明里の渡せなかった手紙とは、第1話「桜花抄」で、雪で遅れた貴樹を待つ間、明里が両毛線・岩舟駅の待合室で書いた手紙である。
手紙の内容
お元気ですか?
今日がこんな大雪になるなんて、約束した時には思ってもみませんでしたね。
電車が遅れているようです。だから私は、貴樹くんを待ってる間にこれを書くことにします。
目の前にストーブがあるので、ここは暖かいです。
そして私のカバンの中にはいつもびんせんが入っているんです。いつでも手紙が書けるように。
この手紙をあとで貴樹くんに渡そうと思っています。
だからあんまり早く着いちゃったら困るな。どうか急がないで、ゆっくり来てくださいね。
今日会うのはとても久しぶりでよね。なんと十一ヶ月ぶりです。
だから私は実は、すこし緊張してます。
会ってもお互いに気づかなかったらどうしょう、なんて思っています。
でもここは東京にくらべればとても小さな駅だから、
分からないなんてことはありえないんだけど。
でも、学生服を着た貴樹くんもサッカー部に入った貴樹くんも、
どんなにがんばって想像してもそれは知らない人みたいに思えます。
ええと、何を書けばいいいんだろう。
うん、そうだ、まずお礼から。
今までちゃんと伝えられなかった気持ちを書きます。
私が小学四年生で東京に転校していったときに、
貴樹くんがいてくれて本当に良かったと思っています。友達になれて嬉しかったです。
貴樹くんがいなければ、私にとって学校はもっとずっとつらい場所になっていたいと思います。
だから私は、貴樹くんと離れて転校なんて、
本当にぜんぜんしたくなかったのです。
貴樹くんと同じ中学校に行って、一緒に大人になりたかったのです。
それは私がずっと願っていたことでした。
今はここの中学にもなんとか慣れましたが、(だからあまり心配しないでください)
それでも「貴樹くんがいてくれたらどんなに良かっただろう」と思うことが、
一日に何度もあるんです。
そしてもうすぐ、
貴樹くんはもっとずっと遠くに引っ越してしまうことも、私はとても悲しいです。
今までは東京と栃木に離れてはいても、
「でも私にはいざとなれば貴樹くんがいるんだから」ってずっと思っていました。
電車に乗っていけばすぐに会えるんだから、と。
でも今度の九州のむこうだなんて、ちょっと遠すぎます。
私はこれからは、一人でもちゃんとやっていけるようにしなくてはいけません。
そんなことが本当に出来るのか、私にはちょっと自信がないんですけど。
でも、そうしなければならないんです。
私も貴樹くんも。そうですよね?
それから、これだけは言っておかなければなりません。
私が今日言葉で伝えたいと思っていうることですが、
でも言えなかったときのために、手紙に書いてしまいます。
いつ好きになったのかもう覚えていません。
とても自然に、いつの間にか、好きになっていました。
初めて会ったときから、貴樹くんは強くて優しい男の子でした。
私のことを、貴樹くんはいつも守ってくれました。
貴樹くん、あなたはきっと大丈夫。
どんなことがあっても、貴樹くんは絶対に立派で優しい大人になると思います。
貴樹くんがこの先どんなに遠くに行ってしまっても、
私はずっと絶対に好きです。
どうか どうか、それを覚えていてください。
~新海誠 著 小説秒速5センチメートル 第三話「秒速5センチメートル」後編より~
~オサーソ解説~
この手紙は文面を見て判るように、今まで感謝の気持ちと、二人の離別への明里のある種の決心を書いた手紙です。
この手紙に関しては上映期間中に行われたティーチイン(監督とファンの間で行われる質疑応答の事。4回開催されました)で監督自らも離別の手紙と言っています。
この後、お互いの文通が途絶えたかは2chのスレでも語られていますが、未だに謎のままです。
もちろん、ティーチインでもこの質問出たので、監督の答えを記します。
「この物語にとって、文通が途絶えた”過程”が大事なのではなく、文通が途絶えたと言う”事実”が大事なんです」
若い頃の私だったら「なんで貴樹は明里に連絡取るなり、会いに行くなりしないんだ!!」と怒り狂うところですが、
この歳になっての感想としては「あー、まぁしょうがないよね・・・人生こう言う事もあるよ」って感じです。
「決して今が不幸じゃないけど、あの時あーしてたら、違う人生歩いてたかも」とかね、オサーソは後ろを振り返る訳です。
若いと前しか見えないからね。うらやましいよ。
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