単語記事: 東北楽天ゴールデンイーグルス

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東北楽天ゴールデンイーグルスとは、宮城東北)を本拠地にする、パシフィック・リーグ所属の日本プロ野球チームである。

概要

ロゴ

チームの特徴

球団創設当初は、オリックス・ブルーウェーブ大阪近鉄バファローズの選手の集まり――オリックス・バファローズに入れなかった者達を、寄せ集めた形でうまれたチームであった(岩隈久志礒部公一らは自ら志願して楽天に来たが)。
また、当初は、練習場の確保にも難儀し、本拠地となる宮城球場も老朽化がしかったために慌てて修を行うなど、練習環境が整っているとは言いづらかった。 

その後、トレードや解雇ドラフトを積極的に行い、単なる寄せ集めの段階は脱しつつある。
しかし生え抜き選手が増えてきた現在でも全体的な選手層が薄く、大連敗が立つことが多い。

チームカラーとしては投高打低気味である。特に中軸を打てるホームランバッターの不在が近年の悩みの種。
投手エースを含む)が好投しても援護を与えることができずに、ムエンゴのまま試合を終えることが多い。

とはいえ2013年頃から左打ちの俊足単打マンが多数台頭し得点は向上。
似たような打者ばかりのため、楽天の打者を区別できるかどうかでプロ野球ファンマニアかを判定できる。

歴史

2004年-2005年(38勝97敗1分、6位)監督:田尾安志

大阪近鉄バファローズオリックス・バファローズが合併すると聞いた楽天株式会社社長三木浩史氏が、ホリエモンライブドア)の後を追った感もあるが東北プロ野球チームを作る」という名で、NPBの承認を受け、宮城(を中心とした東北全県)を本拠地するプロ野球チームを発足。

合併したオリックス近鉄からの、合併球団オリックス・バファローズとの分配ドラフトという形で、両球団の合併球団には不要と判断された選手を譲り受ける。前述の通り、岩隈や礒部ら近鉄の一部選手は、オリックス入りを拒否して楽天入り。

2005年シーズン開幕。ひょっとすると三桁敗戦、すなわちシーズン100敗もあるのではないかと囁かれたものの、蓋を開けてみれば開幕投手エース岩隈の好投もあり、千葉ロッテマリーンズを相手に3-1のスコアで、見事開幕戦を勝利で飾る。

しかし開幕の勝利も束の間、翌日の千葉ロッテマリーンズ戦ではピッチャー乱調で26失点、打線も9回を1安打に抑えられる散々な結果。7月には間勝ち越しを決めるなど、ちらほらと勝利を拾っていたが大幅な連敗も多くそのままシーズンは終了。
シーズン当初からられていた100敗こそは阻止は出来たが、チーム自体はダントツの最下位に終わる。

2006年(47勝85敗4分、6位)監督:野村克也

一部でカルト的人気を誇る土谷鉄平が移籍してくる(彼の来歴等は鉄平の項で参照願う)。

前年度監督田尾安志が様々な事情によってファンの反対を受けながら解任される。後任監督としては前年まで社会人チーム・シダックス揮を執っていた野村克也が招聘された。

この年はNPBから2段モーション禁止のお触れが発令され、調整に苦しむ岩隈に代わり一場靖弘が開幕投手名された。2006年シーズンは前年にべ、鉄平高須洋介リック・ショートホセ・フェルナンデスの四名が三割に到達するなど、健闘する姿を見せたが、未だ戦不足の感が否めず敗戦続き。
シーズン終わりこそ、オリックスを抜いて5位になれるのではないか、とされたが、結局最下位で終わる。しかし、さすがに前年度の成績からは多少なり成長した。

そしてこの年のオフに駒大苫小牧ユニフォームを身に纏い、甲子園を沸かせた大器、マー君こと田中将大ゴールデンイーグルスに入団。

2007年(67勝75敗2分、4位)監督:野村克也

野球ファンの的、田中将大甲子園に続き、の都の野球ファンをも唸らせた。序盤こそあまり勝ちがつかない展開が多かったが、対福岡ソフトバンクホークス戦で勝利を挙げてからは快進撃。球団初の二桁勝利をあげ、最終的には11(7敗)、挙句は新人王のタイトルまで獲得する。
何故か田中の投げる試合では打線の援護が強くなったりするため、野村も「マー君神の子不思議な子」などと皮交じりで笑っていたほど。 

そして、なにより特筆すべきはベテラン山崎武司であろう。前の年もチーム軸として奮闘していた彼なのだが、監督野村克也投手に配球論を教えているのを盗み聞きし、対戦するバッテリーの意図を読み取るバッティングをプロ21にして覚えてからはホームランを量産。最終的には43ホーマー108打点を記録、この年のHR王・打点王の二冠を獲得した。

また、この年のオールスターでは、本拠地フルスタ宮城(当時)が使用されたせいか、楽天選手が8名も選ばれる事が発生。

このような色々な要因もあり、チーム大躍進。勝ちも増え続け、遂にはクライマックスシリーズ出場もあるで!……と思わせるほどの健闘を見せた。
最終的には、シーズン終盤で失速してしまったものの、チーム史上初めて最下位を脱出した。 

2008年(65勝76敗3分、5位)監督:野村克也

一場が沢村賞獲得を異例にも自ら宣言する、という戯言で始まったシーズン

この年は何より、復活を遂げたエース岩隈についてるべきだろう。2段モーション規制に苦しみ、一時は120km前後のストレートしか投げられない、という程に衰えた彼であったが、この年は苦難や違和感を乗り越え、あれよあれよと連勝を重ね、終わってみれば佐藤義則以来、23年振りの21勝到達という偉業を達成する(そして、後にその記録を再び達成したのは他ならぬ……後述)投手分業が確立された近代野球でのこの記録は、並大抵のものではない。
タイトルも、沢村賞防御率・最多勝利など、ほとんどの投手タイトルを独占、更には本来優勝チームから選ばれるはずのMVPにまで選ばれる活躍を見せた。

野手ではリック・ショートも、自身初の首位打者のタイトルを獲得。ちなみにこの年、野球ch・08年度流行語大賞を獲得したドミンゴwwwwwなどの流行も生まれている。
チームは一時期首位に立ったものの、7月の負け越しやタイムリー欠乏症などで、順位は場をに急転落。しかし終盤、内村賢介中村真人の育成コンビなどの活躍で盛り返し、最下位争いを演じていた福岡ソフトバンクホークスを最終戦で破り、5位で終戦

ちなみにこの年、新人の多田野数人が、絶好調だったIWKM相手にプロ入り初勝利を収めていたりする。こう書けば免許を返して頂けるんですね?

2009年(77勝66敗1分、2位)監督:野村克也

シーズン当初はリーグ首位に立つこともあり「事」と揶揄されることもあった。

打線に繋がりが見られるようになる。特に下位打線爆発し、ビッグイニングに結びつくケースが増え、勝利に貢献した。
また、鉄平が打率3割2分7厘の成績を収め首位打者にく。草野大輔も打率3割をキープ
山崎武司本塁打39本と107点を挙げ、それぞれリーグ2位に上り詰める活躍を見せた。

投手も充実し、名実共に若きエースとして安定してきた田中将大(15勝)、前年に引き続き好調の岩隈久志(13勝)、一ローテーションを守って活躍した永井怜(13勝)の3本柱がチームを支えた。
シーズン途中、大リーグレンジャーズ出稼ぎに出ていた福盛和男が復帰。 中継ぎ・抑えで登坂していたはずがいつの間にか勝利投手になったりと、35試合に登坂し7勝10セーブを挙げた。謎の感動
新人の藤原紘通17試合に登坂し5勝と貢献した。
ブルペンエースと呼ばれがちな青山浩二(3勝)も、CS進出がかかった試合で見事初投勝利を達成し、CS進出に貢献した。

このように投打において好調な状態が続き、とうとう、チーム創立5年にして初のAクラス入り初のシーズン勝ち越し初のCS進出初の本拠地CS開催と、ファン念願の快挙を達成した。

しかし、2位入りが確定したシーズン終了直前に球団が監督野村克也の解任を発表。悲願の本拠地CS開催にを差す。シーズン終戦でのセレモニーも行われなかった。前監督田尾安志も解任に際してトラブルが起きており、楽天フロントの対応に再び疑問符が付くこととなった(フロントは、「野村監督とは任期3年+延長1年の契約で更に延長する気は専らなかった。しかし監督本人がどうしても納得しなかった」と取材で答えている)。

10月24日クライマックスシリーズ第2ステージ第4戦。パ・リーグ優勝の北海道日本ハムファイターズに敗れて日本シリーズ進出の夢が途絶えたと同時に、イーグルスに在籍する野村監督最後の采配となった。
スレッジを抱える強ファイターズ打線を前に野村監督は継投策を講じるもその勢いは止めることはできず、8回2アウトからは第2戦で先発した岩隈久志が中一日で登板先発でありながらビハインド突然登板であったことから、自ら志願したという説あり)。
野村監督、そしてイーグルス勝利の為に理を圧して投げたが、直後のスレッジに3ランホームランを打たれて沈んだ。スタンドに吸い込まれていく球を見送った岩隈の表情は清々しく、また岩隈をマウンドに送り出した野村監督の表情も、どこか肩の荷が下りたようにさっぱりとしていた。
そして3時間44分という闘の末、9-4で敗れ、日本シリーズ進出は成らなかった。

試合終了後、梨田昌孝北海道日本ハムファイターズ監督のスピーチ後に、ファイターズ吉井理人ピッチングコーチ、そしてヤクルト時代に野村監督の元でプレイしていた稲葉篤紀が握手を交わし、最後は両軍入り乱れての、野村監督の胴上げが行われた。
プロ野球史上でも稀に見るこの胴上げは両球団ファンも「野村! 野村!」と大歓を送り、名将と謳われた野村克也の健闘を讃えた。

後任には広島東洋カープ監督を務めたマーティ・ブラウンが就任した。

ちなみに、このシーズンの途中より、ニコニコ動画に12球団で一の公式チャンネル楽天イーグルスチャンネル」を開設。ゲームダイジェスト監督会見、ヒーローインタビューを配信した。またニコニコ生放送にて一部のゲームを全編生中継し、多数の視聴者を動員した。

2010年(62勝79敗1分、6位)監督:マーティ・レオ・ブラウン

一言で言えば転落

勝率が一度も5割えることはなく、ひたすら負け越しが続いた。交流戦では好調だったが、パ・リーグ同士では負け込むようになり、最終的な勝敗数は見ての通りで、4年ぶりの最下位。5位のオリックスバファローズに対しても7.5ゲーム差をつけられた。
この不調に加えて、前年の野村監督解任騒動などが好感度を下げたのか、本拠地での均観客数も1日当たり1000人ほど減少した。 

個人タイトル受賞者はもいなかったが、成績を上げた嶋基宏ゴールデンラブ賞とベストナインを受賞している。

シーズン終了後、ブラウンの解任が発表され、後任として、中日ドラゴンズ阪神タイガース監督を歴任した、闘将・星野仙一が就任した。
山崎武司は翌年、雑誌でのインタビューで、「ブラウンはいい監督だったが、自性を尊重するやり方は、選手が子供な楽天というチームでは甘やかしにしかならなかった」とっている。

とはいえ、代走要員だった聖澤諒の成長をはじめとする選手層の底上げ、これまで弱点だった中継ぎにもスリーマウンテンズ劇場しながらも定着するなど、来季へそれなりの期待を残しつつシーズンを終えた。

一方でシーズン終了後のオフチームのムードメーカーでありバリバリレギュラーだった渡辺直人突如横浜ベイスターズ銭トレード鉄平草野が、契約記者会見で契約内容は一切話さず、渡辺のトレードについて号泣しながら口にするという事態が発生。なお、去年の不調がのように成績を盛り返した中村紀洋契約延長の話すらひっそりとあっさりとクビを言い渡され、フロントレギュラー選手に対する扱いに一部どころか多くの楽天ファンに衝撃が走った。

この年もニコ生で全催試合の生中継が行われた。フロントの今期一の手柄。

2011年(66勝71敗7分、5位)監督:星野仙一

東北を熱くする」。の都に闘将・星野仙一がやってきた。

星野は、就任するや否や、メジャー帰りのビッグネーム松井稼頭央岩村明憲の2人を獲得。加えてトレードなどでも1001独自のコネ経由で次々と選手を獲得し、かつて暗期の阪神タイガースを復活させた時の「血の入れ替え」と同様の、大胆な選手獲得による強化を行っていく。この豪腕ぶりに、「優勝ktkr!」と期待に胸躍らせるファンが多数現れる。

しかし、3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が東北を襲う。
生時チーム兵庫ロッテとのオープン戦に望んでおり事だったものの、この影により本拠地の日本製紙クリネックススタジアム宮城が使用できず、開幕前の調整はもちろん、開幕からしばらくの間は公式戦も関西を中心に転々としながら開催するなど、開幕前後は地震とそれに関連する災害の影をもろに受けた。
チーム仙台に帰ってこれたのは、4月7日のことであった。 

震災を受けて、開幕前に急遽『がんばろう東北』というスローガンを掲げた。このスローガンを見たファンの中には、阪神大震災の起こった1995年、当時のオリックス・ブルーウェーブが『がんばろうKOBE』のスローガンを掲げ優勝した姿を重ねて、「ひょっとしたら優勝もあるんじゃ?」と思ってしまった者も少なからずいたようだ。

だがその期待は、見事に裏切られた。

期待の元メジャーリーガ岩村全に置物と化していた。2011年1年間で、打率.183本塁打0打点9。守備も精に欠けており、一部ではとても不名誉なあだ名がつけられるほどであった。
新加入の外国人も期待通りの活躍とはいかず、さらには級の野手いもって大不振に陥るなど、開幕前の算は大幅に外れた。
先発ローテも田中将大ルーキー塩見貴洋以外は安定せず、その状況を打開しようとスリーマウンテンズ先発に投入してみたりしたものの全滅
打線の不振には、この年から導入された新統一球の影もあると思われるが、全体としてはやはり震災の精的影が選手達に及んでいたであろう事は、想像に難くない。

ナントレース中盤以後は何度か3位に食い込むことはあったものの、最終的には西武オリックスの間で繰り広げられた熾な3位争いから蹴落とされる形になり、5位でシーズンを終えた。

田中投手三冠沢村賞受賞、ルーキー塩見シオミクーンムエンゴに泣かされながらも終盤までローテを守り9勝を挙げての優秀新人賞受賞、ダレル・ラズナーの抑え転向の成功、聖澤諒内村賢介レギュラー全定着し活躍する、などといった明るい話題があるにはあったが、監督自ら「(東北を熱くすると言ったが)ぬるかったね」と漏らしてしまうほど、いろいろと不完全燃焼シーズンになってしまった。

なおオフには、初年度からイーグルスに在籍しチームを支えた岩隈久志山崎武司が退団し移籍。他にも十数名が任意引退自由契約になり、トレードも続々と成立させるなど引き続き「血の入れ替え」を断行。さらには1軍打撃コーチにあのデーブ大久保を招聘。球団創設8年シーズンに備える。

2012年(67勝67敗10分、4位)監督:星野仙一

球団史上初の本拠地開幕戦となったが、ロッテに3連敗するという体たらくでシーズン開幕。
先行きが不安視されたが、前半戦終了時点で球団史上初めて、Aクラスで後半戦を折り返すことになる。
しかし後半は失速し、ソフトバンクロッテと3位を競うことになり、10月4日にBクラスが確定したが、最終戦を勝ったことで、なんとか勝率.500シーズンを終えた。

田中将大が故障などで不振に陥りつつも、最多奪三振王のタイトルを獲得。
野手では、共に高卒7年の苦労人、銀次枡田慎太郎の急成長がった。他にも、大卒ルーキー岡島豪郎島内宏明レギュラー争いに喰い込み、投手では高卒ルーキー釜田佳直が7勝を記録するなど、来期に期待を伺わせるシーズンとなった。

なおデーブ大久保によってアーリーワークが取り入れられたことによって打撃が向上したが、そのデーブ案の定問題を起こし、打撃コーチから二軍監督に降格した。

オフ外国人野手は全員解雇となり、メジャーで434発も放った大物打者アンドリュー・ジョーンズと、2010年に同じくメジャーシーズン23本塁打マークしているケーシー・マギーと2人の大砲補を獲得。さらに地元仙台出身の斎藤隆を獲得した。

2013年(82勝59敗3分、優勝、日本一) 「野球の底力」 監督:星野仙一

開幕戦はスタート4月27日には球団通算500勝を達成したが4月終了時点では打順が固まらないなどチーム状態も悪く5位と低迷。しかし前年度の大胆な強化が功を奏し、5月交流戦が始まったあたりからチーム状態が良くなり、前半戦を終了し球団史上初めて6月以降の単独首位を達成する(同じ記録が7月8月と続いていくが、これは後述)。 

打撃面では、前年度に獲得した大砲補のアンドリュー・ジョーンズマギーが"当たり外国人"として大活躍。この2人のほか、前年度に引き続き銀次が安定した成績を残し、内や岡島など若手の活躍もあり打線に繋がりがみられた。

守備面では岩崎達郎藤田が大きく活躍し、チーム全体としてもエラーの少ない安定した守備を見せた。

投手では、あの稲尾和久の記録をえるシーズン24連勝を達成し、レギュラーシーズン敗で終えた田中将大の活躍が大きかった。開幕24連勝、前年8月からの通算では28連勝という記録は、日本プロ野球新記録である(ちなみに、シーズン21勝という記録も2008年岩隈以来のものである)。 
また、田中だけでなく大卒1年ドラフト2位入団の則本昂大も、ルーキーであるばかりか妙に強い投手に当たり続けているにも関わらず、チーム史上4人の2桁勝利を達成する好調ぶりを見せた。WBCで疲弊していた田中に代わってルーキーながら開幕投手を任された。 

このように、打撃・守備・投手のいずれにおいても好調であり、セ・パ交流戦では首位ソフトバンクにわずかに届かなかったものの、0.5ゲーム差で2位に食い込み後半戦でも順調に勝ちを重ねる。なかでも逆転勝利が多く36度はリーグトップだった。
8月中旬には、その好調振りからサンケイスポーツより「楽天 いくぞ初V」という嫌がらせのようなムックが発売され、それを期にシーズン初の5連敗を喫するという、ファンを冷やりとさせる一幕もあったものの直後のロッテとの首位攻防戦を3連勝で終え再び勢いに乗り、8月28日にはとうとう球団史上初の優勝マジックが点
そして、9月26日埼玉西武戦(西武ドーム)に創立9年にしてはじめてパシフィックリーグ優勝を達成した。そのまま、10月21日クライマックスシリーズでも優勝し、日本シリーズでは読売ジャイアンツ日本一を争うことになった。第5戦時点で3勝2敗とリードし、第6戦ではシーズン敗の田中将大先発したが9回4失点で初となり、決着は最終戦となる第7戦におあずけとなった。そして11月3日第7戦を3-0で勝利し、創設9年にしてついに日本一いたのである。

オフ河田寿司高須洋介星野智樹が戦外通告。抑え投手として貢献したダレル・ラズナーはじめ、ケニー・レイブランドン・ダックワースジム・ハウザーケーシー・マギー自由契約となった。

2014年(64勝80敗、6位)監督:星野仙一

開幕戦から西武を3タテしたが、続くオリックスでは3連敗。その後も伸び悩みが続き、前半戦終了時点で最下位。

チームではヒットこそ出るものの、長打が期待できる選手がアンドリュー・ジョーンズしかおらず、シーズン途中に度々外国人選手の補強を行っている。(5月7日ジョン・ボウカー6月5日ライナー・クルーズ投手)、6月17日ザック・ラッツ7月31日ニックエバンス
しかしラッツは中々の成績を残したものの怪により離脱し、ボウカーも打率が.250を切るなどいまいち期待に応えられず、エバンスは論外で結局の所はジョーンズ頼みの有様であった。

9月から反撃し最下位を脱出し、CS進出を狙ったが、時既に遅し。最後は6連敗で2010年以来の最下位に転落した。一年前に24勝敗で優勝、日本一に貢献した投手の柱である田中将大と、28本塁打93打点を記録した打線の軸であるケーシー・マギーの抜けたを埋めるのは容易ではなかった。

ケビン・ユーキリスが戦にならず、二桁本塁打アンドリュー・ジョーンズの24本のみに終わり、投手先発則本昂大が最多奪三振タイトルを獲得したが規定投球回に到達したのはこの則本と辛島航のみで、二桁勝利に至っては則本だけ、中継ぎベテラン小山伸一郎青山浩二らが不調の中、戦外から這い上がってきた福山博之65試合に登板して防御率1.87という安定感を見せ、ルーキー西宮悠介も46試合で3勝を挙げて防御率3.17と活躍したが残りの選手は軒並み不調でチームが浮上することはなかった。

オフにはブライアン・ファルケンボーグアンドリュー・ジョーンズジョン・ボウカー給料泥棒ケビン・ユーキリスニックエバンスルークファンミル給料泥棒2号トラビス・ブラックリー、ザック・ラッツ計8人の外国人選手が自由契約
高堀和也宮川将小斉祐輔井寛仁、デーブに殺されかけた裕は育成選手としての契約となり、育成だった井坂亮平セルジオ・ミトレ、木村有馬神保自由契約となっている。

そして創設メンバーの一人であり「シャーパー」の称でファンから親しまれた中島俊哉引退し、ファン感謝祭では引退セレモニーも開かれた。
中島引退により、創設時から楽天に所属し続けている選手は小山伸一郎牧田明久の2名を残すのみとなった。

また2014年シーズンをもって星野監督の勇退が決定し、後任には数々の問題を起こしたことから反対の署名運動まで勃発したが最後は三木オーナーゴリ押し二軍監督大久保博元が就任した。

2015年(57勝83敗3分、6位)監督:大久保博元

前年最下位の辱をらすため、打者ではギャビー・サンチェスゼラス・ウィーラー、そしてキャンプ中に入団が決まったウィリー・モー・ペーニャ投手では2013年楽天に所属していたケニー・レイジム・ハウザーが復帰、前年まで広島東洋カープの守護を務めていたキャム・ミコライオを獲得する等2015年にかける意気込みをフロントも見せた。
しかしミコイオシーズン開幕前にヘルミアで離脱してしまい、守護には急遽2年松井裕樹が回されることになった。

3・4月はなかなか貯が作れないながらも、4月には何度か3位に浮上する等上位のチームには何とか食らい付いていた。
だが、5月頃からチームには怪人が続出。銀次金刃憲人枡田慎太郎西田哲朗志嶺忠、嶋基宏藤田一也と言った選手たちが次々に故障で離脱し、ついには2軍捕手が足りなくなるという事情でブルペン捕手横山徹也が現役復帰するにまで至った。(まるでヤクルトだとツッコミを入れた人も多いだろうが、ヤクルトもこの年選手不足のため阿部健太を現役復帰させていたりする。)
そのため徐々にソフトバンク日本ハム西武に差を広げられていき、交流戦では10勝8敗と勝ち越したが、この年はパ・リーグ全体がセ・リーグに勝ちまくっており、結果的には上位とさらに差が広がっただけであった。
上記の事情もあって、前半戦は5位に終わっている。

打線は得点不足にあえぎ、特に補強選手であるウィーラーとサンチェスって打率2割前後を記録する低迷ぶり、ペーニャも当初は本塁打が出ず、単打製造機と化していた。
そんな中でこの年から外野に転向したベテラン松井稼頭央とどちらかと言えば守備の人のイメージがあった藤田一也が気を吐くが、打線はなかなか繋がらず、本塁打ソロが多いため得点効率は悪かった。
投手では前年エース級の活躍をした則本が当初援護にも恵まれないせいかピリッとせず、代わりに御年40歳のレイが開幕3戦3勝を達成する活躍を見せた他、塩見も復活を遂げたがどの投手も皆いかんせん援護がく勝ちが伸び悩んだ。
だが急遽守護を任された松井はキレのあるストレートでズバズバと三振を奪い、7月15日までで19セーブ防御率0.63と見事な成績を残す。

後半戦は7月22日北海道日本ハムファイターズ戦で球団新記録となる1試合19得点を記録したが、打線の不調は変わらないままで、7月30日には田代富雄1軍打撃コーチが異例となるシーズン途中での辞任を発表。これだけならまだよかったのだが、この辞任劇の際にオーナー三木氏が現場を預けたはずの大久保監督に対し試合前に現場で決めた打撃オーダーをFAXで自身に送らせこれに自ら修正を入れたり、試合中に電話代打・代走の支持を出すといった現場介入をしているという問題が発覚。田代コーチの辞任やチームの不振は監督だけでなく三木氏にも問題があるのではないかというがあがった。

オーナーによる現場介入で起こった嫌な流れを払しょくできなかったのか、チームはずるずると負けを重ねていき、ついには前半戦で連敗を繰り返し、中盤まで不調で監督の休養にまで至っていたオリックスに終盤追いつかれ、10月3日千葉ロッテ戦に敗戦したことで屈辱の2年連続の最下位が決定。

投手では則本が一人ローテーションを守り抜き、2年連続となる最多奪三振を獲得したが、規定投球回に到達したのはこの則本ただ一人。また則本も含め先発の選手は全員が負け越してしまった。
中継ぎも抑えの松井は33セーブを挙げ防御率は0.87と最後まで安定していたが、前半好調だったライナー・クルーズ福山博之武藤らが調子を落としてしまったこともチームには大きくいた。

そして打線は後半戦になり故障で離脱していた選手たちが復帰。9月には全に期待外れと思われていたウィーラーが突如覚醒するといったうれしい誤算もあったが、どの選手が去年以下の打撃成績となり、特に得点強化のために期待されていたペーニャ17本塁打40打点、得点打率.189全に期待を裏切る形となった。
チーム総得点463リーグ最下位、またチーム打率.241に至ってはリーグ最低どころか統一級に苦しんだ2011年チーム打率.245をも下回るなど最後まで貧打を解消することが出来なかった。

大久保監督チーム不振の責任を取り辞任を発表。また橋上秀樹ヘッドコーチら1軍の6名のコーチも退任が決定し、後任には星野監督との縁で大阪近鉄バファローズ北海道日本ハムファイターズを優勝させた経験のある梨田昌孝氏が就任。

年度別成績









東北楽天ゴールデンイーグルス
2005年 田尾安志 6 136 38 97 1 .281
2006年 野村克也 6 136 47 85 4 .356
2007年 4 144 67 75 2 .472
2008年 5 144 65 76 3 .461
2009年 2 144 77 66 1 .538
2010年 M.ブラウン 6 144 62 79 3 .440
2011年 星野仙一 5 144 66 71 7 .482
2012年 4 144 67 67 10 .500
2013年 1 144 82 59 3 .582
2014年 6 144 64 80 0 .444
2015年 大久保博元 6 143 57 83 3 .407
通算:10年 1867 692 838 37 .452

順位

シーズン最高成績(チーム)

シーズン最低成績(チーム)

所属選手

太字は記事のある選手。
 (基本ポジションごとの背番号順  首のみ、その限りにあらず)

首脳陣

一軍 二軍・育成

所属選手

※トレード、自由契約などの異動については、NPB公示があるまで編集しないでください。

投手 捕手 内野手 外野手

記事のある球団スタッフ

記事のあるOB

あ行 か行
さ行 た行
な行 は行
ま行 や行
ら行 わ行

マスコットキャラクター

公式

非公認

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応援歌

名(迷)言

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その他

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コミュニティ

公式チャンネル

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汎用(30歳未満)
10825
汎用(30歳以上)
10826
投手のテーマ
8770
代打のテーマ
10104
チャンステーマ1
8867
チャンステーマ2
8868
関東チャンステーマ
9878
関西チャンステーマ
9128
関西チャンステーマ2
9877
得点テーマ
11013

関連項目

野村監督時代

ブラウン監督時代

星野監督時代

外部リンク


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東北楽天ゴールデンイーグルスについて語るスレ

858 : ななしのよっしん :2015/11/20(金) 00:38:23 ID: pjroyhwpRd
楽天投手二人がほんとろくでもない炎上をかましてくれたな…
859 : ななしのよっしん :2015/11/20(金) 08:59:04 ID: 5eA9Ik+8j1
楽天ファン小久保ブチ切れていい
860 : ななしのよっしん :2015/11/30(月) 22:55:36 ID: 2Hohs6Dmx/
キャンプ前からデーブ監督が発表
・大した補強のないオフ しかもミコイオ全治1年
銀次枡田牧田藤田志嶺西田ら野手のほぼ怪
三木FAX
・あんだけひどかったオリックスを最終的に追い抜き最下位
・出てくる若手全員活躍しない(松井以外)
・あんだけ平沢囲ってたドラフト平沢外す
プレミア12トドメ刺される

ほぼコピペだけど本当に今年は地のような一年でしたね・・・26-0や福盛なんてにもならんわ
監督星野副会長体制で選手も気合入れてキャンプしてたみたいだし来年上がっていけるといいなぁ(涙目
861 : ななしのよっしん :2016/04/13(水) 09:59:30 ID: mkY2e+im0s
首位に浮上したり、現在二位と中々好調。
平沢去年外してあかんかぁ・・・てなったけど茂木がうまいこと噛み合ったのと今江の加入がでかいんやろうかなー。
封したり釜田が大谷に勝ったり則本がおかしいこと(褒め言葉)してたり。監督が代わるだけでここまで活き活きしてるのは見てて楽しいねぇ。
862 : ななしのよっしん :2016/05/26(木) 10:29:54 ID: mkY2e+im0s
と、思いきや、サイレント8連敗で現在最下位・・・。
折離脱、中継ぎ崩壊と泣きっ面に交流戦どうなるのだろうか・・・。
863 : ななしのよっしん :2016/05/29(日) 11:54:36 ID: n+cAS3W6PB
>>sm28927117
864 : ななしのよっしん :2016/06/03(金) 04:23:22 ID: QS9YuWxP7r
【祝】自優勝消滅
865 : ななしのよっしん :2016/06/21(火) 13:18:57 ID: tGPnRg1x6O
そりゃ始まる前から2位以下を予想する流れになってたんだし、
消滅しても不思議ではないかなとw
1位は言うまでもなく。なんであんなにクソ強いのw)
866 : ななしのよっしん :2016/06/21(火) 17:54:07 ID: cqVUy2ks5H
SBは選手層の厚さがね
867 : ななしのよっしん :2016/06/21(火) 18:00:33 ID: LS5oLLRxTW
ここはジャッジフル活用しなきゃどうにもならないからな。十年単位日本一になることもないでしょう。
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