
2009年有馬記念 ドリームジャーニー号 口取り式
有馬記念とは、中央競馬の重賞競走で格付けはGI。
オールスター方式のファン投票で出走馬が選出される。
概要
中山競馬場の芝コース内回り2500㍍によって争われる。3コーナーからスタートするので外側の馬が内側に殺到し、内枠の差し馬なども馬群に包まれやすく施行コースに問題があるという意見もある。
一年の締め括りとなるGⅠレースであり、「夢のあるレース」を目標として創設されただけあって、出走メンバーの豪華さからドリームレースとも言われる。
創設の経緯
日本競馬の父、安田伊左衛門から中央競馬2代目理事長の座を譲り受けた有馬頼寧はファンサービスや競馬のイメージアップに尽力した。有馬は中山競馬場でも東京優駿に匹敵する大レースの開催を考え、年末にプロ野球のオールスターゲームを基にしたファン投票で出走馬を選ぶ形式を発案。
年末の中山開催は中山大障害ほどしか目玉が無い上、当時の天皇賞は勝ち抜け制度があり、天皇賞馬が出られるレースが無いという問題も抱えていた事もあり、この計画はとんとん拍子で受け入れられる。折しも1956年は中山競馬場の新スタンドが落成。新スタンド落成記念競走とし、1956年12月23日に芝2600mで「第1回 中山グランプリ」を開催。中山グランプリは大成功に終わったが、翌年有馬は急逝。1957年の第2回から有馬の功績を称え、「有馬記念」と名称変更され、「グランプリ」の副題がつくことになった。
JRAで人名が冠に付く重賞レースはこの有馬記念と安田伊左衛門を称えた安田記念の2レースのみである。
伝説のレース
年末の大一番として行われる有馬記念は伝説のレースも多数生み出した。
- 1965年(第10回)
シンザンが大外埒沿いから一気に抜け出し、史上初の5冠達成。 - 1970年(第15回)
スピードシンボリが史上初の連覇達成。 - 1977年(第22回)
トウショウボーイVSテンポイントのマッチレース。直線でグリーングラスが一気に追い込むがテンポイントが優勝。TTGそろい踏み最後のレース。 - 1979年(第24回)
グリーングラスがメジロファントムの猛追振り切り優勝。TTGは3頭とも有馬記念ウィナーとなる。 - 1985年(第29回)
シンボリルドルフが7冠達成。フジテレビ盛山毅アナの名実況「世界のルドルフやはり強い!日本のミホシンザンを離す!」が有名。 - 1987年(第31回)
3番人気メリーナイスがいきなり落馬、1番人気サクラスターオーが故障で大波乱。枠連4-4、ゾロ目で万馬券決着となりスタンドと全国の競馬ファンは阿鼻叫喚に。 - 1990年(第35回)
オグリキャップ、ラストランで奇跡の復活。感動の優勝で有終の美。 - 1991年(第36回)
最強の一発屋ダイユウサクが一世一代の大激走で優勝。(その影で最強の善戦マン、ナイスネイチャが3着) - 1992年(第37回)
15番人気、メジロパーマーが大逃げで優勝。2着にも5番人気のレガシーワールドで馬連3万馬券。1987年に続き、全国の競馬ファンが阿鼻叫喚。(その影でナイスネイチャが(ry - 1993年(第38回)
トウカイテイオーが奇跡の復活劇で優勝。(その影でナイスネ(ry - 1999年(第43回)
グラスワンダーVSスペシャルウィーク 4センチ差の決着。 - 2005年(第50回)
ハーツクライがディープインパクトに土をつける勝利。
歴代優勝馬
関連コミュニティ
関連項目
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読み:アリマキネン
初版作成日: 09/01/28 04:06 ◆ 最終更新日: 11/12/26 20:36
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