嶋基宏とは、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手である。
概要
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中京大中京高、國學院大學を経て2006年大学・社会人ドラフト3巡目で楽天に入団。
中学時代は野球部主将で生徒会役員、成績オール5という優等生。高校、大学でも主将を務めたリーダー適性抜群の人材であり、捕手には頭の回転も必要であると考える当時の監督野村克也に見いだされる。
最大の売りは強肩と正確なスローイング。1年目には盗塁阻止率リーグ2位、2年目もリーグ3位を記録している。一方で捕球にやや難があり、肝心な場面でパスボールを犯し失点したりピンチを広げることがしばしば。リードは割と強気に攻めるが返り討ちに遭うことも多い。
捕手としては珍しく俊足で、セーフティバントや盗塁を決めるシーンがしばしば見られる。打撃自体はあまり得意ではなく右打ちと小技で伏兵的な活躍をしていたが2010年には突如打撃覚醒し打率3割台を成し遂げるなど打撃面での飛躍も期待される。
2007年はルーキーながら積極的に起用され、藤井彰人らと正捕手の座を争い、125試合に出場。打率1割台だったがなぜかちゃっかりオールスターに出場したりもした。2008年は打撃は少し改善されたものの藤井彰人や井野卓の台頭などにより、出場機会が減少。
2009年シーズン前半戦は実質的な正捕手になり、藤井彰人から岩隈久志の正妻の座も奪ったものの、今度は中谷仁の台頭によってレギュラー定着は至らなかった。
ところが2010年に突然打撃が覚醒。3割をキープしオールスターにも出場。終盤は2番を打つこともあった。最終的に打率.315をマーク、パ・リーグの捕手では2005年の城島健司以来の打率3割を記録した。一方守備は悪化。ライバルの負傷もありベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得したが、今までとは打って変わって守備に課題を残すシーズンとなった。
2011年は選手会長を引き受けシーズンを牽引していく役割を与えられたが、ペナントレース開幕を控えた矢先に東日本大震災が発生。ホームグラウンドである宮城・仙台のみならず東北全域が壊滅的な被害をこうむることとなる。結果、被災地のプロ球団である楽天イーグルスは野球の成績のみならず注目を集めることとなり、その中心には選手会長として息を吐く嶋があった。後述のチャリティーマッチでのスピーチをはじめ、楽天の代表としての重責が特に重くのしかかり、不本意ながら嶋本人の知名度も「野球以外の部分で」上がってしまった。
そのような事情もあり打撃成績は去年の三割到達には遠く及ばず、ストレスで円形脱毛症を発症するなど不振に喘ぐ。更に、そんな成績であるにもかかわらずオールスターゲームには前述のような「時の人」扱いもありトップクラスの得票数を集めて選出。嶋自身もそれを複雑に受け止めていた。
その後、シーズン終盤に行くにつれて調子を若干ながら回復したが最終的には打率.229、本塁打2本、失策数11(パリーグ捕手最多)という不本意な成績に終わってしまうが、その一方でこの年沢村賞を受賞した田中将大の女房役として最優秀バッテリー賞を受賞するなど成績こそ不本意ではあれ、実りもあったシーズンとなった。
嶋をプロの世界で開花させたのは入団当時の監督、ノムさんこと野村克也であった。
配球の根拠などを問い、常に傍に置かれて野村流の英才教育を施される姿はいつしか「説教」と呼ばれるようになり、ファンに定着していった。公開説教とも言えるそれはリードして打たれたときのみならず、上手く抑えようが、さらにはベンチ入りスタートでも行われ、結果それは嶋に野村流のキャッチャー論を刷り込むことになった。
東日本大震災を受けて 選手会長として
2011年3月11日、楽天の地元・仙台を含む東日本の広い範囲で未曽有の大震災が発生。
後に東日本大震災と呼ばれる地震や津波がもたらした甚大な被害は楽天の本拠地Kスタも例外ではなく、多大な被害をこうむってしまう。
その後、予定されていた3月25日開幕が延期となり、楽天は4月2日、3日に日本ハムとチャリティーマッチに挑むことになり、その際に行われた、嶋のスピーチはメディア各方面で取り上げられた。
※スピーチ全文はこちら
この中でも語られる
という言葉には、野球人として、被災地の希望を背負って戦っていこうとする嶋をはじめとした楽天の選手達だけではなく野球に携わる選手、関係者、そしてファンの決意が込められたフレーズであった。
そしてその言葉通り、嶋は4月12日に行われた千葉ロッテとの開幕戦にて捕球ミスで1点献上するものの逆転3ランホームランを放ち、そこから更にベテラン達の猛攻をはじめとする全員野球で、楽天は東北の被災者へ開幕勝利を届けた。それはまさに「野球の底力」を楽天選手が一丸となって体現したものであった。
シーズン終わりにどうしてこうなったとは書かせないでくれよ・・・w
と書いてしまったら嶋の本塁打はこれを含めて二本という結果になってしまった。が、記録よりも記憶に残るホームランであったのは間違いないだろう。
東北のファンのためにも、来年はさらなる飛躍を目指して底力を見せて欲しい。
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関連項目
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読み:シマモトヒロ
初版作成日: 08/07/23 18:06 ◆ 最終更新日: 12/04/19 12:32
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