垂直離着陸機(VTOL機:Vertical Take-Off and Landing aircraft)とは
垂直に離着陸可能な航空機である。
日本語では長いため、英語と同様に単純にVTOL(ブイトール)とも呼ばれる。
現在は「垂直離着陸可能な飛行機」というニュアンス。
本稿では垂直離着陸が可能な機体として併記されているものの、
厳密にはヘリコプター・オートジャイロはVTOLに含めない点に注意。
(決して劣っているわけではなく、方向性として完成されている)
概要
回転翼機のようにどこでも離着陸が可能で
飛行機のような速さをもつ、いいとこどりの航空機があったら便利ではないか…?
特に、長大な滑走路が必要なくなれば航空機の利用の幅は大きく広がるのは明らかである。
会社のビルの屋上から、ご家庭の庭から、高速でひとっ飛びさせることができれば世の中はもっともっと便利になる。 …といった具合の航空機である。
軍用としてのメリット
- 軍用としては猫の額のように狭い基地や空母(→艦載機)から離着陸が可能。
- 攻撃による破壊や事故よって滑走路が使用不能にされても運用できる。
- 機体サイズによっては大型のヘリポート程度のサイズがあれば離着陸可能。
- 固定翼機の高速性で遠隔地の作戦地域に素早く到達できる。
- 素早く飛び去ることができれば敵の反撃を受ける隙も減る。
- 遠隔地の山奥の広場やヘリポートなど、滑走路のない場所で駐機・運用することも可能。
滑走路も使える
「VTOLなら滑走路は不要では?」と思うかもしれない。だがちょっと待ってほしい。
垂直離着陸が可能であっても、大抵のVTOLは滑走路を使用して離着陸することは可能で
その場合は最大離陸重量の制限が緩和されたり、燃費を節約する(航続距離を延長する)ことが可能である点にも留意されたい。
ちなみに足回りが車輪式のヘリコプターでも可能。
回転翼を使用するものは「転移揚力」とも呼ばれ、前進速度を回転翼の揚力にプラスできるもの。
「滑走路が使えばいろいろ制限が緩くなって便利」程度に覚えておいても良いかもしれない。
欠点
…こう書くと言い事ずくめだが、そうは問屋が卸さない。滑走路を必要としない代わりに速度や積載量や運航コストなどを犠牲にして成り立っている航空機である。
構造や操縦系統も複雑になりやすい。
単純に「エンジンやプロペラを上下に向ければVTOLの完成」ではないため、開発も大変である。
※既存機体の改造を除けば、航空機自体の新規開発自体が安価・容易ではない。
機体自体も高価になりがちで、機体の特異性からパイロットの育成にも時間とコストがかかる。VTOL性能に多くを割り振ってしまっているため、高額だからといって特別に大量の武装や人員・貨物が積めるかといえばそうでもない。距離や環境によっては通常輸送機やヘリのほうがコストが断然安く使いやすい。
特に垂直離着陸時・ホバリング時の燃料消費は格段に激しい。自動車や船舶のように地面や水面が機体の重さを支えてくれない、前進時の風(揚力)が利用できない、自分の機体&搭載重量をすべてエンジン出力で支えなくてはならない上に、横風や悪天候・夜間など各種環境要因でスムーズに離着陸できるとは限らないため。
重量制限がより一層シビア。重すぎれば燃費と航続距離はガタ落ちになってしまうため、搭載人員・物資・燃料量を減らしたり、離陸だけでも滑走路を利用する、空中給油が必要(空中給油機自体が別途必要)であるなど、フルで活用する場合は割と手間とコストがかかる。
高温高圧の排気が真下に吹き降ろすため真下の人員や物品は危険。枯草などに引火したり砂塵と共に舞い上げて吸い込んでしまうリスクもあるほか、空母などは甲板がVTOLの排気に対応していないと溶解して吹っ飛んでしまう危険性もある。
デリケートな上に輸送に使われるものは機体が大型化しやすく、離着陸時に狙われると良い的である。
一部方式は武装化が難しい。オスプレイのような巨大な回転翼を前に向けるものは、主翼に武装をぶら下げると発射時に回転翼と干渉する、左右に射撃しようにも巨大なエンジン自体が邪魔など、攻撃用はおろか自衛用の武装すら射界が限られる。
主な方式
主に使われる方式を以下に列挙していくが、複数の方式を併用していたり、合いの子のような航空機もかなり多いので注意を要する。
ヘリコプター
最も成功している垂直離着陸の方式。成功しすぎているため、VTOL機という括りで遡上に挙げられることは少ない。(回転翼機といった分類でもある)
普通の飛行機に比べて速度や運航コストなどが劣るものの、ホバリングも可能という大きな利点を持っているため広く普及している。固定翼機には及ばないものの速度を改善しようと、複合ヘリコプターというものも開発が進められている。
オートジャイロ
本来、オートジャイロは飛行機のように滑走して回転翼を風で回すことで揚力を得るが、回転翼を地上に居るときにあらかじめエンジン動力で回しておき、動力を切り離した後に回転翼のピッチを変えて垂直に離陸するジャンプテイクオフという方法で垂直離陸できる(ちなみに飛ぶ前に動力を切り離さないと浮いた瞬間に機体も回転する)。
着陸はオートジャイロというもの自体が、きわめて低速かつ短距離で着陸できるので、ほぼ着陸したその場で止まることができる。しかし、ホバリングができない、積載能力など航空機としての基礎的な性能もヘリコプターに劣るなどといったことから、現在では趣味の乗り物となっている。
ティルトローター
回転翼で垂直に離陸し、固定翼で飛べるようにな速度になったらば、回転翼を傾けて前進用のプロペラにする方式。回転翼のついているシャフトだけを動かす方式などもあったが、回転翼とエンジンナセルごと動かす方式が主流となっている。
開発は難航したもののV-22オスプレイなどが実用化されている。プロペラ飛行機とヘリコプターの中間の速度で飛べて、ホバリングも垂直離着陸もこなす。しかし複雑な構造がために、同規模の積載量ヘリコプターよりも運航コストが嵩む。
似たようなものでは、ローター/プロペラでなくダクテッドファンを使う物もある。
ティルトウイング
前述のティルトローターに似ているものの、こちらは回転翼とエンジンとそれが付いた主翼自体を傾ける方式。ティルトローターと同時期に試作開発が行われていたが、こちらは実用化には到っていない。なぜか攻殻機動隊やジパングなどのフィクションに出てくることが多い。
ティルトジェット
ティルトローター同様にジェットエンジンを傾けて、垂直離着陸と高速な水平飛行をこなす。試作はされているものの実用化はされていない。なぜかこちらもエヴァンゲリオンなどのフィクションに登場したりする。また、ジェットエンジンを使うVTOL機ではよくあることだが、特に熱い排気が着陸地点を焼いてしまう。このため、草原や熱対策をしていない艦船の甲板などへの着陸は制限されてしまう。
リフトエンジン
垂直に浮くため垂直に立てたエンジンを積んで
水平飛行は水平飛行用のエンジンで行ってしまおうという方式。
機体を浮かせるために大量のエンジンが必要になったり、浮上用のエンジンは使わないときはデッドウエイトであることなどの問題もあり、垂直離着陸機の初期の実験機などで使われた程度である。ただし、ソ連軍では後述の推力偏向方式と組み合わせた実用機を作って配備していた。こちらも、リフトエンジンの熱い排気が着陸地点をローストする。
リフトファン
エンジンの出力を離着陸時にはシャフトなどで導いて、下向きに付けられているダクテッドファンを駆動して浮上させる方式。浮上させるのに必要な大きな直径のダクトは主翼や胴体などに埋め込む。F-35では後述する推力偏向とこれを併用している。
推力偏向
ジェットエンジンなどから導いた推力を、離着陸の時は下に向けて、水平飛行するときは後ろに向けて導く方式。垂直離着陸戦闘機で初の実用機ハリアーが典型的な採用例。デッドウエイトも推力を偏向するためのダクトだけになって良い方式かと思いきや、垂直に浮くときに機体を支える噴射口の位置とエンジンの搭載位置の兼ね合いなどから、ハリアーでは整備が困難な機体の中心部にエンジンが鎮座、F-35では機体の前部にダクテッドファンを設置、Yak-141等では機体前部にリフトエンジンを設置といった具合になっている。なお、ジェットエンジンだとこの方式でも熱い排気が地面をホットにする。
テイルシッター
離着陸するときは機体自体を立ててしまえば、複雑な構造も大きなデッドウエイトもなしに実現できるんじゃないかという発想の航空機。しかし、座席の角度が変わるなどのギミックを盛り込んでも着陸の操縦は困難であり、地面に立てて離着陸させる構造では滑走離陸で積載量を増やすことも出来ず、着陸はハンガーのように台にひっかける方式ならば滑走離着陸も両立できるものの、よりいっそう垂直着陸の操作が困難という問題がある。
サイクロコプター
特異なサイクロジャイロロータを回転翼に用いる形式。推進効率は普通のローターやプロペラに劣るが、騒音が小さい・ローターが比較的コンパクト・推力←→揚力の切り替えが迅速かつ自由度が高い等、独特の長所がある。ドローン向けに開発が進められている。
その他
似た用語としてSTOL(短距離離着陸機)があり
短い滑走路で離着陸できるため軍用機などで好まれる。
VTOLと兼ねている場合はV/STOLとも呼ばれる。
通常離着陸機はCTOLという分類もあるのだが、あまり聞かないかもしれない。
V-22オスプレイ、AV-8Bハリアー等の機体名についてる「V」は垂直離着陸機を示す。
※ハリアーさらに地上攻撃を示すA(Attack)が先頭についている。
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関連項目
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