小椋真介とは、福岡ソフトバンクホークスに所属する雁ノ巣の妖精(投手)。左投左打、背番号16。
概要
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156km/hを記録したこともある夢の剛速球サウスポー。そしてノーコン。
松坂世代のひとり。98年のドラフト3位で福岡ダイエーホークスに入団。同期入団に吉本亮、水田章雄がいる。
入団当初は「松坂世代No.1左腕」と呼ばれ、左のローテーション候補として大きな期待を寄せられていたが、目の覚めるようなストレートの一方で、制球難に加えて使える変化球が無く、さらに故障もあって二軍暮らしが続く。毎年契約更改のたびに「今年は背水の陣」と言われながらも一軍登板のほとんど無いまま残留し続け、同期の吉本亮とともに二軍の帝王……というか雁ノ巣の妖精と化していった。
しかし2007年、二軍の守護神となり好成績をあげると5年振りに一軍登板を果たす。そして2008年にはプロ入り10年目にして初勝利を挙げると、ルーキーの久米勇紀、新外国人のD.J.ホールトンとともに一時は勝利の方程式の一角を担うなどブレイクを果たした……かに見えたが、夏場に盛大に失速して二軍落ち。29試合で3勝1セーブ6ホールドを挙げるが防御率は5.40に終わった。
2009年は同じ力投タイプの左の中継ぎである神内靖が故障から復活したため二軍暮らしが続き、一軍では一度登板したものの打者5人に被安打2四球3、一死も取れずに降板。防御率∞でシーズンを終えたが、貴重な左腕ということもあり貫禄の残留を果たす。
2010年は二軍で先発に転向し、4月24日のロッテ戦で2002年以来8年振りの先発登板。5回を投げて7四死球を出しながら被安打2、ロッテの拙攻にも助けられて1失点(自責0)に抑え、成瀬善久を相手に初の先発勝利を挙げる。5月1日は再び成瀬との対戦となり、3本の本塁打を浴びたものの全てソロで6回3失点にまとめ、打線の援護も受けて先発2連勝。以降、無援護や後続に勝ちを消されたりで勝ち星こそ伸びなかったが先発ローテに定着し、シーズン終盤まで投げ続けた。最終的には防御率5.29で4勝8敗と、優勝チームのローテ投手としては少々アレな成績ではあったものの、12年目にして初めてほぼ一年を通して一軍に定着し、手薄な先発陣の一角として奮闘したシーズンとなった。ちなみに何故か先発時に限って攝津正が打ちこまれるパターンが多く、4回ほど攝津に勝ちを消されている。
2011年は若手の台頭で早々に先発ローテ争いに敗れ、左肘の故障も重なって手術。一軍どころか二軍・三軍でもほとんど登板することができなかった。さすがに厳しいかと思われたが貫禄の残留。オフには移籍してきた帆足和幸に背番号11を奪われ、背番号16になった。
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関連項目
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読み:オグラシンスケ
初版作成日: 10/05/01 18:46 ◆ 最終更新日: 12/02/20 16:31
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