「時を駆ける公孫恭」とは、皇族劉虞氏による、三国志Ⅸにおける最難関マゾプレイの一つである211年公孫恭プレイ動画のシリーズのことである。
この動画のうp主は、動画投稿間隔にしてわずか一日の間で(2009年05月18日 14:37:32 ~ 2009年05月19日 07:40:12、動画にして6本)この無理ゲーを打開してしまった。そのあまりの早さ・戦略の奇抜さから、視聴者によって「時を駆ける公孫恭」のタグが付けられた。
そして5月中に勝利条件「州制圧」を満たすという宣言通り、2009年05月29日 03:49:44にてこのシリーズは完結した。 part1からわずか十日余りのことであり、明智光秀もびっくりの早さである。まさに時を駆け抜けた公孫恭プレイであった。
概要
三国志Ⅸにおいて、開始年数が210年または211年の公孫恭でプレイすることは、一般には無理ゲーと考えられている。その無理ゲー具合は公孫恭の項目を参照。
公孫恭の開始位置はマップの最も北東にある襄平である。しかし、うp主が最初に設定したクリア条件は、なんとマップの最南西近くの成都の制圧である。
そんな馬鹿な・・・と思われるかも知れないが、実は成都制圧こそが無理ゲー打開の鍵だったのである。
前述の通り、このクリア条件はわずか一日で達成されてしまった。うp主はこれを余りにもあっけないと感じたようで、クリア条件を追加し第二幕としてシリーズを続けることにしたのであった。
第二幕
うp主が自ら課した第二幕のクリア条件は、「州制圧」である。視聴者の多くは、『成都を制圧したのだから、制圧する州は益州である』と思ったことであろう。
しかし実際にうp主が制圧を目指した州は、なんと曹操領のど真ん中(やや北)、并州であった。
これまたありえない話である・・・と思われるかも知れないが、その火種は、すでに放棄したかと思われていた襄平に仕掛けられていたのである。
襄平より清河に本陣を移し、華北の曹操の後方都市を無人の野を行くごとく蹂躙する様は、三国時代より400年前の楚漢戦争における彭越軍の動きを髣髴とさせる。(彭越についてはwikipedia参照)
なお、これと並行してうp主は劉璋軍を滅亡させており、旧蜀の人材をほぼ全員獲得している。このままプレイすれば、中華統一は確実であろう。これ以降は作業ゲーなので、うp主は州制圧をもって本シリーズ完結とした。
なぜクリアが可能なのか
一つには、外交の成否と探索の成否にランダム要素が無いことが挙げられる。つまり外交と探索は、セーブ&ロードをしても結果が変わらないのである。
そのため、何度も試行を繰り返すことによって、「何月何日にどの武将で探索/外交をすれば必ず成功する」というデータが蓄積されていく。これを元に探索と外交の日程表を作成・履行することによって、武将を無駄なく探索しつつ、敵に攻められない状況を作り出すことが出来るのである。弱小と言えど、攻められなければ滅ぶことは無いのである。
※うp主は少なくとも数百回の試行(4桁の可能性もあり)をしている模様である。
もう一つには、comの思考の欠陥で、後方都市の兵力を極端に少なくしてしまう仕様が挙げられる。そのため、後方都市である成都はほとんどガラ空きであった。また第二幕においても、うp主は存分にこの仕様を利用した。
ちなみにうp主は、「このプレイを真似たらある程度まではいける様になる」と言っているが・・・こんなドMプレイをしたい人など他にいるとは思えないので、需要は不明である。
関連動画
関連コミュニティ
関連項目
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読み:トキヲカケルコウソンキョウ
初版作成日: 09/05/24 01:35 ◆ 最終更新日: 10/02/22 15:18
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