz
市川のトレードで手打ちにしたというのはよく言われてる
単に記事の情報が古いだけやね
548 : ななしのよっしん :2016/05/20(金) 22:55:11 ID: fod6pkYPSq
ファウルボールで失明したやつに損賠償命令出たみたいだけど
そもそもチケットにファウルボールに関しては自己責任って注意あるじゃん
自分から流れ弾が飛び込む場所に出ておいて訴訟とかありえないでしょ
最初からテレビで見てれば被るはずもない被じゃんよ
549 : ななしのよっしん :2016/07/06(水) 00:07:23 ID: jb54Gd69H8
9年ぶりの11連勝
日本ハムが11連勝で首位SBと5.5ゲーム差 西川が決勝打&大谷誕生日打】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160705-00010024-fullcount-base
550 : ななしのよっしん :2016/07/11(月) 01:00:27 ID: jb54Gd69H8
日本ハム球団タイ14連勝&ホーム通算500勝】
日刊スポーツ 7月10日(日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160710-00000135-nksports-base
551 : ななしのよっしん :2016/07/11(月) 23:56:31 ID: jb54Gd69H8
ついに球団新記録の大連勝
日ハム勝、ついに球団新記録の15連勝 プロ野球記録へあと3勝、SBと5差】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160711-00010028-fullcount-base

日本ハム 歴代4位タイの15連勝!プロ野球記録は18連勝】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160711-00000155-spnannex-base
552 : ななしのよっしん :2016/07/19(火) 00:39:34 ID: qVexADV/8+
今の所今年の日ハムは、近年でも稀に見る強さだと思う
例年だと計算できたはずの先発中継ぎが不調で、けが人も多いが
それを吹き飛ばす打線の勢いと盤石の表ローテが強み
栗山政権5年、じっくり育てた若手達が芽吹いた年
553 : ななしのよっしん :2016/08/18(木) 21:40:24 ID: jb54Gd69H8
最大11.5ゲーム差から、ついにここまで来た

パ・リーグ! 日本ハムゲーム差で首位・を逆転も「マイナス0.5差」で2位のまま】
サンケイスポーツ 8月18日(木)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160818-00000565-sanspo-base
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