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【 東方昭和伝第八部 複雑怪奇編 】  [ 昭和13年3月 ~ 昭和14年1月 ]

1939年ほど不吉な状態で明けた年は稀である。全体主義国家民主主義国家とが、それぞれ急速に戦争配置に結合しつつあり、もうひとつの “ アルマゲドン ” が地上に起こる可性が高いのである。これは危険な年になるであろうし、楽観義が許されるとは私には見受けられない。(合衆日大使 ジョセフグルー)

なできごと ≫ ナチスドイツオーストリア併合 近衛内閣改造 徐州作戦 鼓峰事件 ミュンヘン会談 汪兆銘の和工作 近衛内閣総辞職と平沼内閣成立 三同盟問題 ノモンハン事件 日通商航条約破棄 独ソ不可侵条約 第二次世界大戦開戦

出演

≪ 役名・肩書き・演者 肩書きは原則として作中の現職。元職は特記のみ ≫

宮中

政治家

官僚

陸軍

海軍

要人

民間活動家

そのほかモブ役として、射命丸文マスコミ魂魄妖忌(将校級軍人)高木社長(随時)

用語解説

ハンモックナンバー

 海軍学校卒業年次や兵学校同期間における卒業順位の俗称。「軍人はホシの数(階級)よりメシの数(古参新参)」の不文をあらわすもののひとつで、海軍においては階級の昇進・艦長や艦隊官への就任など、人事を左右する大きな標となっていた。
 海軍学校29期を68番/125人で卒業した米内光政が、海軍大将連合艦隊長官・海軍大臣まで出世したのは異例のことで、ほとんどの場合は卒業年次・卒業席次による「順送り人事」が慣例化。このため、古参(先任)であるがゆえに門外兵科を扱う艦隊・戦隊へ配属される事態を招くことも多く、有名なものとして南雲忠一(兵学校36期)が、航空戦に詳しい小沢三郎(37期)や山口多聞(40期)より先任者だったため、第一航空艦隊(空母機動部隊)の長官に座らされた事例がある。
 また「ハンモックナンバーの下位者が上位者を揮できない」の慣例は、当然のことながら「上位者Aが出世しないので下位者Bが出世できない」「下位者Dを長官にするので上位者Cを予備役に回す」「下位者Fが大将になるので上位者Eも大将に昇進」といった、人事の硬直化・不適材不適所の弊を数多くもたらした。

人物評伝

キャスティングされていなくて、作中登場の多い人物につき

大島 浩 (おおしま ひろし 1886~1975)

 昭和期の陸軍軍人、最終階級は中将岐阜県出身。陸軍大学校27期卒業で、同期生に今村均本間、そして東条英機
 幼少期に在日ドイツ人の庭に預けられていたという生い立ちから、ドイツとの関わりが深く、大正10年(1921年)以降は駐ドイツ大使館や駐オーストリア使館付き武官を長く勤め、日本大使外交官らとは全く別の、独自のドイツ政界・軍部との関わりを形成。外務省が軽視していたナチスとも深くつながり、ナチスが政権を握るとたちまちのうちにドイツ政府との交渉は、大島しにはできなくなってしまった。
 日独防共協定締結問題では、反対の駐英大使吉田茂と論争。防共協定の日独同盟化問題では消極の駐独大使・東郷茂徳を、陸軍幹部やドイツ外相リッベントロップとの提携で駐ソ大使へ転出させ、昭和13年1938年)自らが駐独大使に就任。日独伊三国同盟の締結に邁進して、ヒトラーからの絶大な信頼を得る。
 ヒトラーの信頼および自らのナチスへの心酔から、ナチス政府の枢密情報にすらしばしば与るようになった大島から日本への通信は、日本政府や軍部の深く信頼するものとなっていたが、第二次世界大戦そして独ソ戦ドイツの戦局が敗勢を増しても、ドイツ軍への過信・ナチス政府プロパガンダへの盲信に基づいた「大島電」は、日本外交判断を大きく誤らせることになった。ドイツの敗戦後ベルリンからの逃亡先の南ドイツ連合軍に捕らえられ、日本へ送還。極東軍事裁判にA級戦犯として起訴され、1票差で絞首刑を免れて終身刑

池田成彬 (いけだ しげあき 1867~1950)

 明治から昭和にかけての財界人・政治家。名を音読みして、通称「せいひん」。山形県出身。米沢中学から慶義塾に出、のち渡してハーバード大学で学ぶ。帰後、慶義塾塾長・小幡次郎紹介三井銀行に入り、頭を現して三井財閥の中枢を担うようになる。財閥の実者・中上川次郎結婚してその地位を固め、明治44年1911年)より23年にわたって三井銀行常務取締役大正8年から筆頭乗務)。
 昭和融恐慌(第1次若槻内閣 政会)に際しては、台湾銀行鈴木商店の破綻が三井池田)の資引き揚げによるものだと批判され、のちの解禁と世界恐慌による不況(浜口・第2次若槻内閣 民政党)下で起こったドル買事件(ドル買問題)においては、時の大蔵大臣・井上準之助としく争った。昭和7年1932年)、三井合名理事に就任して財閥の実質的責任者となり「財閥総帥」の名を不動のものとする。
 三井退職の翌昭和12年1937年)、日本銀行総裁に就任。同年10月近衛文麿首相に乞われて内閣参議に入り、昭和13年1938年5月内閣改造で大蔵大臣兼商工大臣を務める。このころになると「首相補」としても名前が挙がるようになり、実際に平沼内閣の後継を選ぶ過程において元老・西園寺望が1度は「池田首相」を模索したが、陸軍近衛の支持を得られずに終わった。
 昭和16年1941年)、枢密顧問官。開戦後はその経歴からと見られて憲兵に監視される。敗戦後、いったんA級戦犯定を受けたものの、解除。のち、GHQによる「財閥解体」に積極的に協したことで、三井から深く恨まれたと言われる。

ヴィルチェンバレン (1869~1940)

 大英帝国の第60代首相・第一大蔵卿。
 ボーア戦争当時の植民地大臣ジョゼフチェンバレン、異は外相としてロカルノ条約を締結し、ノーベル平和賞を受賞したオースティンチェンバレンという英国政界の名門出身。1918年に下院(庶民院)議員に当選し、1923年から37年にかけて、ボールドウィン内閣保守党)・マクドナルド内閣(挙一致)などで保健大臣・大蔵大臣を歴任。1937年、第3次ボールドウィン政権のあとを受けて内閣を組織する。
 ヒトラードイツの台頭により、ヨーロッパ情勢が風雲急を告げるなかで展開されたチェンバレン外交は「宥和政策(宥和外交)」と称され、後世「抜け外交」の典とされてしく批判を浴びることになる。しかしミュンヘン会談の結果自体は、少なくともその直後においては「平和をもたらした」として絶賛されていたし、また英帝国の軍備や経済が前大戦の後遺症に苦しむ中、結果的には対独戦の準備をする時間を稼いだとする評価も、一部にはある。
 とは言え、ドイツの強攻策で「ミュンヘン平和」がなし崩しにされ、第二次世界大戦の勃発に至ってチェンバレンの名は失墜し、1940年5月ドイツ軍オランダ侵攻をもって首相辞任に追い込まれる。後任のチャーチルは、蔵相・庶民院院内総務・枢密院議長として挙一致内閣チェンバレンを留めようとしたが、宥和外交責任を問う労働党党首クレメント・アトリー(挙一致内閣・王璽尚書)の反対で院内総務・枢相のみの就任となった。だがこの時すでにに犯されており、9月辞任・11月死去。

 

第八部の参考資料

之「山本五十六(上)」(新潮文庫
阿部牧郎「危機の外相東郷茂徳」(新潮文庫
阿部牧郎「勇断の外相重」(新潮社
アランブロック鈴木税訳「対列伝 ヒトラースターリン第2巻」
猪木「評伝吉田茂3」(ちくま学芸文庫
臼井勝美「新版 日中戦争」(中新書
NHK取材班、下斗米伸夫「スパイ ゾルゲの真実」(角川文庫
・生出寿「反戦大将井上成美」(徳間文庫
・生出寿「悪魔的参謀辻政信」(徳間文庫
・生出寿「米内光政」(徳間文庫
大井孝「欧州際関係 1919-1946」(たちばな出版
岡崎「重・東郷とその時代」(PHP文庫
荻原「東郷茂徳 伝記と解説」(原書房
秀昭「昭和史」(文文庫
・御田重宝「人間記録 ノモンハン戦(壊滅編)」(徳間文庫
勝田夫「重臣たちの昭和史(下)」(文芸春秋
加藤陽子「戦争日本近現代史」(講談社現代新書
加藤陽子『昭和14年の対工作平沼騏一郎』
風間太郎尾崎秀実伝」(教養選書)
亀井東條英機(上)」(人社NF文庫
河合秀和「チャーチル」(中新書
川田稔「昭和陸軍の軌跡」(中新書
北岡伸一「日本近代5 政党から軍部へ」(中央公論新社
・木洋一「第二次世界大戦 現代世界への転換点」(吉川文館)
纐纈厚「日本海軍終戦工作」(中新書
児島襄「天皇 二・二六事件」(文文庫
児島襄「天皇 太平洋戦争」(文文庫
児島襄「第二次大戦 ヒトラーの戦い2」(文文庫
児島襄「日中戦争Vol.3」(文芸春秋
ゴードン・W・プランゲ「ゾル東京を狙え(上)」(原書房
五味純平「ノモンハン」(文藝春秋
斎藤勉「スターリン秘録」(扶桑社文庫
・迫久常「機関銃下の首相官邸」(恒文社)
塩田潮「昭和怪物 岸信介真実」(WAC文庫
ジョセフグルー「滞日十年(下)」(ちくま学芸文庫
ジョンワイツヒトラー外交官 リッベントロップは、なぜ悪魔に仕えたか」(サイマル出版会)
久英「参謀・辻政信」(河出文庫
・W.チャーチル第二次世界大戦 1」(河出文庫
筒井清忠「近衛文麿 教養義的ポピュリストの悲劇」(岩波現代文庫)
筒井清忠「昭和十年代の陸軍政治」(岩波書店
多田井善生「決断した男 木戸幸一の昭和」(文藝春秋
一「昭和天皇側近たちの戦争」(吉川文館)
戸川佐武「昭和の宰相第2巻 近衛文麿と重臣たち」(講談社
戸部良一「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」(中公文庫)
豊田「孤高の外相 重」(講談社
豊田「最後の元老 西園寺望(下)」(新潮社
豊田流の弧舟 提督米内光政の生涯」(講談社)
中村英「昭和経済史」(岩波現代文庫)
昭和史のを追う(上)」(文文庫
昭和史の軍人たち」(文文庫
・半一利「昭和史」(社)
・半一利「ノモンハン」(文藝春秋
瀬努「海軍少将 高木惣吉正伝」(人社)
福田和也「地ひらく 石原莞爾昭和」(文芸春秋
福田和也「昭和天皇 第五部 日交渉と開戦」(文芸春秋
藤岡泰周「海軍少将 高木惣吉 海軍省調課と民間人頭集団」(人社)
藤田安一『戦時財政経済政策における「生産理論」の批判的検討』
藤原昭和歴史5 日中全面戦争」(小学館
古川久「昭和天皇」(中新書
・保阪正康「東條英機天皇の時代」(ちくま文庫
・保阪正康「昭和陸軍研究(上)」(朝日文庫
・保阪正康「蒋介石」(文新書
・保阪正康「吉田茂という逆説」(中公文庫)
毎日新聞社「決定版 昭和史9」
前田靖一「帝国に奉じたチャーチル(下)」(流社)
武藤章「から巣鴨へ」(中公文庫)
正蔵「解禁 昭和裏面史」(ちくま学芸文庫
森山「はじめてのノモンハン事件」(PHP新書
矢吹一夫「昭和動乱私史(中)」(経済往来社)
・R・ワイマントゾルゲ 引き裂かれたスパイ(上)」(新潮文庫
渡邉行男「垣一成」(中新書
フランクリン・ルーズベルト国家戦略―孤立義からの変革―(http://www.mercuryparty.com/fdr.htmlexit

 

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