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単語記事: 対象a

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対象aとは、フランスの精分析哲学者である『ジャック・ラカン』が提唱した、「欲望の原因としての対の概念を意味する言葉である。

※ 同名の楽曲については『対象a(anNina)』を参照してください。

概要

他人の中に埋め込まれ、私にとって非人間的で疎遠で、に映りそうで映らず、それでいて確実に私の一部で、私が私を人間だと規定するに際して、私が根拠としてそこにしがみついているようなもの、これをラカンの用で「対象a」と言う。対象aの代表格は、乳房、糞便、声、まなざしの四つ組である。

引用元 : 新宮一成著 『ラカンの精分析』 1995 講談社 (講談社現代新書)

深く知りたい場合は、はてなキーワードこちらを参照してみてください。
また、Wikipediaなどで『ジャック・ラカン』を調べてみるのも良いでしょう。

つまりは

めるもの(=欲望の対)は、自分の記憶や経験に裏付けられているだけの既に存在しないもので、決して満たされることはないが、自分は常にそれをめ、そこにあるものだと認識しているもの。それは物理的なものかもしれないが、経験や記憶によって付加されている要素があるため、物理学的な解釈での)現実に存在するものと一致するわけではない。

といったところだろうか。
※ もっと良い解釈があるかもしれないので、参考程度に捉えて欲しい。完璧な解釈は出来ないとも考えられるが…

非常に難解でイメージしづらい概念であるため、専門でないと理解は出来ないと思われる。なんとなくでいいだろう。
正直、編集者もよくは分かっていない。申し訳ないが、分かる人居たら修正・補してください。

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関連項目

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http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E5%AF%BE%E8%B1%A1a
ページ番号: 2843482 リビジョン番号: 995559
読み:タイショウアー
初版作成日: 09/04/18 22:54 ◆ 最終更新日: 10/12/03 23:56
編集内容についての説明/コメント: 今更ですがたまたま見てみたら追加してくれと書いてあったので。
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対象aについて語るスレ

9 : ななしのよっしん :2010/06/21(月) 20:48:41 ID: EWOywPtI5/
大体言わんとすることはわかったけど、引用文中の対象aの例に挙げられている糞便というのはどうも欲望の原因とは似つかわしくないように思うがどうだろうか
10 : ななしのよっしん :2010/07/22(木) 21:59:32 ID: PEFcwmyRbV
>>8
そんな感じかな
少なくとも合ってると思うよ

>>9
それはここで言われても仕方ないかと
説明文中にリンクのあるhttp://aburax.blog80.fc2.com/blog-entry-81.htmlの後半に入ったくらいに解説が書いてある
まずはそこを読んでくるといいいんじゃないかな
11 : ななしのよっしん :2010/08/25(水) 12:45:48 ID: hZgxtkAR1r
ェ・・・
12 : ななしのよっしん :2010/11/08(月) 05:00:40 ID: S/7AKyvp5R
対象aの代理作用について書き記しておきます。
あくまでも個人的解釈なので参考になれば幸いです。

まなざしを例に挙げると、
体が、何かに見られているという感覚を得たのは
自意識が代理作用を果たしたことに因ると考えます。
この場合、まなざしをめる動的欲
見られているという受動に変換され感覚として喚起されたのではないでしょうか。
期待をさせておきながら、しかし対は不在なので
に映った自分に虚感を覚えるわけです。

わたしは、何かあると感じたので手を伸ばしたが、そこには何もなかった。」
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
13 : ななしのよっしん :2011/03/14(月) 00:42:51 ID: wPWff+A9AC
対象aというのは、欲望の原因のことです。
人間は、無な状態でこの世に生まれ、その後に自己のイメージや、言を獲得していくわけです。
しかし、自己イメージというのは直接は与えられません。を通じてか、あるいは他者を通じて「示される」わけです。
したがってそのイメージは必然的に、「反転している(あるいはめられている)」のです。
しかし人間はその不確かなイメージを「自己だ」と思って取り込むしかない。だから取り入れてしまう。
言葉にしても同じです。言葉現実をうまく言い表せません。なぜなら言葉には、つねにダブルインドな性質が宿るからです。
たとえば、他人の「私はあなたのことが好きである」という言葉は、かもしれないし、なんらかのかもしれない。
には、そういう不確実さが伴うわけです。それでも人間は、成長の過程においてそのような言葉を話さないといけない。

対象aというのは、そんな「反転したイメージ」と「性質上不確実な言」の交点に生じます。
人間は成長の段階でこれらの不確かなツールを取り入れたことによって、なんだかうまく表現できないけれども、どうもこの世界に違和感を抱くようになるわけです。
の向こうに、論理的には「の自己」があるはずなんだけれども、それとは出会えず、言の向こうに「真理」があるはずなんだけれども、そこには到達できない。と言との出会いは、真理現実を「決して到達できない彼」に放り投げてしまうわけです。
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
14 : ななしのよっしん :2011/05/19(木) 12:04:44 ID: dS/qK6pgpf
みんなの説明とかを聞いてると、つまりはあれなの?J-POP歌詞なんかで異常なほどに探され続けている「何か」ってことなんじゃないの?ねえ、そういうことなの?
15 : ななしのよっしん :2011/06/23(木) 14:49:41 ID: JK2+rKZr86
ひよこだか何だか忘れたけど
最初に見た動くものを自分の親だと思い込むあのインプリンティングなんかもこれにリンクする現?

>>8ならも似た経験がある
元カノいたんだけど、自然消滅して。それでもやっぱその時の彼女(性格にはそのイメージ)に時々会いたくなって。当然そのイメージの大本はその子本人なんだけど、追いめてるそれはただの夢というか、なんというか。

ああしかし不思議だ
ここにはいないわけだ
他人とか他の物とか、確実なものだとしたらを見ないと自分がそこにいるってわからない
「あなたは○○っていうのよ」そういえばそういわれなかったら「の名前は○○です」といつまでも言えないわけだしな
私が思う私はそこにいるわけじゃない、いつも「他のところ」にいるわけだ
言い換えれば「私は私のいないところで考えている」と?
16 : ななしのよっしん :2011/08/30(火) 01:26:50 ID: ufXn3gYbxm
自分を含めた他者じゃないのか
17 : ななしのよっしん :2011/11/10(木) 11:48:12 ID: hZgxtkAR1r
新宮一成のラカン本は、黄金比とか言ってるアレで本当に最悪だからやめとけよ。
日本人が書いたものなら
作田啓一 生の欲動―経症から倒錯へ
がいいよ。
18 : ななしのよっしん :2012/03/01(木) 20:01:00 ID: ZPg5PlFG/C
アッー!
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