岩瀬仁紀とは、プロ野球・中日ドラゴンズに所属する死神・岩、地面タイプのポケモンである。左投左打、背番号13。
概要
抜群の制球力と驚異的な切れ味のスライダーを駆使し、9回を淡々と3人で終わらせていく様は「ジェノサイド」と言われ、背番号13とかけて死神(DEATH13)と呼ばれる球界を代表する抑え投手。
怪我にも強く、長期に渡って故障で戦線離脱したことは一度もない。通算セーブ数NPB歴代1位(313セーブ。2011年終了時点)、プロ入り以来13年連続50試合以上登板(プロ野球記録、現在も継続中)、3年連続40セーブ(史上初)、7年連続30セーブ(プロ野球記録、現在も継続中)、シーズン46セーブ(歴代1位タイ)、通算救援登板数745試合(2011年終了時点。プロ野球記録)など、リリーフ投手としてプロ野球史上に残る大記録を多数持つ。タイトルも最優秀中継ぎ投手3度、最多セーブ4度。2010年には通算250セーブを達成して名球会入りを果たした。
プロ入り後しばらくは中継ぎ投手、2004年からは抑えを務め続けているリリーフ一筋の鉄腕(2000年に一度だけ先発登板がある)。その活躍で従来評価の低かった中継ぎ投手についての認識を塗り替えた存在である。
現在、推定年俸4億3000万円の4年契約中。ダルビッシュ有が2010年オフに5億円プレイヤーになるまでは日本人投手の球界最高年俸選手だった。
愛知大学時代は外野手兼任であり、通算安打数でリーグ歴代2位の数字を記録していたりする。リリーフ投手のため打席に立つ機会は非常に少ないが、通算打率は2割を超えている。川上憲伸のようなスラッガータイプではなく巧打者タイプで、まだホームランは無い。
球界を代表する投手でありながら、グラウンド外では全くそれらしいオーラが無いことでも知られ、川上憲伸のマネージャーと間違われたこともあるという。ちなみに酒は体質的に全く飲めない。
球歴
西尾東高校、愛知大学、NTT東海を経て1998年のドラフト会議で中日を逆指名しドラフト2位で入団。ドラフトの同期には福留孝介(現インディアンス)、小笠原孝、蔵本英智(英智)がおり、かなりの当たり年と言えるドラフトであった。
1999年、ルーキーイヤーからセットアッパーとして大活躍。65試合に登板して防御率1.57、10勝を挙げ最優秀中継ぎ投手を受賞。この年のリーグ優勝に大きく貢献したが、同じくルーキーで20勝を挙げた上原浩治がいたため新人王はならなかった。
以後、2003年まで左のセットアッパーとして奮闘。この間、毎年50~65試合に登板しながら2001年以外は防御率1点台という驚異的な安定感を誇ったが、99年は宣銅烈、2000~2003年はエディ・ギャラードが守護神に座っていたため、クローザーとして起用されることはほとんど無かった。この間、3度の最優秀中継ぎ投手を受賞。
2004年、前年のシーズン中にギャラードが退団したこともあって、新監督の落合博満から新守護神に指名される。が、この年は開幕前に風呂場で転んで故障、その影響で前半戦は不調が続く。それでも22セーブを挙げ、5年ぶりのリーグ制覇に貢献した。
2005年からは不動のクローザーとして君臨。2005年には佐々木主浩の持つ記録を塗りかえる46セーブ、翌年も40セーブを挙げて2年連続の最多セーブに輝く。2007年はシーズン中盤から打ち込まれる場面が増えたが、クライマックスシリーズは4連投で突破に貢献、日本ハムとの日本シリーズでは第5戦において8回までパーフェクトを続けていた山井大介の後を受け、9回を3人で抑え史上初の継投での完全試合を達成(ちなみに参考記録)。53年振りの日本一の胴上げ投手となる。
2008年も前年に続いてやや苦しむ場面が多く見られた。また北京五輪では不調であるのが明らかにも関わらず星野仙一監督が起用にこだわったため、日本代表が喫した5敗のうち3敗を岩瀬が占めることになる。シーズンでも36セーブを挙げたものの防御率は2.94と、前年の2.44に続いてプロ入り以来初めて2年続けて防御率2点以上となった。これによってそれまで通算で1点台だった防御率が2点台になってしまった。2009年は41セーブを挙げ、3年ぶり3度目のセーブ王を獲得。
2010年6月16日の日本ハム戦で史上3人目となる通算250セーブを達成。高津臣吾、佐々木主浩に続いて史上3人目のリリーフでの名球会入り資格を得た。シーズンでも42セーブを挙げ2年連続4度目のセーブ王を獲得したが、シーズン終盤には「最後の1イニング」ではなく「最後の1・2アウト」を任されることが多くなった。日本シリーズでも高橋聡文が9回2アウトまで取ってから最後の1アウトのために登板する場面があり、以前ほどの絶対的な信頼を置かれる立場では無くなっている。
守護神の座を守れるか正念場のシーズンとして迎えた2011年は、序盤は「失点しても失敗はしない」投球でセーブを重ね、6月12日の楽天戦で高津臣吾の日本記録通算286セーブに並ぶ。そして6月16日のソフトバンク戦でセーブを挙げ、通算287セーブで日本新記録、歴代1位となった。後半戦は調子を上げ安定感を取り戻し、9月3日の広島戦で通算300セーブを達成。最終的に37セーブ、防御率1.48で2006年以来の1点台もマークした。
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読み:イワセヒトキ
初版作成日: 09/01/22 16:17 ◆ 最終更新日: 11/11/17 04:30
編集内容についての説明/コメント: 2011年とか加筆修正
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