単語記事: 少年法

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少年法とは、日本法律の一つである。

概要

少年というが少女も対である。

簡単に言えば少年少女刑事事件に関する刑法刑事訴訟法。

少年少女の更生の可性を考えて成人とは異なる刑、処分を下し、また少年に向けた特別な手続を定めた法である。

具体的には保護観察や少年院送致、実名報道を避ける努義務(強制ではない)、刑の減刑(18歳未満の者は死刑にならない)などがある。

議論 

ぶっちゃけ精神障害者の免責(刑法39条)と並んで評判の悪い法律である。止すべきというも多い。

理由は被者の感情、また死刑にならないことで少年少女悪事件を起こす、(ようするに犯罪の低年齢化)そうでなくても保護処分など軽い処分のせいで図に乗るという意見が多い。実名報道死刑は科すべきであるというわけである。

その一方で少年少女の責任の問題から維持すべきという意見もある。これはどういうことかというと、「少年大人と同じ罰を与える=大人と同じ責任があると判断する」ことを意味するから、例えば少年自動車運転免許選挙権を与えても良いことになるし、性風俗に走っても自己責任として片付けられ、守られなくなってしまう恐れがあるからである。「少年に対し大人と同様の刑罰を負う義務だけを与え権利を与えないことは人上あってはならないことである」という観点から、少年法を支持する者も居る。

また、成人の場合は刑法で定める犯罪に当たらない限り処罰することは許されないが、少年法の場合犯罪ではない非行(など)でも補導や裁での審判・保護観察が出来る。少年法止されると却って非行少年が野放し状態になってしまう。

量刑相場から見ても、成人なら執行猶予となり社会復帰できる件も、少年であるがゆえに少年院に送致され一定期間社会から隔離されるケースも多い。ゆえに「少年法があるから非行少年が図に乗って犯罪を犯すというは誤りである」とする意見もある。


いずれにしても、犯罪を犯した場合は大人と同じ刑罰を科し、その一方で権利に関しては「子供だから」という理由で制限を課すことは大人少年に対してダブルスタンダードを強いることを意味するものであり、憲法が保障する法の下の等に反する可性が高い。


また少年に対し事件や事故の責任を大人と同じ重さで負わせるということは、同時に親の監督責任を全否定することを意味するものであり(子供も大人と同じ責任=子供も1人の人間=親や周りの大人に責任はない、という理屈になる)、少年・子供にとって過酷な(=大人に都合の良い)社会が形成されてしまい、子供の未来に閉塞感を与えてしまうことが懸念されることなどから、少年大人と同じ罪の責任を被せることは好ましくないと言わざるを得ない。現在刑事裁判においては、社会復帰後の犯罪者の更生については本人の努にほぼ丸投げされており、社会経験に乏しい少年に対して同じことを行うならば、放り出された少年が更なる罪を重ねることにもつながってしまう。

実名報道の禁止に関しては少年法61条が根拠とされているが、それ以前に同法第1条の条文を読み解くと、少年といえど悪犯は非行の範疇外であると捉えることもできる。ゆえに61条の規定や人権にする弁護士らを恐れて萎縮し、あらゆる少年犯罪の実名報道自粛するマスコミ自体を非難するも挙がっている。

死亡者が1人の殺人罪や交通死亡事故などの重過失致死罪のように、大人であっても死刑にならないか、死刑となる可性が極めて低い犯罪に対し有期刑が下された場合も少年法のせいにするがよく挙がる。確かに少年の場合刑が大人よりも1段階軽くなるのが相場と言われているが、死刑々の話となるとそもそもが筋違いな大人でも死刑にならない=刑法による刑罰の重さの問題)になってしまうのであり、少年法とは別の問題として捉える必要がある(→死刑存廃問題の項も参照)。

ちなみに「18歳未満少年死刑を適用することが出来ない理由は少年法があるからである」というのは誤解である。少年法にもそのような規定はある(少年法51条)が、実質的にこれを禁じているのは「児童の権利に関する条約」という際法の方である。この条約では第1条で18歳未満の者を「児童」と規定し、第37条で児童の死刑及び終身刑を禁じているほか、第3940条においても少年犯罪者に対し相応の配慮がされるよう事細かく書かれている。日本国憲法では憲法を例外として一度批准した際法は内法に優越するとされており、仮に少年法を撤しても児童の権利に関する条約が適用され、死刑は禁止されることとなる。

この条約に批准している国家196193である。もしこの条約を破棄したり、例えば少年に対する死刑の執行を可にするため第37条aを留保するなど、条約の理念に反する形で留保をしたりすれば、社会における日本の立場がどうなってしまうかは想像に難くないであろう。…ただ、批准していない3カのうちの1つにアメリカ合衆国が含まれているのだが(一応署名はしている)。

仮に少年法を撤したところで、(18歳以上の者についてはともかくとして)犯行当時18歳未満であった者に死刑刑・適用することは際法違反の観点から到底不可能であることは現実として受け入れておかねばならない。

このように、少年法はとかく誤解に基づいた批判を受けることが多い。一部には、誤解に基づいて少年法を感情的に批判するが、少年法そのものより少年犯罪を増やしているのではないかという摘すら存在している。

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読み:ショウネンホウ
初版作成日: 16/02/10 00:10 ◆ 最終更新日: 16/10/24 11:00
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少年法について語るスレ

569 : ななしのよっしん :2017/07/15(土) 08:48:42 ID: YQwh2kRE0Y
だからと言って被者感情を蔑ろにしたら「それ本気で言ってんの?被者の気持ちを考えろ!」と罵倒される羽に。
570 : ななしのよっしん :2017/07/16(日) 15:39:07 ID: 90YWpCc8HJ
オレも刑罰に被者感情は要らないと思う。
犯罪に関しては同一条件同一処罰が大原則。
者感情が強ければ厳罰、そうでなければ情状酌量とかだと
感情に左右されて処罰の性が損なわれてしまう。

加えて少年の場発達・成長途上にあり、周囲の大人の影視できない。
一定の年齢を基準に減刑・保護しているのはそのため。
571 : ななしのよっしん :2017/07/16(日) 20:47:31 ID: qYdX9MYz0O
の場合は被者感情関係なく死刑死刑、重罪は重罪ってことだから
死刑、厳罰化そのものに反対な人とはまた相いれない考え方だな
572 : ななしのよっしん :2017/07/16(日) 21:03:37 ID: psiN/Pk+4J
過去ログでも話してきた通り、私は死刑や厳罰化については存置すべきと考えています。
で、刑罰については性の観点から被者感情ではなく同一条件・処罰が妥当。
しかし、少年法については止すべきではないし、年齢制限の引き下げや検察への逆送致等にみられる
厳罰化は既に整備されているとも考える。何より、少年犯罪の総数は質と量ともに良化傾向にある。
573 : ななしのよっしん :2017/07/17(月) 10:46:15 ID: 9hjf6cP1Un
別にどうしても厳罰化とかそういう事をしなければならない事情があるのならば私はそれを受け入れるつもりです
しかし再三言ってる通り、刑事政策の運用においては謙抑義が過去の反からつきものなわけでありまして、刑罰は必要最低限でかつやむを得ない時にのみ執行できるという大前提のもとそれに足る、つまり裏付けられるだけの社会背景や犯罪の統計などがでているのかどうかということを問うてるのです
少年犯罪の量が少子化を鑑みても減少してる現状において厳罰化を行うことは謙抑義の観点からして宜しくないのは明らかです。だから私は厳罰化には反対なんです
者感情を考慮する必要はさほどないっていうのもありますが、私はにこの観点からですね……。過去警察国家が犯してきた過ちを起こさないためには謙抑義を堅持することこそが肝要かなと思うので
574 : ななしのよっしん :2017/07/17(月) 13:03:29 ID: qYdX9MYz0O
最低限の刑罰か、それがどういうものかはわからないけど
たぶん自分の考える罪に相応しい罰とは違うんだろうね
575 : ななしのよっしん :2017/07/20(木) 00:12:30 ID: 90YWpCc8HJ
オレも刑罰の重さを言えば、現状の刑罰が概ね妥当と思う。
少年法の規定についても、18~19歳の保護規定がどうかという点を除けば妥当だと思います。

ネットによく居る、すぐ死刑、厳罰を唱える人は
過去警察国家が犯してきた過ちというものが頭にないんだよね。
とにかく、被者や被者遺族が浮かばれる処罰あるのみ、それしか思っていない。
そこで国家に根拠のない期待を意識にめてしまうんだよね。
国家がこうだったらいいな、という内にある国家という名の正義の味方
国家内で勝手に美化されてるんですよ。

で、別件のニュース警察の不祥事が取り沙汰されたら警察ダブスタ
これでは、話にならないと思います。
576 : ななしのよっしん :2017/07/20(木) 19:16:10 ID: qYdX9MYz0O
国家の美化といえば正に自分はそのパターンかもな
どんな不正や腐敗があろうが警察の存在・必要性は否定しない
論間違いは正して言っていくべきだとは思うけど
警察は敵だ」って認識は持たないかな
577 : ななしのよっしん :2017/07/21(金) 14:13:30 ID: 9hjf6cP1Un
そもそも刑法刑事訴訟法は法なんですよ
これらの法律権者を民とするなら、民が国家約束させた条項なんです。民法のような個人対個人の法律とは性質が異なるんです。
即ち原則でいうなら私人に過ぎない被者遺族がこれに全に介在してしまうこと自体が間違いなんです。遺族(被者)は刑事においては一利関係者に過ぎず、判決においてもあくまで参考材料程度にとどめねばならないんです。それが法治国家なんですから。
確かに被者や遺族の方々は加者に大変なに遭わされて念でしょう。復讐したい気持ちもあるのでしょう。それは痛いほどよくわかります。しかし法治国家に生きている以上、法律に縛られてしまうのはやむを得ないことです。
残念ながら法治国家で一番重視しなければならないのは社会秩序の維持である以上、それに基づいた刑罰で満足できないのならば諦めるか、民事で搾り取るか、はたまた政治家になって法律を変えるかしかないんです。弊があるかもしれませんが、被者の報復感情の充足のために他の穏に暮らしている大多数の民の安寧を犠牲にするわけにはいかないんですよ。
(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
578 : ななしのよっしん :2017/07/21(金) 14:22:57 ID: 9hjf6cP1Un
たかが一つや二つの判決が重くなったところで……などというかもしれませんがは判例義です。一つでもそういう法律の本来の的に逸脱した被者感情に寄ったイレギュラーな判決が高裁、もしくは最高裁で下ってしまえば崩を打って他の裁判もそれに倣うことになるでしょう。
しかし、そうなればいよいよこのは法治国家として終焉を迎え、被者の口一つで刑罰が決まりかねないまさに人治国家になりかねません。そうなったには法の性は失われ、それはやがて検察、警察へと下り、最終的には民の安寧すら脅かされる事態にへとやがてはなっていくのです。
今でも検察と裁判所はズブズブだなどと言われるかもしれませんが、裁判員裁判の死刑判決が高裁で覆されるという事が起こっているならばまだこのは法治国家としての体を守っていると思います。これを堅持していくには法原則に立ち返って慎重に判決を下していくのが何よりも大事なことではないかと思うのです。

連投失礼しました。
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