松本山雅FCとは、長野県松本市を本拠地とする、Jリーグ所属のサッカークラブである。
チーム愛称は「ターミガンズ(Ptarmigans、さらに略して「ガンズ」)」で、長野県の県鳥である「雷鳥」を意味する。
なお、今のところ愛称をチーム名称に入れる予定は無い。
概要
1965年に山雅サッカークラブとして創設。この「山雅」という名は、創設時のメンバーの行き着けだった喫茶店の名前から由来する。ちなみこの喫茶店、現存していない。
北信越リーグが1975年に発足されて以来、一度も長野県リーグに落ちることなく35シーズンも在籍していた。ディビジョン制が敷かれて以降は2年間ほど2部に在籍していたが、その後は1部で優勝争いに常に加わるようになる。
国内のインターネット環境が整ってきた2000年代後半初頭、山雅は県内のライバルであるAC長野パルセイロとともに、一部のコアな国内サッカーファンには知られる存在となっていた。その理由として…
- 長野県内に未だ残る南北間の確執のおかげで、山雅(南)とパルセイロ(北)の対戦が実質的な南北間の代理戦争になっていたこと。(「信州ダービー」も参照。ちなみに南北間の確執は、具体的には長野市と松本市による対立であり、Chakuwikiで壮大なネタ項目にもなっている。⇒Chakuwiki:長野vs松本
) - 当時の北信越リーグ1部はリーグ戦における地域リーグ決勝大会への出場枠が1しかなかったのにも関わらず、ツエーゲン金沢や新潟県の専門学校チームであるJAPANサッカーカレッジを加えた優勝争いが、数ある地域リーグの中でも飛び抜けた激しさであったこと。
そういうこともあり、山雅とツエーゲンがJFL昇格で抜ける前までの北信越リーグ1部は、「世界一無駄に熱いアマチュアリーグ」と称されたのだった。
さて、そんなこんなで北信越リーグ1部でもがく山雅に対しわずかに差した光が、2009年に行われた第89回の天皇杯である。この年のリーグ戦を4位で終えてしまった山雅は4度目の天皇杯出場となり、しかも1回戦と2回戦がホームグラウンドである松本平広域公園総合球技場(通称「アルウィン」)で行われることになった。特に2回戦の対戦相手はシードの浦和レッドダイヤモンズで、彼らと対戦するには初戦の相手である当時格上のFC刈谷に勝たねばならなかったが、1-0で難なく勝利した。
ついにいよいよお待ちかねの浦和戦、当時は14494人もの観戦客が入り、大挙で押し寄せてきた浦和サポーターに負けず劣らず、山雅側のサポーターやファンも多く訪れた。
肝心の試合はというと、柿本選手の前半12分のループシュート、阿部選手の後半72分にきた相手のクリアミスをそのままシュートしてそれぞれ得点し、何と2-0の完封で勝利してしまった。また、地域リーグ所属クラブがJ1所属クラブに勝利したのは、天皇杯では初のことであった。ちなみに3回戦のFC岐阜戦は1-4と完敗した。
それでもJ1の名門クラブを破ったことは大きな自信となり、これをきっかけに地域リーグ決勝大会への出場の可能性が残されていた全国社会人サッカー選手権大会で優勝し、出場権を獲得。その後の地域リーグ決勝大会では決勝ラウンドまで進み優勝、JFLへの自動昇格枠を手にしたのだった。
なお、この決勝ラウンド、全試合アルウィンで行われ、入場者数が1万人を越えたという。まさに大会史上伝説となった回であると言えよう。
2010年シーズン、山雅は初めてのJFLを迎えた。これがクラブの歴史上、初の全国リーグということもあり、苦戦の連続は免れぬことだろうと思われていた。しかし、蓋を開けてみれば、波の激しさは一旦あったものの、後期になるとツボに入ったかのような快進撃をみせ、特に新JFLに初昇格したクラブとしては初めて、「Jへの門番」Honda FCからホームとアウェイの両方での勝利を収めた。結果、7位に終わったものの、最後まで上位争いに絡められた。また、天皇杯では2回戦にてヴァンフォーレ甲府に0-1と敗退し、3大会連続でのジャイアント・キリングは成し遂げられなかった。
この1年を通じて、課題も明確となり、J2昇格へ繋がることを予感させたシーズンであったと言えるだろう。
2011年:J2昇格を決める
そして2011年。JFL2年目を迎えたチームはロアッソ熊本から渡辺匠。水戸ホーリーホックから3年ぶりの復帰となる片山真人を補強。そして横浜F・マリノスから元日本代表の松田直樹という超ビッグネームが加入というニュースがありシーズン前から大いに盛り上がった。
しかしシーズン前半の成績は低迷、6月には監督解任という事態になってしまう。
監督解任後、チームは復調しさあこれからという矢先の8月、チームを支えてきた松田直樹が心筋梗塞で倒れそのまま亡くなるという暗いニュースがチームに襲い掛かってしまう。
それでもチームは「山雅をJ2に連れて行きたいって言っていたマツのためにもJ2に行こう」で一致団結。
11月のJFL後期第14節でブラウブリッツ秋田に負け自力昇格がなくなり昇格は絶望的と言われていたが、そこから5連勝し昇格圏まで上り詰め、ついに2011年12月4日。J2昇格の基準を満たす4位以内を決めた。それまで上位にいたV・ファーレン長崎が栃木ウーヴァとの連戦で引き分け、負けで失速したためである。
昇格のニュースは長野県のテレビ局すべてで夕方のトップニュースで扱われた。また、松本市では号外が配られた。
J2昇格へは成績のほかにホームスタジアムの規模や設備(椅子席1万以上など)、クラブ財政(債務超過でないことなど)、観客動員数(1試合平均3000人以上)等々の基準を満たさないといけないが、山雅はホームのアルウィンが定員約2万人の専スタ(J1規格)、財政面はおおむね良好で債務超過なし、2011年度の平均観客数はJFLでは破格の7461人(J2平均が6244人なのでこの数字は驚異的)と諸問題をほぼすべてクリアしている。そしてJFL最終節翌日の2011年12月12日、山雅のJ2昇格が正式に承認された。
その他
- 上記で紹介したAC長野パルセイロとの対戦は「信州ダービー」と呼ばれており、最大で10000人超もの観客動員があった試合もある。観客動員数が基本的に少ないJリーグクラブからしたらある意味うらやましいダービー戦である。なお、ダービー名が「長野」ではなく「信州」と使われている理由はWikipediaで調べてね、載ってるから。
- 地域リーグ所属の当時からサポーターが非常に熱狂的且つ熱心で、当時は「地域リーグ一」とも言われていた。アウェイ戦に「できるだけ来たってレベルじゃねーぞ!」というぐらいの人数で訪れることもある。
- ホームグラウンドのアルウィン(松本平広域総合公園球技場)は、2万人収容でしかもピッチと観客席が近いという素晴らしい仕様である。某山梨県のクラブのサポーターから「このスタジアムを持って帰りたい」と言われたらしい。
- ユニフォームスポンサーで県内企業でもあるセイコーエプソングループは、現在クラブのオフィシャルパートナーともなっている。某岐阜県のクラブのサポーターから「そのユニフォームスポンサーをくれ!」と言われたらしい。ちなみにセイコーエプソン本社がある諏訪市は、松本市から南東付近に位置する。
- 天皇杯での強さは有名で前述の2009年対浦和での大金星の前にも2008年にJ2の湘南をPK戦で破っている。
2011年は4回戦まで行けば松田直樹が長く所属していた横浜F・マリノスと戦える可能性があるという条件で2回戦でJ2の横浜FCを、3回戦ではJ1のアルビレックス新潟を撃破し、4回戦でマリノスとの試合が実現する運びとなったが、その肝心の試合はというと、0-4でマリノスに完敗した。
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最初の2つ紹介しちゃったから、もう挙げられるのがコレしか残っていなかった・・・。orz
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読み:マツモトヤマガフットボールクラブ
初版作成日: 10/06/15 05:19 ◆ 最終更新日: 12/03/29 18:47
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