単語記事: 東北楽天ゴールデンイーグルス

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東北楽天ゴールデンイーグルスとは、宮城(東北)を本拠地にする、パシフィック・リーグ所属の日本プロ野球チームである。

概要

パシフィック・リーグ
東北楽天ゴールデンイーグルス
基本情報
創設 2005年
本拠地 Koboパーク宮城
優勝回数
リーグ優勝 1回
日本 1回
セ・パ交流戦 0回
アジアチャンピオン 0回
永久欠番
・10:ファン
経歴
球団組織
運営母体 楽天
オーナー 三木谷浩史
プロ野球球団テンプレート

ロゴ

  • 略称は「楽天」・「東北楽天」・「楽天イーグルス」他。
  • 本拠地は宮城球場(ネーミングライツで、2017年1月~は「Koboパーク宮城」と呼称。略称はコボスタ宮城。なお2005年3月~2007年10月までは「フルキャストスタジアム宮城」、2008年2月~2010年12月までは「クリネックススタジアム宮城」、2011年1月~2013年12月までは「日本製紙クリネックススタジアム宮城」、2014年1月~2016年12月までは「楽天Koboスタジアム宮城」)。蛇足だが、アメリカの野球ファンによると、クリネックスという名前はもはやティッシュの代名詞であるため、2013年までの呼称は「鼻紙球場」的な間の抜けた名前に聞こえたという。覚えにくいので「Kスタ」と呼ばれていた。
    ピクニック気分での応援を謳いながら、手作り弁当などの外部からの持参を禁止したことで有名となる(外部からの持ち込みを禁止している球場は他にもあるが、形式以上のモノであることはない。ここはしっかりチェックされる)。
  • フランチャイズは宮城県となっているが、球団名にもある通り東北の球団として、東北出身の選手を獲得したり、宮城県以外の東北の県でもイベントを開催するなど東北色を出している。
  • 現監督は田昌孝(6代目、2016年~)。先代は大久保博元(5代目、2015年)、星野仙一(4代目、2011年~2014年)、マーティー・レオ・ブラウン(3代目、2010年)、2代目は野村克也(2006年~2009年)、初代監督は田尾安志(2005年)。
  • ちなみにゴールデンイーグルとはイヌワシのことである(マスコットのクラッチもイヌワシを模したもの)。
  • 2005年誕生。日本プロ野球としては実に約50年ぶりの新チーム誕生であり、また、東北地方を本拠地とする初のプロ野球チームでもある。
  • キャップやユニフォームなどに使われる、「Eagles」の頭文字Eをもじりイヌワシの羽っぽく描かれたロゴデザインが、漢字の「毛」に似ている。そのことで2ちゃんねる等でネタにされることもある。
  • 2009年8月11日に公式チャンネル「楽天イーグルスチャンネル」を開設。ニコニコ生放送で主催試合の中継の無料配信を行っている(映像・音声はCS放送のもの)。ニコニコ動画に公式チャンネルを開設したのは12球団初である。
  • プロ野球の合併(現・オリックスバファローズ誕生)騒動の末に誕生したチームで、当初は練習施設はおろか本拠地球場ですら老朽化の進んだローカル球場であり、選手も合併からあぶれた者が中心であったりと、結成当初は決して強いとはいえないチームであった。しかし、2009年には2位に躍進し、球団創設5年目にして初のCS進出を果たした。
  • そして2013年8月28日には球団史上初の優勝マジックが点灯し、2013年9月26日にチーム創立初のパシフィックリーグ1位・優勝を達成し、クライマックスシリーズの第2ラウンド本拠地開催権を獲得した。その後もクライマックスシリーズで優勝。ついに日本シリーズで読売ジャイアンツに勝利し、見事日本一に輝いた。
  • 常にAクラス(←重要)に入れてCSを勝ち抜ける』チーム編成をフロントは心がけている。『常に優勝を狙えるチーム』は、編成するために約30億円の年棒が必要になるからイヤらしい(2009年終了時で約20億)
    • この方針上、選手や監督の契約延長が少なく、あっさりと切られやすい。
  • 2009年時の小物鉄平のような(費用対効果が良い)選手でチームを構成するのがフロントの目標らしい(注:2008年終了時の鉄平の年棒は約5千万円。翌年の2009年には首位打者、ベストナインのタイトルを獲得した。なお、2013年オフに後藤光尊とのトレードでオリックスへ放出された)。

チームの特徴

球団創設当初は、オリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズの選手の集まり――オリックス・バファローズに入れなかった者達を、寄せ集めた形でうまれたチームであった(岩隈久志・礒部公一らは自ら志願して楽天に来たが)。
また、当初は、練習場の確保にも難儀し、本拠地となる宮城球場も老朽化が激しかったために慌てて改修を行うなど、練習環境が整っているとは言いづらかった。 

その後、トレードや解雇、ドラフトを積極的に行い、単なる寄せ集めの段階は脱しつつある。
しかし生え抜き選手が増えてきた現在でも全体的な選手層が薄く、大型連敗が目立つことが多い。

チームカラーとしては投高打低気味である。特に中軸を打てるホームランバッターの不在が近年の悩みの種。
投手(エースを含む)が好投しても援護を与えることができずに、ムエンゴのまま試合を終えることが多い。

とはいえ2013年頃から左打ちの俊足単打マンが多数台頭し得点力は向上。
似たような打者ばかりのため、楽天の打者を区別できるかどうかでプロ野球ファンかマニアかを判定できる。

歴史

2004年-2005年(38勝97敗1分、6位)監督:田尾安志

大阪近鉄バファローズとオリックス・バファローズが合併すると聞いた楽天株式会社社長の三木谷浩史氏が、ホリエモン(ライブドア)の後を追った感もあるが「東北にプロ野球のチームを作る」という名目で、NPBの承認を受け、宮城(を中心とした東北全県)を本拠地するプロ野球チームを発足。

合併したオリックスと近鉄からの、合併球団オリックス・バファローズとの分配ドラフトという形で、両球団の合併球団には不要と判断された選手を譲り受ける。前述の通り、岩隈や礒部ら近鉄の一部主力選手は、オリックス入りを拒否して楽天入り。

2005年シーズン開幕。ひょっとすると三桁敗戦、すなわちシーズン100敗もあるのではないかと囁かれたものの、蓋を開けてみれば開幕投手のエース・岩隈の好投もあり、千葉ロッテマリーンズを相手に3-1のスコアで、見事開幕戦を勝利で飾る。

しかし開幕の勝利も束の間、翌日の千葉ロッテマリーンズ戦ではピッチャー陣が乱調で26失点、打線も9回を1安打に抑えられる散々な結果。7月には月間勝ち越しを決めるなど、ちらほらと勝利を拾っていたが大幅な連敗も多くそのままシーズンは終了。
シーズン当初から語られていた100敗こそは阻止は出来たが、チーム自体はダントツの最下位に終わる。

2006年(47勝85敗4分、6位)監督:野村克也

一部でカルト的人気を誇る土谷鉄平が移籍してくる(彼の来歴等は鉄平の項で参照願う)。

前年度監督田尾安志が様々な事情によってファンの反対を受けながら解任される。後任監督としては前年まで社会人チーム・シダックスで指揮を執っていた野村克也が招聘された。

この年はNPBから2段モーション禁止のお触れが発令され、調整に苦しむ岩隈に代わり一場靖弘が開幕投手に指名された。2006年シーズンは前年に比べ、鉄平、高須洋介、リック・ショート、ホセ・フェルナンデスの四名が三割に到達するなど、健闘する姿を見せたが、未だ戦力不足の感が否めず敗戦続き。
シーズン終わりこそ、オリックスを抜いて5位になれるのではないか、と目されたが、結局最下位で終わる。しかし、さすがに前年度の成績からは多少なり成長した。

そしてこの年のオフ、夏に駒大苫小牧のユニフォームを身に纏い、甲子園を沸かせた大器、マー君こと田中将大がゴールデンイーグルスに入団。

2007年(67勝75敗2分、4位)監督:野村克也

野球ファン注目の的、田中将大は甲子園に続き、杜の都の野球ファンをも唸らせた。序盤こそあまり勝ち星がつかない展開が多かったが、対福岡ソフトバンクホークス戦で勝利を挙げてからは快進撃。球団初の二桁勝利をあげ、最終的には11(7敗)、挙句は新人王のタイトルまで獲得する。
何故か田中の投げる試合では打線の援護が強くなったりするため、野村も「マー君神の子不思議な子」などと皮肉交じりで笑っていたほど。 

そして、なにより特筆すべきはベテランの山崎武司であろう。前の年もチームの主軸として奮闘していた彼なのだが、監督・野村克也が投手陣に配球論を教えているのを盗み聞きし、対戦するバッテリーの意図を読み取るバッティングをプロ21年目にして覚えてからはホームランを量産。最終的には43ホーマー108打点を記録、この年のHR王・打点王の二冠を獲得した。

また、この年のオールスターでは、本拠地フルスタ宮城(当時)が使用されたせいか、楽天選手が8名も選ばれる珍事が発生。

このような色々な要因もあり、チームは大躍進。勝ち星も増え続け、遂にはクライマックスシリーズ出場もあるで!……と思わせるほどの健闘を見せた。
最終的には、シーズン終盤で失速してしまったものの、チーム史上初めて最下位を脱出した。 

2008年(65勝76敗3分、5位)監督:野村克也

一場が沢村賞獲得を異例にも自ら宣言する、という戯言で始まったシーズン。

この年は何より、復活を遂げたエース・岩隈について語るべきだろう。2段モーション規制に苦しみ、一時は120km前後のストレートしか投げられない、という程に衰えた彼であったが、この年は苦難や違和感を乗り越え、あれよあれよと連勝を重ね、終わってみれば佐藤義則以来、23年振りの21勝到達という偉業を達成する(そして、後にその記録を再び達成したのは他ならぬ……後述)。投手分業が確立された近代野球でのこの記録は、並大抵のものではない。
タイトルも、沢村賞・防御率・最多勝利など、ほとんどの投手タイトルを独占、更には本来優勝チームから選ばれるはずのMVPにまで選ばれる活躍を見せた。

野手ではリック・ショートも、自身初の首位打者のタイトルを獲得。ちなみにこの年、野球ch・08年度流行語大賞を獲得したドミンゴwwwwwなどの流行語も生まれている。
チームは一時期首位に立ったものの、7月の負け越しやタイムリー欠乏症などで、順位は夏場を境に急転落。しかし終盤、内村賢介・中村真人の育成コンビなどの活躍で盛り返し、最下位争いを演じていた福岡ソフトバンクホークスを最終戦で破り、5位で終戦。

ちなみにこの年、新人の多田野数人が、絶好調だったIWKM相手にプロ入り初勝利を収めていたりする。こう書けば免許証を返して頂けるんですね?

2009年(77勝66敗1分、2位)監督:野村克也

シーズン当初はリーグ首位に立つこともあり「春の珍事」と揶揄されることもあった。

打線に繋がりが見られるようになる。特に下位打線が爆発し、ビッグイニングに結びつくケースが増え、勝利に貢献した。
また、鉄平が打率3割2分7厘の成績を収め首位打者に輝く。草野大輔も打率3割をキープ。
山崎武司は本塁打39本と107点を挙げ、それぞれリーグ2位に上り詰める活躍を見せた。

投手陣も充実し、名実共に若きエースとして安定してきた田中将大(15勝)、前年に引き続き好調の岩隈久志(13勝)、唯一ローテーションを守って活躍した永井怜(13勝)の3本柱がチームを支えた。
シーズン途中、大リーグ・レンジャーズへ出稼ぎに出ていた福盛和男が復帰。 中継ぎ・抑えで登坂していたはずがいつの間にか勝利投手になったりと、35試合に登坂し7勝10セーブを挙げた。謎の感動。
新人の藤原紘通は17試合に登坂し5勝と貢献した。
ブルペンエースと呼ばれがちな青山浩二(3勝)も、CS進出がかかった試合で見事初完投勝利を達成し、CS進出に貢献した。

このように投打において好調な状態が続き、とうとう、チーム創立5年目にして初のAクラス入り初のシーズン勝ち越し初のCS進出初の本拠地CS開催と、ファン念願の快挙を達成した。

しかし、2位入りが確定したシーズン終了直前に球団が監督・野村克也の解任を発表。悲願の本拠地CS開催に水を差す。シーズン最終戦でのセレモニーも行われなかった。前監督の田尾安志も解任に際してトラブルが起きており、楽天フロントの対応に再び疑問符が付くこととなった(フロントは、「野村監督とは任期3年+延長1年の契約で更に延長する気は専らなかった。しかし監督本人がどうしても納得しなかった」と取材で答えている)。

10月24日、クライマックスシリーズ第2ステージ第4戦。パ・リーグ優勝の北海道日本ハムファイターズに敗れて日本シリーズ進出の夢が途絶えたと同時に、イーグルスに在籍する野村監督最後の采配となった。
スレッジを抱える強力なファイターズ打線を前に野村監督は継投策を講じるもその勢いは止めることはできず、8回2アウトからは第2戦で先発した岩隈久志が中一日で登板(先発型でありながらビハインドで突然の登板であったことから、自ら志願したという説あり)。
野村監督、そしてイーグルス勝利の為に無理を圧して投げたが、直後のスレッジに3ランホームランを打たれて沈んだ。スタンドに吸い込まれていく球を見送った岩隈の表情は清々しく、また岩隈をマウンドに送り出した野村監督の表情も、どこか肩の荷が下りたようにさっぱりとしていた。
そして3時間44分という激闘の末、9-4で敗れ、日本シリーズ進出は成らなかった。

試合終了後、田昌孝・北海道日本ハムファイターズ監督のスピーチ後に、ファイターズの吉井理人ピッチングコーチ、そしてヤクルト時代に野村監督の元でプレイしていた稲葉篤紀が握手を交わし、最後は両軍入り乱れての、野村監督の胴上げが行われた。
プロ野球史上でも稀に見るこの胴上げは両球団ファンも「野村! 野村!」と大歓声を送り、名将と謳われた野村克也の健闘を讃えた。

後任には広島東洋カープで監督を務めたマーティ・ブラウンが就任した。

ちなみに、このシーズンの途中より、ニコニコ動画に12球団で唯一の公式チャンネル「楽天イーグルスチャンネル」を開設。主催ゲームのダイジェスト、監督会見、ヒーローインタビューを配信した。またニコニコ生放送にて一部の主催ゲームを全編生中継し、多数の視聴者を動員した。

2010年(62勝79敗1分、6位)監督:マーティ・レオ・ブラウン

一言で言えば転落

勝率が一度も5割を超えることはなく、ひたすら負け越しが続いた。交流戦では好調だったが、パ・リーグ同士では負け込むようになり、最終的な勝敗数は見ての通りで、4年ぶりの最下位。5位のオリックスバファローズに対しても7.5ゲーム差をつけられた。
この不調に加えて、前年の野村監督解任騒動などが好感度を下げたのか、本拠地での平均観客数も1日当たり1000人ほど減少した。 

個人タイトル受賞者は誰もいなかったが、成績を上げた嶋基宏がゴールデングラブ賞とベストナインを受賞している。

シーズン終了後、ブラウンの解任が発表され、後任として、中日ドラゴンズ・阪神タイガースの監督を歴任した、闘将・星野仙一が就任した。
山崎武司は翌年、雑誌でのインタビューで、「ブラウンはいい監督だったが、自主性を尊重するやり方は、選手が子供な楽天というチームでは甘やかしにしかならなかった」と語っている。

とはいえ、代走要員だった聖澤諒の成長をはじめとする選手層の底上げ、これまで弱点だった中継ぎにもスリーマウンテンズが劇場しながらも定着するなど、来季へそれなりの期待を残しつつシーズンを終えた。

一方でシーズン終了後のオフ、チームのムードメーカーでありバリバリのレギュラーだった渡辺直人が突如横浜ベイスターズに銭トレード。鉄平や嶋や草野が、契約更改の記者会見で契約内容は一切話さず、渡辺のトレードについて号泣しながら口にするという事態が発生。なお、去年の不調が嘘のように成績を盛り返した中村紀洋も契約延長の話すら無くひっそりとあっさりとクビを言い渡され、フロントのレギュラー選手に対する扱いに一部どころか多くの楽天ファンに衝撃が走った。

この年もニコ生で全主催試合の生中継が行われた。フロントの今期唯一の手柄。

2011年(66勝71敗7分、5位)監督:星野仙一

「東北を熱くする」。杜の都に闘将・星野仙一がやってきた。

星野は、就任するや否や、メジャー帰りのビッグネーム、松井稼頭央と岩村明憲の2人を獲得。加えてトレードなどでも1001独自のコネ経由で次々と選手を獲得し、かつて暗黒期の阪神タイガースを復活させた時の「血の入れ替え」と同様の、大胆な選手獲得による強化を行っていく。この豪腕ぶりに、「優勝ktkr!」と期待に胸躍らせるファンが多数現れる。

しかし、3月11日、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が東北を襲う。
発生時はチームは兵庫でロッテとのオープン戦に望んでおり無事だったものの、この影響により本拠地の日本製紙クリネックススタジアム宮城が使用できず、開幕前の調整はもちろん、開幕からしばらくの間は公式戦も関西を中心に転々としながら開催するなど、開幕前後は地震とそれに関連する災害の影響をもろに受けた。
チームが仙台に帰ってこれたのは、4月7日のことであった。 

震災を受けて、開幕前に急遽『がんばろう東北』というスローガンを掲げた。このスローガンを見たファンの中には、阪神大震災の起こった1995年、当時のオリックス・ブルーウェーブが『がんばろうKOBE』のスローガンを掲げ優勝した姿を重ねて、「ひょっとしたら優勝もあるんじゃ?」と思ってしまった者も少なからずいたようだ。

だがその期待は、見事に裏切られた。

期待の元メジャーリーガー岩村は完全に置物と化していた。2011年の1年間で、打率.183本塁打0打点9。守備も精彩に欠けており、一部ではとても不名誉なあだ名がつけられるほどであった。
新加入の外国人も期待通りの活躍とはいかず、さらには主力級の野手陣が揃いも揃って大不振に陥るなど、開幕前の目算は大幅に外れた。
先発ローテも田中将大とルーキーの塩見貴洋以外は安定せず、その状況を打開しようとスリーマウンテンズを先発に投入してみたりしたものの全滅。
打線の不振には、この年から導入された新統一球の影響もあると思われるが、全体としてはやはり震災の精神的影響が選手達に及んでいたであろう事は、想像に難くない。

ペナントレース中盤以後は何度か3位に食い込むことはあったものの、最終的には西武とオリックスの間で繰り広げられた熾烈な3位争いから蹴落とされる形になり、5位でシーズンを終えた。

田中の投手三冠沢村賞受賞、ルーキーの塩見シオミクーンがムエンゴに泣かされながらも終盤までローテを守り9勝を挙げての優秀新人賞受賞、ダレル・ラズナーの抑え転向の成功、聖澤諒や内村賢介がレギュラーに完全定着し活躍する、などといった明るい話題があるにはあったが、監督自ら「(東北を熱くすると言ったが)ぬるかったね」と漏らしてしまうほど、いろいろと不完全燃焼なシーズンになってしまった。

なおオフには、初年度からイーグルスに在籍しチームを支えた岩隈久志や山崎武司が退団し移籍。他にも十数名が任意引退や自由契約になり、トレードも続々と成立させるなど引き続き「血の入れ替え」を断行。さらには1軍打撃コーチにあのデーブ大久保を招聘。球団創設8年目のシーズンに備える。

2012年(67勝67敗10分、4位)監督:星野仙一

球団史上初の本拠地開幕戦となったが、ロッテに3連敗するという体たらくでシーズン開幕。
先行きが不安視されたが、前半戦終了時点で球団史上初めて、Aクラスで後半戦を折り返すことになる。
しかし後半は失速し、ソフトバンク、ロッテと3位を競うことになり、10月4日にBクラスが確定したが、最終戦を勝ったことで、なんとか勝率.500でシーズンを終えた。

田中将大が故障などで不振に陥りつつも、最多奪三振王のタイトルを獲得。
野手では、共に高卒7年目の苦労人、銀次と枡田慎太郎の急成長が光った。他にも、大卒ルーキーの岡島豪郎や島内宏明がレギュラー争いに喰い込み、投手では高卒ルーキーの釜田佳直が7勝を記録するなど、来期に期待を伺わせるシーズンとなった。

なおデーブ大久保によってアーリーワークが取り入れられたことによって打撃が向上したが、そのデーブが案の定問題を起こし、打撃コーチから二軍監督に降格した。

オフ、外国人野手は全員解雇となり、メジャーで434発も放った大物打者アンドリュー・ジョーンズと、2010年に同じくメジャーでシーズン23本塁打をマークしているケーシー・マギーと2人の大砲候補を獲得。さらに地元仙台出身の斎藤隆を獲得した。

2013年(82勝59敗3分、優勝、日本一) 「野球の底力」 監督:星野仙一

開幕戦は黒星スタート、 4月27日には球団通算500勝を達成したが4月終了時点では打順が固まらないなどチーム状態も悪く5位と低迷。しかし前年度の大胆な強化が功を奏し、5月の交流戦が始まったあたりからチーム状態が良くなり、前半戦を終了し球団史上初めて6月以降の単独首位を達成する(同じ記録が7月、8月と続いていくが、これは後述)。 

打撃面では、前年度に獲得した大砲候補のアンドリュー・ジョーンズとマギーが"当たり外国人"として大活躍。この2人のほか、前年度に引き続き銀次が安定した成績を残し、島内や岡島など若手の活躍もあり打線に繋がりがみられた。

守備面では岩崎達郎と藤田が大きく活躍し、チーム全体としてもエラーの少ない安定した守備を見せた。

投手陣では、あの稲尾和久の記録を超えるシーズン24連勝を達成し、レギュラーシーズンを無敗で終えた田中将大の活躍が大きかった。開幕24連勝、前年8月からの通算では28連勝という記録は、日本プロ野球新記録である(ちなみに、シーズン21勝という記録も2008年の岩隈以来のものである)。 
また、田中だけでなく大卒1年目ドラフト2位入団の則本昂大も、ルーキーであるばかりか妙に強い投手に当たり続けているにも関わらず、チーム史上4人目の2桁勝利を達成する好調ぶりを見せた。WBCで疲弊していた田中に代わってルーキーながら開幕投手を任された。 

このように、打撃・守備・投手のいずれにおいても好調であり、セ・パ交流戦では首位ソフトバンクにわずかに届かなかったものの、0.5ゲーム差で2位に食い込み後半戦でも順調に勝ちを重ねる。なかでも逆転勝利が多く36度はリーグトップだった。
8月中旬には、その好調振りからサンケイスポーツより「楽天 いくぞ初V」という嫌がらせのようなムックが発売され、それを期にシーズン初の5連敗を喫するという、ファンを冷やりとさせる一幕もあったものの直後のロッテとの首位攻防戦を3連勝で終え再び勢いに乗り、8月28日にはとうとう球団史上初の優勝マジックが点灯。
そして、9月26日の埼玉西武戦(西武ドーム)に創立9年目にしてはじめてパシフィックリーグ優勝を達成した。そのまま、10月21日にクライマックスシリーズでも優勝し、日本シリーズでは読売ジャイアンツと日本一を争うことになった。第5戦時点で3勝2敗とリードし、第6戦ではシーズン無敗の田中将大が先発したが9回4失点で初黒星となり、決着は最終戦となる第7戦におあずけとなった。そして11月3日第7戦を3-0で勝利し、創設9年目にしてついに日本に輝いたのである。

オフに河田寿司、高須洋介、星野智樹が戦力外通告。抑え投手として貢献したダレル・ラズナーはじめ、ケニー・レイ、ブランドン・ダックワース、ジム・ハウザー、ケーシー・マギーが自由契約となった。

2014年(64勝80敗、6位)監督:星野仙一

開幕戦から西武を3タテしたが、続くオリックスでは3連敗。その後も伸び悩みが続き、前半戦終了時点で最下位。

チームではヒットこそ出るものの、長打力が期待できる選手がアンドリュー・ジョーンズしかおらず、シーズン途中に度々外国人選手の補強を行っている。(5月7日にジョン・ボウカー、6月5日にライナー・クルーズ(投手)、6月17日にザック・ラッツ、7月31日にニック・エバンス)
しかしラッツは中々の成績を残したものの怪我により離脱し、ボウカーも打率が.250を切るなどいまいち期待に応えられず、エバンスは論外で結局の所はジョーンズ頼みの有様であった。

9月から反撃し最下位を脱出し、CS進出を狙ったが、時既に遅し。最後は6連敗で2010年以来の最下位に転落した。一年前に24勝無敗で優勝、日本一に貢献した投手陣の柱である田中将大と、28本塁打93打点を記録した打線の軸であるケーシー・マギーの抜けた穴を埋めるのは容易ではなかった。

ケビン・ユーキリスが戦力にならず、二桁本塁打もアンドリュー・ジョーンズの24本のみに終わり、投手陣も先発陣は則本昂大が最多奪三振のタイトルを獲得したが規定投球回に到達したのはこの則本と辛島航のみで、二桁勝利に至っては則本だけ、中継ぎもベテランの小山伸一郎・青山浩二らが不調の中、戦力外から這い上がってきた福山博之が65試合に登板して防御率1.87という安定感を見せ、ルーキーの西宮悠介も46試合で3勝を挙げて防御率3.17と活躍したが残りの選手は軒並み不調でチームが浮上することはなかった。

オフにはブライアン・ファルケンボーグ、アンドリュー・ジョーンズ、ジョン・ボウカー、給料泥棒ケビン・ユーキリス、ニック・エバンス、ルーク・ファンミル、給料泥棒2号トラビス・ブラックリー、ザック・ラッツ計8人の外国人選手が自由契約。
高堀和也、宮川将、小斉祐輔、島井寛仁、デーブに殺されかけた澤貴裕は育成選手としての契約となり、育成だった井坂亮平、セルジオ・ミトレ、木村謙吾、有馬翔、神保貴宏は自由契約となっている。

そして創設メンバーの一人であり「シャーパー」の愛称でファンから親しまれた中島俊哉が引退し、ファン感謝祭では引退セレモニーも開かれた。
中島の引退により、創設時から楽天に所属し続けている選手は小山伸一郎・牧田明久の2名を残すのみとなった。

また2014年のシーズンをもって星野監督の勇退が決定し、後任には数々の問題を起こしたことから反対の署名運動まで勃発したが最後は三木谷オーナーのゴリ押しで二軍監督の大久保博元が就任した。

2015年(57勝83敗3分、6位)監督:大久保博元

前年最下位の雪辱を晴らすため、打者ではギャビー・サンチェス、ゼラス・ウィーラー、そしてキャンプ中に入団が決まったウィリー・モー・ペーニャ。投手では2013年に楽天に所属していたケニー・レイとジム・ハウザーが復帰、前年まで広島東洋カープの守護神を務めていたキャム・ミコライオを獲得する等2015年にかける意気込みをフロントも見せた。
しかしミコライオはシーズン開幕前にヘルミアで離脱してしまい、守護神には急遽2年目の松井裕樹が回されることになった。

3・4月はなかなか貯が作れないながらも、4月には何度か3位に浮上する等上位のチームには何とか食らい付いていた。
だが、5月頃からチームには怪我人が続出。銀次、金刃憲人、枡田慎太郎、西田哲朗、伊志嶺忠、嶋基宏、藤田一也と言った主力選手たちが次々に故障で離脱し、ついには2軍の捕手が足りなくなるという事情でブルペン捕手の横山徹也が現役復帰するにまで至った。(まるでヤクルトだとツッコミを入れた人も多いだろうが、ヤクルトもこの年選手不足のため阿部健太を現役復帰させていたりする。)
そのため徐々にソフトバンク、日本ハム、西武に差を広げられていき、交流戦では10勝8敗と勝ち越したが、この年はパ・リーグ全体がセ・リーグに勝ちまくっており、結果的には上位とさらに差が広がっただけであった。
上記の事情もあって、前半戦は5位に終わっている。

打線は得点力不足にあえぎ、特に補強選手であるウィーラーとサンチェスが揃って打率2割前後を記録する低迷ぶり、ペーニャも当初は本塁打が出ず、単打製造機と化していた。
そんな中でこの年から外野に転向したベテラン・松井稼頭央とどちらかと言えば守備の人のイメージがあった藤田一也が気を吐くが、打線はなかなか繋がらず、本塁打もソロが多いため得点効率は悪かった。
投手では前年エース級の活躍をした則本が当初援護にも恵まれないせいかピリッとせず、代わりに御年40歳のレイが開幕3戦3勝を達成する活躍を見せた他、塩見も復活を遂げたがどの投手も皆いかんせん援護が無く勝ち星が伸び悩んだ。
だが急遽守護神を任された松井はキレのあるストレートでズバズバと三振を奪い、7月15日までで19セーブ、防御率0.63と見事な成績を残す。

後半戦は7月22日に北海道日本ハムファイターズ戦で球団新記録となる1試合19得点を記録したが、打線の不調は変わらないままで、7月30日には田代富雄1軍打撃コーチが異例となるシーズン途中での辞任を発表。これだけならまだよかったのだが、この辞任劇の際にオーナーの三木谷氏が現場を預けたはずの大久保監督に対し試合前に現場で決めた打撃オーダーをFAXで自身に送らせこれに自ら修正を入れたり、試合中に電話で代打・代走の支持を出すといった現場介入をしているという問題が発覚。田代コーチの辞任やチームの不振は監督だけでなく三木谷氏にも問題があるのではないかという声があがった。

オーナーによる現場介入で起こった嫌な流れを払しょくできなかったのか、チームはずるずると負けを重ねていき、ついには前半戦で連敗を繰り返し、中盤まで不調で監督の休養にまで至っていたオリックスに終盤追いつかれ、10月3日の千葉ロッテ戦に敗戦したことで屈辱の2年連続の最下位が決定。

投手陣では則本が唯一人ローテーションを守り抜き、2年連続となる最多奪三振を獲得したが、規定投球回に到達したのはこの則本ただ一人。また則本も含め先発陣の選手は全員が負け越してしまった。
中継ぎ陣も抑えの松井は33セーブを挙げ防御率は0.87と最後まで安定していたが、前半好調だったライナー・クルーズや福山博之、武藤好貴らが調子を落としてしまったこともチームには大きく響いた。

そして打線は後半戦になり故障で離脱していた主力選手たちが復帰。9月には完全に期待外れと思われていたウィーラーが突如覚醒するといったうれしい誤算もあったが、殆どの選手が去年以下の打撃成績となり、特に得点力強化のために期待されていたペーニャは17本塁打40打点、得点圏打率.189と完全に期待を裏切る形となった。
チーム総得点463はリーグ最下位、またチーム打率.241に至ってはリーグ最低どころか統一級に苦しんだ2011年のチーム打率.245をも下回るなど最後まで貧打を解消することが出来なかった。

大久保監督はチーム不振の責任を取り辞任を発表。また橋上秀樹ヘッドコーチら1軍の6名のコーチも退任が決定し、後任には星野元監督との縁で大阪近鉄バファローズ、北海道日本ハムファイターズを優勝させた経験のある田昌孝氏が就任。

2016年(62勝78敗3分、5位)監督:梨田昌孝

2年連続の最下位となったことを重く受け止め大型補強を敢行、野手では千葉ロッテマリーンズからFA宣言した今江敏晃、戦力外通告を受けたキャッチャーの川本良平、広島東洋カープから栗原健太、投手では中日から山内、ソフトバンクからを獲得。また助っ人外国人の投手ではジェイク・ブリガムとラダメス・リズ、野手ではメキシコから国内リーグ二冠のジャフェット・アマダ―、メジャー通算162本塁打のジョニー・ゴームズを獲得した。

開幕後は一時首位に立つなど好調を見せるも投手ではセットアッパーの青山が5月の時点で3敗、クローザ―の松井裕樹が絶不調に陥り9回に4失点や6失点するなど大量失点する場面が目立ち、開幕から不調のケニー・レイが戦力外通告を受け退団、銀次・今江・松井稼頭央が打撃不振で2軍に降格、ゴームズも「地震が怖い」と帰国、5月には打っても中継ぎ陣が安定感を欠き2試合連続で延長戦で落とすとそこから10年ぶりの9連敗を喫すなど投打に綻びが生じ一気に失速、さらに嶋もケガにより離脱するなど不運にも見舞われ最下位に転落、楽天初年度に並ぶペースで借10に到達してしまった。

しかし、離脱した選手に代わり1年目の若手選手が台頭。キャッチャーでは足立、ショートは茂木、センターにはドラフト1位のオコエ瑠偉や島内が入ると交流戦では11勝7敗と勝ち越し、8月も15勝9敗1分と持ち直し4位に浮上するも9月に大きく負け越し西武に抜かれ最下位は脱するも3年連続のBクラスとなる5位でシーズンを終えた。

年度別成績









東北楽天ゴールデンイーグルス
2005年 田尾安志 6 136 38 97 1 .281
2006年 野村克也 6 136 47 85 4 .356
2007年 4 144 67 75 2 .472
2008年 5 144 65 76 3 .461
2009年 2 144 77 66 1 .538
2010年 M.ブラウン 6 144 62 79 3 .440
2011年 星野仙一 5 144 66 71 7 .482
2012年 4 144 67 67 10 .500
2013年 1 144 82 59 3 .582
2014年 6 144 64 80 0 .444
2015年 大久保博元 6 143 57 83 3 .407
2016年 田昌孝 5 143 62 78 3 .443
通算:12年 2010 754 916 40 .451

順位

  • セ・パ交流戦 優勝 - 0回
  • 優勝 - 1回(2013年)
  • 日本一 - 1回(2013年)
  • Aクラス - 2回
  • Bクラス - 9回
  • 最下位 - 5回

シーズン最高成績(チーム)

  • 最多勝利 - 82勝(2013年)
  • 最高勝率 - .582(2013年)
  • 最多本塁打 - 111本(2007年)
  • 最高打率 - .272(2008年)
  • 最高防御率 - 2.85(2011年)

シーズン最低成績(チーム)

  • 最多敗北 - 97敗(2005年)
  • 最低勝率 - .281(2005年)
  • 最少本塁打 - 52本(2012年)
  • 最低打率 - .241(2015年)
  • 最低防御率 - 5.67(2005年)

所属選手

太字は記事のある選手。
 (基本ポジションごとの背番号順  首脳陣のみ、その限りにあらず)

2017年2月25日更新

首脳陣

一軍 二軍・育成
  • (99)田昌孝(監督)
  • (92)与田剛(投手コーチ)
  • (72)森山良二(投手コーチ)
  • (88)池山隆寛(打撃コーチ)
  • (83)礒部公一(打撃コーチ)
  • (97)古久保健二(バッテリーコーチ)
  • (74)真喜志康永(内野守備走塁コーチ)
  • (84)森山周(外野守備走塁コーチ)
  • (89)平石洋介(監督)
  • 79)大石知宜(ヘッドコーチ)
  • (73)杉本正(一軍・二軍巡回コーチ)
  • (75)小山伸一郎(投手コーチ)
  • (96)河野亮(チーフ打撃コーチ)
  • (85)栗原健太(打撃コーチ)
  • (81)柳沢裕一(バッテリーコーチ)
  • (78)立石充男(内野守備走塁コーチ)
  • (87)酒井忠晴(内野守備走塁コーチ)
  • (76)米村理(巡回外野守備走塁コーチ)

所属選手

※トレード、自由契約などの異動については、NPB公示があるまで編集しないでください。

投手 捕手 内野手 外野手
  • (1)松井裕樹
  • (11)岸孝之
  • (14)則本昂大
  • (15)小野郁
  • (16)森雄大
  • (17)塩見貴洋
  • (19)藤平尚真
  • (20)安楽智大
  • (21)釜田佳直
  • (22)戸村健次
  • (26)金刃憲人
  • (28)石橋良太
  • (30)池田隆英
  • 31美馬学
  • (34)武藤好貴
  • (38)西宮悠介
  • (41)青山浩二
  • (42)フランク・ハーマン
  • (45)菅原秀
  • (46)濱矢廣大
  • (47)大塚尚仁
  • (50)入野貴大
  • (52)森原康平
  • (53)高雄平
  • (58)辛島航
  • (59)菊池保則
  • (60)古川侑利
  • (61)鶴田圭佑
  • (62)西口直人
  • (63)小山雄輝
  • (64)福山博之
  • (69)野元浩輝
  • (90)宮川将
  • (91)久保裕也
  • (001)片山博視
  • (054)横山貴明
  • (090)今野龍太
  • (128)千葉耕太
  • (131)木村敏靖
  • (143)宋家豪
  • (29)小関翔太
  • (37)嶋基宏
  • (39)下妻貴寛
  • (44)足立祐一
  • (48)伊志嶺忠
  • (65)堀内謙伍
  • (68)細川亨
  • (70)石黒彪
  • (00)阿部俊人
  • (2)吉持亮汰
  • (5)茂木栄五郎
  • (6)藤田一也
  • (8)今江年晶
  • (33)銀次(選手会長)
  • (36)内田靖人
  • (40)ゼラス・ウィーラー
  • (49)ジャフェット・アマダー
  • (55)西田哲朗
  • (56)中川大志
  • (57)三好匠
  • (66)村林一輝
  • (046)伊東亮大
  • (126)出口匠
  • (127)山田大樹
  • (129)南要輔
  • (130)向谷拓己
  • (4)岡島豪郎
  • (7)松井稼頭央(キャプテン)
  • (9)オコエ瑠偉
  • (23)聖澤諒
  • (24)福田将儀
  • (25)田中和基
  • 32枡田慎太郎
  • (35)島内宏明
  • (51)ルシアノ・フェルナンド
  • (54)カルロス・ペゲーロ
  • (005)島井寛仁
  • (063)北川倫太郎
  • (122)八百板卓丸

記事のある球団スタッフ

  • 愛敬尚史(スカウト)
  • 有銘兼久(ジュニアコーチ)
  • 伊東昂大(ジュニアコーチ)
  • 梅津智弘(一軍サブマネージャー)
  • 大廣翔治(ジュニアコーチ)
  • 川井貴志(打撃投手兼チーム戦略室スタッフ)
  • 川岸強(ジュニアコーチ)
  • 河田寿司(ブルペン捕手兼育成担当)
  • 後藤光尊(ジュニアコーチ)
  • 佐竹健太(打撃投手)
  • 塩川達也(ジュニアコーチ)
  • 鉄平(ジュニアコーチ)
  • 永井怜(ジュニアコーチ)
  • 中島俊哉(ジュニアコーチ)
  • 中濱裕之(ジュニアコーチ)
  • 西村弥(ジュニアコーチ)
  • 長谷部康平(営業本部)
  • 藤原紘通(打撃投手)
  • 星野仙一(球団取締役副会長)
  • 牧田明久(ジュニアコーチ)
  • 牧野塁(ジュニアコーチ)
  • 山下勝充(スカウト)
  • ダレル・ラズナー(国際スカウト)

記事のあるOB

あ行 か行
  • カツノリ(野村克則)(現:東京ヤクルトスワローズ コーチ)
  • 加藤大輔
  • 加藤正志
  • ルイス・ガルシア
  • 川島亮
  • 川尻哲郎
  • 川本良平
  • 紀藤真琴
  • 無英
  • マーカス・グウィン
  • 草野大輔
  • ドミンゴ・グスマン
  • ライナー・クルーズ
  • 憲史(川口憲史)
  • ジョニー・ゴームズ
  • 小斉祐輔
  • 小坂誠(現:読売ジャイアンツ コーチ)
  • 小林宏
さ行 た行
な行 は行
  • 中谷仁
  • 中村武志(現:起亜タイガース コーチ)
  • 中村紀洋
  • 中村真人
  • ブレット・ハーパー
  • ジム・ハウザー
  • 橋本義隆
  • 長谷部康平
  • ブライアン・ファルケンボーグ
  • アンディ・フィリップス
  • ホセ・フェルナンデス
  • 福盛和男
  • 藤井彰人
  • 藤江均
  • ウィリー・モー・ペーニャ
  • フェリックス・ペレス
  • ジョン・ボウカー(現:福島ホープス)
  • 星野おさむ
  • 星野智樹
ま行 や行
  • ケーシー・マギー(現:読売ジャイアンツ)
  • 松崎伸吾
  • キャム・ミコライオ
  • 宮出隆自(現:東京ヤクルトスワローズ コーチ)
  • 森谷昭仁
  • 山内壮馬
  • 藪恵壹
  • 山崎浩司
  • 山崎武司
  • 山村宏樹
  • ケビン・ユーキリス
  • 横川史学
  • 吉岡雄二(現:富山GRNサンダーバーズ 監督)
  • 吉田豊彦
ら行 わ行
  • ザック・ラッツ(現:マイアミ・マーリンズ マイナー)
  • トッド・リンデン
  • ランディ・ルイーズ
  • ケニー・レイ

マスコットキャラクター

公式

  • クラッチ
  • クラッチーナ

非公認

  • ピーマンボンジョルノカンパニー
    • Dr.ぺぺローネ
    • ho.la. ピーマン
    • O.Jパプリカ
  • Mr.カラスコ

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関連項目

  • プロ野球選手一覧
  • 楽天イーグルス初年度
  • 羽ばたけ楽天イーグルス
  • 七森中☆ごらく部(ニコ生の企画などでコラボしたことがある)

野村監督時代

  • 福盛の21球
  • 袖達

ブラウン監督時代

  • 内野5人シフト
  • スリーマウンテンズ

星野監督時代

  • ワシが育てた
  • 田中の8球

外部リンク


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ページ番号: 391391 リビジョン番号: 2462881
読み:トウホクラクテンゴールデンイーグルス
初版作成日: 08/07/24 20:59 ◆ 最終更新日: 17/02/25 06:43
編集内容についての説明/コメント: 【追加】所属選手:久保裕也
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東北楽天ゴールデンイーグルス(見出し)

東北楽天ゴールデンイーグルス ロゴ(白)

東北楽天ゴールデンイーグルス ロゴ

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チャンステーマ(八...

東北楽天ゴールデンイーグルスについて語るスレ

867 : ななしのよっしん :2016/06/21(火) 18:00:33 ID: LS5oLLRxTW
ここは絆ジャッジフル活用しなきゃどうにもならないからな。十年単位で日本一になることもないでしょう。
868 : ななしのよっしん :2016/07/06(水) 20:19:46 ID: bwZSSXSj4Y
桃鉄の全とっかえカード使えたらいいなぁ
869 : ななしのよっしん :2016/08/18(木) 22:19:43 ID: Qj3EI8513f
アマダーが当たってきてるし、ロッテも低迷してきている
クライマックスまだ狙えるぞ
870 : ななしのよっしん :2016/08/28(日) 18:53:35 ID: QF2jFYRuwN
もう打線は3番ウィーラー4番アマダー5番ペゲーロでええんちゃうの?w
871 : ななしのよっしん :2016/10/06(木) 13:10:15 ID: cR14R6fknj
メモ替わりに書いておこう。

2016年のシーズンは、4位争いをする埼玉西武ライオンズ
9月28日にシーズン最終戦を終えるが、楽天はまだ6試合を
残しており、結果次第では楽天が4位になる可能性もあった。
だが、1試合を残した10月4日のロッテ戦に敗れ、今シーズン
の5位が確定した。
872 : ななしのよっしん :2016/10/19(水) 19:53:14 ID: AO6h+N6EE7
>>865-866
なお、優勝したのは北海道日本ハムファイターズだった。
日本シリーズ出場球団も同様。

そんな大一番がパの終盤にはあったのに5位と6位は…です。4位も対して変わらんかったか。
873 : ななしのよっしん :2016/11/27(日) 12:32:22 ID: +ek+ssnEEA
ようこそ岸君
874 : ななしのよっしん :2016/11/27(日) 19:15:56 ID: 88nPKSInQv
宮城野原駅2番出入口には、巨大な楽天イーグルスの帽子のモニュメントがある。
875 : ななしのよっしん :2016/12/03(土) 11:10:36 ID: mkY2e+im0s
岸と細川の加入、ミコライオ退団でどうなるかなぁ。
876 : ななしのよっしん :2016/12/09(金) 09:32:59 ID: mkY2e+im0s
ミコライオはまだ契約が済んでないだけでまだ出て行ったわけではないのね。訂正。
仮にいなくなったら勝ち継投もっとしんどそうやけども。
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