富士山―信仰の対象と芸術の源泉とは、日本の世界遺産(文化遺産)である。2013年6月登録。
山梨県と静岡県にまたがる富士山を中心に点在する25件の文化財が含まれる。
概要
古くから噴火を繰り返してきた富士山は、その荘厳な姿から多くの人々に畏敬され、「霊峰・富士山」を中心とした富士信仰を生み出した。修行と崇拝のために山頂を目指す山岳信仰の様式は、現在に至るまで脈々と受け継がれている。
また富士山は、古来より絵画や和歌などの題材となった。多くの人々に描かれたその姿は海を越え、西洋の芸術にも影響を与えた(ジャポニズム)。
このことが世界に評価され、2013年に世界遺産として登録された。
登録までの経緯
文化遺産候補として
1990年頃より、富士山を世界遺産に登録しようとする運動が活発になる。
当初は自然遺産としての登録を目指したが、2007年に文化遺産として暫定リストへ登録された。登山客らによるごみの問題がよく取り上げられるが、富士山が自然遺産の登録基準を満たす(証明する)ことが困難であることも理由の1つである。
ちなみに、自然遺産は以下の4つの基準のうち1つ以上を満たす必要がある。
資産選定に関して
2010年7月に開かれた学術委員会で、「信仰」、「芸術」、「景観」の観点から17件の構成資産が選ばれる。
その後、千円紙幣に描かれた本栖湖を資産候補とする案が出されると、本栖湖のみ世界遺産となることへの反発が広がったため、山梨県は富士五湖全体での登録を目指すようになる。世界遺産を構成する遺産は国内法で保護されている必要があるため、富士五湖の登録には業者や地権者の同意が必要となった。
この問題によって文化庁への推薦書原案の提出が遅れることとなった。
世界遺産登録へ
2013年4月に行われた国際記念物遺跡会議(ICOMOS)で文化遺産としての「登録勧告」を受けた。
しかし、この勧告には「三保松原を除外すること」という条件が付けられた。ICOMOSは、富士山から45kmも離れているということや、砂浜を守るための消波ブロックなどを理由に挙げた。これに関し日本政府は、美しい松林と砂浜を有し、「羽衣伝説」や「六十余州名所図会」などで描かれた三保松原は、富士山に関連する遺産として必要不可欠な要素であるとして、後の世界遺産委員会での登録を目指した。
同年6月に世界遺産委員会が開かれる。本件の審議が始まると、委員国からはICOMOSの一部除外勧告に反対し、三保松原を含めた登録を支持する声が相次いだ。委員会直前まで続けられた日本の主張が認められ、三保松原を含む、富士山の正式な世界遺産登録にこぎつけた。
登録後の課題
ほかの世界遺産登録地域と同様に、登録後も環境の保全などの課題がある。通常、世界遺産は6年ごとに「保全状況報告書」を世界遺産委員会に提出しなければならない。
しかし、富士山は登録から3年後の2016年2月までに報告書の提出を求められた。この報告書では、登山道の保全や来訪者の管理に対する具体的な戦略をまとめる必要があり、登録と同時にこのような課題が突きつけられるのは異例の事態であった。
審議の結果、持続可能な管理体制を作るための努力や進展が認められ、報告書は概ね好評を得た。一方で、登山者数の抑制に関する報告はされておらず、引き続き今後の課題となっている。
構成遺産の一覧・関連動画
登録対象は以下の25件。
但し富士山域は10件を1つとし、忍野八海は池ごとに8件として登録されている。
名称 | 画像 | 所在地 | 概要 | 国指定文化財 |
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富士山域 (ふじさんいき) |
ニコニ・コモンズより |
山梨県 静岡県 |
標高3776mは日本の最高峰。絵画など数多くの文化財に描かれたその美しい姿は、国内のみならず海外からも称えられている。 |
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山頂の信仰遺跡群 (さんちょうのしんこういせきぐん) |
画像募集中 | 境界未定 | 古来より富士山でもっとも神聖とされた山頂には、寺院や仏像など多くの宗教的施設が奉納された。明治期の廃仏毀釈を受け、現在はその一部が残る。 | |
大宮・村山口登山道 (おおみや・むらやまぐちとざんどう) |
sm23496165 |
静岡県富士宮市 | 浅間大社を起点とする登山道で、現在の富士宮口登山道。絹本着色富士曼荼羅図に描かれたほか、外国人初の富士登山にも使用された。 | |
須山口登山道 (すやまぐちとざんどう) |
sm15437660 |
静岡県裾野市 | 須山浅間神社を起点とする登山道。宝永大噴火(1707年)や御殿場口の開通(1883年)、旧陸軍の接収(1912年)を受ける度に衰退・消滅していたが、1997年に現在の登山道として復活した。 | |
須走口登山道 (すばしりぐちとざんどう) |
sm24334161 |
静岡県小山町 | 冨士浅間神社を起点とする登山道。沿道では現存最古とされる、1384年と刻まれた懸仏が出土している。17~18世紀頃には、冨士浅間神社と須走村の支配域が山頂まで及んでいた。 | |
吉田口登山道 (よしだぐちとざんどう) |
sm21246168 |
山梨県富士吉田市 山梨県富士河口湖町 |
北口本宮冨士浅間神社を起点とする登山道。富士講の指導者・食行身禄が信者の登山本道を吉田口と定めて以来、吉田口は最も利用者が多い。 | |
北口本宮冨士浅間神社 (きたぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ) |
sm10759519 |
山梨県富士吉田市 | 社殿の造営は788年と伝わっており、古来には諏訪神社との繋がりがみられる。富士講指導者の村上光清によって再興した。 | |
西湖 (さいこ) |
sm8514081 |
山梨県富士河口湖町 | 富士五湖の一つで、大きさは4番目。絶滅したとされるクニマスが発見され話題となった。 |
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精進湖 (しょうじこ) |
sm13203874 |
山梨県富士河口湖町 | 富士五湖でもっとも小さい湖。貞観大噴火(864年)によってできた堰止湖で、西湖や本栖湖と水位が連動している。 |
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本栖湖 (もとすこ) |
ニコニ・コモンズより |
山梨県身延町 山梨県富士河口湖町 |
富士五湖の一つ。大きさは3番目で水深は最も深い。千円紙幣(E号券)や五千円紙幣(D号券)の絵が有名。 |
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青木ヶ原樹海 (あおきがはらじゅかい) |
sm4684962 |
山梨県富士河口湖町 山梨県鳴沢村 |
富士山北西の約30km2(山手線の内側に匹敵)に広がる森林。貞観大噴火で流出した溶岩の上にできたもので、風穴などの溶岩洞が見られる。 | |
富士山本宮浅間大社 (ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ) |
sm11840576 |
静岡県富士宮市 | 全国の浅間神社の総本社で、富士信仰の中心。大宮・村山口登山道の起点となっており、多くの修験者がここから山頂を目指した。なお、富士山の八合目以上も浅間大社の社地である。 |
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山宮浅間神社 (やまみやせんげんじんじゃ) |
画像募集中 | 静岡県富士宮市 | 富士信仰の神を最初に祀った場所で、浅間大社の創建後に山宮となった。遥拝所からは富士山がよく見える。 | |
村山浅間神社 (むらやませんげんじんじゃ) |
sm20825619 |
静岡県富士宮市 | 大宮・村山口登山道沿いにある神社で、702年の創建。かつては富士山興法寺の一部を成し、神仏習合で栄えていた。 | |
須山浅間神社 (すやませんげんじんじゃ) |
画像募集中 | 静岡県裾野市 | 浅間神社の1つで、須山口登山道の起点となる。社伝では、須山浅間神社は神代に創建されたと伝わっている。 | |
冨士浅間神社 (ふじせんげんじんじゃ) |
sm15674034 |
静岡県小山町 | 須走口登山道の起点となる神社で、別名「須走浅間神社」。富士山東麓での噴火を鎮めるための祭事を行い、その報賽として同地に社殿を建てたと伝わる。 | |
河口浅間神社 (かわぐちあさまじんじゃ) |
画像募集中 | 山梨県富士河口湖町 | 河口湖の北に鎮座する神社で、正式名は「浅間神社」。貞観大噴火を受けて甲斐国でも浅間神を祀る機運が高まり、噴火の翌年に造営された。 | |
冨士御室浅間神社 (ふじおむろせんげんじんじゃ) |
sm19628140 |
山梨県富士河口湖町 | 旧称は「小室浅間明神」。富士山中最古の神社とされる吉田口登山道二合目の本宮と、村上天皇によって河口湖畔に創建された里宮からなる。 |
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御師住宅(旧外川家住宅) (おしじゅうたく(きゅうとがわけ―)) |
画像募集中 | 山梨県富士吉田市 | 社寺への参拝の案内や、参拝者の世話をする者を「御師」と呼んだ。旧外川家住宅は現存する御師住宅で最古のもの。 | |
御師住宅(小佐野家住宅) (おしじゅうたく(おさのけ―)) |
画像募集中 | 山梨県富士吉田市 | 旧外川家同様、富士講の御師の住宅。現在も個人が住んでいるため非公開だが、復原したものを富士吉田市歴史民俗博物館で見学できる。 | |
山中湖 (やまなかこ) |
ニコニ・コモンズより |
山梨県山中湖村 | 富士五湖の一つで、面積は最も大きく、水深は最も浅い。相模川の源流でもあり、これは富士五湖で唯一天然の流出河川となっている。 |
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河口湖 (かわぐちこ) |
sm21229262 |
山梨県富士河口湖町 | 富士五湖の一つで、面積は2番目に大きい。湖岸線が最も長いほか、富士五湖で最大の島である「うの島」が浮かぶ。 |
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忍野八海 (おしのはっかい) |
ニコニ・コモンズより |
山梨県忍野村 | かつて存在した忍野湖が干上がったあと、湧水の出口が池として残ったもの。各池に「八大竜王」が祀られ、巡礼路が整備された。各池を詠んだ和歌があり、一部の池に石碑が残る。 | |
出口池 (でぐちいけ) |
画像募集中 | 山梨県忍野村 |
第一霊場で、忍野八海最大の池。最も自然的な姿を見ることができる。 『あめつちの ひらける時に うこきなき おやまのみつの 出口たうとき』 |
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お釜池 (おかまいけ) |
画像募集中 | 山梨県忍野村 |
第二霊場。湧水が、釡の中で湯が沸騰しているように見えたことから名付けられた。 |
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底抜池 (そこぬけいけ) |
画像募集中 | 山梨県忍野村 | ||
銚子池 (ちょうしいけ) |
画像募集中 | 山梨県忍野村 |
第四霊場。長柄の銚子に似ていることから名前が付いた。 |
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湧池 (わくいけ) |
画像募集中 | 山梨県忍野村 | ||
濁池 (にごりいけ) |
画像募集中 | 山梨県忍野村 | ||
鏡池 (かがみいけ) |
画像募集中 | 山梨県忍野村 | ||
菖蒲池 (しょうぶいけ) |
画像募集中 | 山梨県忍野村 | ||
船津胎内樹型 (ふなつたいないじゅけい) |
画像募集中 | 山梨県富士河口湖町 | 溶岩と樹木によって作られた「溶岩樹型」の1つ。人間の体内に似ていたことから、「胎内巡り」と称して洞内を巡る信仰が発生した。 | |
吉田胎内樹型 (よしだたいないじゅけい) |
画像募集中 | 山梨県富士吉田市 | 船津胎内樹型と同じ「溶岩樹型」の1つ。両樹型とも吉田口登山道に近接していることから、登山の前日に訪れ、胎内巡りで身を清めた。 | |
人穴富士講遺跡 (ひとあなふじこういせき) |
画像募集中 | 静岡県富士宮市 | 「溶岩洞穴(風穴)」の1つで、富士講の開祖・角行が修行をしたと伝わる。人穴の周囲には、富士講信者が建立した碑塔が数多く残されている。 | |
白糸ノ滝 (しらいとのたき) |
ニコニ・コモンズより |
静岡県富士宮市 | 幅200m、高さ20mの崖から幾つもの絹糸が垂れ下がるように見えることから名前が付いた。源頼朝も富士の巻狩りの際に立ち寄ったという。 | |
三保松原 (みほのまつばら) |
画像募集中 | 静岡市清水区 | 安倍川から流出した土砂が堆積した砂嘴。和歌や浮世絵の題材となったほか、羽衣伝説の舞台としても有名である。 |
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