夜のヒットスタジオとは、昭和を代表する伝説の歌番組である。通称「夜ヒット」「ヒットスタジオ」。
概要
「ザ・ベストテン」(TBSテレビ)と並ぶ、テレビの歌番組における最高峰のひとつ。
1968年、フジテレビ系で放送開始。初代司会は芳村真理と前田武彦。
編成の都合上穴の開いてしまった時間に差し込まれたつなぎ番組として始まり、番組スタッフや関係者以外にはまったく期待されていなかった。実際、番組開始当初のネット局はフジテレビ、東海テレビ、関西テレビ、テレビ西日本のわずか4局ネットで、当時としても時代遅れのモノクロ放送でのスタートである。
当初は歌謡バラエティ番組と位置づけられた。それまで歌番組と言えば歌謡ショーの延長的な存在だった時代に、バラエティ番組的な要素の強いテレビならではの、「歌謡ドラマ」や「コンピューター恋人選び」などの演出を行い、歌手の人間としての素顔を見せることに成功。一躍人気番組の仲間入りをする。
番組名物であったオープニングの出演歌手による他人の歌メドレーはこの頃から存在している。
しかし、前田武彦が当時のフジテレビ社長の逆鱗に触れた「共産党バンザイ事件」を起こし強制降板させられる。しばらくの迷走を経て、1970年代後半以降は芳村真理を軸にしたフレンドリーながらも本格的な歌謡番組に変貌した。
アイドルや歌謡曲系の歌手以外にもロックやフォーク系のミュージシャン、外国人ミュージシャンも多く出演するようになり、ヒットチャートを主軸にした「ベストテン」とは一線を画す音楽番組として1970年代~1980年代に再び人気を博した。
前田武彦降板以降、男性司会者は三波伸介、井上順、古館伊知郎と変わり続けたが、女性司会者は芳村真理にほぼ固定され、「夜ヒット=芳村真理の番組」として広く認知された。
1988年に開始以来から司会者として番組の顔であり続けた芳村真理が勇退。
その頃から徐々に番組の迷走が始まる。古館が以降番組の顔となり、柴俊夫や加賀まり子も起用されたが、「真理さんだから出ていた」という歌手やアーティストが徐々に出演しなくなり、度重なるリニューアルの弊害で次第に番組の権威が失墜していった。
また、1980年代後半以降から子供からお年寄りまで知りえる歌謡曲が衰退し、それぞれの世代によってそれぞれの歌が存在する多様化の時代に突入したことで、一つの番組ですべての世代をカバーしようとした同番組のコンセプトが受け入れられにくくなっていった。
1990年に22年に及ぶ長い歴史に幕を閉じた。現在でもフジテレビにおける重要な映像資産として同番組の映像が使用されている。
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読み:ヨルノヒットスタジオ
初版作成日: 09/05/18 17:04 ◆ 最終更新日: 09/10/21 17:38
編集内容についての説明/コメント: 夜ヒットに適した動画って案外ないのね
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