概要
1994年(平成6年)4月末に退陣した羽田内閣の後に発足した、日本社会党と自由民主党・新党さきがけの連立による村山富市内閣を倒し、真の政界再編を起こすために野党らは新党構想を持ちあげる。そして同年12月に新生党・自由改革連合・日本新党・民社党(塚本三郎らを除く)・公明党の一部などが結集されて新進党が結党された。ちなみに当時の党首は自由改革連合の党首、海部俊樹だった。結党時、所属する国会議員は214人(衆院176人・参院38人)になり自民党に対抗できるかなり大きな政党になった。そして1996年の衆院選挙で政権交代を行うことを目指したのであった。
しかし多数の政党が寄り添って集まった政党であるためか支持基盤は非常に脆弱なものであった。1995年に党首が小沢一郎になって以降小沢グループと羽田グループの確執が生まれ出したり、旧公明党勢力が離脱したり、(解党の1年前に)羽田孜や細川護熙らが離党したりするなど、次第に党の地盤が崩壊していった。そして結局一回も政権交代を果たすことなく1997年(平成9年)12月27日、新進党は解党し6つの政党(自由党・国民の声・改革クラブ・黎明クラブ・新党平和・新党友愛)に分裂した。
ちなみに新進党議員の大半が(離党・政党の合併などを通じて)現在の民主党に合流している。
政治思想は中道保守・新保守主義。本部はかつて民社党本部として使われていた国際興業赤坂ビルに置かれた。(解党後自由党本部として使用された)
分裂後の6つの政党の行方
自由党
1998年1月6日に結党、政治的保守・新自由主義を掲げた政党であった。党首は小沢一郎。一時期自民党と連立を組んだ末に自由党と保守党(後に保守新党・保守クラブと改名していき自民党に吸収される)に分裂。2003年ごろに民主党と合併した。
国民の声
1998年1月4日に結党、反小沢派の議員を中心とした保守系政党であった。1月23日にフロムファイブ・太陽党と合併し民政党になり、3週間弱で国民の声は消滅した。その後民政党は旧民主党・新党友愛・民主改革連合と統合されて民主党になった。
新党友愛
新進党にいた旧民社党系の議員らにより1998年1月5日に結党された。当時の党首は中野寛成。同年4月に民政党・民主改革連合・旧民主党と統合されて民主党になった。
ちなみに鳩山由紀夫とは関係がない。当時鳩山は旧民主党に所属していた。
改革クラブ
1998年1月12日に結党。代表は小沢辰男。2000年ごろに自然消滅し、2002年ごろに解党した。ちなみに2008年ごろに結成した改革クラブ(現新党改革 通称ますぞえ新党)とは無関係である。
黎明クラブ・新党平和
1998年1月4日に結党。同年に公明と合流して公明党を再結成した。
かつて新進党員だった政治家
- 石破茂:自由改革連合の解散の後に参加。解党後は無所属を経て自民党に復党。
- 岡田克也:新生党より合流。解党後、国民の声に入党し、民政党を経て民主党に合流。
- 小沢一郎:新生党より合流。解党後、自由党を結党し、2003年に民由合併を経て民主党に。
- 河村たかし:日本新党より合流。解党後、自由党・民主党を経て2010年に減税日本を結党。
- 小池百合子:日本新党より合流。解党後、自由党・保守党を経て自民党に。
- 高市早苗:柿澤自由党より合流。解党後、自民党に入党。
- 西岡武夫:自由改革連合の解散の後に参加。解党後、自由党に入党。2003年に民由合併を経て民主党に。
- 野田佳彦:日本新党より合流。1996年の衆院選選挙で落選したため離党。民主党に合流。
- 鳩山邦夫:自由改革連合の解散の後に参加。解党後、旧民主党・民主党を経て自民党に復党。現在無所属。
- 原口一博:新生党より合流。解党後、民主党に入党。
- 松原仁:新生党より合流。解党後、自由党に入党。後に民政党に入党して統合を経て民主党に合流。
- 山岡賢次:新生党より合流。解党後、自由党に入党。2003年に民由合併を経て民主党に。
- 山田正彦:新生党より合流。解党後、自由党に入党。2003年に民由合併を経て民主党に。
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読み:シンシントウ
初版作成日: 12/01/31 00:19 ◆ 最終更新日: 12/01/31 11:07
編集内容についての説明/コメント: 村山さんの名前が誤記だったので訂正
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