「攝津君でんわ~」
攝津正とは、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。右投右打、背番号50。SBM48の「S」。
苗字は「攝津」表記が正しいが、「攝」が旧字であるため新聞などでは「摂津」と表記される。
経歴
秋田県秋田市出身。JR東日本東北から、2008年のドラフト5位で指名され福岡ソフトバンクホークスに入団。それまでも何度もドラフト候補に挙げられながら見送られ続け、26歳、社会人8年目でのようやくのドラフト指名だった。
前年崩壊したリリーフ陣の立て直しが急務の中、オープン戦で11試合連続無失点を記録しセットアッパーに指名されると、抜群の制球力とマウンド度胸を発揮して好投。ロッテ戦で延長サヨナラ押し出し死球を与えたこともあったが、以後も動じることなくセットアッパーとして力投し、7回攝津、8回ファルケンボーグ、9回馬原のリレーは2009年ホークスの必勝パターンとして確立。親会社のソフトバンクモバイルにあやかって「SBM」と名付けられた。
ギリギリを狙う投球スタイルゆえか序盤はわりと四死球が多かったが、走者を出しても動じないマウンド度胸で踏ん張り続け、2009年オールスター、パ・リーグ中継ぎ部門でファン投票1位選出を果たす。シーズン後半はバテるどころか、さらに調子を上げ、オールスター後は28試合で僅か3失点。7/2には2.41だった防御率を最終的に1.47で終わらせ、パの新人記録となる70試合に登板、リーグ断トツの39ホールドポイントで最優秀中継ぎ投手と新人王を獲得した。
2年目の2010年は前年の疲労や2年目のジンクスが懸念されたが、相変わらずほぼ2試合に一度のハイペースで登板を重ねる。前年後半戦ほどの安定感は無かったものの、ブライアン・ファルケンボーグや馬原孝浩、甲藤啓介、森福允彦らと12球団最強のリリーフ陣を形勢。最終的には前年を上回る71試合に登板、防御率は2.30で4勝3敗38ホールド1セーブ、42HPを挙げ、ファルケンボーグと同率で2年連続の最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得した。ちなみに2年連続70試合登板はあの鉄腕・稲尾和久以来の記録である。オフの契約更改では1億円も提示されたが、「まだ早い」と9500万円で更改した。攝津△と言わざるを得ない。
2011年は、本人の登板過多の解消と、右の先発不足というチーム事情から先発に転向。開幕前の対外試合では31イニングで1失点と完璧だったが、初先発となった4月16日の西武戦では中村剛也に3ランを2発浴びるなどしてまさかの5回途中8失点KO。2試合目の4月24日ロッテ戦で8回3失点に抑え先発初勝利を挙げる。以降は持ち前の制球力とタフさで先発ローテーションの一角に定着。6月5日の広島戦でプロ初完封を達成、オールスターにも監督推薦で2年ぶりに出場。最終的に1年間ローテを守り抜き、26試合に先発、14勝8敗、防御率2.79と見事に先発転向成功。先発四本柱の一角として優勝に大きく貢献した。
同年、クライマックスシリーズでも第2戦で勝利投手。日本シリーズでは本拠地連敗で迎えた第3戦に先発して勝ち投手になると、第5戦に中1日で中継ぎ登板して好投。第7戦ではファルケンボーグのアクシデントで9回2アウトから最後のマウンドに上がり、細川亨(青森出身)との東北バッテリーで試合を締め、日本一の胴上げ投手になった。
人物
小さなテイクバックからストライクゾーンいっぱいにズバッと投げ込まれる140km/h台のストレートと、カーブ、スライダー、2種類のシンカーのコンビネーションで打者を打ち取る。特にリリーフ時代は140km/h台後半のストレートによる内外角いっぱい見逃し三振の山を築いた。先発転向後はやや球速を抑えている(平均140km/h前後)分、落ちるシンカーを決め球にすることも多い(詳しくない解説者にはフォークと間違えられることもある)。
何より最大の武器は、どんなピンチでも動じることのない鋼の心臓。その勇姿にホークスファンのハートを掴みすぎてみんなメロメロである。
リリーフ時代は2年間で141試合という、稀に見る登板過多っぷりによる疲労や故障が心配され、ファンは気が気でなかった。そんなファンの心配をよそに本人は登板間隔が空くと調子が狂うらしく、出番の無い日もブルペンでは投げていたらしい。2011年の日本シリーズ第5戦での中1日の中継ぎ登板も本人による志願登板だったそうで、酷使されてるというよりは重度の投げたがりである。
そのあたりの事情もあって前述の通り2011年からは先発に転向したが、先発でもブルペンで60~70球投げてからマウンドに上がり120球前後を平然と投げる鉄腕っぷりを見せている(初完封以降はさすがにブルペンでの球数を減らしたそうだが)。
趣味はダーツ。カウントアップ自己ベスト886点と腕前はかなりのもの。
座右の銘は「平常心」。武器の制球力とマウンド度胸の源はこれらであるらしい。
ダーツの他に釣りも趣味で、月刊ホークスの増刊号で特集されたことがある。
投球練習が終わった後軽くジャンプする仕草を見せるが、あれは本人曰く「肩の力を抜くため」とのこと。
何故か2010年は小椋真介の先発時に限って打ちこまれることが多く、2失点以上を喫した6試合のうち5試合が小椋の先発試合であり、うち4回で小椋の勝ち星を消し、攝津のシーズン3敗は全て小椋先発試合であった。極端なノーコンである小椋の荒れ球に目が慣れた打者には、制球の良すぎる攝津の球はかえって狙い打ちしやすいのではないかと言われることもあるが原因は定かでない。
愛称は「攝津様」「せっつん」。ホークスにとっては本当に神様仏様攝津様である。
入場曲はET-KINGの「ギフト」。リリーフ時代は、攝津の名前がコールされ「ギフト」が流れ出す瞬間の福岡ドームは大盛り上がりであった。2011年からは攝津専用アレンジバージョンが使われている。
Twitterをやっている
。真面目な性格と投げたがりを思わせる呟きが多い。
関連動画
関連項目
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読み:セッツタダシ
初版作成日: 09/07/09 15:41 ◆ 最終更新日: 11/11/29 02:06
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