単語記事: 文学

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もしかしてFate

え?違う?

概要

詳しい説明はWikipediaを参照してもらうとして、ここではかいつまんで説明していく。

 文学は言表現を利用した作品、あるいはそれを研究する学問(こっちは文芸学とも言うらしいが)をす。

文学(作品)

 前述の通り。たまに「『文』学なんだから文字を使った作品だけじゃないの?」と言われたりするが、口承でしか伝わっていないものも文学の中に含むのである。物語も元々は法師の口承による作品だしね。
また日記俳句、さらにはオペラとかライトノベルとかビジュアルノベルも、(上の定義に従えば)文学の範疇だったりする。このように文学す範囲はかなり広いので、別にある作品が文学であることはその作品の質が高いとか権威があるということとイコールではない。注意しよう。
 純文学大衆文学でしばしば議論が巻き起こったりするけど、個人的には純文学だろうが大衆文学だろうが面いものは面いし、つまらないものはつまらないわけで、 そんな区分けに意味いよなー、と思います。[要出典]純文学にあらずんば文学にあらず」とか「ハイカルチャー(笑)」などと読まず嫌いせず、どんな本でも読んでみるのが吉。青空文庫でも可。

文学(学問)

 学問としての文学もかなりす範囲が広いが、簡単にまとめるとすれば「特定の作品や作者を探したり、同じ時代の違う地域における作の違いを研究したりする」学問のことをす。ちなみに前者については作品論・作者論、後者については較文化学というらしい。他にも色々あるけど詳しくはググれ
 大学では、一つのや地域に焦点を当てて学科の分類がなされることも多い(例:日本文学科、フランス文学科、英文学科など)。当然だが、フランス文学専攻ならフランス語、英文学専攻なら英語が出来ることが必須となる。なぜなら、第三者によって日本語に訳された作品では訳者の意図や解釈が入り込んだり原文における言い回しが変わってしまい、研究に支障が出てきてしまうである。まあ文学研究者なら原文で読めて当然だよね!
 それを聞いて「なら日本文学なら日本語だから楽勝だぜw」と甘い考えを抱いている方がいるかもしれないが、そっちもそっちで古文漢文が出来ないと全くついていけないし、さらに言えば伊勢物語源氏物語のあらすじや百人一首の内容は全て覚えていて当然の世界だったりする。(いずれも古典世界における必須知識であるため)
仮に近現代に研究対を絞るにしても、作品によっては百人一首源氏物語から言い回しが引用されたり、作者古典文学に影を受けていたりするので結局やるはめになる。それでも外国語を勉強するよりは数倍楽だけどね!

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読み:ブンガク
初版作成日: 10/04/10 09:46 ◆ 最終更新日: 16/06/02 00:56
編集内容についての説明/コメント: 「関連項目」>「その他」に「フランス文学」を追加しました。
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文学について語るスレ

67 : ななしのよっしん :2016/07/22(金) 00:57:47 ID: nchzmsSAae
想像力が足りないよ
68 : ななしのよっしん :2016/08/01(月) 23:19:53 ID: Y7975KGdVB
文学って凄いよな、文学を読む人はアニメを見ても深遠な解釈ができるくらいだし
日本文化と言ったら文学であり文学的苦悩だと言える
どこまで日本人に広まっていくんだろう
69 : ななしのよっしん :2016/08/04(木) 23:06:52 ID: E9+DarjpY5
アニメ化していた想像文学になった」
文学って?」
「この想像によって、君の人生は以前よりもはるかに深い解釈を持ち、読書数も増えた」
「それはすごい! 何ができるんだろう!」
「私にもわからん」


文学博士本当に申し訳ない
70 : ななしのよっしん :2016/08/05(金) 06:05:30 ID: nchzmsSAae
ついに西川清史が謝罪したか、つーかよくあれを採用したな。
71 : ななしのよっしん :2016/08/05(金) 06:11:48 ID: wgN0xcmEQh
>>65すき
72 : ななしのよっしん :2016/08/23(火) 12:05:22 ID: RtyQSk4Kz6
人は何故文学…というか、ドラマなり映画なり漫画なりアニメなり、フィクションにハマるのか。さらに言えば何故妄想に耽るのかについての仮説。

人間がフィクションに傾倒する理由は、「ここじゃない世界」について思いを馳せるからである。

現実世界において、人間は過去の経験や体的限界社会的圧間的限界などにより強制的に存在を限定される。そして、そのような現実の生き辛さを感じ、そこから逃避したいと思ったとき、そこにフィクションの価値が現れてくる。

フィクション世界は、現実世界のように人間を拒絶することなく人間を受容する。そのため、フィクション世界に没入した人間は、現実世界が持つしがらみから離れて自由に違う世界を体験できるのである。今の自分ではない別の自分を体験できるということである。つまり、そこには別の自分に対する可性を見い出せるのである。

つまり、人がフィクションに傾倒する理由は、「いま、ここ」にいる自分とは違う存在、数々のしがらみでがんじがらめにされる現実世界とは違う「ここじゃない世界」を体験し、そこに今の自分とは違う別の可性を見い出したいからであると考えられるのである。

参考文献:『文学小野正嗣 2012 岩波書店 p.51~p.86

(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
73 : ななしのよっしん :2016/09/05(月) 01:39:09 ID: SHKqCB33SS
あのキャッチコピーね・・・。
余計な煽りだけが残念。
それはともかく、ニコ百って軍人とかの記事は充実してて面いのに、文壇に関しての記事がべるとえらく貧弱だよなあ・・・。
>>61が挙げてる文学史に残ってる作家でも記事ない人多いし、漱石とかも通り一遍でそんなに詳しくないし。
「(作品名)は○○」のテンプレは好きだけど、やっぱり「fateは文学」というテンプレアニメラノベゲームが近代以前の文学に取って代わったとみなきゃいけないのか。
どっちも好きな自分からすればなんか切ない。
74 : ななしのよっしん :2016/09/10(土) 16:55:14 ID: RtyQSk4Kz6
今更だけど、>>64は余計なキャッチコピーのせいで「文字で書かれた本だけが文学であり、文学は特別で至高の存在なのだ」とドヤりたいだけにしか見えなくなっているよな。今の文学部においては映画論や漫画論が研究の上にのぼるし、古代においては口承や演劇が重要な役割を果たしていた。

もっと言うと、自分は「文学」という言葉には「フィクション」という意味が少なからずこもっていて、文学とはフィクションと人間の関係を考察する学問でもあると思っている。
>>64から滲み出る、「アニメとは低俗なものである」「対して文学はどれほど高尚か!」というような態度は文学者のとっていい態度じゃないだろ。メディアの特性について考察することはあれ、メディアそのものに優劣をつけてはいけないんじゃないか。

文字で書かれた本だけが文学なのだ」という態度は、「文学」という言葉が持つ「ブランド性」を失いたくないという執着にしか見えないし、フィクションの効用を考えるには邪魔だと思う。
75 : ななしのよっしん :2016/09/10(土) 17:18:28 ID: GUdkIqqbin
>>74が言いたいこと形にしてくれたわ
文学の立場に立つ人間が率先して文学を貶めてる気がして々としていた
76 : ななしのよっしん :2016/09/23(金) 04:33:38 ID: V1VcposRQL
https://archive.is/pt0sR
https://www.jinsei-bungaku.jp/sp/
いつのまにかキャッチコピーがごっそり書き換えられていた

つー芥川賞作家円城塔とかが普通アニメ見たりアニメの脚本書いたりアニメ原作者やってたりするような昨今に文学アニメ対立煽りって時代錯誤にも程があるわ
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