単語記事: 戦列歩兵

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戦列歩兵とは、近世ヨーロッパマスケット銃銃剣で武装し隊列を組んで戦った歩兵部隊である。

概要

整然と隊列を組み、煌びやかな軍服を身にい、太鼓の音にあわせて行軍する姿は、ロマンティックに満ち溢れている。

が、残念ながら日本ではなじみが薄い。

基本的な戦い方

  1. マスケット銃に弾を装てんし、ユーキャンのテーマにあわせて行進する。
  2. 射撃位置までひたすら前進、死傷者がでてもすかさず前に出て隊列を整える 
  3. 射撃位置に付いたら射撃>装てん>射撃を繰り返す
  4. 敵がチキンレースに負けて隊列が乱れたら銃剣兵戦に移行する

これを砲兵騎兵等が支援したりする。

↓大体こんな感じ。

銃で撃たれてるのに密集して歩くとか馬鹿なの?死ぬの?

当時の銃の性能が今じゃ考えられないほどひどかった

当時の口から丸い弾を入れる前装式で、十分に訓練されていなければ一分に一発打てればいい方。しかも丸い弾が身内をゴロゴロ転がってしまう構造であるため、距離50Mで撃って当たるかあたらないか。不発もかなり多い。(信頼性にかけるため縦隊は3列が基本だった)とどのつまり射撃だけでは兵戦を封殺できなかったのだ。散開状態では兵戦に持ち込まれてあっという間に蹴散らされてしまう事情があった。でも、しっかりと銃剣を着け密集隊形をとっていれば騎兵の突撃にすら耐える事が出来た。因みに密集隊形による兵戦は洋の東西を問わず、古代重装歩兵の時代から中世封建騎士・・・近世初期の戦国時代足軽に、近代戦列歩兵ナポレオンあたりの時代まで)ずっと歩兵運用の基本であった。

ただ、史料の発掘により、当時のも思われているほど命中率が低くない事が判明した。

プロシア軍が行った研究によると、400mの距離で発射した弾は10%の命中率を誇り、200mで25%60mにもなると50%が命中したと書かれている。

攻撃側が400mの距離から歩いて来る場合を考えてみると、約6回の射撃のチャンスがある事がわかる。この六回の射撃はそれぞれ10、12%20252560の命中率を示すことがわかる。合計すると152という数字が出る。これは、攻撃側が被害を受けないという前提で約1.5倍の敵を殺傷できるということである。つまり、敵側がよほどの数的優位を持っていない限り、射撃で兵を封殺することもできたのである。

この事を解かりやすく説明すると

最初に100人敵がいるとして:
1回の射撃(命中率10%)で、10人斃れる。残り100-10=90
2回の射撃(命中率12%)で、11人斃れる。残り90-11=79
3回の射撃(命中率20%)で、16人斃れる。残り79-16=63
4回の射撃(命中率25%)で、16人斃れる。残り63-16=47人
5回の射撃(命中率25%)で、12人斃れる。残り47-12=35
6回の射撃(命中率60%)で、21人斃れる。残り35-21=14人

ではく、

味方が100人が射撃すると考えて:
1回の射撃(命中率10%)で、10人に命中
2回の射撃(命中率12%)で、12人に命中
3回の射撃(命中率20%)で、20人に命中
4回の射撃(命中率25%)で、25人に命中
5回の射撃(命中率25%)で、25人に命中
6回の射撃(命中率60%)で、60人に命中 
射撃側の被害を考えなければ、2発撃たれた人もいるだろうが、のべ152人に命中する

ということである(掲示板>>50を参考に作成)

ただ、これは歩兵の場合で、騎兵相手の場合、射撃チャンスは一度きり、しかも重列で突撃してくる騎兵の二列以降はどうあがいても阻止できず、方を組めない散開戦術ではされることが明であった。

(ただ、この数値の英訳では1ペースPace60cm)という注釈がついているが、数字的に1ペスPes(30cm)のほうが妥当である。その場合、数値は半分で合計命中率も85でしかない)

当時の兵士の質がひどかった

当時は理やり集められた民や犯罪者の寄せ集めで厳しく見る必要があった。

どれほど厳罰化しても戦わなかったり逃げ出したりする兵が後を絶たなかった。

組織的に散開戦術を取れるのは猟兵などの一部のエリート部隊だけだったのである。

盾もってくとか鎧を着ればよかったんじゃね?

当時のは命中率は低かったとはいえ、威は十分以上にあった。

均的なマスケット30ラムの弾丸を秒速400メートルで打ち出すことができた。

これから弾の運動エネルギーを測定すると約2600ジュールと言う回答が出る。

参考として現代の弾丸の運動エネルギーを上げてみると

5.56mm新NATO弾で約1700ジュール、デザートイーグルで有名な50AEマグナム弾で1900ジュール、旧Nato弾が3200ジュールとなっている。

また、Wikipediaによると新NATO弾は、600メートル距離にて3ミリメートルの鋼の装甲を貫けるほどの威をもっている。

こうしてみるとわかるが、当時の弾丸は決してで防げたようなものではなく、この弾を防ぐは人間が運べるサイズではなかった。(※ただし当時のマスケットは丸弾であるため、現代の弾よりもはるか空気抵抗の影を受け、射程も短く貫徹も低いことに留意する必要はある)

 

ただ、当時の騎兵は胸甲を着込むことがあったが、これは兵戦での意味合いが大きかった。また、ある程度はなれた距離では胸甲は防弾効果があったらしいが、その距離で命中すること自体、きわめてまれであった。

最初から白兵戦しかけりゃ脆そう

当時の軍隊にもそう考えた人々はいたが、実際に成功した例は極めて少ない。

まず、兵仕掛ける側が撃を受ける中、気にせず突き進むことができるほど高い士気が必要。もし十分な士気がなかった場合、相手に届く前に敗走する事になった。また、前述のプロシア軍の研究にあるように、兵側は接近までに大量の被害を出す恐れがあった。しかも、敵に到達したとしても約2メートルリーチを持つ銃剣との格闘戦が待っていた。上記の通り、戦列歩兵銃剣を装備していれば短兵として集団戦法が使えたのである。

ただ、戦列側も方を組めるほどの練度と敵が抜突撃してもひるまず応戦する士気が必要で、農村上がりにて徴兵より日数がたっていない兵士国士無双士の集まりと対峙した場合、戦列側が敗走する例がよく記録されている。

例としてはジャコバイトの乱初期のスコットランド軍とイングランド軍が上げられ、士気旺盛にて当時欧州最強士軍団であるハイランダーを有するスコットランド軍がそこらへんの農民を強制徴発して編成したイングランド戦列部隊を木っ端微に打ち破った事がある。

ただ、ジャコバイトの乱も中盤あたりにはイングランドの熟練した農村上がりの戦列部隊に敵わなくなり、連敗することとなった。

また、日本でも類似の例がある、西南戦争初期、士族側の抜突撃は官軍に対し猛威を振るった。しかし、後期になるにつれ農民上がりの兵士が円を組む事を編み出し、撃退した。

弓とかのほうが射撃戦強そう

当時の時点では射撃戦では兵のほうが強いのは知れた事実であったが、兵は兵戦に持ってこられると弱かった。さらに、兵の育成には時間がかかり、維持費も馬鹿にならなかった為、イングランド以外は期に兵へと兵科を移していた。しかも、戦列は短期の訓練で実践配備でき、兵などとは使い勝手がべ物にならなかったのである。

戦列歩兵の終焉

弾幕から鉄の暴風へ

産業革命が起こり武器の威恐竜進化を遂げた。
ライフルとなり旧来のの射程がせいぜい200M程度であったのに対し、一気に800M先の敵を打ち倒せるまでになった。
大砲鉄球を高速で転がすようなものから爆発し破片を撒き散らす榴弾に取って代わった。
駐退機が発明され撃った後でもいちいち照準を合わせ直さなくても良くなった。
こうして火力が著しく向上した結果従来のように戦場で隊列を組むのは自殺行為となり戦列歩兵は姿を消した。
やがて機関銃が発明され塹壕戦へと移行するのである。

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読み:センレツホヘイ
初版作成日: 09/10/06 15:20 ◆ 最終更新日: 16/01/31 20:40
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戦列歩兵について語るスレ

286 : ななしのよっしん :2017/11/28(火) 06:55:21 ID: 94qDpi3kC4
何で日本じゃ戦列歩兵は流行らなかったんだ? 見る限り戦列歩兵は一定の時代まではどのでも絶対にやらなきゃいけないレベルの戦術に見えるんだが
287 : ななしのよっしん :2017/12/02(土) 15:20:41 ID: PrSFVaQ5SB
>>286
幕末に幕府陸軍が使ってた
けどこの時点での性が上がってたから戦列歩兵が時代遅れになってて、散兵を体とした討幕ボコボコにされた

戊辰戦争の敗因が戦列歩兵とかいう極端なこと言う人もいる
288 : ななしのよっしん :2017/12/05(火) 18:47:42 ID: W/NNYqaUVV
南北戦争物の映画みたいな横一列の列組んで行進するのやめたのっていつくらいなんだろ?
289 : ななしのよっしん :2017/12/08(金) 18:49:30 ID: yo028tbYZC
まさにその南北戦争頃から、ゲティバーグの戦いで大損を出すなどして評価が下がっていくな
290 : ななしのよっしん :2017/12/10(日) 02:20:02 ID: 94qDpi3kC4
>>287
ありがとう、だけどが想像してるのはもっと信長全盛期の時代とかなんだ
やっぱり種子島じゃ性悪すぎて戦列歩兵やる価値すらなかったのか?
291 : ななしのよっしん :2017/12/10(日) 05:25:59 ID: JydXIyrAy9
>>290
横入りで悪いけどその時代って硝石は輸入頼みだったはず
並べたくてもえられないから流行らなかっただけじゃないかな
292 : ななしのよっしん :2017/12/11(月) 14:04:25 ID: ZRqyfJFM3v
>>290
火縄銃は名前の通りマッチロック式な為、命中精度は高いが戦列歩兵みたいに密に形を組むと隣の兵が火傷しかねないってデメリットがある
あともしかしたらあと何十年か経ってたら戦列歩兵が出来てたかもしれないがその前に戦国の世が終わってしまったから戦術の良が成されなかったってのもある
293 : ななしのよっしん :2017/12/13(水) 08:43:52 ID: yo028tbYZC
>>290
その時代はヨーロッパでもテルシオとかが活躍してる時代だね
甲冑来た集団が兵を守らないと相手の騎兵りこみ隊の襲撃を防げなかった頃だ
歩兵集団を外から打ち崩す大砲が出るのも大阪の陣でようやくだし、性や地形的制約からまだまだ有効ではなかった
戦列歩兵世界植民地活用される程度に汎用性はあるから、戦乱が続けばいずれ江戸時代頃には日本戦列歩兵的な戦術に行きつくだろうと予想はできるが、戦国時代の「備」からどんな変遷を辿る事になるかは、相違要素が多くてにはすぐに答えられないな
294 : ななしのよっしん :2017/12/14(木) 00:09:15 ID: uafEx+/uEW
リントロックは火縄の管理という手間から解放された代わりに、
火打石と打ちがぶつかる衝撃で身がぶれて命中精度が低下する。
って何かで読んだな
295 : ななしのよっしん :2018/01/01(月) 18:38:09 ID: JrIrseuhdy
マスケット全盛期ライフルでの武装が許されていたのはの扱いに慣れてる猟場監視人だったと聞いてへー、ってなったよ。猟兵とはそう意味だったのかと納得した。

散兵戦をになう猟兵が一種のエリート兵科で、近代以降散兵戦体になっても名前だけエリートしとして残ったというのはおもしろい。いまじゃライフリングなんて当たり前だけど、それが重品だったりギルドで門外不出の扱いされていた時代があったとか、調べてみると色々興味深いことがみつかるもんだな
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